いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2017/2/24

井上ひさし  作詞  言葉

こまつ座は、井上ひさしさんの娘さん井上麻矢さんに引き継がれていることを知りました。

シンガーソングライターの普天間かおりさんのCD
「つたえたいことがあります」には、
「わたしたちのここおはあなのあいたいれもの」
という井上ひさしさんが作詞した曲があると知りました。


友人が送ってくれる「新婦人しんぶん」にその歌詞が載っていたので
引用させていただきます。

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わたしたちのこころは
あなのあいたいれもの
わたしたちのこころは
あなだらけのいれもの

いきていたころのきおくが
そのあなからこぼれてゆく
いきていたころのおもいでが
そのあなからこぼれてゆく
あなというあなから
ぽろぽろこぼれてゆく

こぼれたきおくはちらばる
ウチュウにこぼれてちらばる
こぼれたおもいではちらばる
ウチュウにこぼれてちらばる

すべてのきおくがこぼれおちると
わたしたちはいなくなる
すべてのおもいでがこぼれおちると
わたしたちはいなくなる

わたしたちのこころは
あなのあいたいれもの
わたしたちのこころは
あなだらけのいれもの
あなだらけのいれもの

  井上ひさし作詞
  宇野誠一郎作曲

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あたりまえと思っている日常が、戦争で奪われた人たちがいる
そのことを思い起こす習慣を身に着けよう。
というのが、井上ひさしさんの遺した思い。

思想の自由が奪われた時代があった。

ふと、小林多喜二の最期を思った。

わたしのこころは、あながあいていないかどうか。

静かに自分を省みたい。
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2017/2/19

『リフカの旅』  

『リフカの旅』という本をご存知でしょうか。

理論社から出ている児童書ですが、読み応えがありました。
原題は Letters from Rifka
著者は カレン・ヘス
翻訳は 伊藤比呂美+西更

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表紙の見返りの言葉
「百年ほど前、一人のユダヤ人の少女が
ロシア・ウクライナの町を脱出した。
めざすはアメリカーーーー
どんなに厳しい状況にも希望を持ちつづける。
12歳の魂のことば。」

カレン・ヘスが大叔母の体験を元に書き上げた
フェニックス賞受賞作品。

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実話でした。
1919年9月2日ロシアのウクライナ ベルディチェフという小さな町から家族とともに脱出する。
父と母と二人の兄、ナタンとサウル、そして12歳のリフカ。
貨車のわら束の中に隠れての必死の脱出。

ポーランド・ワルシャワを経て
ベルギーへ・・・ここでリフカは一人残され、頭部にできた疥癬(かいせん)の治療をする。
家族はアメリカへ。

2020年10月22日にやっとアメリカへの入国を許可をエリス島でもらい
家族にも再会できるのです。

リフカは、プーシキンの詩集を大切に持っている。
ロシアの詩人だ。
そして 21ある手紙には、すべてプーシキンの詩の一節が最初に書かれている。
その章の内容を暗示するような詩が。

どうしてかは、最後にわかります。
詩の言葉のもつ力を、感動的に知ることになります。

ユダヤ人なので、家族の名前はすべて聖書にある人物のなまえ。
しかしリフカという女性は聖書には出てこない。
リベカの変形かなと思ったりする。

イディッシュ語・・・という東欧系のユダヤ人の言葉。
ポグロム・・・・19世紀末から20世紀にかけてロシアで行われたユダヤ人に対する迫害。
農奴からは開放されても、暮らしが楽にならない農民の不満や怒りのはけ口として、ユダヤ人を憎むように仕向ける政策。。。
ロシアのユダヤ人に対する迫害も、ひどかったとは聞いていましたが、やはり本当のことでした。

ほかの国、ほかの民族を排斥し迫害する。

このリフカのころは、それでもまだアメリカは自由の国であり、能力があれば、一所懸命働けば、生きられる・・・と信じ、多くの人たちが移民として移住した。
ヨーロッパからの移民は、ニューヨークの近くのエリス島の移民局で審査された。
 あの「サウンド・オブ・ミュージック」ドレミの歌で有名なトラップ一家もたぶん、
 この島に着いたのでしょう。たくさんの人がいて混乱している場面を思い出す。

そして百年、、、、
7つの国の人々の入国を拒否するアメリカの大統領。

民主主義で自由の国であったはずのアメリカは、どこへいくのだろう。

いま、この一人のユダヤ人の少女の物語を読み、
いまのアメリカを見ると、
なにか、とても大きなものが、間違って流れ始めていることを痛感する。

この本は、2015年3月初版です。
日本語に翻訳されたときには、まだ平和な自由の国だった。。。
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2017/2/14

『羊と鋼の森』  

2016年の本屋大賞のこの『羊と鋼の森』を、本屋さんで少し立ち読みしました。
面白そうだったので、早速図書館へ予約しました。
230番待ち。
その本が、この度やっと順番が回ってきました。
ピアノの調律師のお話。
羊とはピアノのハンマーの素材の羊毛。
鋼(はがね)は、弦の鉄鋼。
17歳で学校の体育館のピアノを調律に来た人を、体育館へ案内するという偶然が
彼の人生の方向を決めた。
このようにすぱっと光を見るように、やりたいことを見つけられる人はしあわせ。

