空間製作社ミュージカル 『HOME COMING』始まります。

2015/5/18 | 投稿者: Sky Theater PROJECT



四方田です。

スカイシアタープロジェクトの次回公演「月暈とメスシリンダ」の準備が本格的にスタートした時期ではありますが

今週木曜日から四方田が脚本を提供しております、
空間製作社ミュージカル
『HOME COMING』
が8年ぶり(でしたかね?)に再演されます。
詳細はこちら
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=64170

スカイシアタープロジェクト扱いでチケットもご用意できますので
専用チケットフォーム
http://ticket.corich.jp/apply/64170/033/
もしくは
スカイシアタープロジェクトメールアドレス
skytheater.official@gmail.com
にご連絡ください。


内容について前回の2007年の時、ブログに公演のあとがきのようなものを書きました。
参考になりますか、転送して記載いたします。内容にネタバレを含みますので苦手な方は観劇後にどうぞ。













以下、2007年のブログの転載


再演ていうのは本で言えば文庫なのかな?
なんて思っていつもはあまり語らない(語りたくない)作品の生い立ち
というかあとがきのようなもの。時間もたっていることだし。

『HOME COMING』とは最初、観客として関わった。
知人の加藤さんと橋本さん(このときの演出)がミュージカルを自分たちの手で企画し、上演する。脚本も知人の沢村さん。自分は全くのノータッチでただの一観客だった。

とある田舎の中学を卒業した同級生たちが大人になり久々に同窓会を開くことになるがみな、子供のころに思い描いていた大人になれていないと悩みながらも日々の生活に追われて生きている。そんな現状を久々の再会によって再認識し、このままでよいのか?と各々が悩み答えを探す第一部。第二部は彼らの中学時代の話となり、故郷の村がダムに沈むことになり反対運動をする同級生たちと父親がその建設に関わっているために仲間を応援すべきか悩む村に転校してきた主人公、そして彼らを見守る恩師の先生の姿を中心に物語りは描かれていた。

歌も踊りもあるミュージカルを自分たちで上演するのって大変そうだな。という感想と「ダム」と「恩師の先生」という物語のファクターが強く印象にのこった。なぜ印象に残ったかは後述する。

数年後、加藤さんがとある事務所の公演の演出をすることになり、四方田は脚本の依頼を受けた。最初は新作で、という話であったと思う(違うかなどうだろう?)が、だったら『HOME COMING』のストーリーラインを借りて書きたいことがあるので、沢村さんがいいといってもらえたら物語を貸してもらうことはできないかとこちらから提案した(んだと思う)。そうして四方田と『HOME COMING』の関係ができた。


四方田版で初演から大きく変更した箇所は以下のようなところ
1.主人公を転校生である彼から、同級生の別の男の子にする。
2.同級生たちはすでに精神的にも大人であり「理想と現実のギャップ」という悩みは「メグミ」という新しい登場人物に背負ってもらうことにする。
3.2部は中学時代だけでなく交互に現在を挟み込み同時に進行させる。
4.恩師の先生を女性にする(初演では男性)。

大きくはこんなところだろうか?

1は2での変更もあり、彼が現在大きな悩みを抱える存在でなくなってしまったこと、過去に転校生という過去があり故郷、親しい友人という「根」がなかったというコンプレックスは観客の大多数共通の悩みではないだろうと思ったこと、単純に彼のようなキャラクターを自分は主人公にあまりすえてこなかったということもあり、現在の形になった。理想や主張より、現在が大事であり、それの維持のためには努力を惜しまない(空間製作社に前回書き下ろしたミュージカル『Y.M.C.A』に出てくるミルミルもこの系統のキャラクター)。いい人すぎて主人公に向かないというのもあるか。

2は失ったものがあるが故の強さのようなものがあるだろうと思ったことと、同級生たち全員の悩みに対して個別の答えを用意する時間(上演時間)がないだろうと判断したため。メグミは、いい人が多い登場人物のなかで一人性格のきついキャラクターで申し訳ない(誰に対する謝罪だろう?)。

