2012/5/27  つばさへの道10  


今ではつぱさファンクラブと名乗り、つばさ続編の為様々な活動を行って来た訳であるが、改めて今思うと意外と凄い事をやってきたのだと感じている。しかし、その活動中は凄い事をやっているなんて意識はなくただただ楽しんでいただけだった。だから苦しいとか大変だなんて思った事はなかった。ある意味そこには様々なパワーが潜んでいたのだ。物事をスタートさせる、立ち上げる時にはその中心となる核があり、それを取り巻く力によって意外にもスムーズに出来るものだ。しかし、それがある期間が過ぎると一気にその力の加速力が鈍り停滞するようになる。同時にひとつがふたつにそしてみっつにと枝分かれしてくる。良く流れが変わったとか、空気を読めなんて事を聞くが、それらは目に見えるものではなく感じるものであるが、その感じ方は人それぞれである。見えないそのエネルギーは我々の興味と直結しているのは確かだ。大きく心を動かされ続ける、そう心を常に刺激してくれるものに我々は動き反応する、いわゆるこれが興味だ。この興味が大きいほど活動エネルギーは大きくなり、そしてそのエネルギーがまた心を動かし人を動かしていくのだと感じている。しかし、このエネルギーは残念な事に永久的には持続しないものなのだ。徐々に膨らんでいたエネルギーは同じエネルギーを持つ者と反応し爆発的に大きくなり加速していく。その化学変化は物凄い破壊力を持っており、手に負えない程の正のエネルギーである。しかし、その逆もありえる。負のエネルギーもあるのだ。物事が上手く廻っている時は必ず正のエネルギーが作用しているのは確かだが、負のエネルギーも表裏一体で存在する。それが物事のバランスであろう。どんな事に対してもバランスはとても大切な事であると思っている。そのバランスが何かのポイントで崩れると負のエネルギーが一気に加速しだす。何をやっても空回りする時はこの負のエネルギーが作用しているのであろう。このバランス感覚に長けていたドラマが「つばさ」なのだ。良く練られた脚本もそうであろうが、キャストのエネルギー、そして制作者のエネルギーが化学反応を起こして素晴らしい作品へと昇華させていった。しかし、良い作品とはいえ世間を納得させるまでにはいかなかった。芸術品は後で認められるものなのである。「つばさ」は芸術なのである、しかもとびっきり国宝級クラスの芸術なのである。
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2012/5/20  つばさへの道9  


