
昨日のマウント・シャスタからの帰りは、ひどかった。サンクス・ギビング前で、フリーウエイは全線渋滞気味。おまけに各所で事故が起きて、帰るのに8時間以上かかってしまった。しかしおいしいものを食べられたので、ちょっと報告。
(←ゆで上げられて、真っ赤になったダンジネスクラブ)
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
この期間は、オレゴンやワシントン、ネバダなど他州からのライセンスプレートをつけた車が、ハイウエー上を数多く走っている。
今回は、サクラメントを越えた辺りから渋滞がひどくなった。曲がりなりにも州都だから、仕方ないか。
このあたりまで来たとき、何の脈絡もなく、 →続きを読むをクリック

(まだ元気に生きているカニ。ゆでるまえは赤紫色をしている→)
急にカニが食べたくなった。湯気を上げながら鍋から引っ張り出される、カボチャみたいに大きくて重いダンジネスクラブが、頭の片隅から離れない。
ハンドルを握っていても、景色を見ていても、隣の車の割り込みを阻止しても、追い越し車線から右側のトラックの前に滑り込んでも、真っ赤なダンジネスクラブが頭から離れない。
Stocktonに差し掛かったところで決断のときが来た。このままI-5号線をまっすぐ南下すれば、家には午後4時には到着するだろう。
だがサンノゼ周辺の中華街にたどり着くには、ここで205号線へ乗り換えて、120号線、580号線、680号線、880号線と乗りつがなければならない。

(←まず、水洗い)
205号線との分岐点が見えてきた。さあ、どうしよう。この数秒間で決めなければ、分岐点を通り過ぎてしまう。心臓がバクつく。
最後に一瞬、真っ赤なカニがあたまのなかをよぎった。もうだめだ、と思った瞬間、手が自然にハンドルを右方向に切り、ぎゅ〜んとうなりを上げながら205号線への合流点へ入っていった。
あああ〜、食い気にはなんと弱い僕ちん…。
しかしこれが大きな間違いだったと気づくのに、そう時間はかからなかった。なんか道路がノロノロし始めたなー、と思ったときに、交通情報サインで「前方で事故、左側車線が通行止め」という案内が出てきた。

(水をかけられ元気を取り戻したカニは、どことなくふてぶてしい→)
なんと580号線のLivermoreの北で事故があり、4車線あるうちの左側3車線が通行止めになっているとのこと。ひええ〜、もっと早く言ってよー。
半信半疑でラジオをつけるとどうやら本当で、左側3車線が事故車両処理のために通れないという。やれやれ、ほかに枝道はなさそうだし、待つしかなさそう。
この部分、わずか5マイルもない場所だが、Stop & Goの繰り返しで通り過ぎるのに1時間以上かかった。しかしカニへの執念は衰えることを知らず、赤い甲羅がますます目の前に浮かんでは消え、浮かんでは消え。
ベイエリアにいくつかあるチャイナタウンのうち、そこから1番近いMilpitasの中華スーパーへ行くことにした。Livermoreを過ぎたら渋滞が緩和され、スーパーへ滑り込んだのは午後3時40分過ぎだった。

(←だが運命を悟ったのか、目に哀愁が漂いどことなく青ざめて見える、わけないか…)
焦る心を抑え、活きガニの水槽を足早に目指す。ぎょええ〜、しかし値段が高い。いつもの倍、$6.99/Lbするじゃああ〜りませんか。ふだんだとせいぜい$3.99/Lbで、安いときには$1.99/Lbまで落ち込むのに、これって暴利じゃあない?
でもこれで生計を立ててる漁師さんもいることだし、年々制限が厳しくなっている事もあるので文句は言えまい。
バークレー、サラトガ、クパティーノ、サンノゼ南のベトナムタウン、サンマテオ南のスーパーなど、ほかの中華街へ行こうか迷う。しかしこの物価高のご時世、どこへ行ってもあまり変わらないような気がしたのと、そこからまた大渋滞を泳ぎ渡ることを考えたら、嫌になった。覚悟を決めてここで買うことにする。
魚売り場のおっちゃんに目で合図して「カニ、4ハイねー」と頼む。こういうときの目での合図と、首でうなずきを入れるあうんの呼吸と言うのは、生活者でないと分からないコミュニケーション上のタイミングだろう。中サイズ2ハイと大2杯。しめて$61.89なり。たっけー。

