埼玉県川越市
第087回国会 法務委員会 第16号 昭和五十四年五月二十九日(火曜日)
○西宮委員 それでは次に、先刻申し上げた問題についてお尋ねをいたします。
いわゆる
狭山事件と言われる、現在再審請求中の問題があるわけでありますが、これは
一九六四年の三月十一日に浦和の地方裁判所で第一審として死刑が判決をされまして、直ちに控訴をいたしまして、
一九七四年の十月三十一日に、第一審を破棄をして第二審は無期になった、こういう事件であります。私は、これを見ておりまして、まず第一に気のつくことは、公訴を提起してから判決が行われるまで、ずいぶん長い時間がかかっているわけですね。これは一体どうしてこういうことになったのか、裁判所の方からお聞かせください。
○岡垣最高裁判所長官代理者 先ほど御指摘のありましたとおりに、第一審の浦和地裁川崎支部でございますが、起訴になりましたのが、第一次起訴が三十八年の六月、それから第二次起訴が三十八年七月ということでございまして、それから判決が三十九年の三月十一日、第一回公判期日は三十八年九月四日でございますから、第一回の公判期日から数えますと、半年くらいになっておると思います。控訴審は、三十九年の三月十二日に控訴の申し立てがございまして、第一回の公判期日が九月十日でございますが、判決は四十九年の十月三十一日でございまして、御指摘のとおりに十年という期間がかかっているわけでございます。それから上告審は、四十九年の十月三十一日に上告申し立てがございまして、上告審の決定が五十二年の八月九日というふうになっておるわけでございます。
そこで、十年たったのが一番問題になるかと存じますが、裁判所でどういうふうに期日を入れて、どういうふうに進行させていくかということは、これは当事者の主張その他いろいろな事情を考えて、裁判所で最も適当と思われる訴訟指揮をされることだと思いますし、この事件についての裁判所の行き方について、私どもから、ああだこうだというふうな評価は差し控えさせていただきたいと存じますが、ただ、事実は御参考までに申し上げておきたいと思います。
それは、控訴審で判決を言い渡しますときに裁判所で明らかにされたこととしまして、こういうふうに言っておるわけでありますが、被告人は、原審で訴因をすべて認めていたけれども、当審では一転して、
中田善枝に関する強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄及び恐喝未遂の訴因は無実であるというふうに主張するに至ったし、捜査手続とそれから原審の審理不尽ということを含めて、訴訟手続の違法、違憲というふうな問題だとか、あるいは被告人が一体シロかクロかということ、これが一番の中心の問題として当事者間で争われたことなので、裁判所も、この点を中心に原判決の当否を詳細に検討したというふうなことを言っております。これは、そのときの高等裁判所が考えたことだと思います。
それで第一審は、先ほど申しましたとおりに、第一回公判期日から判決言い渡しまでに約半年でございますが、この間に証人の取り調べた数は約五十名、延べ四十九名調べておりまして、公判回数は十二回でございます。したがいまして、一回に大体五人くらいの証人を終わっていく、そういうペースで進んだわけでありますが、控訴審の方になりますと、公判回数は八十一回でございまして、そして証人数は、延べでございますが八十名、それから鑑定人が八名、それから被告人質問は十二回、検証回数七回というふうなことでございまして、これは開廷日数でごく平均的に割ってみますと、一回に証人一人調べるかどうかという程度で来ておるわけであります。
したがいまして、最初申し上げましたとおりに、高等裁判所としては、最初は自白で半年くらいで済んだ事件、それがさらに至って、当事者の主張その他いろいろ考えて慎重に審理を進めた、こういうことではなかろうかと存じます。
以上でございます。
