Zen 特別展「禅―心をかたちに―」展Pt.2  東京国立博物館 Tokyo National Museum

前回の続きです。Zen 特別展「禅―心をかたちに―」展Pt.2

白隠は生涯10,000点の「禅画」を確立した。

(画像は購入したカタログより))

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白隠筆「円相図」 468×556cm / 江戸時代 18世紀/ 東京 永世文庫蔵

古来より悟りの象徴として描かれた円相は、禅僧が弟子を指導するために用いたとされる。

一気呵成に大きな円を描くのはなかなか難しい。


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白隠墨跡 「百寿字」 江戸時代 1767年(明和4年)

「寿」の字をさまざまな書体で百文字書いた墨跡で、

絵画同様に白隠らしい力強い筆使い。

白隠は高僧であるが、あくまでも禅僧という立場であり、狩野派や土佐派などの画壇に属する画家ではないから画風に束縛がなかった。

しかし、「達磨像」に象徴される作風は禅画の代表例として評価が確立されている。


時代を超えて、現代アート作家にも影響を与えているようだ。

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「禅が好んだモチーフ」 

龍と虎

蜘蛛を呼ぶ龍と風邪を起こす虎、その神秘的な力を対峙させることは、風雲に遭う覇者の姿であると、室町時代に武将や禅僧の間で好まれたという。

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狩野山楽筆「龍虎図屏風」 

六曲一双 安土桃山時代〜江戸時代  京都 妙心寺蔵

虎だけでなく豹も描いていた。虎とともに豹を描くのは日本画の特徴らしい。


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狩野探幽筆「南禅寺本坊小方丈障壁画のうち龍虎図」

17面のうち8面 江戸時代 17世紀 京都南禅寺蔵


その他に禅は「茶道」文化にも影響を与えている。陶器の展示もあった。

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中国人仏師の作 「十八羅漢像のうち羅古羅尊者」 江戸時代 1664年(寛文4年) 京都 萬福寺蔵

羅漢とは釈尊の弟子の中でも優れた修行僧をいう。

その中の一人の羅古羅尊者は、顔が醜かったとも伝えられるが、
胸を開いて見せ、心には仏が宿っていることを示している。

つまり、私たちの心の中には、もともと仏心が備わっていることを忘れることなく精進することが大切である。ということですね。


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出口付近に顔はめパネルがあった。誰もが仏様になって写真を撮っていた。


禅の心を絵や工芸、彫像で現した一級の日本美術の名品がずらりとあって

見ごたえ十分だった。

ここに2時間半、閉館の少し前までいた。重く響いた芸術の数々。

次に行こうと思っていた特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」に行かれなくなってしまった。

はて、12月11日までだから、それまで行けるかな?



Zen 特別展「禅―心をかたちに―」展Pt.1  東京国立博物館 Tokyo National Museum

昨日の午後、東京国立博物館 はケヤキの木が紅葉になっていた。

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東博平成館で開かれている禅師250年遠諱記念 特別展「禅―心をかたちに―展(後期)<に行った。やっと行けた最終日!

そういえば、私が禅を意識したのはアメリカ滞在の時だった。
アメリカ人学生からZen,Wabi,Sabiをふられた。日常的にそういうことに意識していなかったので答えに戸惑った思い出がある。

日本の禅(Zen)が海外に知られるようになったのは第二次大戦後に鈴木大拙が禅についての著作を英語で著し、日本の禅文化を海外に広くしらしめたことの影響がある。

今回、こうして展覧会に行くことができた^v^

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(展覧会の構成)