私がつばさファンクラブの活動を始めて一番に感動した事は、まずその「つばさ」の生みの親後藤チーフプロデューサーとお会いする事が出来、そして「つばさ」制作側の話しを聞けた事である。考えてもみればこの世の中には星の数ほどドラマがあり、その中で自分の感性にズバッと入り込んでくるドラマというのは数える程しかないはずだ。いや、まだあるだけ幸せかも知れない。このドラマとなら心中しても良い位の作品なんてそう滅多にあるものではない。そう思えば私は大変幸せで人生の中で2本一緒に心中出来る作品がある。たかがドラマ、されとドラマである。その1本は間違いなく「つばさ」であり、もう1本は・・・、いやそれは伏せておこう。ただその作品に共通する事があり、それは両作品とも高畑淳子が出演している事だ。更に幸運な事に実際に彼女にお会いし話しをしているのだ。その事を伝えたらあなた変わっているわね、と苦笑されたが。とにかくこの活動を始めてから、次々と身の周りにマジックが起こり始めるのだ。これはつばさファンクラブという仲間のお陰であり、私はこの仲間を愛している。そして今後も大事にしていきたいと思っている。
一般にドラマプロデューサーと言えば、我々一般人にしてみれば雲の上のような存在であり、いやいや中にはそんな事はない、普通の人だと言う方もいるが、私のように小さい時からカギっ子で育ち区域外からバスで小学校に通っていた人間にとって放課後唯一の友達はブラウン管の中の世界だった。今も続く妄想癖はその私が育った環境にかなり影響されている。でも別にカギっ子であろうが、友達がいなかろうがその時の環境や親を恨んだりはしなかった。与えられた環境も嫌ではなかった。それは両親が一生懸命働いていた後ろ姿を見ていたからだ。だから小さな家だったがとても楽しかったし、自分の部屋等無くても狭い部屋で例え思春期に親と川の字なって寝ても全く嫌ではなかった。むしろ誇りに思ったくらいだ。いつもみんな笑っていた、でもフッと心の闇が襲ってくる。
それを癒してくれるのがテレビだった。とにかく何でも観ていたという記憶がある。特にあの時代は15時から16時にかけて再放送枠があり、色々なドラマの再放送をしていた。そんな魔法の箱の中で色々な夢を見て育ったのだ。夢と現実とブラウン管の中の世界を自由に旅していたのだ。その頃からテレビを作る人は偉い人、凄い人と思うようになり、その方程式は今も変わらない。そんな環境で育った自分だから、テレビ制作人を神と崇めるのだ。そこがまた私を変人にしてしまったひとつの理由かも知れない。ただ今のテレビ制作に関して大人になった今は当時のような熱い思い入れはないし、分別が出来るようになった。だが、それを変えたのが「つばさ」だったのだ。心の片隅にあった自分の心の闇を呼び起こしてしまったのだ。「つばさ」には心の闇がテーマとして隠されている。それぞれみんなどんな人でも心の闇を持っている。「つばさ」の中で玉木つばさがラジオの男と話すシーンが何度でも出てくる。考えてみれば実はあれは恐ろしい事なのであるが、ドラマでは実際明るく演出している。心の闇とはいうが実はおどろおどろしくなくても良いと思わせる見せ方なのだ。しかし、その反面時には心の闇が牙を剥き容赦なく観ている者を狂気の沙汰へと導いていく。その時の演出は凄まじいものがあり、一気に畳み掛ける。その瞬間現実に戻ると更にそれ以上の仕打ちが待っているという設定に我々は叩きのめされるのだ。人間の心が凶器になる瞬間だ。しかし、その人間の心が全てのものを包み込み穏やかにしていく。「つばさ」のドラマの深さはそこにある。
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2012/5/19  つばさへの道8  


