12月30日昼。
大掃除最後の締めくくりとして
私は『換気扇』との戦いに挑んでいたんですよ。
母曰く『取り外し方がわからなかった』という理由から
私の結婚以来掃除されていなかったらしいので
かなり気合を入れて取り掛かっていたのです。
数十分の格闘の末、本来の色を取り戻した換気扇を
誇らしげに掲げながら
さあ取り付けようとガス台に膝を付いた瞬間
膝に強いフォースが集まったようで
見事なニーキックが入り
ガス台破壊しました…
年末最後の仕事がガス台補修。
アタシのやる事はどうして
毎回いらぬケチがつくんですかねー。
というわけで
こんな事やっている間に大晦日ですよ。
この一年、
3月11日から数日の記憶だけは鮮明に残っていますが
4月くらいから今までの記憶が殆どありません。
(できればガス台壊した記憶も消したい)
とにかく、三十数年間生きてきて
こんなに周りに流され続けて、
ただ生きるのを頑張った年は無かったように思います。
多分、東北の被災者の方々の中にも
同じように感じている人は少なくはないと思います。
福島から避難している人々にとっては
福島がこんなに近くて遠い場所になってしまうとは
想像もしなかった事です。
そして、今もまだ、その現状は続いたままです。
相変わらず放射線量は下がらず
政府が収束したと言っている原発の事故は
これっぽっちも収束などしていません。
息子から、いつ放射能は居なくなるの?と聞かれても
返答すらできません。私も知りたいくらいです。
来年はどんな一年にしたいか、という願望も
来年はどうなっちゃうんだろう。という不安感の前では
何だか儚い夢のようです。
それでも来年は、
皆が今年より笑っていられたらいいなぁ。と思います。
そして、早く福島に親子で戻れたらいいな、と思います。
そして、来年の年末は
明るい内容ででブログを締めくくれたらいいな、と思います。
今年一年、ありがとうございました。
よいお年を!!

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