2011/9/8  22:22

栄養補給  つれづれ

ここ数日、秋らしい爽やかな日差し晴れだったので、
昨日、息子と二人で歩いて少し遠くにあるスーパーまで買い物に行きました。

その道すがらにおもちゃ屋さんがあったのですが、目ざとい息子が早々に見つけて、
ショーウィンドウにべったり張り付いてしまって…。
そしたら、お店の方が出てきてくださって、
「お店にたくさん遊べるおもちゃがあるから、是非遊んで行ってください」
と、優しく声をかけてくださいました。


そこは前から気になっていた可愛いお店で、私も好きなテイストかもなーと思っていたけれど、
なんとなく入りづらい感じもあって(入ったら何か買わないと出られないような気がして汗
ずっと行けずにいたお店だったので、息子に便乗してお邪魔することに。


店内の中央に、木でできた列車達やレールが広いスペースで置いてあって、
自由に遊んでください、とのこと。
息子は当然、ニコリともせず(真剣な時の癖)夢中で遊び始めました。
お店の方は一人だけでしたが、店内にお客さんがいなかったこともあり、
色々私ともおしゃべりしながら、息子とも上手に遊んで、
たくさん褒めてくださるので息子もゴキゲン、
親子でとても楽しい時間が過ごせました♪

聞けば、以前幼稚園で教えていらっしゃったとかで、
なるほど納得!という、接し方、話しかけ方、誘導の仕方、でした。
勉強勉強…鉛筆


そんな中で、お店の方がふと、
私が何気なく言った、確か、育児に自信がない、というような旨の話をしたとき、
その返答として、
「こんなに立派にお利口さんに、息子さん育ててらっしゃるじゃないですか。十分やってらっしゃいますよ。」
と言ってくださったのです。


以前もこのブログで、ママ友さんからの嬉しかった言葉を載せましたが、
この時も、それと似たような感情が沸き起こりました。


そんな風にストレートな言葉で褒めてもらうって、
同じ境遇のママ友さんからはあっても、身近な人でもなかなかないですし、
また、息子を褒めてもらうことはあっても、私自身を、というのは…。


それに、実際に息子を結構長いこと看てくださった後で、前職もお聞きした後だったので、
なんとなく、お世辞、社交辞令かもしれないけど、本当のように聞こえて(もしくはそう思いたかったのかも)、
とても嬉しい気持ちになりました。


ここのところ、色々あって気持ちが落ち込んでいたので、
まさにドンピシャの一番の栄養剤でした。
本当にスーと胸が軽くなった出来事でした。


それと同時に、
「あ〜、私はきっと、すごく人に認めてもらいたいんだなぁ」
「こういう言葉を聞きたかったんだなぁ」
と、素直に思えた瞬間でもありました。

特に、
「子供がいい子に育っているのは、あなたがちゃんと育てているからだ」
というようなこと…。
多分、ものすごく図々しいことを言っていますが、
この言葉を心から言ってもらえたと感じたなら、私はきっと泣いてしまいそうです。

そういえば以前、ママ友さんにそのようなことを言ってもらって、あまりの嬉しさ?感動?に、
目が潤んで、言葉に詰まって、しばらく顔をあげられなかったこともあります汗
彼女が心から言ってくれてるのが、すごく伝わってきましたから。


育児は、誰かに褒めてもらうためにするものじゃないし、
認めてもらうためにするものじゃない。

それでも、自分の育児がいいのかどうか、毎日本当に不安だし後悔も限りないし、
そんな毎日だからこそ、前を向ける力として、そういう言葉を欲してるんですね。


子供を良く言ってもらうのは当然嬉しいですが、
そんな子供をあなたが育てているのだ、と直接言ってもらえることも、
きっとどんなママさんでも嬉しいはず。

子供を褒める=親も褒められている
…とは、なかなか思えませんしね。


毎日頑張ってる多くのママさん達も、そんな素敵な出会い、心からの言葉に出会って、
元気になれるといいなぁと思います。


本当に、素敵なありがたい出会いでした。


こういうあったかい気持ちをもらえたことは、
育児に追われる毎日に埋もれさせたくないので、こうしてブログに書き留めて、
また読み返して元気をもらう私です。


暑さを気にせず好きな時間に出歩けるようになってすぐの幸運に、
落ちてたテンションも上がっていきそうです。


そんな母の変化を察してか、息子が本当にお利口で…(笑)