○西宮委員 まず第一に、第一審が非常に簡単に片づけられてしまった。そして第二審に行って――つまり第一審はわずか半年くらいで判決までこぎつけた。そこで、いまの裁判は第一審重点主義、これは当然な原則ですね。その第一審の際にもっと詳細に、あるいはまたもっと厳しく状況を調べたら、恐らく今日問題になっているようなこういう問題は起こっておらなかったと私は思うのです。要するに、本人が自白をしておったということはありました。ただしかし、私は、なぜ本人がそんなに簡単に自白をしたのかということが実は問題だと思うのであります。
このことを後でもう一遍言いますけれども、まず私は指摘したいのは、最初の第一審がきわめて簡単に、安直に片づけられてしまったという点が問題だと思います。本人のいわゆる自白等ももっと厳しくその状況を、なぜそういう自白に至ったのかというようなことを考えるべきだと思う。
いまの刑事訴訟法の大原則は、自白だけでは有罪を決定してはならぬということに、これは憲法でもあるいは刑事訴訟法でも決められております大原則でありますから、単に本人の自白があったからということで、非常に安易に扱ってしまったのではないかということを考えざるを得ないと思います。
それから、控訴に入ってから大変に裁判官が頻繁に更迭をしているわけですね。私は、これでは本当に信頼するに足るような裁判等は行われなかつたのではないかということに、まず第一に疑問を感ずるのですけれども、その間に裁判長は何人くらいかわっていますか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 裁判長は、最初昭和三十九年から四十一年までは
久永裁判長でございます。それから四十一年九月から十二月まで、これは短かったわけですが、
井波裁判長、その後四十一年十二月から四十三年十二月まで、これが
久永裁判長です。それから四十四年三月から四十四年四月、これが津田裁判長、それから四十五年から四十八年までが
井波裁判長、これはちょっと四十一年に関与された裁判長と同じでございますが、それから四十八年以降判決までが
寺尾裁判長、こういうふうにかわっております。
○西宮委員 その裁判長の更迭の経過を見ると、短い人は三カ月にも足りないというので転任をしてしまっている。たとえば、いま挙げられた津田裁判長のごときは三カ月未満ですよ。そういうことでかわってしまうというので、転々としてかわっていく。
無論、新しい人が後任として赴任をしてきても、直ちに審理にかかるわけではないでしょうから、この問題に取り組むということになってからの時間がまことに短い、そして非常に頻繁にかわっていくということで、私は、その間の審理もどうしてもずさんにならざるを得ないというふうに考えるわけです。あるいは、最後に判決を下した寺尾裁判長、この人などは、
新しい証人とか証拠の申請は大部分を却下してしまって、この裁判長になってからは、たった一人の証人調べもやっていないわけですよ。全然やっていない。だから、いずれも前の人の記録を見て判断をしたのでしょう。しかし、その前の人は、いま申し上げたように、みんなきわめて短期間に更迭をしていっているわけです。だから、そういう人のつくった記録を見て判断を下す。自分自身としては、一人の証人調べもやっておらぬというのでありますから、私は、そういう点できわめて不十分な審理に終わってしまったということを痛感せざるを得ない。
こういうやり方は、これは明らかに、裁判の中身の問題よりも、いわばその司法行政、こういうふうに簡単に、せっかく裁判長になったと思ったら三カ月足らずで転任をさせてしまう、あるいはまた定年間近いという人を充てるとか、こういうことは、これはまさに司法行政の重大な欠陥だというふうに言わざるを得ないと思う。その点についての反省はありませんか。
○岡垣最高裁判所長官代理者 裁判官が事件を担当しました場合には、
できるだけその事件が終結するまでかわらないようにいくというのが、これが理想でございます。その点については西宮委員御指摘のとおりだと存じます。ただ、いろんな事情があって、必ずしもその理想どおりにいかないという点も御理解願いたいと存じます。
○西宮委員 いろんな事情があって、そのとおりにいかない、答弁としてはそれだけだと思うのだけれども、それで裁かれる側は実はたまったものじゃないわけですね。