さてその城之内房子の設定だが、実際川越の某企業の社長をモデルにしたという真偽は定かではないが、実に「つばさ」を人間らしいドラマに仕立てている立役者ではないかと思う。とかく現代劇を描く上淡々とした日常を描写する訳だが、考えてみればこう毎日ドラマチックな事は起こる訳でもなし、事件など起こる訳でもない。だからこそ強烈なキャラクターが必要だし、その設定により物語の脚本にエッヂが出てくる訳だ。実際NHK朝ドラでも過去を描いた作品はある程度歴史的背景がある為にあまり大胆な描写は設定する事が出来ない。それは今観ている人全員がその歴史の生き証人だからだ。なのであまりデフォルメした脚本は描けない。そうなのだ、すでに結果を知っているから皆安心して観ていられる。著名な方々をモデルにした朝ドラの視聴率が上々というのは、みな今それなりの成功をした人が多いし、途中どんな事が起きていても最後はハッピーエンド的な話しが多い。起承転結がしっかりしていて、典型的な日本人好みなのだ。しかし、「つばさ」に関してみればこの起承転結的要素は物語全体的というより、一週間一週間で物語は独立し、その週ごとに起承転結はあるが
観ている者を裏切るのだ。そう、良い意味でも悪い意味でも観ている者を裏切るのだ。こんなドラマはない。以前私は「つばさ」の物語はディズニーランドのアトラクションと例えた事がある。26個の様々なアトラクションがあり、それ自体も独立しているが、実は全体としてもしっかり纏まっている。それに気付く人はこの「つばさ」はハマるであろうし、そうでない人はただただ騒がしいドラマとして片付けてしまうであろう。実に勿体ない話ではある。この「つばさ」は参加型のドラマなのである。制作側の話しにドップリと身を任せてしまうのが一番「つばさ」を楽しめるのである。
そうそう、肝心な城之内房子の話しであるが、それを演じた冨士真奈美の起用もドンピシャだと私は感じている。これ以上相応しい役者さんはいないのではないかと思う。この「つばさ」のもう一つの素晴らしいところは演者の設定が見事だと云う事だ。玉木千代を演じた吉行和子とはプライベートでもとても仲が良い2人であるが、この「つばさ」ではライバル同志として物語をかき回してくれる。これが実に小気味良いのだ。そこで思うのは脚本が先か、はたまた役者設定が先かと思うのだが、この件はまだ制作側から聞き出せていないので機会があったら是非伺ってみたいと思っている。ただ脚本にはかなりの時間を費やしたとお聞きしているので、やはりまず脚本ありで演者は決めた感じがあるかもしれない。
この仲の良い2人は「つばさ」のその後、あるバラエティー番組で取り上げられ、かなりの人気コーナーとなった。聖地川越にも訪れ我々つばさファンを喜ばせてくれた事も今となっては懐かしい。実は私この2人に実際に生でお会いしている。多部未華子が初の舞台、農業少女を行った時に会場にお2人は観に来ていたのである。その時にお声を掛けさせて頂いた。ただその時「つばさ」の共演者として観に来ていただけではないと私は感じた。女優として何かを多部未華子に感じたのではないかと思う。その後お2人は楽屋に消えて行ったが、何を話したかは我々には分からないが、ベテラン女優は思ったに違いない。凄い女優と共演したのだなと。2人のアンテナは多部未華子を捉えていたのは確かだった。
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2012/5/17  つばさへの道7  

朝ドラ「つばさ」の中で居なくてはならないキャラクターがある。
それは強烈な個性を発揮し中盤以降の「つばさ」を牽引して来た、とても愛おしいキャラクターの城之内房子である。私はこの城之内房子のキャラクターがいなければ、朝ドラ「つばさ」は成り立たないであろうし、あそこまで盛り上がらなかったのかも知れないと感じている。よくぞあのキャラクターを生み出したとは思っているが、実はある意味あの人物像は川越人なのだ。とは言え、ドラマ用に観ている人に、玉木千代を良人、城之内房子を悪人と実に分かり易くキャラ設定しているが、両方ともモデルは川越人と言っても良いであろう。実は私もどこまで生粋の川越人を知っているかと言えばそうでもないが、一応仕事で色々な川越の方と接して来たので、間違いなくあの2人のキュラクター設定は良い感じにデフォルメされた川越人なのである。ドラマを作る上で必要なものがある。それは人間の持っている感情、そう喜怒哀楽である。それを上手く物語に入れる事で観ている人を引き付け夢中にさせ、その結果ドラマの中に自分を映しだすのだ。上手くドラマの中に自分が入り込めればそのドラマを楽しむ事が出来るし、そのような人がたくさん現れれば結果ヒットするのだ。特に現代劇「つばさ」はその日常の喜怒哀楽と非日常の喜怒哀楽とを併せ持ち、現代劇ではあるが、ファンタジーでもあるという特異なドラマではある。オープニングタイトルのナレーションがこのドラマの鍵を握っていたのだ。愛すべき川越人城之内房子のお話しは次回に。
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2012/5/15  つばさへの道6  

