2017/5/23

「社会実験」という名の知恵  短歌

「社会実験」という名の知恵が生きているなあと感じることがある。正式には制度化するのは難しいが、社会的に見て必要だと考えられる事案について、「社会実験」という名のもとで実質的、合法的に実施するものがそれである。

これらは、前回ここに書いた香港の中国への返還時や台湾をめぐる扱いで示された「一国二制度」と同様に、苦渋の中からたどり着いた人類の知恵の結晶とも言えるものである。言わば何も問題がないところには存在しないし存在する必要もない代物である。

しかしながら、そういうものが存在するということは、とりもなおさず現存するルールの中では対処しきれない難題があるからこその、ある種の「必要悪」なのだろう。同時に、国や各種の行政機関というものが、現存する法律のもとでしか機能しないことに端を発しているとも言えよう。

言うまでもなく、法律は国民の安全・安心を守り、国民間の課題解決や秩序維持のために必要不可欠なものである。しかしながら今の日本には、ものごとを先取りして解決や向上させるための法律は存在しない。

ところがどっこい、どこの国も同じかというとそうではない。アメリカであれヨーロッパであれ、その国をよくするために前もって法律を作っている国がいくつもあるのである。

日本の行政機関は、この事実を肝に命じてほしい。


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2017/5/14

人材育成の極意  短歌

新聞小説にも時々はいいものがある。日経新聞朝刊の今の小説は「琥珀の夢」という題で、一代でサントリーを築き上げた鳥井信治郎の物語である。鳥井と、自転車屋の幼い丁稚であった松下幸之助との出会いや、松下幸之助が鳥井から激励されたり学んだエピソードも紹介されていたので、興味深く読み続けている。

数日前の文章には、人材育成についての記載があり、得たりと感じた。それは信心深い鳥井が延暦寺を訪問していて、寺の座主から教えられた次のことばである。

「いくら性急な性格であっても、自分ができることを他人が上手くできない時にもどかしく感じて自分でやってしまっては人の持つ力を引き出せない。放っておけば失敗もするだろうが、しかし失敗して身につくもののほうが多いのです。手取り足取り教えたものは、その半分も身につきません。当人が、痛い、辛いを味わって、初めて身につくのです。」

いかがだろうか? まさにそのとおりであり、私の次の信念にも相通じるではないか。私の信念というのは次のようなものである。
「いい上司とは、部下よりも仕事が正確に、速く、きれいにできて、しかも自分自身ではやらない人である。」要するに、平生は部下に任せて見守るだけだが、病気や時間切れなど部下が万歳してしまった時には、部下よりも正確に、速く、きれいにできる人なのである。

そこで求められるのは、いわゆる能力よりはむしろ忍耐力かもしれない。つまりは、部下の成長を信じて、何らかの変化や兆しがあるまでじっと待つことができること、辛抱できることである。上司も親も心しなければならない点である。
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2017/5/11

一国二制度の効用と限界  短歌

中国人は賢いなあと思う時がある。また一方では、ズル賢いなあとも感じる。例えば「一国二制度」がそれである。この制度は元々は台湾に対する平和的な統治のための方策として編み出された知恵である。それが1997年に英国から返還された香港についても適用されたもので、中国政府は返還後も50年間は資本主義制度を維持することを認めている。

ロシアとの「共同統治」もそれとよく似た例かもしれない。北方四島の帰属にらついてはロシアと日本の双方が大きな隔たりを持つ中で、一気に解決するのではなく現実を見つめながら段階的に解決の糸口を見つけ出していこうとするやり方である。

ところが近年では、中国政府は香港の統治のやり方を変え、無理矢理に政府寄りの運営に近づけようとしている。中国は世界に君臨する存在でありそこから離れるほど野蛮で低俗な国であるといういわゆる「中華思想」からの発想であることは論を待たない。これでは折角の知恵もそのためのこの20年間の多くの人たちの努力も無に帰してしまうのではないか。

ケント・ギルバートの「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」を読んだが、それによれば天安門事件以降の共産党の政策によって中国人は儒教の大切な部分を忘れて自分に都合のいい部分だけを継承しているという。つまり、家族を大切にするという点が曲解され自己中心を助長し、国のためとか世の中のためという精神は影を潜めてしまった、というのである。