外ではちゃんと手を繋いで、抱っことも言わずにひたすら歩いてくれるので、
ものすごく幸せ〜な、のんびり〜な、ゆった〜りしたお散歩になりました。

こんなことができる日が、ほんとに来るんだなぁ〜キラキラキラキラ



…と、嬉しくなって、今日もまた、違うスーパーへ出かけてしまいました〜^皿^
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2011/9/5  23:45

常識と価値観  つれづれ

「常識がない」
とか、
「常識だよねぇ」
とか、
「常識」って、日常で結構使う言葉ですよね。

私もよく使います。
言葉を使わなくても、自分の中では「これは常識だ」と思っていることもありますね。


でも、結婚してからちょっとずつ、そして子供が生まれてからは頻繁に、
様々なシーンで使う「常識」は、「価値観」という言葉に替えられるものだなと思うようになりました。


「価値観」
というと、人それぞれ、感じ方も考え方も表現の仕方もそれぞれ。
十人十色、
などというイメージ。


一見「常識」とは相反するもののように思えますし、
実際の意味(辞書的には)としては、似たものという認識ではないと思います。


でも、いざ何かの事象を目の前にして自分が思う「常識」が、
実は「価値観」の違い、と受け止めることができることがあるのでは、ということです。


もちろん、その判断が正しい場合もあるでしょう。

でも意外と、自分でこうだ、と思い込んでいたり、自分が経験してない、もしくは経験してるけど忘れちゃった、
などの理由で、自分の「価値観」を「常識」と捉えて、判断したり見たりしていることって多いのではないでしょうか。


私のことで言うと、
例えば、
子供(0歳から2歳くらいまでの)への接し方について。

「おもちゃを取り合いになったら、親が間に入って取りなすのが常識」
「常に子供のそばで行動を見守るのが常識」

…と思っていた(子供が生まれる前は特に)のですが、
意外と子供のするようにさせて静観、という親御さんもいらっしゃるんですね。

さすがに0歳代でそれはできないでしょうが、
うちの息子(2歳)と同じくらいの子の親御さんの中には、そういうタイプの方が結構いらっしゃいます。


私のように、子供がいろんな面で未熟なうちは、親がその都度教えてあげないと、と思っているタイプと、
子供は子供同士で学ぶこともあり、失敗したり、痛い思いをしないと成長しない、と思っているタイプ。
(静観されるタイプの方が皆さんこう思われているわけじゃないとは思いますが、恐らく多い意見であるとは思います。)


これはまさに「常識」ではなく「価値観」の違いだったと、
子供を持って初めて、また子供を通した色んな経験をするうちに、気付くことになりました。



あと、子供を叱ったり注意したりする時、
「絶対に手は出さない」
のか、
「必要なら手を出してもいい」
のか。


今は、手を出さない、というのが一般的に推奨されて常識のようになっていますが、
実際ママ友さんのお話や、ネットなどを見ていると、
よほどの時、もしくは軽くなら手を出してもいい、と考えている親御さんも多いようです。

特に、私たち親世代は、
自分が小さかった頃は、今ほど体罰(家庭はもちろん学校などでも)に対して厳しい意見が出てこなかった時代だった、
という背景も関係しているかもしれません。

この点に関しても、
例えばそれが虐待のようなことであれば論外ですが、
軽くオテテをパチンとしたり、お尻をペンペンとしたり、
その程度であれば、それはそれぞれの親の判断、教育方針、つまり各々の「価値観」でいいのだろうと思います。


私は基本的に手を出さないのですが、
そのように考える親御さんがいらっしゃることもまた、理解できますし、
もちろん批判する気もありません。


「価値観」というのは、その人が育ってきた、そして今現在置かれている「環境」に大きく左右されるものです。

結婚(夫婦間や家族)や子育て、という事では特に、
「それぞれの家庭、環境の中にいる者にしか、わかり得ないこと」
ということが発生します。
周囲に誤解されるだろうと思っても、その選択をするしかないこともあります。


そういう状況を経験してみて、
自分がいかに「常識」に囚われていたのかを痛感させられ、
単なる「価値観」の違いだったにも関わらず、使わなくてもいい神経を使っていたなぁと反省します。



