2018/4/2

「空海」という人物はものすごい  短歌

この歳になって初めてのことだが、最近は空海にはまっている。空海とは、そうあの弘法大師のことである。最近読んだ本としては「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」(巻1〜4、著者:夢枕 獏)がある。私は知らなかったのだが、数年前に映画にもなったらしい。

空海に興味を持ったのは高野山のある和歌山出身だからという訳ではないのだが、弘法太子たる空海という人物については以前から関心があり、司馬遼太郎の「空海の風景」(上下巻)は読んだことがあったが、それと対比して読むのもまた面白い。

これらによると、空海という人物は司馬遼太郎をして「日本史上初めての普遍的天才」と言わしめたほどの人物であり、遣唐使として唐に渡った時点で既に漢語をよくし唐の相当な学者や詩人以上の漢文、漢詩を作れたそうである。当然ながらことばのほうも、漢語はもちろん彼の最大の目的である「密教」を極めるために必要な、伝来国であるインドのことばや、さらに西方の中東のことばも渡唐後にたちまち修得してしまったそうである。

「空海の風景」の後半で語られていた最澄(空海が私度僧であったのに対し、宮廷の侍僧として同じ遣唐使の別の船に乗っていた)との対峙についてはこの「沙門空海〜」では全く触れられず、密教や道教などによる様々な秘術についての記述が多い。だからこそ映画化もしやすかったのであろう。

この本ではまた、玄宗皇帝と楊貴妃の物語も伏線に置かれ、それを「長恨歌」として後の世に出す白居易らとのかかわりが描かれる場面もあり、「へえ、こんなことがあったのか」と、別々に知っていた人物が同じ場所でつながるのまた楽しいものである。

0
タグ: 空海 密教 大阿闍梨



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