同級生のお母さんが亡くなられた。62歳。早すぎる死だった。
お母様は、5年前に癌になられて、闘病生活を続けていらっしゃたそうだ。
ある小学校の児童クラブで働いて、23年間尽力されたそうだ。
発病後も、体力の続く限り、児童らの世話をがんばっていらっしゃった。
通夜には、そうとうな数の児童や卒業生らが参列したそうだ。
私もこの仕事を始めてから、生徒のお迎えに行った際、良く話をしてくださった。
同級生である娘さんの話、お孫さんのこと、児童クラブの子どもたちのこと、現代のお母さんたちのこと...しかし、決して“病気”であることを悟らせない方だった。逆に、私がやつれた表情で行くと「元気出して!子どもたちのためにね!」と励ましていただいていた。
昨日、授業後に通夜へ行かせてもらった。自分の命がつきることを覚悟してまで、仕事をされていたそうだ。
彼女の生き方・生き様は、私たちも受け継がなければいけない。
私たちの仕事は、生徒や保護者が数ある学習塾や教室の中から私たちの教室を選んで通っていただいている。彼ら、彼女らが、立派な社会人として世の中で活躍していけるよう、手助けする宿命がある。
私はよく「死ぬときに後悔なく逝きたい」と話している。果たして、今、そうであるだろうか?
自分がしていることに矛盾はないだろうか?
自分が生きていることで、子どもたちに良い影響が与えられているのだろうか?
彼女の「死」に直面して、「教育現場での生き様」を改めて考えさせられた。まだこの1日で明確な解答は出てこない。
でも、この教室が、通ってくれている生徒たちが誇れる場所であり、私自身がみんなに信頼される人間になりたい...

0