「常識」
という意識でいると、どうしてもそれを相手に強要したくなります。
そうしない人が、よくない人のように思えたりもします。


自分の意識の持ち方や、感じ方によって、
「常識でしょ!」
と、ムカっと来る前に、
「こういう考え方もあるのかもしれない」
「相手にも事情があるのかもしれない」
「価値観が違うだけかもな」
と冷静になれるシーンも出てくるかもしれません。

怒りの気持ちは、心身を疲れさせますから、
できるだけ穏やかに日々を過ごしたいものですしね。


まだまだ「常識」と思い違いをしている部分も多いとは思いますが、
私自身、常識、常識、と何かと囚われて、窮屈に生きてきたように思うので、
そんな意識の変化をもたらしてくれた、結婚や出産に感謝しなければいけないなぁと思っているところです。

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2011/6/22  16:39

トイレの常備本に  つれづれ

「魔の2歳児」


とはよく言ったもので。


どうしてソコに目が行くの?!
とか、
どうしてそんな危ない(汚い)ことするの?!
とか、
どうして痛いと言ってるのにやめてくれないの?!
とか、
どうしてダメと言うとさらにエスカレートするの?!
とか。

しかも、私と二人の時ほど、まっっっっっっったく言う事を聞かない。
そしてやりたい放題です。



同じくらいの子を持つ他のママさんからの話でも、
出てくるわ出てくるわ…。
もー勘弁してほしい子供の武勇伝。


うちもこないだなんて、朝うっかり横になって目をつぶってたら、
キューブパズルが入ってた木箱(かなりの大きさ固さです)を頭にガツン!!!とやられました…。

もちろん、息子は悪気は一切ありません。
私に「遊んで〜」と持ってきたらたまたま当たっちゃった〜テヘてなもんです。


力の強い息子なので、
「いたたたたっ!!!!やーーめーーてーー!!!お願いだーかーらぁぁぁ!!!」
なんてことは日常茶飯事ですが、
さすがにこれは目から火花が出て、傷とタンコブさんができるほどだったんで、
怒るとか叱るとか文句言うとかそれ以前に、
痛すぎてしばらく口がきけませんでした…。

重たいものは人の近くで振り回したらダメだよ!と、
それこそ口を酸っぱくして言ってるのですが。

今回は、相手が私でほんっとに、よかったです。


今はそのキューブパズル、手の届かないところにしまってあります


こちらの体調がいい時はまだ何されても「はいはい〜」くらいに流せるのですが、
そうでないときは、ムッキーーー!!!となることもしばしば。

「いい加減にせんかーーーーーーい!!!」
となることも稀じゃないです。


男の子だし、もう少しおおらかに育てたいなぁと思ってはいるのですが、
危ないことや汚いことを、進んでやる時期でもあるので、
なかなかそうもいかず…。

毎日寝顔見ながらため息です。

この、
「おおらかにのびのび育てたい」
という気持ちと、
「していいこととダメなこと、わかってもらわなければ」
という気持ちとの葛藤で、
胃を壊すまでになってしまい。(←考えすぎ)


あんまりそういうのは見ないタイプなのですが、
どうも結構売れているらしい、

「子育てハッピーアドバイス」

というのを購入してみました。

なんとシリーズ累計300万部売れているようで。


まさに、わらにもすがる思いというか。


で、読んでみたら、なるほど、いいですねぇコレ。

育児って、子供もそれぞれ母親もそれぞれだから、
正解とかないし、それぞれで作り上げてくしかないと思っていたので、
あんまりこの手のものには手を出さなかったのですが。


そういうハウツー本じゃないんですね。(そういう部分もありますが)
中身に関しては読まれてない方もいらっしゃると思うので多くは語りませんが、
とにかく、
「母親も子供も、今のままで十分です」
ということを、上手に伝えてくれています。


うんうん、そうそう!という部分がたくさんありました。
ママやパパだけでなく、
色んな人に読んでもらえたらいいなぁと思う本でもありました。



子供とちゃんとちゃんと向き合って、責任感もあるからこそ、
イライラしたり、キィィとなったりするんですよ、と。

まさに心理カウンセラーさんの言葉ですよね。
(作者はカウンセラーさんです)