第1章「禅宗の成立」

第2章「臨済禅の導入と展開」

第3章「戦国武将と近世の高僧」

第4章「禅の仏たち」

第5章「禅文化の広がり」


展示作品で印象に残ったものを記録しておきたい。

会場の入口に展示されている「達磨像」

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白隠慧鶴(はくいんえかく)筆、江戸時代・18世紀。

解説には、「禅を庶民にまで広めた白隠の代表作」とあった。

なお本図は、看板の右側(部分)や入場券にも使われていた。

最大級の大きさ。巨顔かつ巨眼、見る者を圧倒的する迫力だ。

達磨に始まり日本に伝わった禅。ここから時空を越えて長い旅に出発いただく」とある。

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「慧可断臂図(えかだんびず)」国宝

雪舟等楊筆 室町時代 明応5年1496年(明応5)愛知・齊年寺蔵

坐禅をする達磨に向かい、神光(のちの慧可)という僧が弟子となるべく己の左腕を切り落とす決意のほどを示した名場面。

画面全体を覆い尽くす重々しい岩壁と、微動だにしない両者の姿。
異様な静寂が緊張感を生み出し、隔絶した雰囲気。雪舟77歳の大作

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白隠 墨画 江戸時代  18世紀  大分 見星寺蔵


有名な禅の名場面」「慧可断臂図」も白隠の手にかかれば達磨と慧可がばらばらに描かれていた。左腕は切る前でまだつながっている。  個性的!


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「臨済義玄像」一休宗純賛 伝曾我蛇足筆 室町時代 15世紀 京都・真珠庵蔵

臨済宗の宗祖、臨済義玄(?−867)は、棒や喝を用いる峻烈な家風、「臨済将軍」とも評される。
この臨済像は、通常の禅僧肖像画の穏やかな表情と異なり、怒るように眉間に皴を寄せ、眼を剝いている。
口を開いて一喝し、拳でこちらの胸を突く雰囲気。顔や手の表現により、臨済禅の激しい家風が示されている。

戦国時代の武将たちは、禅僧に帰依して指導を受けていた。

これにより、各地の禅宗寺院が大名の庇護を受けて繁栄した。

私の知る限りの一般的な日本史に出てくる肖像画としては竹田信虎、織田信長、豊臣秀吉、長曾我部元親、伊達政宗、黒田長政などがあり、そのほかにもたくさんあった。

禅は武士と密接な関係があったのだった。江戸時代の臨済宗は、曹洞宗などの隆盛によて衰退していたが、白隠の布教によって庶民にも信者を獲得し、勢いを取り戻すことになった。

だから、白隠は「臨済宗中興の祖」といわれる。

後編に続きます。



「奈良美智が選ぶMOMATコレクション」63点を鑑賞した後、
1階に下りて企画展「トーマス・ルフ展」に行った。
写真家トーマス・ルフについて、なんの知識もなかった。。


ここでトーマス・ルフ(Thomas Ruff)についてのメモ

トーマス・ルフは1958年ドイツ生まれ。

「ベッヒャー派」として、1990年以降、現代の写真表現をリードしてきた存在。

*「ベッヒャー派」デュッセルドルフ芸術アカデミーでベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻に学んだ写真家たちのことを総称する。
他にアンドレアス・グルスキーやトーマス・シュトゥルートがいる。



日本の美術館で開催される本格的な回顧展は今回が初で、全18シリーズ、122点の作品で構成されていた。


面白かった点


「jpeg」シリーズ

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jpegとはデジタル画像の圧縮方式のひとつで、現在、全世界で使用されもっとも標準的なフォーマットの名称。

大判の写真でも、遠くまで離れたら、普通の写真に見えるけど、
近くに寄ると格子状のドットが目立つようになり、
まるでシスラーの点描画のように見える。

圧縮率を高くするとモザイク状に劣化してしまうJPEGフォーマットの特性を作品に活かした作品が面白かった。

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これは思い出したくない9.11の悲惨な写真だったけど、
この煙の部分をみると説明がわかりやすかった。

