amebaブログに引っ越しました。  画廊・ギャラリー


過去ブログはここのままです。

新ブログはこちらです。

https://ameblo.jp/kanon7811


今後のKanonの美術・博物巡りはアメブロのカテゴリーで綴っていきます。




パリで名声を博したミュシャが生まれ故郷のチェコに帰った

晩年に生涯をかけて描いた大作『スラヴ叙事詩』が初来日! 

というふれこみで、国立新美術館で開催されていた「ミュシャ展」に

ようやく滑り込みでいくことができた。

『スラヴ叙事詩』は縦6m×横8mの20作品からなる、超大作!

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所有者であるチェコのプラハ市が展示を許諾し、20枚すべての作品が

チェコ以外の国での公開は初!

1910年〜1928年にかけて18年の歳月をかけて描いた『スラヴ叙事詩』。

民族が解放されるWW1までの20のエピソードが描かれている。

これらは、スラブ人に伝わる神話や、実際に起こった出来事をモチーフにしたもの。

前半の『スラヴ民族の賛歌』

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スラヴの神話時代、中世のフス戦争およびスラヴ国家の領土拡張、

スラヴ民族の敵による襲撃、スラヴ民族に自由と平和と団結をもたらす人々…

これらがひとつの画面に描かれている。

ミュシャが繰り返し描いたのが、戦争に巻き込まれた人々の姿。

絵の中からこちらをじっと見つめる目。

どの絵にも数々の民衆。主役はいない。

時空を超えて見る者の心を揺さぶる。



展示の後半は1890年代、パリにいた頃の

いわゆる一番良く知られたミュシャの優美なアール・ヌーボー作品や

1900年のパリ万博や、プラハ市民会館のために制作された作品が並び、

画家が新生国家チェコスロバキアの依頼を受けて制作した

紙幣や切手、ポスターなどの展示で終了する。


あらためてミュシャ(1860年- 1939年)


アール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー

多くのポスター、装飾パネル、カレンダー等を制作した。

ミュシャの作品は星、宝石、花などの様々な概念を女性の姿を用いて

表現するスタイルと華麗な曲線を多用したデザインが特徴。

イラストレーションとデザインの代表作として

『ジスモンダ』『黄道12宮』『4芸術』など。

絵画の代表作として20枚から成る連作『スラヴ叙事詩』が挙げられる、





同じくチェコの作曲家スメタナの「わが祖国」第2曲『モルダウ』を思い出した。

(ドイツ語: Die Moldau、英語: The Moldau)の名でも知られる。

https://youtu.be/M3SmylXuTUc

プラハの風景とともに曲が聴けます。

祖国を想うスメタナがチェコ国民を鼓舞するために作った、といわれる曲でした。

昔、初めて聞いた時、こころ揺さぶられる曲でした。


そして、

昔、チェコに行った時の旅の記録を思い出した。

プラハに行った旅の記録

http://sky.ap.teacup.com/applet/alter/msgcate24/archive ←click

ミュージアムショップで購入した絵葉書と栞

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スラブ系は美人が多かった。

シャングリラ邸の庭園 Shangri La Pt.3  海外 Foreign countries

シャングリラ邸の庭に入る。

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ダイヤモンドヘッドは、私見だけど、ワイキキより

シャングリラ邸の庭から見たほうが良い感じがする。

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すぐ下には、船着き場があって、

ここから自家用船で世界へ出かけていたとか…すごすぎる・・・


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長く続く水路とシンメトリーに植えられた

木々のイスラム様式の庭園・

インドのムガール王朝の庭を模したものだそう。

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その突き当りは、おやおや、日本人アーティストの作品だった。

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鑑賞中、ツアー参加者に配られた お土産ー団扇(うちわ)