(カニを熱湯に入れるときは、必ず甲羅を下側にしてはさみや足で鍋のフチなどをつかまれないように注意)
で、そこから家までが約1時間10分。ハンドルを切るたびに、ビニール袋の中でごそごそ動き回る音が聞こえる。はやる心を抑えて、といって平均時速75マイルでぶっ飛ばす。
これで事故が起きたら「カニ買って焦るアジア系の男、スピードの出し過ぎで衝突死」とか見出しがついて、シャレにならんなー、などと考えながら家路を急ぐ。
さて、帰ってすぐにゆでました。活きガニをゆでるのは残酷、と言う声があるが、カニを食べるのに1番興奮するのはこのゆでる瞬間だと思う。
熱湯に放り込まれても、最後の生への執念を振り絞るカニのエネルギーを、甲羅の中に上手に閉じ込めてゆで上げる。死ぬもんかと必死にこらえるカニと、その生のエネルギーをなんとかおいしく食べてやろう、という人間との駆け引きが、このゆでる作業に凝縮されている。

(一気に熱湯に沈め、おとなしく成仏させてやること。カニに対するリスペクトでもある)
湯気の熱気でただ事ならぬ事態を察知したカニを、鍋のフチでばたつかせないように、一気に熱湯の中へ入れる。ここで重要なのは、カニは甲羅を上側ではなく、下側、つまり仰向けにさせて熱湯の中に入れると、ばたついても足が周囲に引っかからず一気に成仏させて上げられる。
下手な人がやると、うつぶせ状態にカニを熱湯の中に入れようとする。そうすると、鍋に入るもんか、と最後の抵抗を見せるカニが、ハサミでフチや取っ手をつかみかかり大変なことになる。
ゆであげた後も甲羅を下にしておかないと、お腹の中の水分が抜けて味が落ちる。
そんな真剣勝負も約20分で終了。生のエネルギーが十分に詰まった甲羅をこじ開け、湯気の上がるミソと対面すると、カニさんごめんなさい、でも生きててよかったよん、と思ってしまう。

(アツアツの湯気の中、ゆで上がったカニを取り出す→)
北陸出身なので、カニクイザルのように食べるのはうまい。とにかく黙って、甲羅や足と格闘する。カニを食べるときに会話は禁物だ。
カニをさばきながらペチャクチャしゃべるやつには、生への執着心をゆで汁に残して犠牲になった「カニ様」に対するリスペクトが感じられない。
カニ肉やミソを残すなんてもってのほか。うまくさばけなくて、肉を殻の中に残したうえで「殻がうまく割れない」なんて言い訳するやつは、信用できない。歯でかみわって、大きな音を立ててすすれっちゅーの。ナットクラッカーなんかでお上品に食べているのを見ると、やたら腹が立つ。
逆に爪楊枝で、ちまちまと殻が残っていないか確かめながら食べるやつも信用できない。カニミソを気持ち悪がって食べないのも、新しい味との出合いを恐れる小心者、として許せない。あの繊細なおいしさが分からないやつは、人生の半分を損している。
しかしカニアレルギーの人、ごめんなさい。バカにするつもりはありません。

(←見てください、この甲羅の色。おいしそう、なんてものじゃなくて、実際、すごくおいしいんです)
カニは豪快さと繊細さを兼ね備えて食べるべきもので、どっちにバランスが崩れても、見苦しい。カニの食べ方1つで、その人がどういう性格なのかが分かるのだ。これを「カニ性格判断法」あるいは「カニで分かる人生学」というのかどうかは知らない。
と、すごい独断と偏見でのカニの食べ方でした。
僕ちんの究極の食べ方は、まずミソを丼に開けて、そのなかに腹の中に詰まった肉塊をほぐしながら入れる。そのあと、足の太ももの部分の肉を歯でかみ割って出す。最後に二の腕というか、ふくらはぎの部分の狭くて薄い部分にまで詰まっている肉を、足先のツメで残らずカキ出す。
最後に酢と醤油をかけ、底にたまったミソと酢醤油をカニ肉にからませ、丼いっぱいのまさにカニ丼(ご飯なし)をなりふりかまわずにかき込む。

(活きててよかった、と思える瞬間。豪快に音を立てて、ミソも肉も、すすりだしてください→)
カニの油の甘みと酢、醤油のバランスが絶妙だ。コレステロール的には最悪の食べ物。しかし「カニ様」との出会いも、1年に数回だ。許せ、毛細血管よ。どうか詰まらないでくれ。と頼みながら、目をつぶってカニをたんのうする。
恍こつとした中で、カニとワインの味が麻薬のように脳天を刺激し、味覚をのぞいたすべての感覚をマヒさせてしまう。
「カニを食べると舌が勃起する」と言う人がいたが、まさにそういう感覚。今年はあと何回、この「勃起」状態を味わえるのだろうか。

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