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press++シリーズ 

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昨年の最新作 

「press++」は世界初公開。

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素材は古色を帯びた報道写真のアーカイブ。

画像面と裏面を同時にスキャンし、一枚の画面に統合し文字や数字は本来は裏面にあったもの。画像に関する情報が写真画面上に現れていた。


今や写真は誰でも撮れるものであるが、トーマス・ルフは、さままざまなテクニックや加工技術を駆使して、その時代のメッセージを発信しているように思えた。。

トーマス・ルフの作品全般をみて思ったことは、「写真」を自由な発想で作り上げてきたということだった。つまり、絵画も写真も共通性があり、同じ感性のもとに創作できるということなのだろう。



13日(日)まで。。

この後、MOMATコレクション展に行った。


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トーマス・ルフの作品は常設展示コーナーにあったけど、ぶれてしまった。本物はもっと鮮やかな色使いだった。



MOMATコレクション 近代風景〜人と景色、そのまにまに〜  国立近代美術館The National Museum of Modern Art,Tokyo

良く晴れたけれど、風が冷たい日に国立近代美術館に行った。

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まずは、「奈良美智がえらぶ MOMATコレクション 近代風景〜人と景色、そのまにまに〜

この展覧会は日本と海外で活躍する現代作家奈良美智(Yoshitomo Nara)がMOMATOコレクションから選んだ63点の展示だった。

現代作家が自らの思想と感性で所蔵品をセレクトすると、通常の展示とは違った視線だろうととても興味深かった。


奈良美智の本展のインタビューの概要

「自分の感性を育ててくれたのは音楽と文学、四季豊かな自然と地方の文化、そしてモノが溢れる前の生活だった」。

「美術史にとらわれることなく、自分の心にすっと入ってくるもの、自身のスタイルができるまでに見てきたものから選んだ」。

「大学時代の恩師である麻生三郎や、麻生とともに戦争の時代を生きた松本竣介。村山槐多のたくましい少女像や、榎本千花俊の女性像など。奈良は美術史にとらわれることなく好きな作品を選んだら、主に1910〜50年代の人と景色を描いているものにしぼられた」。


展示リスト
www.momat.go.jp/am/list_nara_selection2016/



すべて撮影可だったけれど、いくつかを記録しておきたい。

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奈良美智《Harmless Kitty》1994年 東京国立近代美術館蔵

アクリリック・綿布 150.0×140.0cm

奈良がドイツに住んでいた頃に描いたもので、

タイトルは「悪意のない/罪のない子猫ちゃん」

と訳すことができます。画面を見る限りでは性別は不明、猫のキグルミは、突飛に見えるかもしれませんが、それがあることにより、私たち見る側のまなざしが「Harmless Kitty」のまなざしとストレートに向き合うようになっているわけです。しっぽの部分に見られるように描き直しが視認できるように、つまり、意図的に残されているのも、見逃せないポイントです。
(解説より)

これは、ここではなくて
別にある常設展示のMOMATコレクションのハイライトコーナーにあった。


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古賀春江 月花 1926 油彩 キャンバス


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横山潤之助 裸婦 1926 油彩・キャンバス


画風は違っても、彼の創作するものに潜在意識としてあるような、また、彼の目を通した作品の新しい魅力を発見する機会となった。

11月13日(日)まで。。。


次に 写真家トーマス・ルフ展に行った。続きます。




大原美術館 Ohara Museum of Art  東京以外Other than Tokyo

倉敷美観地区にある大原美術館に行った。

ご存じ、大原美術館は西洋美術、近代美術を展示する日本で最初の私立美術館。

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倉敷の実業家大原孫三郎(1880年–1943年)が、自身がパトロンとして援助していた洋画家児島虎次郎(1881年–1929年)に託して収集した西洋美術、エジプト・中近東美術、中国美術などを展示するため、1930年に開館した。西洋美術、近代美術を展示する美術館としては日本最初のものである。

第二次大戦後、日本にも西洋近代美術を主体とした美術館が数多く誕生したが、日本に美術館というもの自体が数えるほどしか存在しなかった昭和初期、一地方都市にすぎなかった倉敷にこのような美術館が開館したのは画期的なことであった。ニューヨーク近代美術館の開館が1929年であったことを考えれば、創設者大原孫三郎の先見性は特筆すべきであろう。
(Wikiより)