私はどうも、
人の考えていることとか、感じていること、思ったことを、
なんとなく察知してしまう(違うかもしれないけど)性質ゆえに、
どんどん自分を追い込んでしまうというどうしようもない性格で。


そんな私には、本の中で文字で伝えてもらえるというのは、
不要な気遣いなく入りこめるのでよかったなーと思います。
読んだ後も、自分で自分の欲しい部分だけを頭で整理できるし、
自分がどういうことを求めていたのか、そういうことも客観的に把握できます。

マンガが多用してあって、1冊20分くらいで読めてしまえるのも、
時間のないママにとってはありがたいです。


ただ、いくらリセットできたーと思っていても、
時間がたてばまたどうしたって煮詰まるものが育児だし、
そうなったときに、すぐに読める場所(うちは多分トイレだなー)に常備しておいて、
母子ともにストレスの溜まらないようにできたらいいなぁと思います。


どんなにイヤイヤされても、
どんなに痛いことされても、
どんなに癇癪起こされても、
やっぱり我が子は、何よりも大切で、可愛くて可愛くてしょうがない。
この思いは、増えることはあっても減ることはない。


そんな存在だからこそ、
色んな葛藤もあり、感情もMAX。


それでいいんですよね、きっと。
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2011/5/16  21:45

ただひたすらに  つれづれ

久しぶりの日記です。


少し前のことですが、今年のGWは10連休でした。
1泊旅行に行っただけで、あとは自宅近隣をうろうろ。

少し遠出(淡路島とか)はしたけれど、基本的にのんびりなGWだったように思います。


ただ、私がいつくらいからだろう、どうも心身ともに疲れていて、
なーんかなー、スッキリしない毎日。

原因を突き止めるのもしんどくて、ただ生活をこなしていたような感じでした。
それは今も続いていて。


最近ちょっとしたことですぐに喘息が出るようになったのですが、
そのせいもあるかなぁ。


心身が弱ってるときって、私は人に会う事をできるだけ避けようとします。
立てなくていいアンテナを立てちゃって、勝手にしんどくなることが多いからです。
それに、そんな私に気付いて心配させたり、気分を悪くさせてしまっても申し訳ないし、
という気持ちと半々くらいです。


いけないんですけどね、本当は。
そういう時こそ、外に出なくては。
色んな人からパワーをもらわなくては。
わかってるんですけどね。



子供が2歳になって、イヤイヤが始まったりしたこともまた、
原因のひとつかもしれません。


イヤイヤがひとたび始まると、まさに手がつけられない状態になることもありますが、
そういう時、自分に余裕があると比較的短時間で落ち着かせてあげることができます。
これはきっと私に限ったことでなく、
多くのママさんが経験して実感していることだと思います。


人は目に見えないだけで、色んなことを抱えて生きています。
色んな感情を持って生きていますね。


平凡な日常で、
変わり映えのしない日常なんだけれど、
その中の些細なことの積み重ねもあったり、
過去の想いが蘇ったり、
感情って、めまぐるしいです。

私の場合は、かもしれないですが。


私個人として思う事は、
そんな日常が穏やかで満たされていれば、
子供にも大きな気持ちでゆったり構えることができるのかなぁと。


育児はうまくいかないことばかりで、イライラすることも多い、
と言いますが、
その感情ひとつとってよく見てみると、
別のところで生じた気持ちからくるものが原因であったりするのかな、と。

純粋にたった今子供がした行為に対するイライラの回数なんて、
実はすごく少ないような気がします。


自分がいかに消化できずに色んなことを抱えていて、
それを日々なんとなく思ったり感じたりしているか、
子供のイヤイヤに対する自分の対応から感じてしまって、
それこそがなんとなくしんどいのが続く原因なのかもなぁと思ったりしています。