いろんな事情というのは、要するに、裁判所の事情ということで急に転任をさしたり、あるいは定年間近い人を充当したりというようなことになるのだろうけれども、そういう御都合でそうなるのだというのだけれども、
裁かれる人、一生の運命を左右される人、そういう立場からいったら、そういうやり方で片づけられたのでは実に助からないと思う。
さっき、本人が自白をした云々という話がありましたので、その点について私、一言申し上げたい。
これは、見ようによってはまことに不思議なケースなんですね。本人は、私がやりましたということを言っている。弁護士は、そのときから終始一貫してやっておらないという弁論をする。まことに不思議なんでありますけれども、私は、その当時の記録を若干、拾い読みでありますけれども、読んでみますると、そのいわゆる自白なるものが、なぜそういう自白をしたかということに当然疑問を持たるべきだと思う。裁判官が、少なくともそういう書類を眼光紙背に徹する、そういう心組みで読んだとすれば、恐らくああいう結果は出てこない。ことに、さっき申し上げたように、控訴をされてからは、本人も自白を否定しているわけです。そして、しかも長い時間かけている。その間に、無期刑を宣告をした最後の裁判長は、さっき申し上げたように、書類だけを見て判断をした。こういうことなんだけれども、この寺尾裁判長なども、もし関係の書類を眼光紙背に徹する、そういう気持ちでこれを検討したならば、私は、結論は完全に変わっておったと思います。
特に私が指摘したい、なぜ自白を簡単にしてしまったのかという点でありますけれども、これは捜査の段階で、自白をすれば十年で出してやる、十年で出られるのだ、こういうことを強く印象づけてしまったわけですね。それで、どっちみち十年しんぼうすれば出られるのだ、そういう気持ちだった。しかも本人はごく軽微な、鶏をかっぱらったとかなんとか、いろんなことがあったようです。ですから、そういうのが全部ばれたわけです。それで、そういうのがばれたのなら仕方がない、十年ぐらいしんぼうしよう、そういう気持ちになった。
その心境の移り変わりも、記録を見れば明瞭であります。それで要するに、十年いれば出られるんだ、出してもらえるんだ、こういうことが捜査の段階で非常に強く印象づけられた。しかし
普通の常識では、普通の世間の人ならば、今度の事件のようなのはまさに強盗殺人事件、極悪な犯人として挙げられているわけですから、それが有罪に確定した場合に、十年で出られるなんというようなことは考えられないんだけれども、その点が私は、この狭山事件という、いわゆる被差別部落の人に起こった特異な現象だと思う。
と申しますのは、最初の自白を引き出すときに大変な役割りを果たした人に、
関源三という巡査部長があるわけです。この人は、
大丈夫十年で出られるんだ、おれが保証するんだということで言った。だから弁護士などが来ても相手にしない。弁護士の言うことなど――第一、本人は、弁護士なんというのはどういうものだかさっぱりわからない。敵だか味方だか、全然見当がつかない、そういう人だったようですね。そこへもってきて弁護士が、いや、それはそういうことを言ったら大変なんだ、君はやっていないと思うんだけれども、それをうっかりやったなんていうことを言ったら、それはもう大変な重罪を受けるんだというようなことを言っても、にやにや笑っていて、いやいいんですというようなことで笑っているというんですね。その辺の状況が、いわゆる被差別部落の人の置かれてきた境遇ないしはそこから培われた心理、そういうことに十分な理解を持たないと、理解ができない問題ではないかと思います。
つまり、先ほど申し上げた
関源三という巡査部長は、駐在所のお巡りさんだったけれども、その部落の青年団と接触して野球の指導員になった。それで、この被告人として挙げられておった石川一雄君なども、野球の指導員として非常に親しくして、非常に信頼をしておったんですね。
