road to truth

ひとりの人間の「真実の生き方」への模索の記録

 
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志賀直哉の予言

高校時代、苦しみの渦中にあった自分。
友達にも相談することができなかった。
そんな自分を、蜘蛛の糸のように奈落から救ってくれたのは、
志賀直哉の小説「暗夜行路」だった。

その「暗夜行路」に次の一節があったことを今日初めて知った。

「人間が鳥のように飛び、魚のように水中を行くということははたして自然の意志であろうか。
こういう無制限な人間の欲望がやがて何かの意味で人間を不幸に導くのではなかろうか。
人知におもいあがっている人間はいつかそのためむごい罰をこうむる事があるのではないか。」

たとえば原子力。
「不滅の火」を求める欲望が、常軌を逸する事態を展開させる。
日本と同じ地震大国トルコに原発を輸出する協定の承認が、自民・民主・公明の賛成で強行された。この国の原発事故処理のめどさえたたず、
被災者の多くは、いまだにふるさとを追われ、苦境の中にあるというのに・・・


消費増税の大部分が法人減税に消え、大規模公共事業に消えていく。
たとえばリニア新幹線。
「光のように陸上を移動する」という欲望が、
金儲けの衝動に駆られ続けるビッグカンパニーの欲にまみれた意志と、
その代弁者である政治屋どもの決定を後押しする。

3・11後
3年前のあの頃、多くの人が物質的な欲望に絡めとられていた自己を省みて、
「人知の思い上がり」に対する痛切な反省を述べていたように記憶していたのだが、
気のせいだったか?

35年前に読んだ小説の中に記されていた一節。
いまさらながら、志賀直哉という人の慧眼におどろく

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投稿者:eudaimonia

母の左手

母の語る昔話を記録しておきたいと思うようになった。

この先、同じ話を何度聞けるかわからない。
自分に大きな影響を与えた人の話だ。
記しておいて損はない。
いや、それは書き留めておくべきだ・・
そう思うに至った。

その一。

母の左手は、僕がものごころついた頃からいわゆる「サル腕」だった。
左手が曲がったままに固定されて、自由に使えない。
だから、母が運転する車の助手席のドアを母が開けようとするときは、
母は、助手席のドアに近い左手を使わず、わざわざ右手を頭の上から伸ばし、ドアのロックを引き上げていた。
それはまるでラジオ体操の体側の運動のように見えて、
「またラジオ体操だね」と僕は笑ったりした。

サル腕になった理由を聞いたのは、
僕が30才を過ぎた頃だったと思う。

唐突に聞かされた、けっこう衝撃的な出来事。
母が子どもだった頃の話。
母は、妹の子もりをまかされた。
まだ赤ちゃんだった妹を背負っていた母に悲劇が襲った。
かなりのスピードで走ってきた自転車に衝突された。
バランスを崩した母は、あかちゃんを落としそうになる。
落としてはならぬと必死だった母は、赤ちゃんを守るために夢中で左手を伸ばしていた。
不運にも、母の左手は自転車の後輪に挟まり複雑骨折。
以後、80歳になっても母の左手は自由にならない。

すごい話だった。
ある程度、状況からして自分が傷つくことは母もわかっていただろう。
だのに、妹を守るために自分が傷つく選択をした母。

すごい人だと思った。
自分にはとてもまねできない。

短所をあげればきりがないほどある。
口うるさく、神経質な母。
でも、この人はすごい人なのだと、
母の左手を見るたびに思う。

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投稿者:eudaimonia

サザン「ピースとハイライト」、そしてナショナリズムはびこる、この国の今について

本日、終戦記念日を迎えた。
立場を植民地にされた側に置けば解放記念日。
侵略された側から見れば、戦勝記念日だ。

復活サザンの新曲「ピースとハイライト」を知る。
桑田さんが「最近の東アジアを見てつくった」という。

「♪何気なく見たニュースでお隣の人が怒ってた・・」
「♪歴史を照らし合わせて、助けあえたらいいじゃない
 硬いこぶしを振り上げても心開かない」
「♪希望の苗を植えていこうよ
 地上に愛を育てようよ」と続く。


「相手のことを理解して、自分たちのことも伝えて・・
 二度と過去の過ちを繰り返さないようにとの思いで」
 と桑田佳祐さんは語る。

サザンをあまり好きではなかったけれども、
こういう時に、このすばらしいメッセージソングを歌った桑田さんの勇気には敬服する。

思っていた通り、youtubeコメント欄にはネトウヨからの非難の嵐が吹き荒れている。ため息が出る。だが、冷静に考えると彼らがそうなったのは彼らのせいなのか?このような無知で無思慮な若者を生み出したのは、彼らが受けた教育の結果だったのだろうと思う。

