昨夜は膨大な郵便物の作成で遅くまでかかってしまった。
鈍ガバチョがなければ一日で出来なかった仕事である。ドンくさい奴
ではあるが、なだめすかして使ってゆくしかない。もっとも使ってい
るやつがドンくさいのだから仕方ないといえば仕方ない。
朝、眼が覚めると共和国には雨が降っていた。
平井さんの予報では、本日は晴天で空気が乾くと聞いていたので驚
く。ちょうど子供たちが登校する時間であったが、彼らはウンザリす
るどころか、仲間同士で嬌声をあげながら学校へ向かっていた。
何でも楽しめる心は「宝」である。
ブルーベリー・ジャムをのせたトーストを食べ、さて今日はミホリン
コ王女のリクエストにお応えして竹久夢二美術館へ赴くことになっ
た。原宿神宮カフェで待ち合わせ、千代田線に乗ってプワッと根津
へ。着いたのがちょうど昼時、腹が減ったので「何か召し上がります
か、王女」と尋ねたところ、「よきに計らいなさい」というお応えだ
ったので、目に付いたチャイニーズ・レストランという看板目指して
進んだ。
扉を開けてみたら満席だったので諦めて移動しようと思ったところ、
店員の女の子が「ちょいと待って」という仕草をしたので見ていた
ら、食べ終わってお茶を飲んでいた客に「早く出て行け!」というよ
うなことを云っているのを目撃してしまって焦る。甚だ申し訳ないと
思いながらも女子店員の勇気を讃えた。
王女は「あんかけかた焼きそば」850円、私は「チャーハン」800円
を頼んだ。それぞれに大根のスープ、中華豆腐のサラダ、デザートに
杏仁豆腐がついていて、どれもが驚愕の美味で、こんなに安くていい
の?と首を傾げたくなった。
街の片隅にこれほどのセンスと腕前のある人物がいるのである。
まんぞくまんぞく、とーちゃん満足!とつぶやきつつ、竹久夢二美術
館へと歩を進めたのであった。
夢二美術館は閑静な住宅地の中にあって、同じ敷地内に弥生美術館が
併設されている。どうしてこういう造りになったのかは分からない。
壁で隔てられているのだが一階二階が通路でつながっているのであ
る。一つの建物にすればいいと思うのだが、きっと持ち主の権利の問
題などがあるのだろう。世の中は複雑なのだ。
本日の弥生美術館は90歳を迎えたやなせたかしの記念展であった。
まったく知らなかったのだが、やなせさんは三越に勤めていたことが
あり、あの包装紙のロゴをデザインしたそうである。その後は絵画、
ポエム、漫画と幅広く活躍をしたことは皆さんご存知であろう。
竹久夢二の絵はよく知られて入るし、何度も眼にはしていたが、じか
に観るのは初めてのことであった。実際に拝見してみると、私の個人
的な意見としては、彼の描く女よりもグラフィックデザイナーとして
の仕事の方が好むところであった。特に銀座千疋屋の仕事などは実に
モダンで、オシャレな夢二のセンスが見事に花開いているようだっ
た。また「港や」という、いまでいうカード屋をオープンして当時のギ
ャルちゃんたちから人気を博す商売人であった。
私は、何といっても夢二のスケベなところが好きである。女ったらし
のスケコマシであるところにシンパシーを感じてしまうのである。
世の中は不思議なもので、スケベなところを隠さずにいる男の方がモ
テるのである。頭の中はいやらしいことで充満しているくせに、いい
人ぶっている男は何故かモテないのである。おそらくご婦人方は、眼
には見えない電波を受信しているのであろう。実に不思議だ。
せっかく来たのだから根津神社へお参りをしようと思ったのだが、残
念なことに本殿が工事中であった。しかし例の鳥居は健在で、通り抜
けるときに感じるあの不可思議な感覚を愉しんだ。
まんぞくまんぞく、とーちゃん満足!とつぶやきつつ王女と分かれ、
私は友人の家へ赴いた。
先だっての葬儀で、その友人のお父上からもお香典を拝領したので、
ご挨拶かたがた伺うことになったのである。お母上においては、怪我
をされたと聞いていたので心配であったが、ご両親共にお元気そうな
お顔を拝謁することができて嬉しかった。スッカリご無沙汰してしま
ったが、これからも健やかであってもらいたい。
私のようなものにかまわなくてもいいのに寿司まで食わせてもらい、
泡盛とワインでヘベレケとなった。
友人は「世界の片隅に追いやられてしまうような不安」について心を
痛めているようであったが、「それは気のせいだ」と応えておいた。
たいていの心配事はみんな気のせいである。
そんなに不安ならばその不安を見せてごらんなさいと、達磨和尚は弟
子に云ったと伝えられている。なんたって、片隅にだって美味しいチ
ャーハンを作っている男がちゃんといるのだ。
さて、今日も美味しいものを沢山食べられたことに感謝する午後十時
となった。まんぞくまんぞくのスーパーポンポコリンである。
あとはいい夢を見るだけだzzzZZZ

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