確かに、そう考えれば南シナ海ほか各国との間で起こしている国境問題も理解ができる。そもそも国境という観念がなく、「自分のものは自分のもの、他人のものも自分のもの」という考え方なのだから国境についても自分に都合のいい方にしか考えないのである。これだから日本に来る観光客の傍若無人さもその理由がわかるというものである。

もともとは賢い民族である中国人よ、「仁」や「義」や「礼」を思い出して、その賢さをもう少し世の中のため人のために使ってほしいのだが、何とかならないものだろうか?このままでは中国人が嫌いな日本人は増えるばかりとなるぞ。
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2017/5/8

人生二毛作時代の到来  短歌

「人生二毛作」という考え方がある。これはお茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古氏の提唱による考え方で、高齢化の世界最先端を行く日本にあって、働く期間が50年に及ぶ人生の中では若い時の能力やスキルがそのまま生かせる訳はないから、比較的若いうちにこれまでとは違う新たな仕事に就き、豊かな第二の人生を送ることを奨励する考え方である。

これは東京大学の柳川範生教授の「40歳定年制」という考え方とも相通じるものである。つまりは、それだけ長く働くことになれば、若い時の能力やスキルが通用しなくなるから、40才くらいの時期に新しい能力やスキルを身につけよう、そのためにある意味での「学び直し」をやろうという考え方である。これは「50歳からの学び直し」という考え方にも通じるものである。

リンダ・グラットンのヒット作「ライフ・シフト」にも、同じようなことが述べられている。国連の推計によれば、2050年には日本で100才以上の人は100万人を超すそうである。年金制度の関係やその他の理由もあって、その時代には70才まで働く人は普通になり、80才くらいまで働く人も今よりぐんと増えるということである。

そうなると20才くらいで身につけた知識やノウハウや人脈だけでは50年以上も貢献し続けることは難しくなる。やはり何らかの「学び直し」は必要になるのである。先輩社長は「人生は学歴ではなく学習歴だ」と言っている。そのとおりである。ところがいわゆる有名大学を出た人の中にその後伸び悩む人が案外多いのは、社会人になり管理職になれば学習しなくなる人が多くなるからではないだろうか。

古稀をあと1年弱に控えた今、このことをよく噛みしめて、今後の人生を過ごしていきたいものである。
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2017/5/4

地方からの観光立国  短歌

先日の新聞の夕刊の第一面に、和歌山県が地盤の紀陽銀行の記事が掲載されていた。すわ、どこかの地銀と合併でもしたのか、と思って読んでみたらそうではない。訪日客を誘致するために、オランダの旅行予約サイト世界大手のブッキング・ドットコムと提携した、という内容であった。

銀行の取引先のホテルや旅館にサイトへの登録を呼びかけ、銀行は旅行客の利用に応じて予約サイト会社から手数料の一部を受け取る、というものである。銀行の信用力と大手予約サイトの集客力を生かし、地域の観光産業を後押しすることが目的である。でかしたぞ。

ブッキング・ドットコムには世界で122万軒の宿泊施設が登録しており日本国内では1.1万軒が登録している。一方、紀陽銀行は和歌山県内の1100軒のホテルや旅館の大半と取引があるが、ブッキング・ドットコムに登録する宿泊施設は和歌山市内や白浜町内を中心に100軒程度にとどまっている。外国人観光客には高野山周辺の寺院の宿坊や那智勝浦町の温泉などが人気だが登録は少ない。

このサイトでは年間4億人強が利用している。関西国際空港に近いこともあって、和歌山県の16年の外国人宿泊者数は延べ50万人と前年に比べ17%増え、4年連続で過去最高となった。アジアだけではなく欧米からの観光客も増えている。これを機に、さらなる宿泊者増を獲得するのが両社のねらいなのである。

ネットの時代には中央も地方もない。地方の代表格の和歌山には母校の和歌山大学があり、国公立で唯一の「観光学部」がある。こういう新しいタイプのビジネスモデルの中でも一定の役割を果たしてほしいし、既存のビジネスの中で「おもてなし」を提供するだけでなくこういうビジネスモデルを考え出す役割も担ってほしいものである。
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