2017/11/10

またぞろ臨時のガイドをしてしまったぞ  短歌

先日は大阪市の南部で道を探している外国人カップルに声をかけて生玉神社の案内をして感謝されたが、今夜は梅田の近くでホテルを探している中国人カップルに声をかけて、難波まで案内をしてあげた。こうしてみると、私もなかなかの民間ボランティアガイドの役割を果たしているではないか。

この背景には、大阪だけでなく日本の各地とも、街角の案内図の外国語表示などにおいて、急増するインバウンドへの対応が未整備であることが先ず挙げられる。それに加えて、巷の日本人にも外国人に対して積極的に声をかけるという姿勢が欠けているように感じられる。

かく言う私も、中国語どころか英語でも決して自信があるほうではないのだが、見知らぬ外国に来て困っている人を見たら、黙ってその場を通り過ぎることはできないのである。自分自身が彼らの立場であったらどんなに心細いかと考えたら、理屈抜きでそういう行動になるだけなのである。

現に私も40年以上前に出張先のアメリカで2ヵ月近くの滞在中に、現地の人から何度助けられたかわからない。その時のありがたさは今でも忘れていない。こうしたことは、人種により異なるものではなく、人間同士として等しく共通するものではないだろうか。

言うまでもなく大切なのは、語学力のレベルや点数ではなく、人間対人間として、困っている人を見たら、下手な英語でも日本語混じりでもいいから何とかしてあげようとする姿勢と具体的な行動であろう。

ビジネスだけでなく日常生活においてもどんどんグローバル化している中にあって、我々日本人の意識や行動は大きく変わらなければならないのではないだろうか。
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2017/11/8

初冬の涸沢は暖かかった  短歌

11月初旬の三連休に、50年来の大親友である先輩社長と北アルプスの涸沢に出かけてきた。元々は平日の日程を計画していたのだが、二人の予定を調整したら三連休の日になってしまったのである。混雑を予想はしていたが、上高地は外国人を含む大勢の観光客でごった返していた。それでも、梓川に沿って明神、徳沢と進むにつれて人数は減っていく。

一泊めは氷壁の宿として知られる徳沢園である。今は、石鹸も使える風呂や清潔な水洗トイレ、豪華なステーキの夕食、カプセルホテル風の個室など、山小屋ではなくホテルとして営業していた。二日めは横尾を経由して目的の涸沢に向かう。標高2350mの涸沢は一週間くらい前に降った雪が5〜6cm積もっていると聞いていたが、この日も朝からの雨が途中からは雪となり積雪量を増やしていく。

ヒュッテに着いたらすぐに、お決まりのように相棒との酒盛りが始まる。メインはこの日のために彼がわざわざ持ち込んでくれたあのレアな焼酎「百年の孤独」である。40度の濃いアルコール度が疲れた身体に染み込んでいく。うまいっ!! ここまでの疲れも日ごろのストレスも、瞬く間に溶かして流し去ってくれるようである。

夕飯までには間があるので、屋上のテラスに上がってみる。ヒュッテの回りは先ほどまで降り続いた雪がうっすらと積もり、一面の雪景色である。カールの上方には前穂高岳から奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳の連峰が重量感をもって眼前に迫る。大迫力だ。奥穂高岳の反対側の東方を眺めると、これまた名峰の常念岳が指呼の間に見える。

ヒュッテに戻り談話室でまた飲み直す。外資系IT企業の若手ビジネスマンや50才過ぎの単独行の女性、50代とおぼしきカップルなどと、いつものように会話を交わす。独身と見るや、若手男性にも中年女性にも、結婚せよ、わしが世話をする、と先輩社長の舌鋒はますます冴え渡る。聞いた相手方もまんざらではない様子である。

それはともかく、彼と三日間も同行していると、列車やヒュッテの中だけでなく、山道を歩きながらも、山の話に始まり仕事の話、人生の話、家族の話など実に様々な会話を交わした。いや、今回も私の話を聞いてもらったほうが多かったようだ。何でもよく聞き、ポイントを衝いてくる彼のコミュニケーション力は天下一品である。おかげで我が母校に対する私の悩みを的確につかみ、早速に対策案を立ててくれた。

北アルプスの晩秋を楽しむつもりが早くも初冬となり、気象的には寒い三日間であったが、心の中は実に暖かい三日間であった。
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2017/10/31

ふるさと考  短歌

昨日からふるさとの和歌山市に来ている。先週は大学スタッフとの意見の食い違いというか私の考えが理解されなさすぎてほとんど切れかかっていたせいで、大学への寄付要請のための企業訪問予定が停滞していたため、それを取り戻すため一泊で和歌山市に来ている。

