繰り返し読む作品がいくつかある。何年かごとにふと思い出してはその本を手に取り再読する。そのたびに、愛すべき作品であることを確認する。そんな本の一つが森内俊雄作「春の往復」(翔ぶ影−角川書店所収)である。
大阪のカトリックのミッションスクールの私と同級生の画家志望の弓積は、二年になる春休みに自転車の荷台に蜜柑箱を載せ、米、飯ごう、沢庵、梅干しなどを積み込んで無銭旅行に出る。
目的地は和歌山県白浜。台風に出会い、自転車は壊れる。しかし、何人もの人々の助けを得て、白浜へ到着する。二人にとっては青春の次のステップへいたる過程の大きな旅だった。50年以上も前の話である。
最近、同じ作者の「真名仮名の記」という本を読んだ。書を学ぶことになった男の記録である。面白い。自分が書をやっているせいもあるが、心の動きが手に取るように分かる。筆や硯や紙にさほどこだわりのない私は、森内俊雄のものへのこだわりには驚かされた。
この本の後半で、突然「春の往復」という短編の事が出てくる。この旅の相手は神奈川県藤沢市で1990年代後半に亡くなった佐々木壮六という画家であり、高校時代の実際の話だったことが明かされる。名前を見て、ひどく驚いた。会ったことのある画家の名だった。
佐々木壮六・・神奈川県藤沢に住んだことのある私は友人の紹介で、近くの彼の家を訪ねたことがあった。古いけれど、画家らしい家で、少しだけ話をした。ヨーロッパを題材にした美しい絵を描く人だった。彼に庭には白樺が植えられ、北海道生まれの私は、冷涼な気候にしか育たない白樺が彼の家の庭に立っていることが不思議だった。交際が続いたわけではなかったが、彼の展覧会があると足を運ぶようになった。
1999年に63才で彼が亡くなったことも知っていた。
私に庭には、2000年に神奈川から北海道へ移住したときに植えた白樺が立っている。森から、その白樺を取ってきたときは細くて背の低い木だった。今では二階の屋根を越える大木となっている。私の心には、佐々木壮六宅で、温暖な気候に耐えて立っていた白樺の木のことが忘れられずにいた。いつか、北海道へ帰り、自分が庭を持ったときには白樺を植えよう・・。そんな決意は、佐々木壮六宅で得たものだった。
森内俊雄は、クラシック音楽を愛する作家である。繰り返し読むに値する文章を練り上げていく人である。長い間、彼の文章と共にここまで来た。もちろん、森内俊雄とは一度も会ったことはない。
「真名仮名の記」には、受け止めようとするものには大きな泉があり、私の佐々木壮六という画家と白樺の記憶、そして「春の往復」という高校生の旅を描いた瑞々しい作品の記憶が重なる不思議な繋がりがあった。人は直接的、間接的を問わず、出会うときには出会うものである。

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