2017/1/9 | 投稿者: shoji

SHOJIです。


 お正月は何もしないで、お酒を飲み、ご馳走を食べ、集まってくる家族、孫たち
とおしゃべりするのが楽しみである。
 今年も12月31日から正月3日までの4日間、二丈山荘で家族と過ごした。私の役割
は山荘の室内を暖かくして、家族にゆっくりしてもらうことだ。
 朝7時頃から就寝の23時頃まで、山荘の室温を26℃程度に維持することである。
就寝時は電気暖房を使用するが、それ以外は木材を燃やす薪ストーブの熱でまかな
うところがミソである。
 バイオマス原理に従い「アンチ地球温暖化。CO2の排出削減」にちょっぴり、ほん
とに「大河の一滴」の貢献であるが。

1,薪ストーブのこと
 スウェーデン製で30p×20p程度の薪材が投入できる小型のものである。部屋の
大きさからこれ以上大きな製品は火災などの懸念があるため業者から設置不可能と
言われた。しかし機械に弱い私にピッタリで、操作が簡単、安全で実に使いやすい。
3年に1回程度、プロの「煙突屋さん」による煙突掃除が必要である。これも火災予
防上、確実に実行する。

2,薪材の準備
 薪は、すべて山荘内の敷地に点在する枯れ木、落葉を利用すること、市販の薪材
は買わないで、敷地内で調達することがミソであり、バイオマス原理に従い、CO2抑
制の効果のため、あえて「地球に優しい」と書いている。

 1本が直径20p、長さ30p程度の薪材で室温26℃を維持するには、1時間に2本〜3本
必要である。1日15時間燃やすと、30本程度、4日間だと120本ほど必要であることに
なる。

 以前は「チェンソー」を使い、孫たちに協力してもらっていた。「マサカリ」や
「ナタ」も買って、薪割をこころみたが、とても私の手に負える仕事ではない。ケガ
をしないことが大切である。(孫が1度指に軽いケガをした)そこで、数年後に
「油圧式薪割機」(前回NAOKOが更新したブログの写真を見て下さい)を購入すること
になった。これは薪小屋に置いてある。私でも、ごく簡単に操作できる。スイッチを
押すのと、足でハンドルを踏めば直径50p程度の幅太い薪材もバリバリっと簡単に割
れる。結構、面白い作業である。

 敷地内の雑草刈りに糸島シルバー人材の職人を年2回程度頼んでいるが、その時、
枯木はすべて太さ直径20p以内、長さ30p以内に裁断し、薪小屋にきれいに積んで
整理してもらっている。現在は2016年ものと2015年ものを置いてある。1年程度置い
ておくと、乾燥して燃えやすい。今回の4日間は主に2015年もの薪材を使用した。
よく燃えてくれた。

3,薪材をストーブの横に置いてある薪入れ袋に入れて小屋から持ち込む
慣れてくると、着火して10分程度で室温を26℃程度に維持する火力の状態にするこ
とが出来るようになった。
@ 落葉入れ(敷地内にあるものをかき集めてくる)
A 小枝入れ
  10〜15p程度の小枝をたくさん集める。これは燃焼力があり、火付け時必要で
  ある。
B 薪材入れ
  直径20p、長さ30p以内の薪材を常時5本程度用意しておく。

4,点火作業
@とAで充分火力をあげておくと、Bの薪材が燃え上がれば作業終了である。

5,灰の処理
 翌朝、着火前に灰を処理する。薪材などの燃えた灰をストーブの中蓋を開けて灰
受け皿を取り出し、灰を敷地の特定の場所に捨てる。これを確実に実行しないと燃
焼率が悪くなる。
 以後は、この繰り返しで室温26℃程度を維持することができる。

6,居眠りと読書
 ストーブが順調に機能し始めると、私の仕事は終わる。そこで、ストーブを囲ん
でイスを4脚セットしてあるので、焔を眺めながら何とも落ち着いた温かさと静か
さの中で、本を読んだり、居眠りするのは 最高の癒しであり休養である。
 ゆっくり、NAOKOとの雑談の時でもある。
クリックすると元のサイズで表示します
2