良い記念品となった。


しかし、ドリスが数十年前まで30人の使用人をかかえて

実際に住まい(別荘)として使っていたというから驚く。

死後は寄贈された財団によって維持管理&限定公開されている。。


まさに異文化・イスラム芸術の美術館&博物館というべき価値あるものだった。


http://www.shangrilahawaii.org/

シャングリラ邸のURL

シャングリラ邸 Shangri LaPt.2  海外 Foreign countries

引き続き、シャングリラ邸の内部。

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螺鈿の物入れ

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中庭

インスピレーションをたくさん受けた。

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次は、庭に通じる出入口を通ってダイヤモンドヘッドを一望できる庭へ

シャングリラ邸の庭園 Pt.3に続く

http://sky.ap.teacup.com/skanons8/281.html



シャングリラ邸 Shangri La Pt.1  海外 Foreign countries

ネットで予約したドリス・デュークの豪邸 Shangri Laを

観るツアー(ホノルル美術館主催)に参加した。

集合場所のホノルル美術館からミニシャトルバスに乗って、約15分で

南国の木立に囲まれた小道を通り

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シャングリラ邸に到着。

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入口付近。ラクダの像がkawaii。

参加者は、アメリカ本土から来たサンフランシスコ、シアトル、

シカゴ、カナダ他から来た人たちだった。

ガイドさんから、それぞれがどこから来たか?

と聞かれたからわかったことだけど。

サンフランシスコから来たという女性は、

京都に半月の間滞在した、と言っていた。よほど、気に入ったのか?

概して、アメリカ人の日本への旅行期間は長く滞在する人が多い気がする。


ここで、ドリス・デューク Doris Duke (1912-1993)について触れておきたい。

アメリカ合衆国の、園芸家、美術収集家、慈善活動家。

アメリカのタバコ王のひとり娘として生まれた。

12歳でドリスの父が他界すると、莫大な財産が彼女に残された。

世界一リッチな少女となった彼女は、

世間の好奇の目から避けるように旅行、芸術鑑賞、訪れる場所の歴史や

環境に興味を示していった。

彼女が成人し、結婚したとき、ハネムーンで9ヵ月もかけて世界各国を巡る。

そのときに彼女が目にしたイスラム文化の芸術と

ハネムーン最後の滞在先のハワイの地を非常に気に入って

この場所に住まいの一つを作ることにした。

ダイヤモンドヘッドの麓、カハラ地区に5エーカー(600坪強)の土地を購入し、

イスラム圏のありとあらゆる芸術品を世界中から取り寄せた。

彼女がハワイに造った家は「シャングリラ」(理想郷)と名付けられている。



イスラム様式で建てられたこの家は世界中から収集した

イスラムの芸術、美術品で埋め尽くされている。


中を観ていく。内部は撮影可となっていた。

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ガイドさんの説明

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リビング

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ダイニング

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インドの刺繍タペストリー

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広いバスルーム

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画像が多いので

http://sky.ap.teacup.com/skanons8/284.html

Pt.2へ to be continued

ホノルル美術館 HONOLULU MUSEUM OF ART  海外 Foreign countries

この後に行くシャングリラ邸は、ホノルル美術館に集合だった。

入口でネット予約しておいた予約番号を見せてシャングリラ邸の入館料を支払う。$25.

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有料なのに寄付箱が置いてあった。

思えば、ホノルル美術館を訪れるのは2回目だった。

以前(2011年)に来た時のことは、こちらをclick!

http://sun.ap.teacup.com/senjukanon/992.html

シャングリラ邸に行くバスがまだ来ていないので、

ホノルル美術館内を鑑賞した。

今回のアート鑑賞は、以前の展示とは展示替えをしてあるようだった。


日本のコーナー

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仮面

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ゴーギャン

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マチス

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オキーフ

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リキシュタイン

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スーラ

利用者が少ないのか中庭のカフェはクローズだった。

ミュージアムショップはKimono柄を利用した小物が面白かった。


HONOLULU MUSEUM OF ART(ホノルル美術館)

住所:900 S.Beretania St.