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2階から見た眺め

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館内はゆったりと展示してあり、座ってゆっくり鑑賞できるスペースが随所にあった。

エル・グレコの「受胎告知」の前では座って鑑賞した。

この後、大原美術館分館に行く。

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芝生にはイサム・ノグチ等のオブジェ。

分館には明治から現代までの比較的新しい作品たちを多く所蔵してあった。

地下では現代美術の作品がたくさんあり、

新しいアーティストたちを発掘している姿勢が伝わった。

次は倉敷美観地区巡りといこう。

香川県立東山魁夷せとうち美術館  東京以外Other than Tokyo

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東山魁夷(1908〜1999)の祖父が香川県坂出市櫃石島の出身で、

香川県とゆかりが深いことから、ご遺族より版画作品270点余の寄贈を受け、

これら作品を広く鑑賞していただくため整備したのが

香川県立東山魁夷せとうち美術館

瀬戸内海の美しい自然に囲まれ、祖父の出生地である櫃石島を望む地にあった。

館蔵品の大半は石版画であるので撮影可だった。

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中学時代の自画像

館内にあったスライドから東山魁夷の戦前の作品の一部に触れておきたい。

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その他に東山魁夷の作品が見られる所。

生前、日展への出品作など代表作の多くを東京国立近代美術館と長野県に寄贈。

長野県信濃美術館に東山魁夷館(谷口吉生設計)を増設し、寄贈された作品の常設展示にあてている。

その他、少年時代を過ごした神戸市にある兵庫県立美術館、

戦後の復員直後から死去するまで暮らしていた千葉県市川市には、自宅に隣接して市川市立東山魁夷記念館が開館。

また、美術学校時代のキャンプ旅行の途中、激しい夕立に遇った際に温かいもてなしを受けたことに感謝して後に寄贈された約500点の版画を収蔵する「東山魁夷 心の旅路館」が、岐阜県中津川市(旧長野県木曽郡山口村)にある。
(wikiより)

次は倉敷にある大原美術館へ

拝啓 ルノワール先生―梅原龍三郎に息づく師の教え  三菱1号館美術館Mitsubishi Ichigokan Museum, Tokyo

三菱一号館美術館で行われた「拝啓ルノワール先生ー梅原龍三郎に息づく師の教え」のブロガー特別内覧会に行った。

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本展はルノワールと梅原の作品だけでなく、梅原がコレクションした作品、梅原と親交のあったピカソやルオーらの作品約80点の展示であった。

梅原龍三郎(1888-1986)は、ヨーロッパで学んだ西洋絵画の単なる模倣ではなく、
桃山美術・琳派・南画といった日本の伝統的な美術を取り入れ、
個性あふれる豪華絢爛な日本の洋画を確立した巨匠。


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20歳の自画像 渡航する前、多分。

近代化が進み、油彩画が日本に定着した頃の1908(明治41)年、20歳の梅原は渡仏し、ルノワールに会った。パリに着いて、まだルノワールに会う前に描いた作品。

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「少女アニーン」 下宿先の少女

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「横臥裸婦」


1909年南仏カーニュ・シュル・メールのアトリエに巨匠を訪ねていた。

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紹介状もなく訪ねてきた20歳の梅原を、リウマチを患っていたルノワールと梅原龍三郎が会った当時の二人と一緒にスリーショットを写せる場所が会場内にあった。


パリに到着後、ルノアールと師弟関係を持った後に描いたもの

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「はふ女」 梅原龍三郎

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「読書」  梅原龍三郎

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「ナルシス」 梅原龍三郎

ヨーロッパから帰国した年(1914)の作品で、ギリシャ神話のナルシスは水鏡に映った自分の姿に恋する話だが、これはたくましい青年が洗面器を眺めて物思いに沈んでいる。 梅原龍三郎が自分流に解釈して描いたもの。

