いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2017/8/13

映画「永遠の0」  映画・演劇

レンタル店のサービスデーで、「永遠の0」の映画版を借りてきました。
ずっと前に本は読んでいたのですが、
その後の作者の発言に違和感を覚え、映画は見ていませんでした。
TV版もあったのですね。

青い空を機敏に飛び回る零戦。
亡き弟は、パイロットに憧れていました。

あの時代に、死ぬことではなく、生きることを求めた宮部久蔵。
26歳になった孫息子は、フリーラーターの姉と共にその祖父の足跡を辿る。

宮部は臆病者だった、というかつての戦友たち。
しかしパイロットとしての腕は凄かった。
なぜ命を惜しむのかと反発する同僚や部下。

「私一人が死んでも、戦局に変わりはありません。
しかし妻と娘にとっては、違います」と語る宮部。

教官として教え子の命を守りたいと願う宮部。

その宮部が最後に特攻として命を捨てる。

唯一の慰めは、
妻に約束した「必ず帰ってくる。」という言葉は
確かに守られたこと。

**
航空機が空を飛ぶのを見るのが好きです。
天により近くいられるような気がして、飛行機に乗るのも好きです。

映画の戦闘シーンでは、人は本当には死んでいいない。
しかし記録映像では、その爆撃のしたに、多くの死者がいる。

機銃操作をする戦闘機に付けられたカメラが、逃げ惑う子どもたちを写す。
これは映画ではない。

人と人の争い。
国と国の争い。

武力では、なにも解決されない。
戦争を体験した人たちの証言に、
しっかりと耳を傾けたい。

3月10日東京大空襲。
主要都市や軍事工場に絨毯爆撃。

8月6日広島、9日長崎、15日敗戦。

核兵器禁止条約
その会議に参加すらできない被爆国日本の哀しさ。。。

世界の終わりを予告する映画がたくさん作られている。
第三次世界大戦が始まらないことを、切に願います。
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2017/8/10

映画「この世界の片隅に」 見ました  映画・演劇

映画館に足を運ぶことは、あまりなかったのですが、
このところ、立て続けに映画館へ行って見ています。

「この世界の片隅に」は、アニメです。
こうの史代という漫画家の作品を6年かかって映画化したもの。
内容は、ほとんど知らないで、戦争中の呉でのお話というくらいの予備知識。

とても美しい映像の映画だとKさんからご紹介いただいていたので、
この夏休みに、近くの小さな映画館で再上映されることがわかったので、
お盆休みに入る前の本日8/10行ってきました。

始まりの時間を間違えて、1時間も前に映画館に到着しました。
時間をつぶすために同じビルにあるコープさんで買い物をして、1時間の駐車無料券をいただきました。映画館は2時間無料券をもらえました。

小さな映画館で、40人か50人入れるところ。
本日は25人くらい来ていました。

戦争のアニメで、二度と見たくはないと思ったのは「火垂るの墓」。
あまりにも悲しすぎました。
そしてこの映画も、辛かったです。

淡々と日常生活を描く。
しかし場所は軍港の呉市。主人公すずは、広島から18歳で嫁いできた。
絵を書くことが得意で大好きなすず。
その彼女の一番大事な右手をなくす。

救いは、夫の周作が戦争で死ななかったこと。
家が焼けなかったこと。

でもさりげなく挿入されている悲惨な戦争の惨禍。
もちろん広島に原爆が落とされたことも。

軍港である呉には、戦艦大和も武蔵も寄港していた。
港が見える山の中腹にあるすずの嫁ぎ先。
昭和20年3月は東京大空襲もあり、日本の本土の都市に
爆撃が頻繁に行われるようになった。