アクセス:ワイキキ・クヒオ通り山側バス停からザ・バス 2番利用。

美術館はバス停目の前。帰りは、1本海側のサウス・キング通りのバス停から2番で

TEL:808-532-8700

開館時間:火〜土曜10:00〜16:30、日曜13:00〜17:00

休館日:月曜 1月1日、独立記念日(7月4日)、感謝祭(11月第4木曜)、クリスマスも休館

入館料:大人20ドル、18歳以下無料 ※毎月第1水曜、第3日曜は入館無料



シャングリラ邸へ行くミニバスが来たので、裏口の集合場所へ行った。

続く














「デンマーク・デザイン」展内覧会Pt.2  損保ジャパン日本興亜美術館 Sonpo Japan Nipponkoa Museum of Art

第3章 オーガニック・モダニズム:デンマーク・デザインの国際化 の続き。

特別に美術館より写真撮影の許可を頂いた。

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カトラリー

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ブローチ、アクセサリー等等


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自然素材を使って上質の家具で生活を楽しむというポスター


第4章ポスト・モダニズムと現代のデンマーク・デザイン


現代のデンマーク・デザインは、伝統を引き継ぐものであると同時に

環境に配慮した持続可能性を目指す新しい流れの中にある。

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グラス

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レゴ社のレゴ

因みにレゴとはデンマーク語で「よく遊べ」という意味。


自転車王国デンマークの頑丈な作りの自転車!

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今年の春に北欧旅行した時の Kanonのデンマークの旅日記-- リンク元

http://sky.ap.teacup.com/alter/342.html ベンツのタクシーと自転車王国


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壁にテキスタイルのアートの部屋のレイアウト


そして、ロイヤルコペンハーゲンの陶磁器

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日本の古伊万里染付の影響を強く受け、

手描きによるコバルトブルーの絵柄が特徴。

さらに、

好評につき2018年6月まで会期延長されたデンマーク・デザイン博物館での

展覧会の「Learning from Japan」の「日本から学ぶ」というテーマのポスター

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なんだか北斎のGreat Waveのアレンジのような気がするデザインに思えた。

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デザイン大国デンマークの約200点以上の作品が並ぶ、

非常に充実した内容だった。

あらためて、日本の良さも感じることができる展覧会だった。

http://www.sjnk-museum.org/program/5062.html 展覧会の概要URL




さまざまな外国文化の中でも「北欧」と聞くと、

デザイン大国、福祉先進国、森と湖の国など、特別な存在である。

それほど資源が豊かな国ではないのに、金銭的な問題ではなく

国連調査で世界でも「幸福度」が高い国とされている。



今年の春に北欧に行ってきた時の私の旅日記(北欧のカテゴリー)

を張り付けておきます。よろしかったらどうぞ御覧ください。

http://sky.ap.teacup.com/applet/alter/msgcate11/archive





「デンマーク・デザイン」展内覧会  損保ジャパン日本興亜美術館 Sonpo Japan Nipponkoa Museum of Art

損保ジャパン日本興亜美術館での

日本・デンマーク国交樹立150周年記念

「デンマーク・デザイン」展 内覧会に行った。

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開催期間 : 2017年11月23日(木・祝)〜12月27日(水)

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デンマーク大使館 公使参事官 マーティン ミケルセン氏

の挨拶があった。

特別に美術館より写真撮影の許可を頂いた。

19世紀後半からミッド・センチュリーを経て現在に至る、家具、食器、照明器具、日用品等を展示してあった。

ここでは、すべての画像を載せるのは無理なので構成別に記録しておきたい。


第1章 国際的評価を得た最初のデザイン

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絵付けはすべて手描き


第2章 古典主義から機能主義へ

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日本の折り紙からイメージしたとか紙の照明

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シンプルで自然素材を生かしたデザイン


第3章 オーガニック・モダニズム:デンマーク・デザインの国際化


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1950−1960年代にデンマーク・デザインを国際的に知らしめた作例