世界は広くて大きいから、そんな狭い世界で自己陶酔してはいけないよ、って絵がいっているような気がする。

初期とは変わり、華やかで大らかな画風になっていた。



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「パリスの審判」

上:ルノアール   下:梅原龍三郎

構図は似ている。
が、晩年(この時、すでに90歳に達していた)
に描いた梅原はスタイルにとらわれず自分流に天衣無縫に描いているようだ。


会場には、ルノワールと梅原龍三郎、二人の言葉も随所に掲げられていた。

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第一次世界大戦終結間近の1918年8月2日付のルノワールから梅原への手紙も
展示されていた。

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夫人のアリーヌ・シャリゴが亡くなったこと、長男のピエールと
次男のジャン(後の映画監督)が戦傷を負ったが生きているので、まだ自分は
幸福だと思っていることなどが書かれていた。

幸せの画家といわれるルノアール。どんな状況にあっても幸福を見つけるルノアール。人を幸せな気持ちにしてくれる。

梅原が魅かれるのは、光輝く明るい色彩で描くルノアールの心なのだろう。

梅原龍三郎が会いに行った頃のルノワールは既に老大家であり、印象派の画家たちは名声を博したものの、この頃は時代遅れとも思われていた。フォービズム、キュビズム、未来派などの新しい美術が花開いていた。

梅原はこれらに無関心ではなかった。

新しい世代のピカソやルオーなどにも関心を寄せ、優れた鑑識眼を持つ「コレクター」でもあった梅原龍三郎!何回かの渡航で収集していった。
自身が愛蔵したルノワール、 ピカソ、ルオー、ドガらの作品をまとめてここに展示してあった(これらは撮影不可)。

本展は、梅原の描いた絵画と元となったルノワールなどの絵が同時に鑑賞でき、かつ独自の作風が生み出される過程が観られた貴重な機会だった。


(開催概要)

【日程】2016年10月17日(水)から2017年01月09日(月・祝)まで
     10:00-18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、1月4〜6日は20:00まで)
     ※入館は閉館の30分前まで
【休館日】毎週月曜(但し、祝日・振替休日の場合は開館)
【会場】三菱一号館美術館
【価格】一般(前売) 1,400円

展覧会の概要 HP http://mimt.jp/renoirumehara/ 


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スペイン旅行をしたときに観たエル・グレコの影響がある「自画像」


大塚国際美術館 Pt.4 The Otsuka Museum of Art PT.4  東京以外Other than Tokyo

大塚国際美術館では、初めて観た名画がたくさんあった。ここでは特に興味深かった近代絵画と現代絵画を記録しておきたい。

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エドゥアール・マネ(1832年〜 1883年)「ナナ」

エミール・ゾラ(フランスの小説家)の「ナナ」のモデル像。この可愛い女「ナナ」は女優で高級娼婦。次次と上流階級の男たちを虜にして散在させ破滅に陥らせる悪女なのだった。

当時は音楽家、画家、小説家などの芸術家交流サロンがあったようで、そこで創作のインスピレーションを沸かせていた。小説家ゾラは画家マネとも親交があった。

チョイ昔「ナナ」を読んだ時、どんな姿形か想像していた。その人がこれかと見入ってしまった。ちょっとぽっちゃり系で可愛い雰囲気はあるな、とも。

背景に描き込まれた鶴。当時のパリでは鶴は娼婦を意味するらしい。当時の流行であるジャポニズムを垣間見ることができる。背後にいる山高帽の男性はお客さん。笑える。

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フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890)「自画像」

