2012/2/12

ひな菊の人生  ほん

 友人に進められて読んだ本。奈良美智の絵が大好きなのに、今までこの作品を手に取らなかったのは不思議だ。身内の死、思い出、人生。吉本ばななの坦々として落ち着きすぎている文章と奈良美智の絵がマッチして切ない雰囲気を十二分に発揮している作品。
 自分は人の記憶や思い出を大切にしたいと思っている。選択を迫られたり、多少自分が犠牲なになることがあっても『いい人』と思われることを優先したい(自分の欠点でもあるが)。同時に自分の人生に関わってくれた人、家族はもちろんだが尊敬する親友や友人の思い出。改めて、その大切さを実感した。自分にとって『死』というものはヘビーすぎて主人公の気持ちを理解できるとはおこがましすぎて言えないが、自分なりにこの本に対して共感できると思っている。
 余談だが先日、ある友人を数年ぶりに呑む機会があった。久しぶりで積もる話もあり、楽しすぎて後日電話で語った。驚いたのは、自分との思い出を覚えていてくれたこと。自分にとってその友人は人気者で個性や観点は尊敬する点が多く、仲良くしてもらっていることに感謝している程である。記憶に残してもらってることが本当に嬉しかった。これからも親友や友人の記憶に残る自分を、少しでも良い方向に持っていけるように頑張ろうと思った。ついでにひな菊の人生を再読した。
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2011/3/27

あの本BOOK2  ほん

 BOOK1の感想に引き続き、ネタバレないように挑戦してみようと思う。個人的にそういう感想文にしたいだけの話だが。

 当然、本書はBOOK1の続編である。大筋は核心に近づき、近づく角度も急になる。(横軸をBOOK1→BOOK2と進む方向、縦軸を核心へ近づく方向で例えると、リニアではなくてXの2乗の曲線のイメージ)
たいていの物語はそうだと思うが。
 何かで『物語の中に銃が登場したら、それは発射されなくてはならない』という例えを聞いたことがある。物語の中で色々と謎めいた物事が多々出るがある部分は発展しある部分は置き去りにされ放置される。そして後者の割合が少なくない。そうやって本書は終わる。今回の作品はBOOK3も出版されている。BOOK3は続編なのだと考えるのが自然だが、比喩で表現するとBOOK2で発射されなかった銃はBOOK3で発射されるのか?そうだとしてもすべての出来事を消化させるとは思いがたい。BOOK2で完結してBOOK3ではまた違った物語になるかもしれない。残念ながら、本書を読んだ時BOOK3は出版された後だった。BOOK3の存在を知らないまま読んでいたらまた違った印象が待っていたかもしれない。4月-6月、7月-9月と表記があるからいくら鈍感な自分でも気付くか?
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2011/2/27

あの本 BOOK1  ほん

 ハードカバーは好きになれない。重いし体積があるし高いし。この本も文庫化されてからゆっくり読もうと思っていたが会社の先輩が持っていたので貸していただいた。

 今回はあえてあらすじに触れない(ネタバレしない)読書感想文に挑戦してみようと思う。(知らず知らずにネタバレしていても責任は負いかねます)

 あまりに話題性があって完全に自分のなかで話題性だけが一人歩きしている。但し、人気がありすぎるから敬遠するのとは違う。それでも話題性という先入観なしに読書をすることはもはやできない。そういう人は少なくないと思うが。
 早速ページをめくってみると、案の定引き込まれる。冒頭の始まり方から村上ワールド炸裂。マニアックな解説。登場人物の行動・背負うもの。それらが現実的でありながら非日常的?の絶妙なバランスが読者を引きずり込むのだと思っている。いやらしくない程度にリアリティーを確保しているのが逆にいやらしい(笑)。わずか30ページに満たない冒頭にそれらが詰まっている。
 彼の作品を読んでよく思うのは説明の凄さ読者がまったく知らないジャンルの作業を作中の登場人物がやっている場合でもうまい表現で例えてわかりやすく伝えてくる。しかも、それが薄っぺらではなく濃い内容で。(もちろん料理であったり音楽であったりコーディネートの描写もマニアックなのだからそうでないとバランス悪いが。)しかし、濃い内容といってもあくまで例えの表現。本職の知識に比べることはできない。私はシステムエンジニアのような仕事に就いているが、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドの主人公の仕事の表現には驚いたものの、システムエンジニアの視点から見るとやっぱり例えの説明。彼自身、解っていてあえてそう表現しているのかもしれないが。恐いのは読者がわかった気になってしまうことだと思う。そういう恐さが彼の文章にあるように思える。
 内容を総括すると、少し日常からかけ離れた冒頭から読者を引き込み日常のとのズレを少しずつ大きくし、あるタイミングで実は大事になっていることを示し、物事は後戻りできない状況になっている。ここらへんもいつもの村上といった感じだ。あくまで自然に、静かに引き込む読ませ方は本当にいやらしい(笑)。

