汚しているつもりはないが、毎日の生活でどうしても埃が溜まったり、台所周りが汚れたりしているので、久しぶりに掃除をする事にした。
換気扇を洗い、台所周りの壁を拭き取り、棚や机の上を片付けた。
いつも思うが、机の上にはどうして色々な物を置いてしまうのだろう?
食事を採るための場所であるから、飲み物をこぼしてしまうことを考えると、書類がそこにあって良い筈がない。
実家の机は酷いもので、片付ければ6人が広々と座れる大きな机だが、もう3分の2が物で埋め尽くされている。
棚や引き出しは何のためにあるのか判らない。
ひょっとすると、トヨタ生産方式の一環の見える化かもしれないが、とても整頓できているとは思えない。
続いて、毛足の長い絨毯も夏用のものに換え、合わせて座布団のカバーも交換した。
そして、最後に掃除機をかけた。
最近の掃除機は『弱』にしてもよく吸い込むし、その上テレビの音も聞き取れるくらい静かだ。
しかし、『弱』にすると掃除機をかけているぞ!という力強さや勢いが無くなり、掃除機をかけさせていただいております…と、気持ちがかなり控え目になってしまう。
掃除というのは、本来そういう精神を以てやるべきなのだが、そうなると本当に全ての部屋や廊下の掃除機をかけられるのか?と少々心配になってくる。
掃除機はある程度勢いがないと、途中でココロが折れてしまいそうな気がしてならず、ついつい『強』や『中』といったボタンを押してしまうのである。
しかし、これも先入観が邪魔しているように思われる。
昭和に生まれ、高度経済成長からひねり出された「掃除機」は、それまでの「掃く」や「拭く」という概念を根本から覆し、「音を立てて吸う」という全く新しい発想を以て世に送り出されたのである。
あの音が聞こえると、吸っているなぁと思うのだ。
音が小さいと本当に吸っているのか?と思ってしまう。
その先入観が邪魔をして、掃除機はいつまでもけたたましく音を立てて吸い込み続けていくのである。

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