2017/1/3 | 投稿者: naoko

SHOJI & NAOKO です。

年末から二丈で過ごし穏やかな新年を迎えました。
今年もよろしくお願いいたします。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

孫達がそれぞれ帰って行った2日目からは久し振りにゆっくりして
SHOJIは電動薪割り機を使ってストーブ用の薪づくりを楽しみました。
クリックすると元のサイズで表示します

NAOKOは人知れずあちこちで咲いている姫スミレ等の野草を摘んで小鉢に
活けたり、しばらく触っていなかった墨絵用の道具を整理したり触ってみ
たりして楽しんでいました。

今年は83歳と80歳になります。今のところ二人とも健康に恵まれてい
ることに感謝しています
3

2016/12/10 | 投稿者: naoko

NAOKOです。

師走も半ばに入った今日この頃、街の気温はまだ秋もたけなわの頃のようです。
ほぼ毎日と行って良いくらい私は自宅から六本松、ケヤキ通りを抜けて赤坂研に自
動車で通っている。ケヤキなど紅葉樹の葉っぱはまだ落ちてしまわないで道路を色
づけている。
昨日、昼食後の散歩で六本松まで歩き、カメラを片手に六本松〜ケヤキ通り〜赤坂
研の庭など、この界隈の今をおさめてきた。

もう五十年前にもなるがSHOJIが九大に赴任し家族も当初はこの辺りの借家に住んで
いた。SHOJIの研究室は道路から正面に見える確か4階にあったと思う。この辺りに
下宿していて懐かしく思われる方々も多いと思います。この元教養部が糸島キャンパ
スに移転してから今は大きく変わりつつあります。

クリックすると元のサイズで表示します
六本松西側交差点から見える風景。手前はUR住宅建設、向側は福岡市科学館の建設。
プラネタリュームも出来つつあります。

クリックすると元のサイズで表示します
昔の正門から大きな道路が突き抜け、突き当たりは法曹関係の庁舎になるらしい。

クリックすると元のサイズで表示します
元正門から突き当た場所に「福岡高等・地・家・簡裁判庁舎新営工事」の看板があり

クリックすると元のサイズで表示します
道路を挟んで元正門から左側に新年早々から検察庁が建設着手のようです。

その向かい側には同じくらいの広さの児童公園が既に設けられていて子どもたちが
遊んでいた。全体を見渡すと元教養部キャンパスは広かったのだと改めて思った。


護国神社前を通るとケヤキ通り。街路樹ケヤキはまだ何とか見栄えはしていたが、
落ち葉を掃き集め掃除をするのに近辺の方々はこの時期大変だろうな、と思いな
がらも私は晩秋を楽しんだ。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

赤坂研までたどり着いてガレージの方から庭に入ると、ここでも結構な秋の風景が
あるではないか! 往復4qくらい歩いたかな? ご褒美のようにも思えてカメラ
に納めた。
クリックすると元のサイズで表示します
来年も私どもみんなそれぞれが少しでもこころ豊かに過ごす事が出来ますように〜
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
3

2016/11/21 | 投稿者: naoko

NAOKOです。

春に熊本、大分の地震災害があって、秋の由布院ワークショップはどうなるか?
5月にはほぼ定員に達していたが、スタッフで相談して「今後の余震の収まり具合
によってはまた災害が起こる心配もあるので、キャンセルを遠慮無く申し出て下
さいを。」というメール発信を参加予定の方々にしようということになり、ワー
クショップの準備はここから始まった。

会場である櫟屋さんにSHOJIが何度か電話して伺ったところ「大きな被害はないが
これからも余震がどうなるか分からない。」「けれども先生方お二人でも来て下
さるとありがたい。お待ちしています。」とのご返事だった。

その後何人かのキャンセルがあり、入れ替わりに新しい申し込み者が増えたので、
結局は定員10名満席。そしてキャンセル待ち5名のかたには次のご縁にという
ことになった。