 言うほどのことではないが、BOOK2が楽しみである。
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2010/9/21

芋虫  ほん

 形から入るという言葉があるが私はそれを否定しない。どんなキッカケであってもそれが続いて自身に対しての糧になれればと思う。
 こうして感想文を書くことを始めたことで、今までにくらべて少し読書する機会が増えた。自己採点では今のところ順調である(笑)
 もう一つ、形から入る話をすると”見た目”の問題。人間失格のカバーをジャンプで連載している漫画家がデザインしたら爆発的に売れたという話があったが、私も買ってしまう部類に入るだろう。

 今回はそんな理由で購入した本の感想文である。 

 最近、急に江戸川乱歩の『心理試験』を読みたくなった。理由については本感想文においてあまり重要ではないので省略させてもらう(←江戸川乱歩風に言うと。笑)学生のころ読んだことがあったので、早速本棚を探ってみた。が、どうやら紛失したらしく見付からなかった。変わりに『D坂の殺人事件・黄金仮面』のタイトルの本を発見した。心理試験も収録されている。
 しかし、この本を読む気にはなれなかった。失礼かもしれないが、このカバーがあまりにもダサく感じた。黄金仮面の絵がでかでかを表紙を飾っているのだが、それが視覚的に読む意欲を削いだ。探していたほうの本の捜索にもう一度トライしてみたが、やはり見つけれなかった。
 ”本のカバーが気に入らない”というくだらない理由で、本屋に走ることにした。そこで偶然にも見つけたのが『江戸川乱歩傑作選』。新潮文庫の100選『Yonda?』の企画で限定SPECIALカバーといものをやっていて(おそらく去年くらい)それが売れ残ってたらしい。余計なモノを削ぎ、単色の背景にタイトルと作者だけを表示したデザイン。実は去年、このオシャレなデザインのシリーズを本屋で発見して気になっていたのである。活字離対策にしろ商業的戦略にしろ、新潮文庫のこの企画は個人的に大賛成である。早速購入した。

 本題に入る。心理試験は久しぶりに読んでもやはり面白かったが、その後に読んだ芋虫の印象が強すぎて芋虫の感想を書くことにした。芋虫も心理試験と同様に以前読んだ作品であるが、記憶している印象とずいぶん違っていて、前以上に格段に良いと思える作品であることに気付いた。
 昔読んだ時は、肉塊になった夫を世話する貞節な妻の究極の愛、作中の予備将校が言うように『美談』そのものの印象を持っていた。
 しかし今読み返してみると、そこには人間の欲深さがストレートに描かれ妻がヴィジュアル的にも醜いであろうことを読者に遠慮なく伝えてくる文章があったことに気付く。解説に『作者のグロテスク趣味の極限を代表する佳作である』と書かれるほどだ。
 ただ、そんな文章ではあるが、芋虫のようになってしまった須永中尉に妙な魅力感じてしまう。実際、お目にかかればどういう気持ちになるかはわからないが、文章を読んでる限りグロテスクさよりもかわいさを感じてしまう。そんな江戸川乱歩の描写に凄さを感じる。妻が夫のたったひとつの外界への窓を奪ってしまうシーンは、例えば無邪気な猫や手乗り文鳥を見ていると可愛すぎて苛めてしまいたく衝動にかられる気持ちに似ていると思った(須永中尉を猫や子供に例えて失礼だが)。
 また、前半から描いているいやらしさ・気持ち悪さは、後半の妻が夫の光を奪ってしまう辺りからラストまでの切なさが強調させる。欲望やいやらしさがあったとしても、廃人となった夫を3年間世話をした妻も最後に妻を許した夫も美しく感じる。