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ケネディ大統領が使用した



機能性を犠牲にすることなく、

デザインにあそび心と

人間的な温かみがある

生活におけるレイアウト例

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画像が多いので Pt.2

http://sky.ap.teacup.com/skanons8/289.html

へと続きます。

ロックの殿堂博物館Rock and Roll Hall of Fame Museum Pt.2  海外 Foreign countries

ロックンロールの殿堂博物館 Rock and Roll Hall of Fame Museum

中はフラッシュをたかなければ撮影可だったのが嬉しい。

いろいろな種類のギターの展示

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時代と地域に分かれた展示



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ロックの歴史をたどるものだった。


プレスリー、ビートルズなど誰もが知っているミュージシャンは

それぞれのコーナーがあった。

まずはプレスリー



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他にもプレスリーにまつわる衣装など、

デビュー当時のすごく激しく腰をふりながら歌う映像、

(当時としては衝撃的だったろうな)



映画など、さまざまなものを鑑賞できた。


そしてビートルズ



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衣装やギターや、手書きの作曲作詞メモなど

様々なものが展示されていた。


さて、ロックンロールの殿堂入りは、歴代の伝説的なバンドが受賞しており

いちばん有名なのは「パフォーマー部門」である。

最初の音源のリリースから25年以上が経過している個人とバンドが

その受賞条件となっており、毎年選出されている。


ロックンロールに、それほど、詳しくはないけれど、

エリック・クラプトンのダイジェスト版を見た。



ここでエリック・クラプトンを聞けるとは嬉しい。

Tears in Heavenを歌っていた。 

エリック・クラプトンは、バンドとソロで通算3回の殿堂入りをしていた。

クラプトンのさまざまな困難を乗り越えて、長いキャリアを経て、

たゆまぬ 努力と尽きることのない向上心を敬愛する。


その後

レストランで昼食で食べた Thai Tofu Bowl 



これがメニューの中でヘルシーに思えた。$.10.5


ロックンロールの殿堂博物館 Rock and Roll Hall of Fame Museum は、

音楽が好きな人なら何時間でもいられるような博物館だった。


ここを出てから、

すぐそばのエリー湖の湖岸に行った。



境界線の向こう側はカナダ側。



Cleavelandという文字板 の上にのっかって記念写真を撮る

ボ-イスカウトたち


心地よい気持ちで、また、ホテルが手配してくれたシャトルバスで戻った。


ロックンロールの殿堂博物館 The Rock and Roll Hall of Fame and Museum


公式・関連サイトURL:https://www.rockhall.com/

住所:1100 E 9th St, Cleveland, OH 44114


続く


ロックの殿堂博物館Rock and Roll Hall of Fame Museum Pt.1  海外 Foreign countries

まず、ロックンロールのいわれについて、メモしておきたい。

オハイオは州が出来た当初から奴隷制を認めない自由の州 Free Stateだった。

しかも南部の州から一番近いFree Stateのひとつ。

アメリカ屈指の重工業地帯として発展したクリーブランドには

南部から黒人たちが黒人のR&Bが混じった

ビートの利いた新しい音楽ロックとともに流入してきた。

当時のクリーブランドの若者たちは、Rockに夢中になって、

中心部のレコードショップには常に人が溢れていたという。

1950年代初めにクリーブランドのAMラジオ局

WJWの人気ディスクジョッキー、アラン・フリードが

この音楽を「Rock 'n roll」

呼んだのが、ロックンロールの始まり、といわれている。

エルビス・プレスリーを北部の州で始めて流したのもこのラジオ局だったそうだ。


1986年創設で建物の開会式には、Yoko Ono 小野洋子 がリボン・ カットで参列した、という。

特別展もあり、ヨーロッパからのロックファンが多く来るそうだ。

このロックの殿堂博物館へは、

手配してくれた無料シャトルバスで他のATHAの仲間(アメリカ人)3人と行った。








さて、ガラス張りのピラミッド(ルーブルのピラミッドに似ている)型の

Rock and Roll Hall of Fame Museumは入場料25ドル。



最初にロックンロールの誕生にまつわる15分程度のムービーを

2本見て展示へといった。







天井からぶら下がった巨大なホットドッグ。

アメリカのソールフードというべきもの。




次は、ロックの殿堂博物館Rock and Roll Hall of Fame Museum Pt.2

http://sky.ap.teacup.com/skanons8/274.html へと続きます。

クリーブランド美術館(Cleveland Museum of Art)  海外 Foreign countries