だからこそ、
今の私のこの状態はよろしくないし、
一刻も早く脱出したい。
子供のためにも。


そう思えば思うほど焦って焦って子供に言いすぎたりして自己嫌悪。
悪循環なんですけどね。


子供が生まれて、少しは色んな事に動じなくなったり、
気にしないようにはなったと思うのですが、
それでもまだまだ足りません。


もどかしいくらい足りません。


もっともっとシンプルな人になりたい。
今自分が、何をすべきで、何が大切なのか、
そういうことだけを、ただできる人になりたい。


もともと不安やストレスを抱えやすい性質で、
ぐるぐる考えすぎる性格がよくないのでしょうが、
ん〜、子供のためにも変わらないといけないですね。


どんなことも、結局は自分次第ですし、
誰に何を言われても、結局自分が納得しないと。


自分の力で脱出してこそ、
次のステップへの足がかりになると信じて、
そんな機会を子供が与えてくれたと思って、
今はただ、そんな自分と向き合う時期なのかもしれません。


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2011/3/30  19:50

私の財産  つれづれ

すごいもので、子供って、本当に知らない間に成長します。

そんなこといつ覚えたの?!教えたっけ…とか、ほぼ毎日思ってます。

子供の可能性って限りないとはよく言いますが、本当だな〜って痛感します。


ママ友さん(ほとんど先輩ママ)に会ったり話したりする機会があると、こういう話になることが多いのですが、
みんな、
「色々とできるようになるのは、親が刺激を与えてあげたり、教えてあげたりしてるからだ。」
と言うようなことを言ってくれるのです。

まさか褒めてもらえると思っていないので、びっくりさせられるのですが。


でも、そういう時、
「あぁ、やっぱりママ同士って通じるものがあるんだな」
と思って、本当にうれしくなります。


毎日、日々成長する子供についていくのに必死で、模索しながらブレないように心を鬼にしながら、
それでも子供のことが分からなくなったり、どうしてあげるのがいいのかわからなくなったり、
常に葛藤しながら、あれこれ考えたり調べたりすることもできなくて…、
と、あっという間に過ぎて行きます。

当然、自分の時間なんてないに等しい。
子供が生まれる前にはあったはずの時間をほぼ全て子供のことに費やしている状態。


だからこそ、そういうママ友さんの言葉が、心に染みいるっていうか。


自分の全てをかけてやってること、間違ってないよ、とそっと寄り添ってもらっているような。
すっごく欲しかったご褒美をもらったような気持ちになります。


そしてきっと、そのママ友さんたちも私と同じような気持ちでいるんだろうなって、
そう思えるから。

どんな言葉に一番癒されるかわかってるんだろうなーって。


もちろん親が子供にしてあげられることなんてほんの一部だってこと、みんなわかってるし、
子供は勝手にどんどん成長するものだと言うことも、わかった上でのその言葉。

でも、そのほんの一部にライトを当ててくれる。


嬉しいし、すごくありがたい。


育児してて、恐らく一番大事な、心の余裕、をもらいます。


人一人育てるって、すごいプレッシャーですが、
子供が成長していくのを楽しむ気持ち=心の余裕が、本当に大事ですから。


私の周りに、こんな素敵なママ友さんがいること、これも間違いなく私の大きな財産です。
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2011/3/9  23:32

真実の場所  つれづれ

本当に、心に染みいったこと、感じ入ったことというのは、
言葉にできない。


できない、と言うか、
言葉にしたら嘘っぽく聞こえそうで、安っぽく思われそうで、
言えない…いや、言いたくないというか。


けれど、そういうひとつひとつの思いが心に積もって、その人の底辺になり、
行動や言葉を変えて行くんだろう。


一人の人を理解することは、
だからこそ難しいのかもしれない。


目に見えないことや、口にしない思いのほうが、
ずっとずっと重くて、ずっとずっと真実だから。


今、目の前にいる人を本当の意味で理解するのは不可能なのかもしれないけれど、
自分にできることは、ただ、
ただ、一生懸命でいること。

それしかないような気がする。
自分にも相手にも、一生懸命でいること。


そんなことをふと思った。


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2010/11/10  14:48

ただ「聞く」  つれづれ

「プラス思考」「ポジティブ」「前向きに」


こういう精神、大事ですよね。

ただ、私は、恐らく多くの人もだと思いますが、
今自分の中に湧きおこった感情をそのまま受け入れてもらいたい、ってことがあります。
その感情がマイナスだった場合は特に。
あ、あと女性だからってのもあるかもしれませんね。