そして、これは私は特に指摘をしなければならない、そういう境遇に育ってきて、そういうところで培われた一つの心理という点で、ぜひ明確にしておかねばならぬと思いますのは、あの差別を受ける人、これは差別を受ける人全部に共通する、いまのいわゆる部落の問題だけではなしに、他の理由でも結構でありますが、差別を受ける人の心理は、自分は全く世間一般の人から相手にしてもらえないんだ、そういう非常に強い孤立感みたいなものを持っているわけです。そこへ、たまたまその部落以外の人が、被差別者でない人が乗り込んできて、一緒に裸になって野球をやるとかそういうことをすると、本当にその人に対する信頼あるいは敬愛の念というか、そういうのは人一倍強くなるわけですね。ちょうど前のそういう人に対する反感のいわば裏返しだと思うのです。いままで反感を持っていた人の中から、たまたまそういう人があらわれたということになると、これこそおれの味方なんだ、こういう気持ちが非常に強くなってしまう。
これは私が長い経験を通して、このことは骨身にこたえて知っておるわけです。そういう環境になかった人には想像できない。そういう特殊な心理状態があるわけです。
だから、関源三という駐在所のお巡りさんが飛び込んできて、もう一緒になって野球をやるのだというようなことになると、矢も盾もたまらない。一も二もなくその人にほれ込んでしまう。何もかも一切合財その人におすがりをする、任してしまう。そういう心理になってしまうのは、長い間差別を受けるというような不幸な環境にあった人の心理です。だから、特にこの人を呼んで、全くこの人は石川一雄君の救い主だということで、彼が警察に来て実に親切に差し入れをしたり、いろいろ話をしたりしてくれるわけです。石川一雄君の書いたものによると、まさに地獄で仏に会った気持ちだ、こういうことを言っておりますから、私はまさに、地獄で仏という彼の感想は、その気持ちを端的に語っていると思う。その人から自白をしろ、お父さんやお母さんも心配しておるのだから、早く君が自白をして後は楽になった方がいいぞ、こういうことを言われて、それを信じ切ってしまったというところに、そもそもの悲劇の発端があったと私は思います。
ですから、そういう点について、恐らく第一審の裁判官は簡単に片づけてしまった。第二審はくるくると裁判官がかわっていく。最後の裁判官は書類審理をしながら判断をする、こういうことで、こういう結果になってしまったのではないかということを私は痛切に考えるわけですが、いま最高裁の刑事局長にそのことを申し上げても、私どもが期待するような答弁はもらえないと思います。
要するにそれは裁判所の問題だ、こういう答弁しか返ってこないと思うので、別の問題に移りたいと思いますが、しかし
狭山事件の根底に横たわる最も重大な問題、いわゆる人間が人間を差別をする慣習あるいはそういう社会環境、その中で育った人、そういう人に対する正しい認識がないと、これは裁判ばかりじゃありませんけれども、間違ってしまう、こういうことが痛感をされるので、裁判の場合に、そういう点についてどういう見解を持っておるか、その点だけ一言聞かしてください。
○岡垣最高裁判所長官代理者 法の前の平等と申しますけれども、裁判所の目の前には差別すべき人というものはございませんので、それは裁判する上でも根本的な原則の一つでございます。
○西宮委員 法の前に差別はない、原則としてそういうお気持ちであることはもちろんわかるし、私もそうだと思います。
ただ私が指摘をしたのは、そういう環境に置かれた人が、そうでない人、差別をする側というか、そういう人の心理とは違った心理を持っている。したがって、常識では考えられないような、おれがやったんだということを平気で言って、幾ら弁護士が説得しても、それに応じないとか、そういう全くわれわれ常識で考えられないようなことが起こるわけですよ。それは要するに、容疑者ないしは被告人の立場をそこまで真剣に、深刻に考えて裁判に当たらないと間違いを来す、こういうことを言ったわけですから、その点ぜひ強く記憶しておってもらい、したがって、これから同じような事件を扱うこともありましょうから、ぜひそれを
教訓として生かしてもらいたいということを申し上げておきます。