1日めは何とか無事に回り終えた。それでも地元大学に対する一般企業の反応は冷たくまた小さい。残念なのは、大学当局とりわけ事務部門の危機感が薄く、地元からの大学に対する厳しい見方を適正に認識できていないことが挙げられる。

それはともかく、久しぶりにふるさと和歌山市に泊まりホテルの近くの居酒屋に一人で入り飲んでいると、懐かしい和歌山弁だけでなく懐かしい人の名前や話題が次々と出てくるのが嬉しいではないか。

例えば、プロ野球で2000本安打を放ち「名球会」入りを果たした元阪神タイガースの名選手、藤田平選手の話が隣の若いお客さんから出たりする。思わず「彼は小中学時代の僕の同級生だ」と叫びたくなる場面が多い。その他にも、「あるある」と言いたくなる話題や懐かしい話が次から次へと続くからたまらない。それらを聞いていたらついついお酒のピッチも進むというものである。

一方では、若者達の会話からはあの独特なイントネーションの和歌山弁があまり聞かれないように感じた。かく言う私も和歌山から離れて長いので、余人のことは言えた義理ではないが、やはりテレビなどの影響は大きく、方言も次第に消えつつあることを身にしみて感じた。

70年に届く人生の中でふるさとで生活したのはたかだか22年しかないのだが、細かいことはともかく、私は理屈抜きでふるさとが好きなんだなあと再認識した。

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2017/10/29

台風への恨み節  短歌

先日はここで、台風のおかげということを書いたのだが、10月下旬のしかも2週連続の大型台風にはさすがに恨み節を言わざるを得ない。というのは、時季外れの連続の台風の襲来により、いくつもの予定が延期や中止となり、計画が狂いまくりだからである。

中でも、今年は関西のススキの名所と呼ばれる5本指の内の3つまでを一気に制覇しようという計画がことごとく影響を受けてしまったからである。その行き先の一つは、和歌山市の南部にあたる紀美野町の生(おいし)石高原である。最近ではマイカーで登る客が多いなかを、親友達と4人で昔ゆかしく歩いて登ろうと計画していたのに、先週の台風21号で昨日に延期となり、それもまた22号のために今回は中止とせざるを得なくなった。

2つ目は奈良県と三重県の境い目にある曽爾(そに)高原である。大学同窓会の歩こう会で今日行く計画をしていたのだが、22号が最も近畿に接近する見通しのため2日前に11月5日へ延期となった。しかしその日は大親友と2人で信州は北アルプスの涸沢へ遅い秋を楽しみに行く予定があるので、曽爾高原へは私のみ参加できなくなった。

3つ目は11月11日の大和葛城山である。この日の天気予報はまだわからないから何とか行ける可能性は残されてはいるが、何だか折角の高まる気持ちをそがれたようで、残念でならない。せめて1ヵ所だけでも今年のススキ見物を実現したいものである。

ところで今週末の涸沢であるが、その大親友によると現地では数日前に初雪が降り2〜3cmの積雪となったようだ。となると「晩秋」どころか「初冬」の北アルプスと呼ぶ方がふさわしくなる。そうなると、防寒対策が必須の山歩きとなるわけだが、一方ではうまくいくと青い空、黄色の紅葉、真赤なナナカマドの実、白い新雪、という見事なコントラストが見られるかもしれない。

もちろんこれも天候次第であり、最近の異常気象からいけば実現の可能性は高くはないのだが、私としてはせめてここ最近の予定狂いのお返しを期待したいものである。

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2017/10/22

台風のおかげ  短歌

昨日は早朝から東京に来ていた。母校の同窓会の東京支部の年次総会に大阪支部からの代表としてゲスト参加するためである。併せて、ビジネスマン現役時代の旧知の知人との会食と、隔月に開催される人事の研究会に出席するためでもあった。

折からの超大型台風21号の接近のため、今日の午後に予定していた研究会は延期となったので、夕方に予約していた新幹線は朝早くの便に変更した。その関係で、いつもは山側のE席にしか座ったことがなかったのだが、空いていなかったため海側のA席を予約したのであった。

読みかけの藤沢周平の本が一区切りに来たとき、ふと窓外を見ると海が見えた。それ自体はごく当然のことなのだが、長い間帰りの新幹線の車窓から海を見たことがなかったので、すごく新鮮な気持ちになった。

台風の影響であろうか、小雨の海はどんよりとした鈍色をしている。時間の経過や地理的な関係から見て、場所はたぶん浜松か掛川か、いずれにしろ静岡県のどこかであろう。晴れていたら広々とした青さが目に入るのだろうが、今日の海は鉛色の空との境目が判然としない。

それでも何となく落ち着いた気持ち、何か得をしたような気持ちになるのは、いつも見慣れたのとは違う景色を目にして新鮮な気持ちになれたからかもしれない。たまには、いつもの道や時間や角度から見るというのも面白いものだと感じた。
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