山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われた当時18歳の元少年の弁護人に対するすさまじいバッシングが続いている。タレントのようにテレビに顔をだしている橋下弁護士が、インターネットを利用して少年の弁護人に対して懲戒請求するようテレビからよびかけたところ、数百件もの請求があり、それに対して、有志の弁護士508人が6月19日、「被告が弁護を受ける権利を否定する言動に抗議し、直ちに中止を求める」との緊急アピールを発表した。この間の経緯については、次のサイトに詳しく出ている。
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/0aae66140bb428ac787e6169890fd64b
5月末の差し戻し控訴審第1回公判で鑑定書が提出され、これまでわからなかった被告青年の生育歴が明らかになってきた。犯行自体もさることながら、青年の言動が、奇妙で理解しにくいものであることが作用して、大手メディアやインターネットを通して殺せ殺せの大合唱である。それもやむをえないかなと思う人が多くなっているのではないだろうか。5月29日には東京の日本弁護士連合会に銃弾の模造品とともに脅迫状が郵送された。’けしからん’人間を弁護する弁護士も’けしからん’という論調が、社会にすんなりと入っているのではないかと恐れている。すこし立ち止まって、’けしからん’人間を、これほどバッシングされながらどうして弁護するのだろうと考えてほしい。死刑反対の運動に利用しているという言い方が週刊誌などに出ている。いかにももっともらしいが、こんなに効果のない運動など、運動としての意味がない。いまは鑑定書を書いた精神科医や心理学者までもがバッシングを受け、勤務する大学に辞めさせろという脅迫めいたFAXなどが数百通も殺到しているという。
犯人であれ被害者であれ、事件に巻き込まれた人を、どのように社会が受け止めるべきかは、一人一人が自分の問題として、冷静に考えなければならない問題だと思う。一銭の報酬ももらえない、社会から人間扱いされないような人を、それでも守ろうとする弁護士たちと、弁護士でありながら違法行為としてそれこそ罪に問われかねない懲戒請求をあおりたてる弁護士と、どちらがまっとうであるかを冷静に判断しなければならないと思う。
憲法の要諦は、基本的人権を守ることである。どのような人間も生きる権利があるというこの大原則をまもるために、忠実に弁護活動する人たちをバッシングしているのは、このような弁護が必要になるかもしれない人たちである。ちょうど、一番被害を受ける立場にある、我々と同じ権力も金ももたない一般の人が、自民党や石原都知事に投票する現象と、どこかで通じるように思う。

0