 記憶と印象がずいぶん違ったとは言ったが、切ない気持ちになる読後感は昔読んだ時も今回もほぼ同じであっただろう。
 昔読んだときも当然、貞節だけではなく醜い欲望を持った妻ということを理解していたハズだが、そこを忘れても『美談』という印象を持っていた理由がわかった気がする。

 芋虫は見た目から入る事に関して言えば、まったく正反対の作品である。見た目最悪の印象を与えておきながら切なさと美しさを引き立たせる。少々強引ではあるが、冒頭に述べたことに掛けて表現させてもらえば、逆の意味で形から入っている作品であるように思える(笑)


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2010/8/29

オーデュボンの祈り  ほん

 今話題の伊坂幸太郎。数多くの作品が映画化したり、先日までヴィレッジヴァンガードで伊坂幸太郎コーナーまで設けられていた。ジャンルとしてはミステリーになる。

 本書はデビュー作であり、”彼らしい作品”の特徴が最も出ているように思える。彼の作品は4冊しか読んだことがないが、今のところそういう印象を受ける。内容はもちろんミステリー系。斬新なミステリーと付け加えておく。
 文章から、作者は思いっきり理系だとわかる。読者がわかりやすいように、イメージしやすいように工夫された文章。取材の努力。冒頭の『胸の谷間にライターをはさんだバニーガールを追いかけているうちに、見知らぬ国へとどり着く、そんな夢を見ていた』という文章も、読み手にインパクトを与えようと計算して文章を作っている作者を連想してしまう。
 ほとんどすべての描写に理由と意味がある。失礼な表現かもしれないが、小説というよりレポートを読んでいる感じ。良くも悪くも内容に無駄がなく、小説らしくない。これはデビュー当時の荒々しさなのかもしれない。数作後の作品では、文章に遊びや余裕ができてきて少し小説らしさを出しているから。
 さらに失礼と言うか、おこがましい発言かもしれないが私がもし面白い小説を書けるくらい頭が良くて努力する能力があったら、本書のような文章になると思う。という親近感を持った。元システムエンジニア、おばあちゃんっ子という設定の主人公にも親近感が持てる。wikiで調べてみたら、作者自身も元システムエンジニアであったようだ。

 インパクト、意外性、物語の内容はとても面白い。ストーリーの感想についてはこれだけにしておく。
 またしても自分の話になるが、私は自称映画好きで、偏ってはいるが映画をよく観る。色々な映画を観て思うことがあるのだが、ネタが出尽くしたのか、物語やラストの展開に拘りすぎている気がする。特に邦画。現実は甘くない、”世の中そんなにうまくいかない”を知らしめるかのようなバットエンド、曖昧な終わり方等。ファンタジーでなくとも、途中のストーリーで既に現実離れしている展開なのに最後は現実的な残酷さをたたきつける。そこに意外性があったり考えさせられる深さもあると思うが。
 最近私は、嘘臭いくらいアメリカンなハッピーエンドや、なにもかも上手くいくような終わり方が好きになった。なかなか思い通りにいかない現実だからこそ、映画や小説の物語くらいハッピーエンドで終わって欲しい。(もちろん、すべてに対してそう思っているワケではないが)
 本書に次のような文章がある。『僕は勧善醜悪の物語が好きだ。(中略)なぜなら、現実はそうじゃないからだ。』本書の中で一番好きな個所だ。主人公の言葉である。一見皮肉交じりの台詞に思えるが、実はそうではなく、ホールデン・コールフィールドのようにひねくれたフリをしつつ、内心は勧善醜悪を切望しているのだろう。絶対そうに違いないと、直感で思った(笑)。私自身がそういう気持ちなだけだが。

 個人的に感じる本書の魅力としては、ミステリーに期待する要件は満たしているのもあるが、それとは別次元に理数系の作者と作者を投影しているであろう主人公に親近感が持てるところにある。
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