村上春樹の「1Q84」を読みました。
先行予約などしなくても、本屋さんへ行けば山積みだろうと
高をくくっていたら、あっという間に売り切れ。
アマゾンでも6/10にならないと入荷しませんと連絡があり、
次に6/19日ころ入荷予定。
その後、いつ発送できるか分かりません。
キャンセルになるかもと。
しかしついに6/19に届きました。なんと第5刷。
発売は5/29だったというのに。
やはりその売れ行きは半端じゃない。
読み終わって、残ったものは、「哀しみ」
みんなあちらの世界へ行ってしまった。
青豆と天吾の再会も、あのような形だとは。。
しかし、いつごろからあのような性的描写を村上氏はするようになったのだったか。
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」や、
「羊をめぐる冒険」では、あえてそのようなことは避けていたというのに。
作家が生きている時代の世相に、作品は、
どうしても影響を受けるのかもしれない。
どんな作家も、その時代から逃れることはできない。
「海辺のカフカ」でも奇妙な物体が出てきたし、残虐な猫殺しがいた.
でもあそこには、行ってみたくなるような私設図書館があった。
今度は「猫の町」が出てくるけれど、行きたくはありません。
拳銃、暴力、カルト集団、
二つの月が出ている世界がある。(「ペーパー・ムーン」)
ジョージ・オーウェルの「1984年」を意識しているそうだけれど、
もう少し、思想的なところを深く描いて欲しかった。
今から25年前の世界、1984年はどのような世界だったのか、
それを書き換えるとしたら・・・
戻っていくことは出来ない・・・高速道路。
「文学に憑かれた人間・・・、
一生のうちにたったひとつでもいいから
間違いのない本物を見つけること。
それを盆に乗せて世間に差し出すこと。」
(「1Q84」1、P216)
村上春樹氏は、このあたりを目指して進んでおられるのだろうか。
読売新聞のインタビュー記事を、次男の嫁の会のDさんにお願いして
3日分、いただいたり、
オーウェルの昭和25年(1950年)の古本を手に入れたり、
事前に情報を入れつつ、やっと手にした「1Q84」
天吾(てんご)という言葉には、大阪弁では、悪ふざけという意味があるのですが、
村上氏は、そんなの関係ないとおっしゃるか?
現代の若者達は、どのような感想をもっているのか、
後で、新潮社愛読者のページを見てみようかな。
☆☆
もうお読みになったあなたは、どんな思いが残りましたか。
あ、ここにも、二つの月が・・
northland-art-studioさんからお借りしました。
☆☆
多くの人が熱狂するものには、すばらしい要素と、危険なものが潜んでいるのかもしれません。
「ノルウェーの森」が、初めてベストセラーになったときも、初期からの愛読者としては、とてもがっかりしたものです。それは「風俗性、性的描写」が入ってきたからだったのかと、玄柊さんのブログの感想を読ませていただいて分かりました。
私が感じた「哀しみ」は、主人公青豆が失われたことだけでなく、春樹さんの「何か」が失われたことへの「哀しみ」だったのかと、今朝6/27思いました。
世の中に迎合する気持ちが作者に出てきたとは思いたくありませんが、
「何かがそこなわれた」そのような感想を持ってくださって、同感です。

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