ところで、あとはいわば事務的なお尋ねをいたしますが、そういうことで、この人は未決の期間が非常に長くなってしまったわけですね。私は、早く仮出獄をさしてもらいたいというのが、これから申し上げる点であります。恐らく拘禁生活としてはもう十三、四年たっているのじゃないかと思いますね。そういう状態が続いておる。なぜ仮出獄をさしてもらえないのか。申すまでもなく、無期刑の場合には十年以上たてばその資格ができる、こういうことになっているわけですが、ただ問題は、その未決勾留という期間が長いということだと思いますけれども、どうですか、ぜひ早期に仮出獄、仮釈放してもらいたいという私どもの要求にこたえてもらいたいと思いますが、いかがですか。
○豊島(英)政府委員 ただいまの御質問は、仮出獄を早くしてほしいという御要望のようでございますが、実はこれは刑法の解釈でございますので、私の方が申し上げるのが適当かどうかわからないのでございますが、
刑法の二十八条に仮出獄の規定がございまして、無期刑につきましては、結局、刑執行開始の日から
十年という規定に相なっております。
有期懲役の場合でございますと、刑期、つまり刑の執行期間を計算いたします場合に、その有期懲役刑の刑期から未決勾留日数を差し引きまして、そして三分の一の計算をするということに相なるわけでございます。
しかし無期の場合は、実は刑の終期がないということでございますので、結局、未決勾留日数の算入の余地がないというのが現在の刑法の解釈でございまして、私どもは、それを受けまして刑の執行に携わっておりますので、結局、執行開始の日から十年たたないと仮釈放の恩典に浴し得ないということ、これはやむを得ないのだろうというふうに考えております。ただしかし、十年経過の時点におきまして、本人の状況等をよくしんしゃくいたしまして、適当な措置をとりたいというふうに考えております。
○西宮委員 刑法の二十八条は、これこれの条件の場合に「仮ニ出獄ヲ許スコトヲ得」という規定になっているわけですね。そこで私は、仮に出獄することができるという規定でありますから、それを新しいいまの憲法のもとにおいて、新憲法下において判断をすべきだと思う。
いまあなたの言われた、無期の場合には未決勾留の期間は除外をして、本当に刑が確定してから時間を計算するのだ、これは
明治四十一年の九月に出された司法省訓令「仮出獄及仮出場ニ関スル取扱」というのがその根拠になっているわけですね。しかし、その当時の明治四十一年のその司法省訓令なるもの、これは、いまの新しい憲法に変わった今日、もっと被告人まで人権を尊重するとか、あるいは獄中にある者に対しても、そういう点についていろいろな配慮が加えられてきているという今日としては、ぜひその明治時代の訓令にはとらわれないで解釈をすべきだというふうに、私は強調したいと思う。だって、いまお話しのように、たとえば有期刑の場合は、未決勾留の部分を差し引いて、その三分の一でいいのだ、こういうことだと、仮に十年の有期刑ならば、そのうち未決勾留が三年あったらそれを差し引いて七年の三分の一でいいのだ、こういうことになるわけですね。大変なアンバランスだと思うのですね。
無期の場合には、確かに刑期がないというのが特徴ではありましょうけれども、それにしても実にアンバランスだと思う。無期刑のときにも、刑が確定しておればもう十年で出られるのですから、それがいまの石川君の場合のように、未決勾留が十年以上もかかってしまったということになると、いまからまた十年かかるわけで、二十三、四年かかってしまう、そんなことにならざるを得ないので、そんな不均衡なことはない。ぜひそれは解釈を改めてもらいたいと思う。
○豊島(英)政府委員 ただいまの御指摘の点は、
一つの論点であろうかと思うのでございます。
聞くところによりますと、刑法の全面改正では、その点につきまして検討されたというふうに伺っておるのでございますけれども、現行法の解釈といたしましては、先生御指摘の明治の訓令、通達以後、大正、昭和になりましても、この解釈はどうも現在の刑法の解釈上、執行期間を前提にするというのは動かしがたいところでございまして、結局、無期について未決勾留日数を算入するというのは、・解釈上これはちょっと無理ではないかというふうに考えております。
○西宮委員 いわゆる執行期間を前提にすると、いま局長は答弁されたけれども、そこに私は問題があると思うのですよ。執行期間でなしに、つまり懲役なら懲役に付する、それと、懲役には付さないけれども身柄は拘束されているわけですね、その身柄を拘束された、自由を失っているという状態は全然変わりがない。私は、少なくとも人権の問題がやかましくなった今日としては、そこに観点を置くべきだということは当然だと思うのですね。
