昨日に引き続きの映画評です。
見なきゃ、見ておかなきゃと思いながらも、なんとなく足が向かない映画というのがあります。『おくりびと』もそんな作品でしたが、
『X−ファイル:真実を求めて』の三日後に行ってきました。
今回はネタバレが多いので、真剣に楽しみにしている方はここまでに。
▼「一貫しない演出は、名作/傑作と呼ぶには値しない。」
評価:★★☆☆☆
繊細さを目指した作品なのか、涙を誘うことを優先した作品なのか、そこが判然としない。
1. 主人公自身の物語
2. 納棺師としての物語
3. 身近な人の死に対面する人々の物語。
この三つの軸が作品を回している。高評価の原動力となっているのは、リアリティを感じさせる2.と3.であろう。
この構造、実は『タイタニック』に似ている。
a. ジャックとローズの恋
b. 豪華客船の沈没という事故/事件
c. 階級/船室という時代/差別
しかし、『タイタニック』は、b.とc.によって支えられたa.が、猛烈な力強さで物語を引っ張っていくという印象である。「障害でより燃え上がる恋」という分かりやすさも、世界中で大ヒットした理由といえよう。
本作『おくりびと』の1.には、a.のような力強さはないし、そのこと自体を問題にする気もない。2.と3.に調和させながら、うまくだます(のせる)ようにまとめればいい。
ところが、2.と3.の厳かな静けさ、確かさに対して、1.があまりにも大雑把で説明的。それが鼻につくのである。
邦画らしい風景や室内の描写、銭湯での会話など、「なんでもない時間」の感じさせ方は丁寧で、日本の映画という文化を体験させてくれる。
しかし、子供時代の回想シーンの作りの悪さが、それらを見事にぶち壊してくれる。誰がどう見ても「これはモックンにならないだろう」という少年時代をくどくどと見せて、「石文」を渡す父親の顔をぼんやりのまま、アップで見せる。「やってくれるなよ」と願いながらも、「やるだろうな」と予感してしまう場面である。
こうした「お約束」なベタさ加減は、邦画らしさともいえる。しかし、納棺師の所作、儀式の美しさに力を入れている=繊細さを目指していると思える本作が、このアップを最後であのように使ってしまうのは、軽率に過ぎるのではないだろうか。
説明的すぎるアップや、くどい演出はいらない。石を交換する大きな手と小さな手、それだけで充分だ。ラストのあの場面も、石をくどく使いすぎではないだろうか。「思いを石に託す」ような演出でまとめてほしいのである。
ただし。
それは作り手が「2.と3.に1.を調和させる」やり方を目指したのなら、という話。
音について見てみると、この作品は「タイタニック方式」を目指したいのかな、と思えてくるのだ。
納棺師の所作に伴う衣擦れや食事の場面など、音に「まで」気を配っているような気がしてしまう。「汚い」と感じてしまうようなことまで描いて、繊細で丁寧だなと感じてしまう。
本当にそうだろうか。
主人公が吐き気をもよおす場面が二度あるが、その二度とも、吐瀉物の音が聞こえることはない。吐き気だけで、嘔吐しなかったのだという解釈は成り立ちにくい演出である。
食べ物や食事を「綺麗に撮ろうとはしない」一方で、これはどうにもバランスが悪い。
そして、その食事の場面も含んだクリスマス会。主人公のチェロ独奏の場面で、あろうことか、鈴の音が重なってきてしまう。
物語においても、このクリスマスは主人公たちだけのものではない。しかし、みんながクリスマス、みんなのクリスマスという大きさにもっていくような場面でもない。チェロの音だけで、観客をささやかなクリスマス会に参加させることの方が重要なのではないだろうか。
チェロを用いた場面では特に、大きい方、大きい方へと持って行こうという感じがあり、作り手の気持ちよさみたいなものも感じられる。
そちらの感覚を主軸と捉えるなら、なるほどラストもああしたくなるかと納得はできる。
納得はできるが、2.と3.の確かさに心地良さを覚えて、そちらに合わせて過ごしていると、唐突すぎる1.の盛り上がり方に、最後の最後で置き去りにされてしまう。
別れが多い作品だから、その都度感動はできる。しかし、散りばめられた気持ちを、大きなうねりにはできていない。散りばめたまま小さくまとめるなら、火葬場で終わらせればいい。
死で生を、家族を感じるというテーマを掲げたいのは分かる。だからこそ、火葬場で終わる映画にはならなかったのだろう。しかし、映画を支える2.と3.の気高き小ささを逸脱した大きさで1.をまとめようとした(『タイタニック』のようなエンディングにしようとした)、そのバランスの悪さには、上質とか傑作という言葉はふさわしくない。
とはいえ。
泣いているお客さんはたくさんいた。グランプリなんてとってしまったけれども(魅力的な異文化紹介映画としては充分機能するだろう)、ほんのりほわほわした娯楽作品としては、ちょうどいいのかもしれない。

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