選挙も近くなって与党の皆の衆は周章狼狽の体で、国民の関心を買うため何でも有りの買票政策をしている。いつもは天下国家の高説もどこえやら、己の当落をのみを危惧するみっともない姿の御仁ばかりが目立つこの頃である。だから、我々は定額給付金や高速道路値下げやエコポイント等の、一見国民の得するような政策をばらまくという、あからさまな朝三暮四の企みを見抜き、それに乗せられないように気をつけようではないか。
自民党は覚悟して一度野に下った方がよい。元首相や長老や派閥の領袖などの古びた革袋の中身は処分して、若手の中にはまだ有望な人材があると見えるから、新しい革袋と酒を仕込んだほうがまだ未来が望めるからである。選挙に勝つ為の奇策としていまだ真価の判らない、単に人気のある地方の長に三顧の礼を尽くすような筋書きは、阿呆総理の好きなマンガとしては秀逸なできである。
東国原知事の総裁云々の話は、彼のあくなき権力志向という野望がチラチラと垣間見えてくるようで、単純に拍手喝采とはいかないようだ。地方分権が住民参加による自治という民主主義の根幹をなすものだから、彼の目指すところは間違っていないと思う。しかし国家の長となるには、未来世界への平和や環境や経済の難しい問題への理念と展望を、はたして持つだけの器がどうかは疑問がある。
お笑い芸人の路を歩んだだけあって、民衆の不満や要望にあざといく対処するテクニックはさすがに見事ではあるが、受け狙いの目先の話題や損得ではなく、本当に必要な難しい問題を地道に解決出来るかどうかが問われるだろう。
朝三暮四:三省堂国語辞典より
〔「列子(黄帝)」などに見える故事。狙(そ)公(=猿回し)が猿にトチの実を朝に三つ、暮れに四つ与えると言ったら猿が怒り出したので、朝に四つ暮れに三つやると言ったところ猿が喜んだというもの。狙公橡(とち)を賦(くば)る〕
(1)表面的な相違や利害にとらわれて結果が同じになることに気づかぬ こと。
(2)うまい言葉で人をだますこと。

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