旅人−Mさんのお詫びの投稿について、「ブラックユーモア」ではないかと揶揄した当事者としてのコメントを書きましょう。
まず、いつもの通りの言葉の意味から始めると、辞書には「お詫び」とは過失や人に迷惑を掛けたことをあやまること(謝罪)とあります。私は自分の考えを表明することにおいて、全く悪意に基づいた事実無根の表明であれば「お詫び」を使用しなければなりませんが、自分の考えの真意が伝わらないで誤解を受けたならば、「釈明」という言葉が適当だと思いました。これもまた辞書によれば「釈明」とは、自分の立場や事情などを理解してもらうために説明することあります。
先にO-chanの翻訳講座の課題を沼南ボーイさんが名訳した、「 非常に小さな小鳥でも、木の枝に降りとまると、その木が巨大な大木であっても、遠く離れた小枝の先端は揺れ動く。それと同じように、全く取るに足らないようなささいな言葉であっても、時には人の心を痛ませることがある」はまさにこの問題にたいしてのタイミングのよい文章でありました。
私は酒の上の会話では、結構いい加減なことを言いますが、文章にするときは、「この表現で読者に理解されるだろうか、誤解されずに真意がつたわるだろうか」と考えるように心がけています。相手が目の前に居るときの会話では、問題点が即座に質問となって帰ってきます。そういうやりとりの中で次第にお互いの共通の認識が作られる訳ですが、文として提示する場合はその情報は常に一方的で、疑義があっても中々懐に飛び込んだ当意即妙な議論が出来ません。
私も十分注意していても、そして悪意が無くても、一つの言葉で人を傷つけたり、また傷ついたりします。だから出来るだけ感情的な言葉や、言い足りない言葉を置き去りにしないように気を付けています。
そして、今回の旅人−Mさんの率直な釈明は私に確かに伝わりました。これからもめげずに、多少の齟齬を恐れずに踏み越えて進みましょう。

0