いつ頃からだろうか、感じた事がある。
つばさファンクラブとして川越で活動を始めた時からであろうか、いやいやそのもっと前から感じていた事だと思うが、その発端は「つばさ」が放送されてからだと思う、それがハッキリと確信出来たのは。ファンクラブ活動を始めてから私は川越の色は青だなと思うようになった。それを感じた以降は川越ブルーと呼んでいた。川越という街はとにかく空が青く、そして高い。もちろん川越だけでなく近郊の空も青く高い。それは私の住んでいるところでも例外ではない、とにかくこの辺りは物凄く空がきれいなのだ。それは青という色に見事に直結して、それは見事というしかないくらいきれいなのだ。川越には時の鐘という歴史的建物があり、それは川越観光の目玉のひとつであるが、それを見るには川越の空を見上げる事となり、観光客はもちろんそこに住む人々も常々空を見上げる事となる。空を見上げるのは素晴らしい。空を見上げるのは美しい。空を見上げるのは楽しい。そして、空を見上げるのは寂しい。そんな事を特に感じるようになったのはやっぱり「つばさ」のお陰なのだ。
皆さんは「つばさ」は何色だと感じますか?私はズバリ青、しかもちょっと濃い目の青色なんです。そうです、タイトルの「つばさ」の文字あの色です。「つばさ」には物語一話一話に色があり、その色は様々です。時には赤、時には黒。そんな色を探して見るのも楽しいかと思います。私の好きな曲があります。いつもこの歌を口ずさむとつばさより川越を思い出しなんか胸がいっぱいになります。

風に寄り添い 母が暮らした街は 影も優しく 背中押してくれます
光に抱かれ この道を抜ければ きっとあの日の 自分に出逢えるはず
ああ あの日抱かれて見た あの海の色は こんなにも胸にしみる
深い青なんですね・・・
指きりをしたくて誰かをさがしてた 遠い夢のつづき すべては風の中
遠い夢のつづき すべては風の中
夕陽の赤と星達の歌声 遠いざわめき 縁日の色どり
後姿にときめいた初恋 秘めた約束 淡い心のいたみ
ああ いつも見つめていた あの空の色は こんなにも胸にしみる
深い青なんですね・・・
指きりをしたまま あなたと歩きだす 遠い夢のつづき 答えは風の中
遠い夢のつづき 答えは風の中
ああ いつか空と海が 交わるところへ 流れゆく雲を追いかけ 遠く遥か遠くへ・・・
指きりは二人の暦をめくる風 いつか辿り着ける 心の故郷へ
いつか辿り着ける 心の故郷へ
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2012/5/13  つばさへの道5  

さて昨日の話しの続きで、朝ドラ「つばさ」の川越舞台は成功したのか?と云う事であるが、放送が終わって2年以上経つ今再考してみると、ドラマ的には視聴率という数字が出てしまっている以上その数字が物語っているようにネガティヴな意見しか出ないが、実は数字というものはある意味ひとつのモノの見方の物差しにはなるが、実はこの数字だけを鵜呑みにしてしまうと大切なモノが見えて来なくなるという実態に陥る。いつも使っている便利なものが突然鋭利な刃物に変わり我々を脅かす存在になり兼ねないのだ。それに陥らない為にも我々のモノを見る見分ける力が試される事となる。川越市としては朝ドラ「つばさ」に向け全面協力する事となり、その為につばさ専属チームが組まれるようになった。制作陣も川越市も全面タッグを組んで、良いモノを作ろう作ってやろうと一気団結意気込んだ。
それはキャストの選択にも垣間見る事が出来る。実力はあるが当時知名度はもうひとつ伸び悩んでいた多部未華子を平成生まれのヒロインと売り込み、ドラマPRに打って出た。
今となってはこの時の多部未華子の世間の扱いは、好き者には堪らない玄人好みの知っている人は知っている存在であった。「つばさ」以降の彼女の出演作品の数々が一気に彼女の存在を世間にまざまざと魅せつける。そう、彼女はモンスターなのだ。現場の人間はこのモンスター多部未華子の凄さを知っていた、そう今やっと世間が多部未華子に追いついたのだ。
しかし、それをあざ笑うかのように多部未華子はもっと次のステージへと進んでいっている。決して我々を追いつかせたりはしないのだ、それがモンスターと言われる多部未華子なのだ。話しは少し横道に逸れたが、当時のNHKはこの多部未華子出演をどのタイミングで起用しようかと考えていたはずだ。当時民放では何本かドラマに出演して、お茶の間にある程度の知名度が出て来ていた。彼女の上手いところは、というか事務所の戦略というのかジャニーズ事務所のタレントと共演する事が多い。その証拠にジャニーズファンにおける多部未華子の知名度は抜群に高いのだ。NHKのドラマには過去多部未華子は出演している。
ファンはご存知だが「すみれの花咲く頃」である。このドラマでも多部未華子の内容は濃い。そして朝ドラ多部未華子の起用である。以前制作側からヒロインが決定した時の話しを聞かせていただいた事がある。その辺りも今後書いていきたいと思っている。
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2012/5/12  つばさへの道4  

