お散歩で見つけたピンク  日記

 昨日も今日もおとなしくしている。

 お買い物でちょっと出かけるくらいであとは家でハープ、ライアー、読書、食事作りなどなどで時間が流れていく。

 一昨日、リコーダーの楽譜が欲しくてお街まで歩いた時に見つけたピンクをアップしよう。

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江戸おんな絵姿十二景  日記

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 もとは昭和56年ごろに文藝春秋に出たものとな。

 没後20年記念出版とかの流れかな。

 最近、綺麗な浮世絵を入れて発行されている。

 後書きによれば短編の骨子を編集者に渡し、それに見合う浮世絵を編集者が探して、さらにその絵を見たうえでお話を完成させるというなかなか面白い趣向から産み出された短編集ということだ。

 原稿用紙12、3枚という短いお話の中に細やかな人間模様と人の想いの哀しさ、切なさ等が浮き上がり藤沢周平ワールド十分だ。

 綺麗な浮世絵入りで楽しめた。
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石川啄木  日記

 自称「ドナルド・キーン先生の弟子」として少しずつ読み進めていますよ。

 短歌も俳句も自分で詠むということはもちろんないし、作品を鑑賞しても特に「へーうまく作るもんだなあ」って思う程度だったり、古語だったりすると「えっと・・意味不明??」だったり・・・。

 そんな程度でホント、キーン先生には申し訳ないのですが、啄木さんについて読んでみました。

 これは先生の極最近の研究です。一年前に発行されいます。

 「天才。
 
 嫌なヤツ、変なヤツ。

 いつもとっても貧乏。

 こんなにいやなヤツなのに、家族がなんとか食べられるぐらいの援助をしてくれる友人がいるっていのはそういう魅力があったんだろうな。

 結核っていうのは本当に大変な病気だったんだなあ。
 (母は本人の一ヶ月前に妻は一年後に結核でバタバタと亡くなっています)」


 というのが、読後の印象、感想かな。

 最後の2ページでキーン先生が書いているものを少し抜粋してみます。


 啄木は、千年に及ぶ日本の日記文学の伝統を受け継いだ。日記を単に天候を書き留めたり日々の出来事を記録するものとしてでなく、自分の知的かつ感情的生活の「自伝」として使ったのだった。啄木が日記で我々に示したのは、極めて個性的でありながら奇跡的に我々自身でもある一人の人間の肖像である。啄木は「最初の現代日本人」と呼ばれるにふさわしい。
 
 「極めて個性的でありながら奇跡的に我々自身でもある一人の人間の肖像」

 なかなかすごい言葉ですね。

 嫌なヤツ、変なヤツと思って読んだ啄木の日記に描かれている啄木の姿は私自身でもあったということです。

 ちょうど、時々読むブログ(本郷綜海さんのブログ)の中に

「あなたはあなたが人に見るものを自分のものとしてみる勇気がありますか?私もチャレンジ中です!」

 という一文があってシンクロしました。

 続けてもう少しキーン先生の言葉

 日本で最も人気があり愛された詩人だった三十年前に比べて、今や啄木はあまり読まれていない。こうした変化が起こったのは、多くの若い日本人が学校で「古典」として教えられる文学に興味を失ったからだった。テレビなどの簡単に楽しめる娯楽が、本に取って代わった。日本人は昔から読書家として知られていたが、今や本はその特権を剥奪されつつある。多くの若い男女が本を読むのは、入学試験で必要となった時だけである。

 啄木の絶大な人気が復活する機会があるとしたら、それは人間が変化を求める時である。地下鉄の中でゲームの数々にふける退屈で無意味な行為は、いつしか偉大な音楽の豊かさや啄木の詩歌の人間性へと人々を駆り立てるようになるだろう。啄木の詩歌を読んで理解するのは、ヒップホップ・ソングの歌詞を理解するよりも努力が必要である。しかし、ファースト・フードから得られる喜びには限度があるし、食欲はいとも簡単に満たされてしまう。啄木の詩歌は時に難解だが、啄木の歌、啄木の批評、そして啄木の日記を読むことは、単なる暇つぶしとは違う。これらの作品が我々の前に描き出して見せるものは一人の非凡な人物で、時に破廉恥ではあっても常に我々を夢中にさせ、ついには我々にとって忘れ難い人物となる。


 キーン先生が日本の若者たちに寄せる期待、想いが感じられる。

 こういう想いで90歳を過ぎてもなお、たくさんの資料を読み解かれ整理しまとめ、本を書かれているのだということが本当にありがたく感じられる。

 日本を日本の文化、文学を愛してやまないキーン先生。

 いつまでもお元気でいてほしい。

 せっかくなんで啄木の短歌を3首。(「一握の砂」より)

