『エディット・ピアフ 愛の讃歌』
la Môme
2007年フランス・イギリス・チェコ映画 140分
脚本・監督:オリヴィエ・ダアン 脚本:イザベル・ソベルマン
撮影:永田鉄男 音楽:クリストファー・ガニング
出演:マリオン・コティヤール(エディット・ピアフ)、シルヴィー・テステュー(モモーヌ/シモーヌ・ベルトー)、パスカル・グレゴリー(マネージャー・ルイ・バリエ)、エマニュエル・セニエ(ティティーヌ)、ジャン=ポール・ルーヴ(父ルイ・ガション)、ジェラール・ドパルデュー(ルイ・ルプレ)、クロチルド・クロ(母アネッタ)、ジャン=ピエール・マルタンス(マルセル・セルダン)、カトリーヌ・アレグレ(祖母ルイーズ)、マルク・バルベ(レイモン・アッソ)、カロリーヌ・シロル(マルレーネ・ディートリッヒ)、マノン・シュヴァリエ(5歳のエディット)、ポリーヌ・ビュルレ(10歳のエディット)、エリザベト・コムラン(ダニエル・ボネル)、マルク・ギャノ(マルク・ボネル)、カロリーヌ・レイノー(ジヌー)、ローラン・オルメド(最初の夫ジャック・ピル)、ハリー・ハッデン=パトン(ダグ・デイヴィス)、ドミニク・ベッテンフェルド(アルベール)
1915年、エディット・ジャヴァンナ・ガションはフランスのパリ、ベルヴィル地区で生まれる。大道芸人だった父ルイは従軍し、母アネッタは道端で歌を唄って日銭を稼いでいた。3歳の時、エディットを持て余したアネッタは親に娘を預けるが、ルイはそこからエディットを連れ出し、ノルマンディーのベルネで売春宿を経営している母ルイーズに預ける。エディットはそこで娼婦のティティーヌらから可愛がられるが、角膜炎にかかって目が見えなくなる。数年後、リジューに巡礼したティティーヌたちが聖テレーズに祈りを捧げると、彼女の視力は奇跡的に回復する。その後、戦争が終わって復員した父についてサーカスの手伝いをするエディット。サーカスを辞めた後、路上で芸を始めた父に促されて国歌「ラ・マルセイエーズ」を披露すると、彼女の歌声に人々は魅了される。やがて20歳になり、妹分のモモーヌと路上で歌って金を稼ぐ日々を過ごしていたエディットは、高級クラブ“ジェルニーズ”のオーナー、ルイ・ルプレに目を留められる。ルイ・ルプレによってラ・モーム・ピアフ(小さな雀)と名づけられたエディットが歌い始めると、たちまち彼女の歌目当ての客が店に押し寄せる。ところが、父と慕っていたルイ・ルプレが何者かに殺害される。悪党アルベールの情婦だったエディットにも嫌疑がかけられるが、証拠不十分で釈放される。その後、キャバレーで歌いながらもヤジを作詞作曲家のレイモン・アッソを頼ったエディットは、彼から猛特訓を受ける。襲いかかるプレッシャーをはねのけた彼女はエディット・ピアフとして生まれ変わる。たちまちスターダムを駆け上ったエディットは1947年、アメリカ・ニューヨークでも公演を行い、マルレーネ・ディートリヒから絶賛される。更にプロボクサーのマルセル・セルダンと出逢い、妻子のいた彼と恋に落ちる。マルセルは世界チャンピオンにまで登りつめるが、飛行機事故で急逝してしまう。エディットはステージで新曲「愛の讃歌」をマルセルに捧げる。その後、モルヒネ中毒や交通事故に遭いながら最後までステージに立ち続けることを願ったエディットは、1963年10月、最後の夜を迎える。
♪あなたーの燃ーえる手でー
というわけで「愛の讃歌」、「バラ色の人生」で知られるシャンソン歌手エディット・ピアフの生涯を映画化。
早くもアカデミー主演女優賞の呼び声高いマリオン・コティヤールさんが20歳から晩年までのエディット・ピアフを熱演。アカデミー賞は実在の人物が好きだし、大いに可能性はある。
47歳という若さで亡くなっているが、晩年のエディットは相当に老け込んで、まるで60歳か70歳の老女のように見える。
恐らく彼女は人の何倍もの人生を行き抜いたのだろう。
ボロボロになりながら、それでも最後まで歌うことを止めなかった、いや止められなかった彼女の情熱には恐れ入る。
こういう伝記映画にはつきものであるが、いつの間にか新しい登場人物が何の断りもなく居座っているので、関係がよく分からなかったり、イヴ・モンタンやジャン・コクトーも出てきて欲しかったというないものねだりがあったりはするが、全体的にはよくまとまっていたと思う。
撮影はフランスで活躍する永田鉄男氏。
マルセルの飛行機事故が伝えられるシーンでは、部屋を移動するエディットを長回しで捉え、そしてそのままステージへとつながるあたりが非常に見事。
晩年、暮れなずむカリフォルニアのビーチで編み物をしているエディットの後ろ姿も美しかった。
★★★