さて、話は色々な方向にとっ散らかっていきますが、
はたして朝ドラ「つばさ」は川越を舞台にすべきだったのかと言う事です。
NHK朝ドラは日本全国都道府県を舞台にして放送して来ましたが、実は埼玉県は今迄一度も舞台になっていなかったのです。これは意外ですよね。でもなんとなく分かるような気もしますが。この埼玉県というのはこれといって特に特徴もなく、県南部から県西部さらに県東部までかなりの埼玉都民がいると思われます。埼玉都民・・・これは居住は埼玉県であるが、仕事や主な活動を東京でという方々です。埼玉県の半分近くはこのカテゴリーに属するのではないかと思うのです。この現象は神奈川・千葉・茨城でも起きています。交通網の発達により、価格の高い都心や都下で居住を構えるより、比較的価格が安価で生活環境の良さを第一に考えるとこの埼玉県がクローズアップされる訳です。その代償にあの朝のラッシュです。まぁ、それはおいておいて。
埼玉県の観光地としてまず第一に掲げられるのが秩父だと思います。これは誰しもの意見もそうであると思われます。あの素晴らしい景観、舟下り等は観光の目玉である訳です。ではそのつぎは?と言われると皆???となってしまうかと思われます。川越があるじゃないかと思われる方は埼玉県を良く知っておられる方で、通常であれば秩父の他はどこ?となってしまいがちです。中には赤城山・榛名山はたまた軽井沢・尾瀬・・・とまぁ、お隣群馬県や長野県の観光地を挙げる人迄いるくらいですからね。それくらい埼玉県は特徴がないのです。そして埼玉県の大きな街はと聞くと
大体が大宮と答えます。今はさいたま市ですがそのさいたま市でさえ大宮・浦和と合併したので地元民は同じさいたま市でも旧市町で分かれている感じです。サッカーJリーグのチームが2つあると云う事である程度理解出来ると思います。さいたま市の次はと聞くと、所沢そして川越が出て来ます。所沢と言えば埼玉西武ライオンズと答えるほど街全体が浸透しています。これは地元企業の戦略でもある訳ですが、ひとつひとつの埼玉県の街を調べてみるとそれは面白いくらいに街の特徴がありますが、埼玉県大きなカテゴリーにするとイマイチパッとしないのが現実かなと思います。
「つばさ」のロケ地は川越と長瀞でしたが、実はさいたま市が直前まで候補になっていたということです。これは事前に各方面にPRする媒体で見る事が出来ます。しかし、さいたま市はその後全く「つばさ」には出て来ません、何故か?それは関係者のみぞ知るでしょうか(笑)
ただドラマの中で翔太がJリーグに加入する話しでサッカー絡みの話題があるので、ここでさいたま市が絡むかと思いきや、そこからは話しがあまり膨らみませんでしたね。
で肝心な川越なのですが、このさいたま市・所沢市を抑え朝ドラの舞台地に選ばれたのは、その川越が持つ一種独特な雰囲気と街並み、そして強烈な地元の人間性ではないでしょうか。
これは実にドラマとしてみれば見せ易い作り易いのですが、しかし、そうはいかなかった。
絵的に言えばあの蔵造りの街並みは凄く魅力的で、川越観光の目玉であるのは確かです。テレビ的にも全国の視聴者にアピールし易い。そこへどうキャラクターを配置させ住まわせ、そしてホームドラマとして絡ませるかでかなり脚本も悩んだ後が見受けられます。ここから「つばさ」の苦悩が始まるのです。
まだまだつばさは始まったばかり、つばさ道はこれからです。
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2012/5/7  つばさへの道3  