ゴッホの絵は、たくさん観てきたが、これは観たことがなかった。

1888年に南フランスのアルルで、耳たぶを自傷する事件を起こした。この自画像は亡くなる前のものだったが、目に力を感じる。


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六輪のヒマワリ

ゴッホの<ヒマワリ>で有名なのは、アムステルダム、ロンドン、ミュンヘン、フィラデルフィア、東京(損保ジャパン日本興亜美術館)所蔵の大型(90〜100cm×70〜75cm)の<ヒマワリ>である。これらはアルル時代の作品だが、ゴッホはパリ時代にも何点かの<ヒマワリ>を描いている。
これは有名な5点の<ヒマワリ>の原点にもなった作品。

東京の武者小路実篤記念館所蔵での全面的な協力のもとによみがえった。


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ヨンキント・ヨハン・バルトルト (1819 〜 1891) セーヌ川とノートルダム

クロード・モネに影響を及ぼした画家といわれる。

今も変わっていないこの景色。またパリに行きたい、とそそる風景だった。

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現代アート。染色でスプラッシュ染をやったが、それに似ていたので興味深かった。

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ピカソを世界に一躍有名にした<ゲルニカ> 超大作 349cm×777cm

1937年、フランコ将軍の要請でナチス・ドイツ軍はスペインの古都ゲルニカを全滅させた。
これに衝撃を受けたピカソは、この作品をパリの万国博覧会の壁画としてわずか1か月で仕上げている。直接的に爆撃を想起させるものは何も描かれていないが、ミノタウロス、母子、曲芸師など、彼が好んだ主題すべてがネガティブに反転させられている。それゆえに、人間の暴力と悲劇に対する普遍的で強烈な反対の意思表示が伝わってくる。
(解説より抜粋)

スペイン・マドリッドのソフィア美術館にあるが、もしスペインに行ければ、これは欠かせない鑑賞と思っている。

わずか、3時間あまりの鑑賞だったが、すべてを観るには1日は必要と思った。

思うに絵画等の芸術鑑賞は、文学や往時の文化・社会的背景や歴史も理解するし、旅の楽しさも増すなど、深い意味も持っていると痛切に感じる。

大塚国際美術館 Pt.3−2 The Otsuka Museum of Art Pt.3−2   東京以外Other than Tokyo

大塚国際美術館 でこれまで本物を観たことがある 回想の続きです。

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皇帝ナポレオン1世と皇后ジョセフィーヌの戴冠
(ダヴィッド・ジャンルイ)

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他にアンディ・ウォーホールやフェルメールもあったけど、写真を撮り忘れた。

これらは偽物の陶板だったけど、初めて本物を観た時の感動がよみがえった。

次は、こちらで初めて観て印象に残った絵画の記録といこう。

大塚国際美術館 Pt.3−1 The Otsuka Museum of Art   東京以外Other than Tokyo

これまで本物を観たことがあって写真を撮れなかったものが、ここ大塚国際美術館にはあった。^v^

海外の美術館は撮影可のものが多かったが、混雑していて思うように写真が撮れなかった。また、日本国内美術館の企画展は、ほとんど撮影不可だから当然のこと写真は撮れない。

ここは陶板画ではあるが、混雑していないため自由に写真を撮ることができた。

実物を観たことがあるものを記録しておきたい。

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レオナルド・ダヴィンチの「モナリザ」がルーブルにあるより大きく思えた。
展示会場により印象は違う。