 よごれたる足袋穿く時の
 気味わるき思ひに似たる
 思出もあり


 たはむれに母を背負ひて
 そのあまりに軽きに泣きて
 三歩あゆまず


 何がなしに
 頭のなかに崖ありて
 日毎に土のくづるるごとし 



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ふじのくに地球環境史ミュージアム  美術館・博物館

 こういう所へ行ってこんな展示やら常設展やらを見ました。

 新ブログにアップしています。

 
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映画二本!  日記

 映画、けっこうひさしぶりだったかな。

 二本もみちゃった。

 音楽関係で。

 「東京ウィンドオーケストラ」

 「力のある監督が撮りたい映画を自由に撮る」「新しい俳優を発掘する」をテーマに立ち上がった、松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画製作プロジェクト・・・の第3弾だそうな。

 コメディー。何となくほんわかと終わりました。後味は悪くないッス

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 もうひとつは「天使にショパンの歌声を」

 ピアノを弾く主役の女の子はコンクールなどでもかなりの経歴のあるホンモノのピアニストさんで、なかなかいい演奏を聞かせてもらいました。
 
 HPにはこのように・・・

 国をあげて近代化が推進された1960年代のカナダ・ケベックを舞台に、閉鎖に追い込まれた音楽学校を救おうと奮闘する女性教師と生徒たちの物語だ。

 女性の権利や自由、社会進出はまだまだ認められていなかったこの時代に、音楽の力を信じて、古い考え方や大きな権力に立ち向かう女性たちの生き・・・・


 このようにありましたが・・・

 私はもう少し違った受け留めだったかもな。

 閉鎖に追い込まれる音楽学校は修道女が運営する学校。

 時代の流れの中で改革を推進していく修道院全体の方針に翻弄される修道女たちの姿が印象的だったな。

 もちろん、権力に立ち向かう女性達っていう部分もあったけれどね。

 「神様は耳が遠いから、自分でがんばります」と言ってしまい、教団の上役である総長と対立し、学校の宣伝をマスコミにしたりする修道女の校長先生

 信仰への揺ぎない思いはあっても教団の上役の権力に屈しざるを得ない辛さっていうものが胸に迫りましたよ。

 神様はいます。宗教もそれなりに大事。

 でも、人間の作った組織とそれは別モンですからね。

 
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出ました 出ました。  日記

 待ってました!

 昨日、リコーダーの練習に行く前に駅前の書店に寄って大正解。

 ありました。即!買いました。

 今よんでいる「石川啄木」はちょっとお休みして

 さっそく楽しんでいます。

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 帯によると「みをつくし料理帖」のドラマ化。5月からNHKで(土曜時代ドラマ)。

 主演は黒木華。
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市内観光  日記

 こちらにアップ➡しました。

 どっちかひとつにすればいいんだけれど、ブログの管理機能のちょっとしたところが違っていて、どっちも捨てがたい。

 駿府城公園から

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久しぶりの奈良  神仏・神社・仏閣

 かなり久しぶりの奈良だった。

 JR奈良駅も近鉄奈良駅もきれいに新しくなっていた。

 夕方ついて御神楽をみた次の日はまずは奈良国立博物館

 時間があったので興福寺の五重塔やら鹿さんをみながら。

 宝物館はリニューアルのため休館だね。

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 こちらは博物館の旧館 なら仏像館の裏側から。迎賓館その他の設計で有名な片山東熊さん。重要文化財。
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 新館ではお水取りに関する展示。
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 二月堂のお水取りも興味深い。

 そして春日大社の国宝館へ。こじんまりなんで展示品はそう多くない。先日東京の博物館でみた展示は相当な量だったから、ちょっと物足りない感じ。

 あちらは春日大社のお宝だけでなく関連したものも展示してあったからね。

 2時からは申し込んでおいた神職または巫女さんによる解説付きの本殿参拝。

 ベテランの巫女さんで、とても分かり易く丁寧に説明してくださいました。
 
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 砂ずりの藤
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 樹齢700年 こんなふうに咲いているところをみたいものです。

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 若宮神社の方へ行くと立派な楠の木
 
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 神功皇后って。日本書紀とかの世界だね。西暦200年ぐらい? 

 まだまだ他にも見たいところはたくさんあったけれど、今回はこれにて終了。京都経由でおうちへ帰りました。

 奈良も好きだなあ。またゆっきり行きたい。

 それにしてもまたまた中国の方が多くて。日本中どこもかしこもですね。
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ラブ、安堵、ピース  

 こちらにアップしました。どうぞ➡

 それから奈良のことも動画入りでアップしています。
 新しいブログページの方が動画をアップするのがカンタンです。

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奈良です  

前にちょっと書いたよな

大阪経由奈良です。

寒い!