さて話しを核心に戻そう。
実際朝ドラ「つばさ」の地元川越での功績はどうかと言う事。
正直地元川越ではこの「つばさ」の評判は芳しくない。
これは実際肌に感じる事である。で何故かと思う貴兄は多いかと思うが、
これは川越と言う街の独特な雰囲気を持つ事によると思う。
要は川越と言う街は保守的な街なのである。
今は観光の街として観光客に門扉を開けてはいるが、実際はこれが恐ろしい位に閉鎖的な側面を持っている。玉木つばさは川越に生まれ、そして川越に育ち実家は川越の老舗の和菓子屋。まさに生粋の川越っ子である。この環境に生まれ育ち、あのような性格なのはある意味川越の良い点をそのまま素直に受け継いだ良い点ではあるが、その反面胃の中の蛙的な側面を見せる。
ドラマの中で何度か東京に出向いているが、その姿はまさに井の中の蛙大海を知らずなのである。女性というフィルターを通して見ても、かなりの大胆さと幼稚さを垣間見る事が出来る。
これも川越という土地柄がそうさせたのかも知れない。人と人を繋ぐそれが私の夢・・・、なんて考えてみれば恥ずかしい事を堂々と言ってしまうのは、ある意味玉木つばさの魅力なのかも知れないが、しかし、それだけでは語れない川越という街にもあるのも確かだ。つばさはまだまだ始まったばかり、つばさへの道は更に続く。
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2012/5/6  つばさへの道2  

はたして我々の想いは通用するのか・・・。
そんな事も考えない事もないが、今はひとつひとつやれる事をコツコツとやるしかないと思っている。ある目標、そうしっかりした目標はあってそれに向かい活動している訳であるが、それが最終目標に届くかどうかは誰にも分かるよしもない。ただ、何かをやらないと気持ちが途切れてしまうのではないかと言う恐怖感そして、喪失感が我々を襲いかねない。
気持ちはしっかり持っていると思っていても、少しずつそこからズレてしまっている事もありうる。ブレない気持ちを持ち続けるというのは、並大抵の事ではないと思う。
まず頭を整理し、何をしたいのか、何が出来るのか、出来れば具体的に文章にしてみるのが大事だと思う。「つばさ」への道はまだまだ遠い、いやまだ始まったばかりだ。
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2012/5/4  つばさへの道  

NHK朝ドラ「つばさ」を体験してから、この気持ちを誰かと共有したいという気持ちから
あっという間に「つばさファンクラブ」が発足し、今迄活動して来ましたが、それは何かに導かれるような感じで、人が集まり話し合い試行錯誤を重ねて今に至る訳です。
良く私はこの「つばさファンクラブ」事務局の方々の事を、ドラゴンボールの7つの玉と例えるのです。それぞれの持ち物は違うが、思いは同じというものです。
その個性がぶつかり合い変化し、そしてひとつのモノを作り上げていく、そんな事をドラゴンボールと例える訳です。その結果今迄様々な事にチャレンジしてきました。あるものはファンのカテゴリーから抜け出せないものや、もはやこれはプロフェッショナルと見間違うもの等、それは多種多様で、「つばさファンクラブ」はそのごった煮の活動で光るものもあったと云うのも今となっては間違いではなさそうです。何も知らないから出来る素人の恐ろしさとその根拠ない自信にしても、この「つばさファンクラブ」活動の一番の武器だったとも言えるでしょう。
見えない想いが見えない感情にかき消されて行く、そんな一抹の不安がよぎる今日、
見えない想いを見える想いに・・・、それが「つばさファンクラブ」の今後の道であると思います。
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