この間ある雑誌に、刑務所へ行ってみたらば健康第一、仮釈第二というスローガンが掲げてあった、大変に敬意を表したという、ある大学教授の感想が出ておりました。つまり、それほどあそこにいる人たち、自由を拘束されている人、これは 一日でもあるいは一分でも早くしゃばに出たい、そういう気持ちが旺盛なわけですね。旺盛というか、朝から晩まで、考えていることはそれ以外にないと思うのですよ。もう寝ても覚めても、考えていることはそれだけだと思う。だから、まさに仮釈第一だ。しかし、仮釈第一でそれで無理をして働いて、無理をして健康を害したら、出てもおしまいだ、だから仮釈よりは健康第一にしろ、そう言って教えているスローガンは大変りっぱだ、こういう感想を書いておるある論文を見て、私もそう思ったのでありますが、本当に彼らは、一分でも一秒でも早くしゃばの風に当たりたい、こういう気持ちだと思うのです。
だから、そういう点から言ったら、刑に服そうが、あるいは未決であろうが、与えられた苦痛については全然変わりがないと思う。だから、そこに着目すべきだと思う。どうですか。
○伊藤(榮)政府委員 事が刑法の問題のようでございますので、私からお答えしますが、まず、原判決において未決勾留日数の通算の言い渡しがなければ、ただいまの御議論は前提を欠いてしまうわけでございます。裁判所が未決勾留日数を通算しろと言っていないのに、行政機関が勝手に通算するわけにいかないわけでございます。
さて、それでは一般論で考えてみますと、西宮委員のおっしゃいますことも一理あるわけでございますが、今日あるいは将来なお一層そういう傾向が強まると思いますが、被告人の身分を有する場合におきます拘禁は無罪の推定を前提としておりまして、処遇が既決者と全く異なっております。十分な身柄の拘束はありますけれども、人権の保障その他自由が認められておる分野が広いわけでございます。
さて、そこで御指摘のように、未決勾留日数の通算を裁判所が言い渡すか言い渡さないかにかかわらず、これを務めた刑期に算入するというやり方をいたしますと、私が被告人だといたしますと、なるべく裁判を長引かせまして、未決拘禁者としての利益を享受した後に、刑が決まって間もなく出るというようなこともやりかねないと思うのでございまして、確かに御指摘は一つの論点でございまして、刑法の全面改正等に向けまして、十分検討を要する点ではあろうと思いますけれども、一面だけを見て、簡単に決めるわけにもいかない問題があるということだけを申し上げたいと思います。
○西宮委員 きょうは最高裁からも来てもらっているわけですから、裁判においても、いま申し上げたようなことをぜひ取り上げてもらいたい。そういう願いを込めて、ここでは議論をしているわけです。
いま言われた未決の場合は処遇が違う、それは確かにそうだと思いますよ。それはまだ犯罪人と断定されているわけではないのですから、違うのは当然だと思う。しかし、私の繰り返し指摘をしたいのは、自由を拘束されたそのお気持ちというのは、恐らく刑に服している者とほとんど変わりがないのじゃないか、全然変わりがないと言ってもいいのじゃないかと思いますよ。
これは、いつかも申し上げたことがあったような気もしますけれども、新しく検察官その他になる人が刑務所に入って、全く普通の囚人と同じような生活をしてみる、そして刑務所の生活を体験する、こういうことをやった。しかし、やったけれども、それは全然体験にはならなかった。つまり、飯がまずいとかなんとか、そういうことは体験できたろうけれども、自由を拘束されてそこに入っている人の、そういう心理状態は自分にはないわけですから、それは入ってみたって、そういう気持ちは理解できない、こういうことをある人が書いておりましたが、自由を拘束されているという点については全く変わりがない。したがって、未決であっても、そういう状態で長くとどめられた、ことにいまの石川一雄君の場合のごときは、裁判官がくるくるかわる、そういう状態の中で大変長い時間がかかってしまった。これは彼の本心ではないわけです。全く裁判所の御都合で長くかかってしまった、こういうことなんですから、全くこれをこのままに放置するわけにはいかない。