ホテルで呼んでもらったtaxiでクリーブランド美術館(Cleveland Museum of Art)に行った。

1913 年に設立されたクリーブランド美術館は、約70,000 点を超える作品を収蔵し、

米国で最も重要な美術館のひとつとなっている。

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月曜休館、企画展・特別展以外は入場無料。すべて撮影可。

美術館では常に企画展示が行われている。

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今回の企画展は「The Jazz Age: American Style 1920s」をやっていた。

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その会場に行くエスカレーターの前のクラッシクカー当時の車。

2018年7月からは

草間弥生Yayoi Kusama: Infinity Mirrorsの企画展が

開催される。

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中世ヨーロッパの鎧のコレクション。壁には往時のタペストリー

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中庭、奥にはレストラン。

真ん中のテーブルはコンシェルジェ。


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常設展のピカソの部屋は特別にあって、青の時代の作品の数々が観られた。


モネの睡蓮の前ではレクチャーが行われていた。

ルノアール、モネ、マチス、ルオー、ドガ、ゴーギャン、ゴッホも展示されていた。

その他にも、古代エジプト美術のコレクションに加え、

古代ギリシャ・ ローマ時代の装飾品や彫像も数多く、展示されていた。

6 世紀にわたるヨーロッパ美術のコレクションも充実していた。


さらに、東洋芸術部門は全米一。ボストン美術館を抜く。

琳派の屏風絵など日本国宝級の作品も多い。

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好きなジョージア・オキーフの絵


とにかく日本では見ることのできない作品も多く展示され

見応え十分の美術館だった。

これらが、すべて無料で鑑賞できるとは、アメリカの

文化芸術に対する豊かさを感じないわけにはいかない。


http://www.clevelandart.org/

上記は、クリーブランド美術館のURL


鑑賞後、クリーブランド美術館を出たらTaxi乗り場で、偶然にGeneに会った。


Uberを予約してあったから、ホテルまで同乗した。

Taxi代が助かった。普通のTaxiより安くて、チップもいらない。


日本でも流行りそう?


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

ホテルに戻って、午後6時から始まった

Association of Traditional Hooking Artists(通称ATHA アーサー)

のmeet&greetの会合で会員同士の楽しい会話で、

2年ぶりに懐かしい人にたくさん会えた。

飲んだオハイオ州の地ビール。

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紅茶色のビールで度数は高め。

BGMはギタリストの演奏(縦長の画像だと横になってしまうサイトなのだった)

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ほろ酔いにて部屋に戻ってお風呂に入って就寝。

次はユニバーシティ・サークルへと続く

http://sky.ap.teacup.com/alter/369.html

独立展@国立新美術館に行きました  国立新美術館The National Art Center Tokyo

先月末、国立新美術館で行われていた「第85回独立展」の招待券を頂いた。

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独立美術協会は1926年から1930年にかけて5度開催された

佐伯祐三、前田寛治を中心とする1930年協会展が発端となり、

二科会ほかの団体を超えて気鋭の作家が集まり1930年に組織されました。

創立会員は伊藤廉、川口軌外、小島善太郎、児島善三郎、里見勝蔵、清水登之、鈴木亜夫、

鈴木保徳、高畠達四郎、中山巍、林重義、林武、福沢一郎、三岸好太郎の14人でした。

そして1931年1月、東京府美術館で第一回独立展を開きました。

以来、須田国太郎、小林和作、海老原喜之助、野口弥太郎、鳥海青児等々、

近代美術史に輝く画家を数多く輩出してきました。


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独立協会会員によるギャラリートーク。

私がここで、最も魅かれた作品の作者は、なんと

今年の文化勲章受章者と知ったのは今日のことだった。

行動展@国立新美術館  国立新美術館The National Art Center Tokyo

招待券をいただいたので、国立新美術館で行われてい「行動展」に行った。

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具象画より抽象画が多かった。


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行動展は昭和20年11月に「行動美術協会」として発足した。