3は物語上そうせざるを得なかったということと、単純におもしろいと思ったから。おかげで出演者には早替え等大変苦労させてしまうことになり申し訳なかった。申し訳なかったとは思うが舞台袖での苦労については脚本家としては聞き流すことにしているので今後もどこかでだれかを苦労はさせると思う。

4は直感というか、この先生は女性だ。と頭で決まっていた。理論的な理由ではない。漠然と決めていた。それを信じてみた。
後から思うに自分が男であるということと、モデルというかこの物語を書くにあたり思い浮かべた自分の小学校時代の先生が男性だったので逆にしたかったからかもしれない。

恩師の先生である黒田先生にはモデルがいる。
これが初演版を見たときに「ダム」と「恩師の先生」というファクターが印象に残った、ということとリンクする。

漠然とした思い出話をする。
通っていた小学校に児童に人気のある(と、私は記憶している)若い男の先生がいた。
個人的には自習のときに何度か教わったことがあるくらいの先生であったがその自習の時間にやったレクリエーションがとても面白くて、「ああ、この先生は人気があるはずだ」と思ったことを今でも覚えている。

その先生があるときいなくなってしまった。
突然失踪してしまったのだ。蒸発ってやつかな。
その最初の一報を自分はTVで知った。
当時のワイドショーで失踪人を探す番組があった。その人がいなくなった経緯を再現フィルムで語り、帰りを待つ家族や関係者がカメラに向かって「帰って来い」って語りかけるアレ。
土曜に半ドンで家に帰りテレビを見ながら昼食を食べていると見知った小学校と知ってる先生が画面に登場し、「帰ってこい」と呼びかけた。びっくりした。ああいうのはテレビの中だけの話だと思ってたから。
で、月曜日の朝会は臨時で時間を延長し校長が先生がいなくなったことについて経緯を語った。今なら「まあそういうこともあるかもなぁ」と思うところだが、当時はあんないい先生がどうしてなんて思ったはずだ。

半年ぐらいして学校に現況をしらせる葉書がとどき、それが廊下の掲示板に張り出された。
どこどこの養護施設だか養護学校で働いている、心配、迷惑をかけてすまなかった。元気にやっている。
そんな内容だったと思う。
新しいところで新しい暮らしをしているんだ。もう帰ってこないんだ。もう関係はなくなちゃうんだななんて考えたと思う。
そしていつしかその先生のこともそんな騒動があったことも思い出さなくなって数年が過ぎた。
自分は中学生になった。

その夏は今年と同じような空梅雨でウチの地方(山のほうの生まれです)にあるダムの水量もへり、ダムに沈んだ村の建物が見えるまでになったなんてニュースが報道されるほどになった。
そんなある日、その水かさが減ったダムからナンバープレートのない乗用車が発見されたというニュースが流れた。
車の中から、自殺と思われる遺体が見つかったと。わりと大きく取り上げられた。
あの先生だった。

漠然とした思い出話はここでおしまい。エピソードは今のところその後の四方田とは交わらずに現在に至る。
いや、最初からたいした交わりではない。ほぼ一方的な記憶だ。が、
これが四方田版『HOME COMING』の核となった漠然としたしこり。しこりは作品に形をかえて誰かに見てもらえるようになった。
初演の『HOME COMING』を見ていなければたぶんなかったつながりだと思う。
そして、わりと脚本家が思っている以上に愛されていて、今回の再演につながったりして現在にいたっている。

現在までの大まかな(脚本担当から見た)『HOME COMING』の経緯はこんなところです。
ご来場いただきましたお客様に感謝、関係者の皆様お疲れ様でした。
とりあえず2007年の『HOME COMING』はこれで〆。
長文失礼しました。

(スカイシアターブログ 『HOME COMING』2007年版終演後のあとがきのようなもの)

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