road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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吉野作造が遺したもの

以下、「吉野作造の思想と業績」懸賞論文の要約である。

吉野の評価はゆれ続けてきた。評価のゆれの要因は何か?
吉野の生きた時代の社会経済的状況とその変化に着目して考えてみる。
ゆれの原因その一、日本資本主義発展の特殊な経緯。
吉野のヒューマニズムがリアリズムに裏打ちされた時代(第一次護憲運動の頃まで、資本のブルジョワ的要求が民主主義を前進させた時代)は長く続かなかった。吉野のヒューマニズムは資本と労働との激しい階級対立の時代に、リアリズムを失った。
だが、吉野もまた時代を感じ、変化発展し時代に対応していく。この変化発展をどう捉えるべきか。その議論が不十分であったこと。これが吉野にたいする評価のゆれの第二の要因である。
当時の社会の矛盾の集中点、帝国主義をめぐる態度において、吉野は高く評価されるべきである。民族独立を求め・反戦を主張・侵略に抗議した吉野。それを可能にしたのは、朝鮮の独立運動家・反日運動家の中国人達との交流であった。吉野はここにリアリズムを再び取り戻してゆく。また、吉野の言動の根底にキリスト教的人道主義の確固さがあったことにも注目すべきである。転向した共産党幹部の存在を考えた時に、吉野の人道主義の確かさを思う。社会主義者を含め、すべての社会運動家が受け継ぐべきものだ。
ただし吉野の限界もまたキリスト教人道主義に由来する。
リアルな社会構造分析を妨げる側面があるからだ。
人間に対する理想=ヒューマニズムと科学的な態度=リアリズムの結合。
それこそが、課題として吉野が残してくれた遺産であろう。

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投稿者:eudaimonia
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