あの最近見た「ハクソー・リッジ」以上に、戦争の悲惨さが、
ひたひたと伝わってきた。
涙が流れる。
観客の年配の男性の嗚咽が聞こえた。

悲しく胸がいっぱいになりました。
作者の強い思いがぐっと迫ってきました。

この映画を見て、小学生や中学生は、どんな思いをいだくのだろうか。
聞いてみたい。


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2017/8/2

『プラチナデータ』 東野圭吾  

このところ、少しご無沙汰していた東野圭吾さんですが、
対面朗読(視覚障害者の方に、2時間本を読む)で、『プラチナデータ』を読むことになりました。

私の担当は、終わりの方で、いよいよどんでん返しが起こりそうなところ。

国民のDNAを採取して、国が管理するという近未来のもの。
国民総背番号制が、マイナンバーと名前を変えて、するすると認められてしまいました。
そのことを連想します。
しかも、政府は、自分たちの都合がいいように、データを管理して、
犯罪を犯しても、見つからない仕組みをつくる。

現在の、森友・加計問題が、国の制度を自分の都合のいいように変えて、
特定のお友達に有利になるように計らう。
この近未来小説のように、殺人事件こそ起こっていませんが、
特権階級というものが、存在することが現実にあると知ることになった。

すべて計算できるものしか信じない神楽。
心、感性、芸術(絵画)を愛するリュウ。

管理されることを嫌い、自給自足の桃源郷のような場所に住む人たち。

とても興味深い内容だったので、思わず最初から読み直しました。


よくこのような展開を思いつくものだと、感嘆しています。

現代への問題提起。
2010年初版。
ロボットが、将棋で人間に勝つという世の中になってきた。
2045年の特異点。
人工頭脳が人間の頭脳を超える?
プレデターは、見ていませんが、近未来の映画が現実になるのでしょうか?

改めて、「命・いのち・生命」について考えたい。
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2017/8/1

映画 「光」  映画・演劇

中途失明の主人公と聞き、朗読(音訳)ボランティアの仲間と4人で観に行ってきました。

映画の音声ガイドが、いかに難しいかも知りました。
タイトルの「光」の意味も、すんなり分かり、感動の涙がじわり。

ところが、そのあとの劇中映画「その砂のゆくえ」が始まって、混乱。
やはり私には、河瀬直美の作品はしっくりこないなあと思いました。

カメラマンが視力を失う。
これは音楽家が聴力を失うのと同じ。
ふとベートーヴェンのことを思い出していました。

音声ガイドが説明しすぎて、視覚障害者の方の映画鑑賞の妨げになることもある。
あのように、モニターの方々の意見を聴きながら、さらにわかりやすい、より良いものを作ろうとする努力。

先日の対面朗読で、視覚障害者の方が、テレビのドラマも、途中からでは全然わからない。
特に、9時に始まると思っていても、8時54分くらいから始まっていたりすると、もうダメとおっしゃっていました。

配役の声を聞き分けること、難しい。

私も、ラジオで男性のパーソナリティと、補助の女性が二人になると、
どっちの人が話しているのか、分からなくなります。
若い女性の話し方、声のトーン、似ています。

目が見えなくなるという恐怖。
目を閉じて、自分で歩いてみて、その怖さが分かる。

音声ガイドをしている主人公の女性の変化は、よく描かれていましたが、
それを恋愛ドラマにする必要があったのか。

終わってから、仲間と、「この映画は、なんども見ないと、よくわからないね」
と話しました。

音声ガイドのことを取り上げてくださったことは、とても勉強になりました。
感謝。

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2017/7/31

『イエス伝』 若松英輔 著  

朝、少しずつ読み進み、2ヶ月かかってやっと読み終えました。
中央公論に連載されていたらしい、若松英輔さんの『イエス伝』

カトリックの幼児洗礼を受けておられるようで
カトリック教会へ子供のころから行っておられた。

しかしその執筆は、ひとりの真理を求める、道を求める人のものでした。

「見えないものを、見えるように生きること」は、知性だけでは理解できない。

須賀敦子さんも、カトリックの信者さんだった。
遠藤周作も、幼児洗礼を受けていた。

文学からキリスト教(宗教)に迫る。
批評という立場からキリスト教(宗教)に迫る。

井筒俊彦、鈴木大拙、いろんな宗教者の書物からの引用もある。

裏切り者と言われている、イスカリオテのユダについての考察は、
深いものでした。

多くの人が、ユダは自分自身だという。
あの「ベン・ハー」の名前も、ジュダ・ベン・ハーだった。
それは監督の悔告でもある。

人間の弱さと恩寵(義認)について、考えさせられました。
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