夕べは春日大社鳥居前での神楽奉納を見ました。

笑わせる、楽しませる。

日本人は神様繋がりで日々の娯楽を作るのが上手いね。


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限りなく透明に凛として生きる  日記

佐藤初女さん、2冊目

読んでいると背筋がシャントしてきます。

ゆっくり、ていねいに、「めんどう」と言わず、何に対しても愛を持って、待って、空っぽで受けとめて・・・・

そうして今を大切に生きていると、人は「透明になる」ってことかな。

初女さんの言葉もぐっとくる物ばかりでしたが、

後半の対談も面白かったです。

芳村思風さん(哲学者)
晴佐久昌神父
池川明さん(医者 胎内記憶のことで有名だね)

芳村さん、晴佐さんのことは存じ上げなかったです。また、勉強することが増えました。

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春はもうそこまで  日記

 今朝は市街地の北に見える竜爪山がずいぶんと白くなっていた。

 2月の雨はよくこういう景色になる。

 これが静岡市にとっての春の訪れ近し。こういう景色を見るともうひとふんばり寒さに耐えれば春はもうすぐそこまで来ているぞって思う。

 竜爪山 日の出2分くらい前かな。赤く染まっているね。
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 賎機山の向こうに見える白くなっている山は? 足久保? 水見色?
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 さて、本日の日の出はこんな感じ。

 6:56くらいかな
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 1月24日は7:09くらいだったから地球は確実に公転しているね(笑)
 位置もすごく動いているのが分かるね。とんがった鉄塔との位置関係がさ。
 写真撮る位置が微妙に違うけれどね。

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4月から楽しみなこと・・・!  音楽

 音楽関係でちょっと新しい楽しみができた。

 ある交流センターでリコーダー教室(初心者向け)を開催することになり、一応、講師としてやらせてもらうことになった。(無料講座です)

 私自身そんなに上手くはないけれど、初心者さんと一緒に楽しむことはできると思う。

 

 今日、現地に打ち合わせに。

 今日発行のセンターだよりには4月開講予定としてリコーダー教室が告知されていた。


 まったく知らない人との出会い。

 何人集まるかな。ドキドキ。

 最低3人集まれば開講ってことにしてきた。

 どんな曲をどんなふうにやっていこうかなあ。

 さて、楽しく研究、準備いたしましょう。

 音楽にはいろいろな楽しみ方があると思うんだけれど、けっこうそのいろいろが有機的な繋がりをもって、お互いを高め合うと思うんだよね。

 こういう経験から新しい発見があってそれがハープやライアーにも生きていくかもなっていう楽しみもあります。

 ウフフフフ。

  
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あれやこれやと・・・  日記

 あれもこれも、あっちもそっちも・・・やりたいこと、行きたい所が・・・

 日程調整、優先順位、そこそこお財布の中身も考え、夫の手前っていうのも一応気にして・・・

 どうしたもんじゃろのう。



 今日は冷たい雨。

 一歩も外に出ず家で過ごす。

 何とか冷蔵庫と棚にあるものでおかずが用意できた。


 火曜日のライアーレッスンの内容を忘れないようにと毎日弾いている。


 音の響きという観点でハープの練習の仕方を見直した。

 スムーズに指が動くことに気を取られ過ぎていたように思う。


 何事も奥が深く、心の持ち方で違った世界が見えてくるようだ。

 

 
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ライアーレッスン  音楽

静岡に二か月に一度、レッスンに来てくれるライアーの先生の来静日だった。

グループレッスンと個人レッスンと両方うけてきた。

小さい時からピアノ、クラリネット、ハープ、リコーダー・・・

けっこう楽器と親しくしてきた。

ライアーが一番、自分の出した「音」を聴くことに敏感になる楽器のように思う。

ライアーを膝にかかえ抱っこして音を奏でることの意味はどんな響きか、どんな音か、よ〜く聴くことにあるようだ。

曲にならなくてもいい。ポロンポロンと指の動くままに即興で奏でていてもいい。

ともかくきれいな音の響きを求め続ける。

どの楽器で音を出しても、基本はこの「音」作りなんだろうけれど、これを意識する度合いがやけに強い楽器だ。

自然とそういう気持ちになる。

大切だよね。ハープを弾くときもリコーダーを吹くときもこの心を大切にしようと改めて思った。

そうはいってもいくつかの曲をしっかりきれいに弾けるようになりたいね。


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