今回実際に行ってみると、由布院の街は崩れた塀などはもうすっかりきれいに取
り除かれていて、これまで何度も近くをドライブして馴染んでいた有名な旅館の
長い土塀も、存在していたことすら記憶に戻らないくらいにきれいな平地になっ
ていた。しかしたまには写真のようにまだブルーシートが罹った屋根もみられた。   
クリックすると元のサイズで表示します
櫟屋さんの辺りは美しい紅葉に囲まれていた。
クリックすると元のサイズで表示します
猫たちもお宿の周辺で我々を慕ってくれているようでもあった。
クリックすると元のサイズで表示します


こんな紅葉の中でわれわれのセッションはゆっくりと、時には速い流れもあった
りして前半を過ごしていた。料理も美味しいし、面白い話題も飛び交っていた。

後半の方に流れていった辺りから大きなテーマが見え始めた。それは、メンバー
のお一人が最後のセッションで表現された「世界平和って何んだろうか?」とい
うような大きなテーマにも及ぶものだった。
グループの全体が何かに色づいていくと暗々裏に(いま政治の世界的出来事では、
その危険性も感じるが)感じた方が我々のグループに一石を投じられたようにも
思う。
簡単に割り切って解決策の見つけられるようなものではなく、もどかしく切ない、
悩ましいテーマを共有することになった。

体験の中での簡単な具体例で例えれば、
会場のお宿には、慕ってくるご近所の猫やお宿の飼い猫などで常時3,4匹の猫
が居る。メンバーに猫好きの人もいるし、猫を抱いたり撫でたりしたい気持ちは
あるが身体にアレルギー反応を起こすので複雑な気持ちになる人。
または、はっきり言って猫が苦手な人がおられる。すると穏やかに一緒に居るこ
とがなかなか難しい。

カメムシが部屋のあちこちに出没した。
とても苦手な人はカメムシが出現する度に、助けて!と声を揚げる。
そんな時には虫が比較的平気な誰かが追い払いにいきくれて、とりあえず窓をき
っちり閉めればよい。簡単に問題解決ができて、この場合は感謝と共にお互いに
平和な気持ちを持つことが出来た。分かりやすい実際例ではある。

しかし他に、我々は偶然の予期しない出来事から、複雑で簡単には割り切れない
人間模様を体験することになった。
多様性を尊重しながら、個々のそのままを活かして生きる難しさをみんなで体験
したということです。

ファシリテーターとしては、改めて比較的短い日数のグループでの初期の工夫を
考えたり、もっと勉強していく課題をもらったと思っている。



3

2016/10/20 | 投稿者: naoko

NAOKOです。

今回の旅の目的は秋田、青森にまたがる白神山地のブナの自然林をできる限り散策
することと、日本海の海岸線にいかにも忠実に走るJR五能線に乗れることであった。
これは私にとってのここ数年来のあこがれでした。
一昨年だったか大阪に住む娘夫婦にそんなことをつい口走ったら、早速計画を立て
てくれ、とうとうこの10月の連休に実現した。

所がこの夏はいつまで経っても気温が下がらず、しかも台風は次々に襲来していた。
出発の日が近づく頃、半ば危ぶみながらも、心の中ではブナ林の紅葉とシーニック
ドライブや五能線の車窓から見える秋晴れの風景がすでにできあがっていた。
ところが・・・・

<世界遺産、白神山地は土砂降りの雨だった>

羽田空港で乗り継いだ秋田行きプロペラ機はずっと強い雨に叩きつけられていた。
空港に着くとありがたいことに娘夫婦が一足先に到着していて、レンタカーの準備
をして待っていてくれた。直ぐに夫氏の運転で日本海側を北上した。八郎潟干拓地
では収穫前の稲穂が黄金色になって続いていた。
そのまま少し北上したところで国道101沿いの蕎麦屋で昼食をとることにした。店は
ご当地産の秋田杉を使って建てられていた。玄関が引き戸と引き戸の間に少し土間
があるのは雪国ならではの工夫なのだろう。