もういちどこの曲を聞いてみる。
そして、あのサザンが、この曲を創った事の重みをかみ締めたい。

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投稿者:eudaimonia

僕の大おじいちゃんは郷土の英雄

今朝早く起き、先祖のお墓の掃除とお参りをする。

たくさんの先祖の墓の中に、理三郎と名前が刻まれた墓がある。
実は、理三郎さんのことは子どもの頃からよく知っていた。
なぜなら、小学校社会の副読本「私たちの町岩倉」で写真入りで大きく紹介されていたからだ。授業でも郷土の英雄としてとりあげられた。
すごい人を先祖にもっているのだとびっくりした記憶がある。
(以下、抜粋)

 稲の品種改良その他で大きな業績を残した人。
文化10年(1813年)岩倉羽根(稲荷)に生まれ、子どもの頃から農業が好きでした。大きくなると農業の改善に志し、どんな作物でも天候の支配を受けることに気づき、気象の観測を怠らないで、これを細かく書き記すとともに、気象の変化が作物の成育にどのようにひびくか、どうしたら作物をもっとよく育てられるかを、自分の体験を通してひとつひとつ研究を進めました。
 理三郎は非常に体が強く、寒中に種子を水に浸したり、酷暑に稲の根元に太陽の光をあてたり、いろいろ試してみては、それをみんな「農事年中行事」にまとめ、方々の村に分かち与えました。このようにして理三郎の名はだんだん世間に広まりました。明治11年から県のいろいろな農事改良に関する役につくようになり、また、東京へ行って多年の研究の結果を発表しました。
(中略)
 明治34年、60余年の功績によって緑綬ほう章を受けました。
この勲章を受けた時、有栖川宮に会いました。宮から「どんな仕事をしましたか。」とたずねられた時、理三郎は両手をぱっと広げて宮の前に差し出し、「これでございます。この手の大きいことと荒れていること。ただこれだけでございます。」と答えたといいます。
生涯を体験に生き抜いたものとして、はじめて言える言葉です。


これを読んだときに、僕には大じいちゃんの事がどうにも誇らしく思えた。
大じいちゃんが、緑綬ほう章を受けたからではない。
貧苦にあえぐ農民のために、自ら骨身を削って研究を行い農業生産の向上につくした人だった。大じいちゃんの人生がそういう人生だったということがうれしく、誇りに思えてならなかったのだ。
サンテグジュぺりの言葉を借りれば、大おじいちゃんはきっとその大きな荒れた両手に星をいっぱいつかんで永眠したのだと思う。

理三郎さんは今年、生誕200年を迎えた。
実はそのことを副読本の記述を打ち込んでいた時に知った。
そうとも知らずに書き始めた日記。
なんとも奇跡的な事だと思う。



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投稿者:eudaimonia

8月6日に

あなたたち
泣いても涙のでどころのない
わめいても言葉になる唇のない
もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
あなたたち
 
血とあぶら汗と淋巴液とにまみれた四肢をばたつかせ
糸のように塞いだ眼をしろく光らせ
あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
恥しいところさえはじることをできなくさせられたあなたたちが
ああみんなさきほどまでは愛らしい
女学生だったことを
たれがほんとうと思えよう
 
焼け爛れたヒロシマの
うす暗くゆらめく焔のなかから
あなたでなくなったあなたたちが
つぎつぎととび出し這い出し
この草地にたどりついて
ちりちりのラカン頭を苦悶の埃に埋める
 
何故こんな目に遭わねばならぬのか
何の為に
なんのために
そしてあなたたちは
すでに自分がどんなすがたで
にんげんから遠いものにされはてて
しまっているかを知らない
 
ただ思っている
あなたたちはおもっている
今朝がたまでの父を母を弟を妹を
(いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
そして眠り起きごはんをたべた家のことを
(一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)
 
おもっているおもっている
つぎつぎと動かなくなる同類のあいだにはさまって
おもっている
かつて娘だった
にんげんのむすめだった日を

(仮繃帯所にて・峠三吉)


つぶやきで紹介した和合亮一は、原発事故の渦中にあって涙を流しながら「行きつくところは涙」と書いた。
峠三吉は原爆詩集「仮繃帯所にて」冒頭で被爆者の状況を「泣いても涙の出所がない」と表現した。
和合さんは被曝してから、峠の詩を何度も何度も読み返しているという。
僕もまた、峠三吉の詩に、文学とか芸術を越えるものを感じ、圧倒される。

2013年、68年目の8月6日に・・
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投稿者:eudaimonia
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