ダメなのもわかってる。
ぐちぐち言ってたらよくなるものもよくならない。
いいほうに考えるのがいいに決まってる。


そんなことはわかってる、でも、それでもちょっと世間話みたいな感覚でいいから、
ただ聞いてほしい。

悩みというほど深刻でもなく、日常の中の些細な「ささくれ」のようなものを、
自分でも少し持て余して、ちょっと違和感があるだけだから。
話したら、そして、それをどうこうするでもなく聞いてくれたら、
それだけで「ささくれ」なんてどうせいつかは治るし、って思えるから。


話すことが全て自分の本心じゃないし、
自分が今口にしてるほど大変じゃないんだけどなんか言いたい、みたいなこともあります。


常に「前向きに」「ポジティブに」なんて、
そんな強い人間はほんの一握りで、多くの人はちょっとのことで傷ついて落ち込んだり、
ぐらついたりするものが人間だし、それでいいと私は思っています。

それでなくても、みんな一生懸命生きているし、
悩みながら不安抱えながら生きてるし、
その中で心の中の器からちょっとこぼれた「マイナス」くらい、
あって当然です。



私は今は少しましになりましたが、以前は、この
「ただ聞く」
ということの大切さを知らずにいました。


誰かが何かしんどそうなら、なんとかしてあげなきゃ!元気づけなきゃ!と、
一生懸命、それこそ「前向きに」なってもらおうとしてたように思います。


けど、それってときには逆効果なこともありますよね。

相手の話を聞いて、
「でも、それってこういうことじゃないかな。」
とか、
「じゃあ、こうしてみたら?」
とか、
「でも、みんなそういうものじゃないかな。」
とか。


そこまでのことじゃないんだけど…と思っているところにググっと入ってこられると、
言った本人はアタフタしちゃうのではと思います。


それに、そんなつもりはなくても、
「でも」
という言葉を使う事で、相手に
「否定されている」
と思われて、嫌な気持ちにさせてしまう事もあるでしょう。


世間話的に話しているのか、
それとも本当に深刻に悩んでいることなのか、
それを感じ取ることも必要だろうし、
また、仮に真剣な悩みだったとしても、
多くの場合、話している相手は結論が出ていることが多い、ということも忘れてはなりません。



聞いて励まそうとしているこちらには、全くの善意しかなかったとしても、
それが相手に「しんどい」と思れてしまったら元も子もありません。
ただの、有難迷惑になってしまいます。


だから…
自分の「なんとかしてあげたい」気持ちを押し付けるのではなく、
相手を見て、考えて、ただ受け止める。
それが、「ただ聞く」という相手にとって心地よい広い器になるんだろうなと思います。


私もまだまだですが、
「ただ聞いてほしい」
という相手の気持ち、もっと汲み取ってあげられたらいいなと思います。

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2010/11/7  0:33

未来へのクラクション  つれづれ

先日、タクシーに乗ってた時のこと。

突然少し先の道路を小学3,4年生くらいの男の子がピューっと横切りました。
私は思わず、
「危ない!」
と言ってしまったのですが。

そしたら、タクシーの運転手さん、すでに目の前からいなくなってる男の子に対して、
「プップーーーーーーーーーー!!!!」
と大きなクラクションを鳴らしました。


確かに危ないとは思ったけど、男の子は10mくらい先の道路を、
恐らく車が来てるとわかってて横切った感じだったし、
わざわざそんな大きなクラクション鳴らさなくても…
今危ないわけじゃないし…相手は小学生だし…とちょっと思っていました。


そうしたら、空気を察知したのか運転手さんがこう言いました。

「ああいう場合、こうしてクラクションを鳴らすことで今の行為がいかに危険な行為か知らせるんです。でないと、あの子のためになりませんから。」




はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
なるほど。
また目からうろこ。
(私のうろこは何枚あるんだか。)


クラクションの本来の目的は、
目の前にある非常事態を回避するためにあるものだと思っていたし、
実際この3年でクラクションを鳴らしたことは一度もありませんでした。
私だけかもしれないですが、クラクション鳴らすのって、勇気いるんです。
ちょっとしたこと、例えば今回のケースで自分が運転してたら絶対に鳴らしてないです。


そういえば昔、近所を運転中、路駐している車のせいで渋滞が起きていて、
狭い道で右折したいのにずっとできず、イライラしていて、
やっと曲がれる!と思った瞬間、左前に停車していたタクシーに、
「プップ」
と軽いクラクションを鳴らされたことがありました。


