どっきとしたかな?
愛の告白ではありませんのでご安心を。
アルファーを紹介していただいた和彦さん、本当に感謝しています。
卓夫兄さんや、とも子姉さんには、これまで何でも話してきたけれど、
どうしても話せないこともありました。とも子姉さんに話せて、卓夫兄さんに話せないこともあります。(話とは、告白に近い意味)
そして死ぬまで誰にも話さないと決めていることもあります。
おもしろいね。
そんなとき、救世主のごとく和彦さんが別枠で登場しました。
「和彦さんには聞いてもらえるかな?」の部分(例の私の直感と感性で)を万理語で書きました。(今日ではありません)
保管しているといつまでもださない文章です。(私の癖)
この際、生きるか死ぬかがかかっているのだ・・・遠慮はいらない!!
の気持ちで勇気を出してお送りします。(にこにこと笑いながら、余裕たっぷりで読んでいる顔が想像できます。畜生!!)
もう少しだけ見守ってください。私のヘドロの受け皿になってください。なんとか2009年最後の日までには、あたりまえの人間としての生活、精神、に戻るための心の調整を終了したいと思っています。
ご推察どおり? 私は生きる続けることも、死ぬこともよくわからなくてもがいています。元にもどって早く宇宙のチリになりたいとも時々思います。こんなことを考えてしまう性癖は幼少時代から続いています。
ちょっとした弾みで、視界が「ずるっ」と開けるけど、すぐどろどろのヘドロの中にもどってしまいます。(今だけのことではないのです。ずーっと前から、ひよっとして赤ちゃんの頃から)
科学、医学的見地から私のヘドロまみれ状態分析を試みました。「理性」、「科学」を尊ぶ万理です。卓夫兄さんお勧めの名医にもかかりました。でも着陸点は他力ではなく、自力、何といっても自身の治癒力、納得が問題。 いじっぱり万理が出した自己診断は、「ショック性ウツ」、「慢性ウツ」でもなく先天性「ウツ」、先天性「統合失調症」。これは自分で解決しなければならない病気。「いつでも死ねるからこそ、生きてみたい」・・・心の奥の奥からのささやきです。
やっぱり私は変だと思うけど、人間みんな変じゃないのかなとも昔から思っています。変人、狂人、と簡単に他人を形容するけれど、正常と異常の区分けは単なる数の問題。
自称正常人間の方々は、器用に生きることができる、ヘドロに足をすくわれない信念をもっている、ぐちゃぐちゃ考えたくないからすぐ眼をつぶる、最初からそもそも自分のヘドロの存在に気づいていない、いずれにせよ、彼らは自分の「変」をきちんと処理する方法を身につけている。私にはそれがない。苦痛で、何度も抜け出そうとトライするけどうまくできない・・・・・
母を失った直後の今だからではなく、ずっと前から続いている私の悩み。
神野語?ではないですが、万理語でメールを出してしまいました。
ご迷惑をおかけしますが、もう少しの間、受け皿、ゴミ箱?になってください。そんなにお時間はとらせないと思います。来年の春、すっかり過去のヘドロを捨て去り、または忘れ、またはヘドロと共に生きる活力を持つ、新たな万理になっていたいと思います。こんな私がいる一方、「元気で、軽薄かつ、ズーズーしい私」も隣にいつも座っているので安心してください。
追記:言の輪には、私のヘドロを吐き出せません。美しい?場所を汚すわけにはいきません。そんな気配り、理性だけはまだ残っています。でも慣れてきたら、そんな自分も吐き出せるのかもしれませんね。

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