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洗礼者ヨハネ―なんとなく「モナリザ」にも似ている。

同じレオナルド・ダヴィンチの作品というわけでもないみたい。
ひょっとして同じ人がモデルかな?性別不明というように
謎に包まれる肖像画であった。

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画像が多いので2回にわたってお届けします。続く

大塚国際美術館 Pt.2 The Otsuka Museum of Art Pt.2  東京以外Other than Tokyo

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ルネサンス期のイタリアに生きた万能の天才

 レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐

これは観たい、と思っていた。

今年イタリアで見たかったけど、ミラノまで行ってられない。

お金も暇もないトホホな生活。それに今のヨーロッパ、追い詰められているISの関係で

イタリア等では危険な匂いがするから。。。

もし行っても無事に帰国できれば儲けもの、の意味でしかない。
そんな思いまでしていきたくない。

ここ、大塚国際美術館で見られる、ことを知った。

これは偽物とはいえ実物大。臨場感がある^v^

「最後の晩餐」は皆様ご存じ、十字架にかけられる前の最後のディナーで

キリストが「この中に裏切り者がいる」と言った瞬間の構図。

皆驚いている表情だけど、一人だけ理解しているような顔をしているのが

キリストの背後の右隣の女性のような人ヨハネ(多分、一番弟子)。

ま、いろいろな説があるようだけど。

裏切り者のユダはテーブルでキリストの右隣で身をひいていた。

テーブルの上は、パン、コップに入っているのはたぶん赤ワイン。

お皿に上には魚。テープルクロスの折り目や模様も緻密に描かれていた。


レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたヨハネの肖像画は他の場所で観ることができた。
あらためてモナリザに顔が似ている、と思った。


現在の「最後の晩餐」は修復されていたもので、修復前のものも陶板で再現されていた。

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それがこれ↑ 超大作なので部分のみ撮影。

ここで、大塚国際美術館の展示リストを張り付けておきたい。

▼PDF【 展示作品リスト 】(1.1MB)
http://o-museum.or.jp/files/lib/3/13/201502251636283701.pdf

この中には本物を鑑賞したものが結構あった。

続く



大塚国際美術館 Pt.1 The Otuka Museum of Art Pt.1  東京以外Other than Tokyo

徳島県鳴門市にある大塚国際美術館(The Otsuka Museum of Art)は大塚製薬グループが私財を投じて作った陶板名画美術館。西洋の名画作品が約1000点。

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鳴門の漁港

この陶板名画は実物大で制作するのに鳴門の砂が使われた。

実物大で陶板技術を駆使して作ったレプリカ。2000年以上色褪せないという。

まずは、バチカン宮殿にあるシスティーナ礼拝堂。

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サン・ピエトロ大聖堂北隣に位置するその建物とともに、ミケランジェロ、ボッティチェッリ、ペルジーノ、ピントゥリッキオら、盛期ルネサンスを代表する芸術家たちが内装に描いた数々の装飾絵画作品で世界的に有名な礼拝堂である。

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天井画を部分撮影

続く




ダリ展@京都市美術館  東京以外Other than Tokyo

京都市美術館では「ダリ展」が行われていた。

スペインが生んだサルバドーレ・ダリが日本では過去最大級200点の作品群。

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(展覧会の構成)

初期作品 Early Works

モダニズムの探究 Quest for Modernity

シュルレアリズム時代 Surrealist Period

ミューズとしてのガラ Gala as Muse

アメリカへの亡命 Exile in America

ダリ的世界の拡張 Expansion of Dali's World

原子力時代の芸術 Art in the Atomic Age

ポルト・リガへの帰還 Return to Portligat

ダリが関わった映像作品3本。

監督:ルイス・ブニュエル、脚本:サルバドール・ダリ「アンダルシアの犬」(1929年)

監督:アルフレッド・ヒッチコック、幻想シーンのデザイン:サルバドール・ダリ「白い誘惑」(1945年)

舞台装飾と衣装デザインをダリが手がけたアニメ作品「デスティーノ」(1952年)

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ここのみ撮影可の「メイ・ウエストの部屋」。

赤い壁に2点の絵画が展示され、中央には暖炉、
手前に唇のような赤いソファが置かれた。
これは角度を変えて見ると女優のメイ・ウエスト(1893〜1980年)の顔になるそう。