それで、ふっと我に返って周囲を見まわすと、左からバイクが前に出ようとしていて、
知らずに前進してたら危うく接触事故、という場面がありました。


私はクラクション自体たまたま(車が入り乱れていたし)だろうと思っていたけれど、
隣に座っていた旦那さんは、
「あれは間違いなくこの車に対してだ」
と言い切りました。

恐らく、タクシーの運転手さんからは私がよく見えていて、
なかなか動けずにイライラしている様子もわかっていて、
あれは危ないなぁと思っていた、と。
そこに悪いタイミングでバイクが来たもんだから、
「注意しなさい!」
という勧告をしてくれたんだ、と。

確かにイライラしてて、曲がりたい!という気持ちだけになってたし、
右からの進入ならまだしも、左側はノーマークだったから、
バイクの存在もぎりぎりまで気付かなかった…。


車に何年も乗っているような人は、
色んなシチュエーションを経験していて、危険な場面にも遭遇しているだろうから、
いかに未然に危険を防ぐか、ということをよく考えているしよくわかっている。


なるほど…。



どこかで、
「クラクション=イライラして鳴らすもの」

くらいに思っていたところもある私は、なんとバカだったんだろう。



車に乗らない人は、車の死角や危険性を驚くほど知らないものです。
私がそうだったからよくわかります。
私のような初心者(もしくは不慣れな人)は、車に乗りながらその危険がわかってない、
という場合もあります。


右折左折の巻き込み。
携帯や傘を片手に自転車運転。
音楽大音量で聴きながら。
暗闇で端を歩かない。
黄昏時の道路の見えにくさ。


自分では大丈夫、自分には関係ないと思っていることでも、
そこには通常の何倍も危険が潜んでいるかもしれないということ。

車から見えているだろうから、と思っていても、
実際車を運転している側からしたら、直前で初めて気づくなんてことたくさんあるのです。


そういうこと、車に乗らない人にわかれ、というのも無理だと思いますが、
でも、少しでもそんな意識を変えられるのなら、
それが「ちょっと可哀そう」なくらいの大きなクラクションであっても、
するべきだろう、と思うようになりました。


他でもない、その人のために。
その人が、将来危険な目に遭わないために。
そしてもちろん、回り回って、自分が事故を起こさないために。


あの時、
私に今のクラクションの本当の意味を教えてくださったタクシーの運転手さんに、
感謝します。

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2010/10/29  22:07

大変、がいい  つれづれ

私はもともと、とても子供好きでした。
いや、それは今でもそうですけど。
今はまた違う気持ちで、好きっていうより、
「子供は可愛い」と思う、というか。


独身時代や結婚して間もないころ、ちょうど周囲がベビーラッシュで、
まー本当にあっちこっちでよく生まれてました(笑)
なので、嬉しくてよくお顔を見に行ったり、成長を見せに行かせてもらったりと、
赤ちゃんや小さい子と接触する機会ってとても多かったんです。


そんな中で友人から聞く言葉のほとんどが、
「育児は本当に大変」
でした。

私も育児のなんたるかは知識としては知ってたけど、
こうして生の声をタイムリーに聞くなんてことはあまりなかったので、
こりゃ相当大変そうだな…可愛いだけでは済まされない何かがあるんだろうな、と、
でもできるだけリアルに想像してみて、育児相談をしてくれる友人の話を真剣に聞いて、
できる限り自分にできることを探したり、言葉を選んだり。



私自身、子供のイヤイヤだったり、夜泣きだったり、ぐずぐずだったり、
そういうこともある程度知識としてはあって、大変だろうなと思っていて、
でも、やっぱり子供が好きって思ってました。



で、実際自分が子育てしてみて思う事。

それでも私は、全然想像できてなかった、わかってなかった、生ぬるかった、でした。



育児と似たような大変さ…って、私が知る限りありません。


うまくいえないけど…。

ずっとずっと気が張ってて、
24時間ピリピリしてて、
常に子供のことが頭にあって、
ほんと、
「子供が好きです
なんて甘い気持ちだけじゃとてもじゃないけど育児できない。


