「ドイツにおける’過去の克服’と日本の現状−「ヤーコプ・リットナーの穴蔵の手記」出版に寄せて−」
平和
昨日、自民党の総裁に福田氏が選ばれた。あまりにも茶番なこのお芝居に白けながらも、この後に来るであろう改憲への足音に耳をそばだてている人も多いのではないだろうか。今年の教科書検定で、「集団自決」を日本軍が強制したとの記述七カ所(五社七冊)に、修正を求める文科省検定意見が初めて付いたことで、沖縄では島ぐるみの抗議行動がおこっている。これに最高責任を負うべき伊吹文明氏は、福田内閣の幹事長になるそうだ。29日の県民大会には知事をはじめ、ほとんどの県・市町村議会議員、41市町村のうちの40の首長が参加を表明している。全政党が一致して抗議行動を展開しているという話だ。すべての教育委員会委員長、PTAなど千超える団体の参加・協力、さらには大会参加者の片道バス運賃を無料にすると各バス会社が決めた。このニュースが、インターネットを除くと、メディアでとり上げられることはない。なぜ、日本の歴史認識に関わる重大な動きはニュースにならないのだろう。自民・公明まで入った抗議行動が、報道されないのだろう。
この夏、一冊の本が出版された。「ヤーコプ・リットナーの穴蔵の手記」(ケッペン著、林功三訳、近代文芸社、1500円)という、すこし風変わりなタイトルのこの本は、読むはじめると一気に最後まで読めてしまう。ミュンヘンで切手蒐集家として有名な市民だったヤーコプは、ナチスの暴虐の嵐のなかで、ポーランド系ユダヤ人としてミュンヘンを追われ、ポーランドのズバラシュという小さな町にたどりつく。そこで、湿った暗闇の地下室に潜ってどうにかナチスによる殺戮から逃れて生還したという実話である。とても平明な日本語で淡々とつづられたヤーコブの体験談は、しかしドイツ・ポーランドにおけるナチスの支配と、それにドイツ人、ポーランド人、さらにはユダヤ人の一部も加担した戦争の現実を教えてくれる。ナチスの暴虐は、広く知られたアウシュビッツ強制収容所の死のガス室だけではないのである。ヤーコブが穴蔵から出てしばらくして、町の市場に行ってみると、農民たちは愛想良くミルクやチーズを売りにくる。ついこの間、殺されたユダヤ人の家から家財を奪って運び去ったその同じ農民たちである。同じ戦争を生き抜いたドイツ人たちは、「わたしたちに何ができたのでしょうか?どのようにしてわたしたちは抵抗できたでしょうか?」と彼にたずねる。しかし、ヤーコブは答える。「大ドイツ市民は、一握りの絶望的なユダヤ人とはちがいます。もしドイツが、あの魔物の指導者に従っていなかったら...」。
ドイツの人々と国家が、戦争の責任を問い、過去を克服する努力を続けていることは知られている。従軍慰安婦(正しくは性奴隷をよぶべきものと思う)への軍の責任を否定し、南京虐殺はなかったという人々が中心となる政治勢力に支配され続けてきたこの国では’過去の克服’はごく一部の人々を除いては行われていない。今年79歳の林功三氏は、ドイツ文学の長年の研究にもとづいて、ドイツ国家とドイツ国民が戦争に加担した過去を克服する作業を、どのように続けてきたか、それは曲がりくねった道ではあるけれど決して後戻りしないものであるかを、あとがきで述べておられる。この長いあとがきは、これから生きていく後の世代へのメッセージとして、この本のもう一つの価値である。1人でも多くの方々に読んでいただきたい。

2