初期作品は、それほど奇想の画家とは思えなかった。

かってそうであったように、芸術は従前と違った傾向をを求められるものだから、それが進化とはいえないかもしれないけど。

ダリは年齢を重ねるにつれ、ど肝を抜く発想、ダリならではの世界が充実していくのを感じた。

その繊細かつ大胆!豊かな発想のダリの初期から晩年までの軌跡を鑑賞できた。


次は東京で開催のダリ展。

会期  : 2016年9月14日(水)〜12月12日(月)   毎週火曜日休館

開館時間: 10:00〜18:00 金曜日は20:00まで
ただし、10月21日(金)、10月22日(土)は、22時まで
※入場は閉館の30分前まで

会場  : 国立新美術館 企画展示室1E
〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2

(主催)
国立新美術館、ガラ=サルバドール・ダリ財団、サルバドール・ダリ美術館、国立ソフィア王妃芸術センター、読売新聞社、日本テレビ放送網、BS日テレ
(共催)ぴあ、WOWOW
(後援)
スペイン大使館、TOKYO FM
(特別協賛)キヤノン
(協賛)花王、損保ジャパン日本興亜、大日本印刷、大和ハウス工業、トヨタ自動車、みずほ銀行、三井物産
観覧料 :
当日 1,600円(一般) 1,200円(大学生) 800円(高校生)
前売/団体 1,400円(一般) 1,000円(大学生) 600円(高校生)
中学生以下および障害者手帳をご持参の方(付添の方1名を含む)は入場無料


相国寺承天閣美術館  東京以外Other than Tokyo

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相国寺境内にある相国寺承天閣美術館に行った。

東京都美術館で春に開催した「若冲展」でものすごい混雑だったのであきらめた。

今回ここで観ることができる。

承天閣美術館の展示の中心はコロタイプ印刷による「動植綵絵」30幅。

かなり精密に再現されていて圧巻だ。


そして、常設展示の鹿苑寺(通称 金閣寺)大書院の障壁画。

若冲は、金閣寺の障壁画も描いていたのだった。

それにしても若冲の襖絵、空間が広い。余白の美とでもいおうか。余白から何かを感じさせる。

また、相国寺は、伊藤若冲ゆかりの寺院であるため伊藤若冲の作品だけでなく、

金閣寺や銀閣寺などの塔頭寺院の寺宝も展示や

千利休なども関係が深いこともあり、茶道関連の道具や器なども展示されていた。

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回廊から見えた坪庭・


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若冲関連の京都市内の地図をネットより拝借したので、行ける時の参考に貼り付けておこう。

石峰寺には500羅漢と若冲のお墓があるそうだ。

次は岡崎公園・平安神宮・京都市美術館へ



ポンピドゥー・センター傑作展 U   東京都美術館 Tokyo Metropolitan Museum

ポンピドゥー・センター傑作展の続きです。

誰もが知っている20世紀の二人の巨匠のことを記録しておきたい。

まずは、

Pablo Picasso パブロ ピカソ(1881-1973) 86,87頁


私は他の人が自伝を書くように絵を描いている。

I paint as others write their autobiography.


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女神(ミューズ)1935 油彩 130×162cm 

日本初公開となるピカソの代表作

ピカソは数々の愛した女性たちをミューズとして、愛したり、苦悩したり、

インスピレーションを受けたりして、1枚の絵に仕立ていった。

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絵を描く少女のいる室内(ニューヨーク近代美術館)

ポンピドゥー・センターにあるミューズと構成は同じだが色彩や内容が少し異なる。

右頁に絵画の制作を中断し、しばらくの間、「人生最悪の日」と言って
詩作に専念したことがあった記録。


その時期はピカソの女性関係で、最初の妻オルガと別居の頃と重なるが、そのせいかどうかはわからない。

ピカソの周囲にはいつもルックスも良くて自立した素敵な女性ばかりいた。


次に

Henri Matisse アンリ・マティス(1869-1954)116,117頁


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大きな赤い室内 

1948 油彩 148×97cm

私は色彩を通じて感じます。だから私の絵はこれからも色彩によって組織されるでしょう。

I feel through color, therefore my canvas will be always organized by it.

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この展覧会の会場構成が建築家 田根 剛による独創的な展示空間だったので、

個々の作品と作家の魅力が同時に知ることができる素敵なイノベーションだった。




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