人を育てるって、
人の命を預かって、そして育てるって、
こんなに重い、重たいものなんだなーって、
毎日のように思います。

あぁ、先輩ママたちが言ってた「大変」ってこういうことだったのか、と。


なんでこんな大変なこと、みんな頑張れるんだろう。
子供はわけわかんないこともたくさんで、しんどいことも多いし、
マニュアル通りなんてこと、一番通用しないのが育児なのに。


それでも、頑張れるのは、
こんな貧弱で頼りない私でも頑張れるのは、
やっぱり、
「子供が可愛い」
からなんですよね。


どんなに泣き叫ばれても、どんなに迷惑(子供に迷惑なんて言葉は使いませんが)かけられても、
その時は「もうっ!なんなのよー!」なんて思ったとしても、
ちょっと時間が経ったらそんな気持ちはすっかり吹き飛んで、
満面の笑みでむぎゅーってしちゃう。
自分でも不思議なくらいに、気持ちがリセットできてたりします。


そして、日々育児をしてて、強く思うこと。
育児が大変であれば大変であるほど、
どんどん子供が愛おしくなる、ということ。



子供と、そして自分と、嫌ってほど向き合いながら、
もがいてあがいて、泣きに泣いて、イライラにイライラを重ねて、
その先にあるものを見たいし、感じたい。
そうやってできていく関係や感情が、楽しみ。


育児が大変、でいいんです、きっと。

まだ育児に片足突っ込んだくらいの私ですが、
そうでないと、いけないのかな、と生意気ながら思ったりする今日この頃です。

こんなことを考えられるようになったってことは、
私も少しは育児にどっぷり浸かる日々に体が慣れてきた、ということなのかもしれません

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2010/10/22  14:48

具体的にお願いします  つれづれ

前回の日記、まとまったと言いつつ、全くまとまってなくて、長文乱文…
さっき読み返して自分で苦笑してしまいましたー。

もし最後まで読んでくださった方がいたら、ゴメンナサイ

やっぱりどうも、私の頭はごちゃついてますねー。
情けない。



さて、気を取り直して。


テレビのCMで、子供の虐待ホットライン、みたいなのがやってました。
虐待を疑う項目として、いくつかあげられていたのですが、その中に、
「長時間泣く」
という項目がありました。

それを聞いてて私は、正直ビックリ&ヒヤヒヤ…。


だってうちの子、声も大きいし、
泣きだしたらなかなかおさまらないし、
…っていうか、その長時間っていうの、
どのくらいのこと言ってるんだろう?
1日中泣いてるとか?かな。


でも、イヤイヤの時期はもちろん、
ちょっと自我が芽生えてきた頃なんて、
ほんと、ずーっと泣いてるって感じがしたし、
よほど大人しい赤ちゃんでない限り、
1、2時間という単位で泣きやまないなんてこと、
結構経験あるママさん多いと思うんですけど…。


普通に問題なく育児している家庭でも、ちょっとのことで通報されてしまったら、
いくらその後間違いと理解してもらったとしても、私だったら相当傷つきます。

たいていのママは、日々、これでいいのかなーと悩みながら育児してるものだと思うし、
ぐらつきそうになる気持ちを奮い立たせて、寝不足や疲労と戦いながら必死で子供と向き合っていると思うのです。
そんな状態で、「虐待の疑い」などかけられようものなら、心がポキっと折れてしまいそうです。


周囲の目を気にしすぎて、癇癪起こされるのが嫌で叱るべき時に叱れない。
あまり泣かせまいとして、つい子供のわがままに負けて従ってしまう。

実際私の友達でも、自分の身近に通報された人がいて、
そのことを聞いて以来、どうも外の目が気になって、
子供のことだけを考えて叱ったりできなくなってしまった、と言っていました。


確かに。
虐待されている子供を一人でも減らせるならと、テレビで呼び掛けること、それも当然だろうと思います。
けれど、目安として提示するなら、もうちょっと具体的に言ってもらわないと…と思います。
「長時間」なんて、あいまいな表現のせいで、悪くもないのにビクビクしたママも少なくはないはず。


子育てしているママ、特にまだ「虐待される」という可能性のある小さい子を育てているママは、
周囲の人が思っている以上にナーバスです。


あのテレビCM最近見かけませんが、
次もし流すなら、上記のようなその他大勢のママの気持ちも、考慮してもらえたらいいのになぁと思います。

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