雨はまだ降り続けているがそのまま白神山地の北側に当たる十二湖方面に向かった。
 クリックすると元のサイズで表示します
十二湖は山地の中腹辺りにあり、小さな池の周りにブナの自然林が生い茂っている。
ここ辺りは遊歩道も整備されている。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

雨ガッパを着て傘をさしての散策であったが、さすがの美しい自然の風景から我々
は充分に癒やされながら一時を過ごす事が出来た。
膨大な広さを持つ自然林の奥へ進むにはガイドを頼んで入らなければならない。
今回は雨脚も強かったので切り上げて、海岸沿いに突き出た小さな岬のホテルへ向
かった。

<きっと>

今回の旅では、この言葉が枕詞のようにしばしば使われた。
「きっと、10日後には真っ赤な紅葉になるんだろう。」(十二湖で)
「きっとあの辺りに、美しいサンセットが見えるのだろう。」(五能線で)
「きっとあの正面に夕日が落ちるのだろう」(ホテルの温泉、露天風呂で)
私も何度もつぶやいたが、この言葉を口に出すことで、情景が浮かび上がり、不思
議なことにまるで本当にそれを体感できているような思いになる。
バーチャルリアリティ!!
多分、我々は残念なことがあったり、残念なことを想い出したときには、感嘆詞や
形容詞、副詞、など使うことで気分を変える術を知っているのだろう。

<海岸ぎりぎりを走る北のローカル線>

福岡でも博多駅から唐津を走る筑肥線は海岸線に沿っているが、秋田の能代から青森
の五所川原を走る五能線は、大袈裟に言えば手を伸ばせば届く位の海岸線近くを走り
続ける。
      
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

旅の2日目は空は晴れたが風が強く、再度のブナ林歩きは断念。宿泊したホテルに近い
艫作(へなし)という無人駅から私とSHOJIは五能線に乗り込んだ。千畳敷駅まで乗り、
平行してドライブしてきた同行の二人と合流した。
乗車の一時間ばかり、われわれ二人はまるで鉄道ファンになったように白波の立つ海
や景色をワクワクしながら写真を撮りまくっていた。乗ったのは予約のいらない各駅
列車だったが、列車の海側の席は鉄道ファンらしい人々で占められていた。

<旅での思いがけないこぼれ話>

その1、千畳敷は1792年に地震で海岸が隆起して出来たと伝えられていて、奇岩奇石
やきれいな海岸段丘がみられる。ここからはまた四人でドライブして五能線の発着駅
である五所川原に向かった。ここは太宰治の生家である「斜陽館」が有名だが、その
向かい側に津軽三味線会館があった。ここはまた津軽三味線の発祥の地と言うことで、
歴史のことなど展示物があり、津軽三味線は庶民から産まれ育まれたのだということ
が分かった。丁度ホールではプロの演奏が始まる時刻だったので席に座って聞くこと
にした。
迫力のあるプロの演奏が終わって、後ろのパネルをみていた娘が私を呼びに来て「SH
IHOちゃんが写っているよ」と指さした。そういえば今年の津軽三味線全国大会に孫の
SHIHOが部活の仲間と一緒にこの地にきて優勝したと聞いていた。その時の演奏中の
写真が『優勝』という文字と共に写されていた。みんなで驚いてしばらく眺めていた。

その2,これは嬉しくもあり恥ずかしい体験でした。
福岡から秋田までの直行便は無く羽田での乗り換えだった。乗り換えのゲートまで
行くと係員がチケットをみて「ここから乗り換え口には350bも あるので良かったら
電動カートをお使いになりませんか?」と問いかけた。それは有り難いとお願いした。
 おそらく我々の年齢が発覚しての誘いだったと思う。羽田空港の端から端まで運転手付きでの移動は大変スムーズで、この思いがけないサービスにとても感謝した。
でもでも何故か、移動中ずっとオルゴール音で童謡「森のくまさん」のメロディーが流れいて、これは、何だか気恥ずかしかったですう( 笑)
6




AutoPage最新お知らせ