結成の辞にあるように、

結成メンバーは戦前の旧「二科会」の会員だった。

彼らが二科会のあり方に不満を持っていた、と察せられた。

いろいろ、あるんですね。

当方は、ただ作品鑑賞するのみだけど。

そして、すべて100号サイズ以上の作品なので、

大きなアトリエを持っている画家さんたちと思えた。


5時に入ったので、結局、開催されていた

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この二つの展覧会に行かれなかったのが残念である。

日程的に他の予定があるので無理となった。
タグ: 行動展

「生誕120年 東郷青児 抒情と美の秘密」 Pt.3  損保ジャパン日本興亜美術館 Sonpo Japan Nipponkoa Museum of Art

「生誕120年 東郷青児 抒情と美の秘密」内覧会 Pt.3です。


「生誕120年 東郷青児 抒情と美の秘密」内覧会 Pt.2は、下記をclick!

http://sky.ap.teacup.com/skanons8/264.html

美術館より特別に写真撮影の許可を頂いた。

第4章 復興の華 1945〜1950年代

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モザイクタイル

〇二科会との関係


東郷青児は、新しい美術を志す美術家たちの在野団体である

二科会の公募展第3回「二科展」に

有島生馬から出品をすすめられ

1916年(19歳)「パラソルさせる女」を初出品し

「二科賞」を受賞する。

美術団体の公募展は、

発表の場が少なかった1970年頃まで美術界の中心だった。

しかし、世間に戦時色が濃くなるにつれ、絵は売れなくなって、小品化していった。

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第二次大戦後、戦時下で解散させられていた

ニ科会の再建のためにリーダー的存在として奔走し、

64歳の時にニ科会の会長に就任する。

6色の色数と少なく単純な線で描かれた青児の美人画は、

その独自性と理解しやすい美で

大衆的人気となり

一躍時代の寵児となっていった。

戦後の困窮する母子像などをはじめ、社会的テーマを取り入れた

作品も描いていった。


79歳の時、安田火災が財団法人安田火災美術財団を設立。

東郷青児から自作約200点と

東郷が収集した国内外の作品約250点の寄贈を受け、

1976年7月に「東郷青児美術館」として開設された。

そして、

熊本で80歳の生涯を終えるまで「二科会」会長を務めた。

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最後に、現在開催中の

「生誕120年 東郷青児展抒情と美のひみつ」

URLを張り付けておきたい。

http://www.sjnk-museum.org/program/current/4953.html


生誕120年 東郷青児 抒情と美の秘密 Pt.2  損保ジャパン日本興亜美術館 Sonpo Japan Nipponkoa Museum of Art

「生誕120年 東郷青児 抒情と美の秘密」展 内覧会の続きです。

前回については、こちらです。 http://sky.ap.teacup.com/skanons8/268.html

美術館より特別に写真撮影の許可を頂いた。

(画像は拡大できます)

第3章 泰西名画と美人画 1930年代後半〜1944年

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黒い手袋 1933

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微風 1937

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舞  1938

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星座の女 1944 ふくやま美術館

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東郷青児が描く西洋的・近代的な美人画は

当時の知識階級や富裕層が好んだようだった。

また、

彼の周りを囲む芸術家たちは、

著名な者が多く華やかだった。

ピカソをはじめ、山田耕筰、有島生馬、古賀春江などと親交を結んでいる。

帰国後は、宇野千代、川端康成と関係を深め、

1930年代後半から40年代前半にかけては、

藤田嗣治と共に百貨店の大装飾画に挑戦した。

藤田嗣治と競作した京都・丸物百貨店の対の壁画などを展示した。


次は、第4章と続きます。続く



タグ: 東郷青児展




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