いま刑事局長も、刑法改正の際には検討するということを言ったが、すでに改正刑法の草案には、そのことがうたわれているわけですね。今度刑法を改正するときには、その点を私がいま申し上げたような方向で改正をするのだということが、すでにもう草案として発表されているのですから、当然に、裁判においてもあるいはまたその後の矯正の行政においても、そのことはいまから取り上げて一向に差し支えない。これは要するに、人権をさらに保護しよう、そういう立場からの改正なんですから、取り上げてもらって一向に差し支えない、ぜひそうあってほしいと私は思うのです。
では、今度の刑法改正草案に関連して、刑事局長から一言法務省の見解を聞かしてください。
○伊藤(榮)政府委員 事は懲役刑とは何ぞやというところに始まるわけでございまして、申し上げるまでもなく、現行刑法におきましては、懲役刑の内容が「監獄ニ拘置シ定役ニ服ス」すなわち拘禁されるということと、定役に服すということと、二つのいずれが欠けても、懲役の内容をなさないというふうになっております。そこで現在では、仮釈放期間を計算します場合に、未決勾留日数を除外して、実際に刑期の三分の一を務めたかどうか、無期囚については十年を経過したかどうか、これで論じておるわけでございます。
ところが、刑法の全面改正草案におきましては、懲役刑の概念を変えておりまして「懲役は、刑事施設に拘置する。」これが内容でございまして、拘置した上で、たとえば作業を課したり教育をしなさい、こういうことになっておりまして、懲役刑の本質は刑事施設における拘置である、こういうふうに転換しておるわけでございます。こう転換いたしますと、先ほど来委員が仰せになっておりますように、未決の拘禁と懲役囚としての拘禁と木質が異ならない、したがいまして改正刑法草案におきましては、仮釈放の期間を計算いたしますのに、判決で未決通算が認められました未決勾留日数も入れて数えてやりなさい、こういうことにしておるわけでございます。
そこで、そういう考え方を反映しまして、現行刑法のもとでは、ほとんどの裁判所が、無期懲役の言い渡しをされますときに未決勾留日数の通算を言い渡しておられません。しかしながら改正刑法草案のような法律ができますれば、その後は裁判所におかれまして、不必要にかかった審理期間に関します未決勾留日数を算入するようにされると思います。そういたしますと、先ほど御説明した新しい刑法の規定と相まって、西宮委員の仰せになりますようなことが実現されると思うわけでございます。
○西宮委員 裁判においては未決勾留の期間を算入しないという話なんでありますが、これは最高裁の方に答弁いただきたいと思いますが、実例として、未決勾留ではありませんけれども、占領下に起こった事件、日本の裁判権が停止中に起こった事件でありますが、強盗殺人事件で犯人は連合国の人間です。
この事件について、連合軍の裁判で二年十カ月二十七日服役をしたわけです。そして日本の裁判権に付されてから、日本の裁判所で無期刑になった、その際はこの二年十カ月二十七日というのを算入する、こういう判決を下しているわけですね。これは御承知でしょう。日を書いてこなかったけれども、とにかく占領時代から日本に裁判権がかわった、そのときのことです。
○岡垣最高裁判所長官代理者 最初に、先ほどの狭山事件についてお尋ねがあった際に、私は、
浦和地裁の川越支部というつもりで言いましたが、川崎と言ったというふうに注意を受けましたので、ここで謹んで訂正させていただきます。川越でございます。
それから、ただいまの御指摘の裁判につきましては、私、準備不十分のため承知しておりません。後で調査いたしたいと思っております。
○西宮委員 御承知ないというのは、大変残念なことなんですけれども、これは
昭和三十年六月一日、大法廷の判決です。
その大法廷の判決で、いまのように連合軍の裁判で服罪した二年十カ月というのを算入するといって、その際に、その判決文の中にはこういうふうに書いてあります。