小説としての構成も、よくまとまっている。
好印象をもったのですが、どこか、弱いところがあると思った。
しっくりと私の手に、心に、収まらないのは、どうしてだろう。
訴える力に、弱さを感じる。

でも、来年映画化されるので、それは観てみたいような気もします。

音楽を取り上げた小説や、推理小説は、とても好きです。
中山七里のショパン、ドビュッシー、ラフマニノフの作品。
ここにあったような強さを感じないのは、
具体的なピアノの曲がほとんど流れなかったからだろうか。

ただ、音が澄んでいる・・・というのはとても感じました。

調律師の方の音楽への思い、ピアノの音色を追求するその心意気。
すごいものがありました。

毎年秋に教会のグランドピアノの調律に来てもらっていますが、
今年は少し見学させてもらおうかな・・・などと考えています。

去年は、「針を刺しておきました」と言われても、ぴんとこなかったのですが、
フェルトに針を刺す意味も分かりました。

森を歩く感覚。その匂い、音、風、、、
木の匂いが恋しくなりました。

宮下奈都のほかの作品も読んでみようかな。


追記

弱いと感じたことにつながるかどうか、わからないのですが、
主人公が男性であるのに、そこに女性の感性を感じて、
なんか違うと思う。
それは、以前すこしだけ読んだ、西加奈子の小説にも感じました。
どうも違和感を感じます。
西加奈子は、どうも私には合わない気がしました。

東野圭吾には感じない、この感性の違和感。

朗読でも、女性が男性の声を出すことに、大きな無理を感じます。
かつてラジオ文芸館では、男性の声は森繁久彌、女性は加藤道子が朗読していました。
それはとても自然でした。


しかし、まあ、男性でも女性でも描けなければ、読めなければ、
プロとは言えないのかもしれません。
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2017/2/12

『1984』という本  

いま、ジョージ・オーウエルの『1984』という本が、アメリカでよく読まれていると聞いた。
私はこの本を、村上春樹の『1Q84』を読んだときに、元になっている本、意識されている本と知って
読みました。

その時は、いわゆるロシアの社会主義。スターリンの独裁。
まさにビッグ・ブラザーは、スターリンのことをイメージしているのだと思った。
ところが、それがいま民主主義・自由の国であったはずのアメリカの国民に読まれているという。

「もうひとつの事実」という言葉を使って、事実を曲げようとする政府が、アメリカに生まれた。

昔の映像で、ヒットラーを賞賛する民衆の映像をよく見る。
北朝鮮で多くの民衆がキム・ジョンウンを称える映像も見る。
そしてアメリカでトランプを支持する民衆の叫びを見る。

かつて日本でも、大本営発表というものがあった。
今ではそれが、ウソの代名詞のように使われることもある。

ネットという途方もない範囲に情報を流せる媒体によって、
私たちは、コントロールされてしまう危険がある。
事実を知らないで、もうひとつの事実を、本当だと思わされる危険がある。

人権侵害、本当の意味での自由がなくなる。

学校で三権分立を学んだ。
司法が、独立して正義を貫けるようにと願う。

正義は、その立場によって変わる。
桃太郎に殺された鬼の、その子どもの恨みを聞いた。
だれかの、あるいはどこかの国だけの正義ではない、
本当の正義は、どこにあるのか。


『1984』は映画化されてもいたという。
見てみたい。


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ちなみに
2013年新聞広告クリエイティブコンテスト
最優秀賞は

ボクのおとうさんは
桃太郎というやつに殺されました。

  (泣いている鬼の子どもの絵)

一方的なめでたし、めでたしを生まないために
広げようあなたがみている視野を

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自分の国だけが1番になればいいというのではなく
ほかの国も、ほかの国の人々もしあわせに暮らせるように
広い、広い、視野と心をもちたい。
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2017/2/8

「A Life 〜愛しき人〜」  ドラマ

日曜劇場の「A LIFE 〜愛しき人〜」
ご覧になっていますか。
私は録画していたのですが、なかなか見る時間がなくて、
やっと第4話まで追いつきました。

音楽は「Good luck」パイロットの時に似ています。
手術の場面は苦手だなと思っていましたが、
医師としての本来のありようをきちんと述べていて、
これからの展開がたのしみです。

医は仁術が、いつごろからか医は算術といわれて久しい。
経営者としての手腕がある副院長(浅野忠信)と、沖田医師(木村拓哉)は、幼馴染という設定。
友情と恋敵。
頭の切れる人が陥りがちな、計算ずくの人生と
逆境を糧にして成長し成功する主人公。

二人の男から愛されている人の病気。

「医者は神様ではない」とつぶやいていた、東野圭吾の小説の若い女医を思い出しました。

「訴えてやる!!」と医療ミスを厳しく糾弾する患者を恐れる病院関係者の姿。
そして駆け引き。

いろいろ考えさせられます。

✩いま調べてみましたら、音楽は佐藤直紀。
やっぱり「Good Luck」や「龍馬伝」の音楽担当者でした。
個性というのは、隠せないものなのですね。

✩沖田一心(父親)は、田中泯 以前から注目していた俳優さん。
一徹な寿司職人、、、ぴったりです。
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