こういうタイトルでブログを書いた人がどのくらいいるんだろう。
あの人に関するブログを書いた人がどのくらいいるんだろう。
小学生だった僕にとって、「マイケル・ジャクソン」は事件だった。
「マイケル」といえば、Michael Jacksonのことを指す。でも、本人にマイケルって言っても通じないよな、マイコーだよなと思う。だから、もし本人に会ったらそう呼ぶぞ。
ジャイケルマクソンと言う奴や、中途半端な物真似をする奴が大嫌いだった。ネタにする奴も大嫌い。
マイケルの能力(才能ではない)は、ただひたすらに尊敬の対象。
年をとるにつれ、凄さが分かる。「マイケルのことはだいたい分かった」とは思えない。
年をとるにつれ、何を犠牲にしてきたかが分かる。
整形しなきゃ良かったのにとか、白くしなきゃ良かったのにとか言う奴は阿呆だ。
マイケルは普通の人ではない。
マイケルは普通のスターではない。
娯楽が細分化した現代に、スーパースターと呼べる人が何人いるだろう。
スーパースターを生むのは、努力と時代と民衆。
スーパースターをモンスターに変えたのは?
人間としてのスーパースターを守ってくれる人はいたのか。
やっぱりマイケルは凄いんだと、もう一度世界に知らしめてほしいと願っていた。
多くのアーティストがマイケルへの尊敬を表明する時代になって、「キングとしてのパフォーマンス」のお膳立てもできていると感じていた。
でも、最新映像から目をそむけてしまう僕もいた。痛々しいとしか思えず、辛かった。
だから今朝は、哀しみよりも先に、ほっとしたような感覚があった。
マイケルを本気で守ろうとした人なんて、きっといなかった。
少なくとも、そばにはいてくれなかった。
こういう人を守る仕事をしたいと、いつも思っていた。
「マイケルみたいにしないために」と。
「マイケルを守るために」と考えられなかったのはなぜだろう。
スーパースターは、あまりにも遠い存在だった。
そういう風に感じて、そういう風にしか接することができない人が、他にもたくさんいただろう。
妬んで、何かをかすめ取ろうとしかしなかった奴もいる。
安堵の後には怒りが湧いてきて、哀しみが見当たらない。
悔しいよ、マイケル。
マイケルを守る仕事をしたいと、本気で思えば良かったよ。
英語で手紙を書いてみれば良かったよ。
でも、読んでもらえないだろうなって思っちゃったんだよ。
昨日ね、急に熱が出たんだよ。
今朝、知人からの「マイケルが」っていうメールで目が覚めた。
ちょっと繋がってたのかなって思うことにするよ。
「マイケルみたいにしないために」っていう思いが、ちょっと強くなったよ。
マイケル。
マイコー。

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