久間防衛相が「原爆発言」で辞任した。
少しは関係あるけど、沖縄旅行から帰ってきて考えてる
太平洋戦争の事、書きます。
昭和19年から20年にかけて南洋のサイパン陥落、
フィリピンのレイテ島の戦いでも敗れ、昭和20年2月から3月
硫黄島の戦いも負け、敗戦濃厚。
3月10日東京大空襲、東北、北海道以外は空襲にあったそうです。
佐野も敵機が銃撃し、時の政府の指示で防空壕を我が家も掘ったと
親父から聞いてます。
1945年、昭和20年
3月23日沖縄上陸、沖縄戦。
4月7日、沖縄救援の海上部隊、戦艦「大和」出撃後
あえなく鹿児島沖で撃沈。
7月2日、米軍、沖縄作戦終了宣言。
7月26日、対日ポツダム宣言発表。
1945年、昭和20年7月、日本政府、軍は何を考えていたのだろう!?
ポツダム宣言は、大日本帝国に対する降伏勧告の宣言。
7月27日、ポツダム宣言、日本政府拒否。
そして、8月6日広島、9日長崎に原爆が投下。
10日、日本政府、ポツダム宣言受諾申し入れ。
15日、天皇、玉音放送にて終戦宣言。
しかし、満州国(現中国)、南樺太、千島列島では、
ソビエトの攻撃が始まり、9月初めまで続いたそうです。
今年2月パラオに行って、大激戦地だった事を知りました。
沖縄から帰ってきて、知らなかった沖縄戦の事を少し知りました。
見てきたものに興味が沸き調べ出した。
そんな時の久間氏の発言問題。
昭和20年、62年前のちょうど7月。
なぜギブアップしなかったのか、大日本帝国。
沖縄戦の大犠牲と「大和」の沈没でもう戦力はない、に等しいのに。
この年の7月16日にアメリカ、ニューメキシコ州で核実験。
7月にポツダム宣言を受諾していれば、原爆投下は回避できたのか・・・!?
わからない。
なぜなら、調べてる情報が全部事実とも限らないし、
未だに、公表されない歴史の闇の匂いが、
62年前のこの国については、プンプンする。
戦争を知らされない子供たち・・・・・