その受刑期間のうち、相当の期間を本刑に算入して、右期間は、刑法二八条仮出獄に関する規定の適用については、既に「経過シタル」期間として通算されるものとすることも、また同条但書にいわゆる刑の執行の減軽にあたるものと解するを相当とする。されば、右のごとき期間の算入は、何ら無期懲役刑の性質に反するものではなく、こう最高裁の大法廷で判決をしておるわけです。だから、その期間を算入するということは無期懲役刑の性質に反するものではない、こういうふうに昭和三十年に言っておる。
昭和三十年にそういう判決が出ておるし、さらに刑事局長が言われたように、今度の改正刑法の草案がそのまま成立をすれば、私が指摘をしたとおりになるというのであれば、これはますますもって、人権の問題がやかましくなった今日としては、改正刑法草案の精神をいまから採用すべきだ、これは裁判所も同時にまた法務省も、その精神に賛成をすべきだということを特に強調したいのです。
第一、それをやったからといって法律違反ではないでしょう。いまの最高裁の判例が「何ら無期懲役刑の性質に反するものではなく、」こういうことを言っておる。法律違反になるわけではないでしょう。
○伊藤(榮)政府委員 私どもは、現在のような扱いから改正刑法草案が立法化されました場合と同じような扱いをすることは、現行刑法に違反するというふうに考えております。
ただいま御指摘の判例は、
刑法第五条に「外国ニ於テ確定裁判ヲ受ケタル者ト雖モ同一行為ニ付キ更ニ処罰スルコトヲ妨ケス但犯人既ニ外国ニ於テ言渡サレタル刑ノ全部又ハ一部ノ執行ヲ受ケタルトキハ刑ノ執行ヲ減軽又ハ免除ス」こういう規定がございます。たまたま日本で言い渡しましたのが無期でございましたので、無期というのは無限大でございますから、二年何ぼを引くということを主文でうたわなかった例でございますが、ただいま続み上げました刑法第五条の精神を勘案いたしますと、そのような扱いも妥当であるという判例でございまして、外国判決の存在を前提としない現行刑法の立場としては、まことにお気持ちに沿わなくて申しわけございませんが、そういう措置はとり得ないと思っております。
○西宮委員 これは占領下において、つまり外国において起こった事件でありますから、未決勾留という場合と全く同じものではないわけですけれども、少なくともその精神は全然変わってないということで、われわれもこの判例を非常に貴重なものだと考えているわけです。
これは第一、決定する機関は更生保護委員会ですか、そこの決定でありましょうから、そことも折衝しなければならぬ問題ではあろうけれども、私は、いまや人権が特に尊重されねばならぬ、そういう時期に際会して、まことに不合理な、特にこの石川君の場合のごとき未決勾留の期間が非常に長かった、しかもそれが裁判所の都合で長くなってしまった、長くさせられてしまったというような場合には、何らかの便法を講じなければ、その人権擁護というような立場で大変な不均衡を来すということを強調しておきたいと思います。
実はいろいろお尋ねをしたいことを考えておったのでありますけれども、この仮出獄の問題などは、簡単に同意をしてもらえるのではないかというふうに考えておったので、時間を費やし過ぎてしまいました。したがって、いわゆるこの狭山事件の裁判については、捜査において、あるいは裁判において、きわめて異常な、またわれわれとしては納得できない、そういう状態が数多くありますので、この点はまた機会を改めて、ぜひそういう点を指摘をし、
そうしてしかも一日も早くこの再審が開始をされるようにわれわれは念願を込めて、この質問を終わりたいと思います。
元社会党衆院議員 西宮弘氏死去 元社会党衆院議員
西宮 弘氏(にしみや・ひろし=元社会党衆院議員、元宮城県副知事)22日午前11時33分、肺炎のため仙台市青葉区の福祉施設で死去、97歳。水戸市出身。自宅は仙台市青葉区上杉6の2の58。葬儀・告別式は25日午前11時から、同市宮城野区鶴ケ谷5の17の2、日本福音ルーテル鶴ケ谷教会で。喪主は長男進(すすむ)氏。
2003/11/23 01:09 【共同通信】

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