皆既日食の様子-NASA
さて、そろそろ日蝕騒ぎも一段落した頃ですね。
実を言うと僕も、那覇にある
波之上宮で日蝕を眺めてきました。
前にも書いたように、
本土側と違って皆既日食帯の南側に位置するので欠け方が逆になるし、過去の晴天率データーからも晴れの確率はダントツに高い、もし雨になっても他の見所がいっぱいだからあきらめも着きやすい(貧乏性なの)ってな理由から、沖縄を選んだのでした。
右手に見える階段の所に腰掛けて、崖の上の波之上宮を入れた構図でと思ったんですが、いやなかなか難しい。
薄雲がちょうど良く遮光してくれれば、フィルター無しでも撮影できたんでしょうけれど、今ひとつ雲が薄かったんですよね。
なので、古代人が見たような薄雲の向こうに浮かぶ欠けた太陽の図は、ゲットできませんでした。
ちなみに神社の「御由緒」には「古く沖縄独特のニライカナイ信仰(海の彼方より幸福を持ち来る神々に祈る)に始まる」とあり、この崖の上はもともと
「海神の国(ニライカナイ)」信仰に関わる聖地だったようです。
実際の観察に使ったグラスは、電気溶接用の遮光グラス。
遮光率#11ってのです。
世界天文年2009日本委員会推奨日食グラスって所での推奨は、遮光度#13なんですがね。
ちょっと抜粋すると
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*1:日本国内には、太陽観察器具の遮光性能についてそもそも安全基準がないが、都道府県教育委員会が発行する学校向けの「理科実験・観察事故防止の手引き」等においては、太陽観察時には「JIS規格(T-8141)遮光度13の遮光性能を持つ遮光板を使用すべきと指示されている。
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日本国内には、太陽観察器具の遮光性能についてそもそも安全基準がない>ってな話し。
実際に遮光率#11の電気溶接用の遮光グラスで覗いてみると、全く欠けていない太陽はちょっと明るいかなって印象でしたがこれで凝視するわけでもないし、デジカメで撮るときに最大蝕時にはすこし暗すぎて手ぶれとかが大変でした。
まぁ、絞りとかシャッター速度を色々調節して何とか撮りましたがね。

10:17
日蝕の始めは9時32分43秒だけど、チョコッと欠けてるのから載せると、とんでもない枚数になっちゃうんで、この辺からね。

10:30
肉眼ではわからないんだけど、シャッタースピードやASA感度なんかをどんどん変えていかないと、旨く写らないんだよね。
前のショットの設定で撮ると暗すぎて手ぶれが凄かったりとか。
えぇ、手持ち撮影なんですよ。
A(^_^;

10:53 最大蝕分 0.917
最大蝕です。

10:57
空全体が灰色で薄暗くなっていますが、太陽は相変わらず眩しくて遮光メガネ無しでは欠けている様子はわかりませんでしたね。
もうすこしだけ雲が厚かったら、他の地域で見た人たちのように裸眼で太陽の欠けていく様が確認できただろうにとは思うものの、それはあまりにも贅沢な望みと思い直したり。
なんでまたそんなに裸眼観察にこだわるのかというとね、古代中国ではすでに日蝕の予測はおろか黒点の存在すら把握していたのだという話しをかつて読んだことがあったからなんですよ。
そう、薄雲を通して黒点の存在を見ていたんだねぇ。
昔の人は、太陽の黒点を三本足の烏の姿だって考えてたんだと。
想像してみてもくださいな。
薄雲を通して刻一刻と欠けていく日輪。
古代人にとってどれほどの脅威だったかを。
そのおののきを、この縄文と弥生の聖地であるこの場所で、追体験できたらいいなって思ったんだわさ。
八咫烏
面白い記述があったのでちょっと抜粋。
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日食と八咫烏 投稿者:互識
http://502.teacup.com/mushigobbs/bbs
ちょっと調べてみましたが、日食の古い記録はやはり中国の独壇場ですね。
中国科学院のリュー氏ら「皆既日食は皇帝に対する警告だった。伝統的な占星術理論によると太陽は皇帝のシンボルだったから」「日食の時期になると、皇帝は精進料理を食べたり、主要な宮殿で過ごすのを避けた。太陽を救うための儀式を執り行い、ときに自らが責任を負うという勅令を発することもあった」
NASAの天文学者オーデンワルト氏「
紀元前2100年頃、皆既日食を予想できずに、夏王朝の中康帝に仕えた占星術師2人が帝の命で処刑されたという、古い記録が残っている」古代中国では政事に関する兆しを探すべく暦体系の改良が重ねられ、日食についても世紀を経て記録がより正確になったようです。日食に関する体系的な日付入りの記録が始まったのは、じつに紀元前719年のことだとされています。
天武期に日食が記録されたかどうかは判りませんでした。ただ記紀編纂の時期と、日食を示唆すると思われる天の岩戸説話が記紀神話に登場することを考えると、この時代には中国からの技術を取り入れ、確実に何らかの蝕の観測が行われていたでしょう。
また和歌山市長のHPに、八咫烏について次の記載がありました。
「中国・前漢時代(約2200年前)の古典「淮南子」が、太陽の黒点を3本足の烏に見立てたのが三足烏の起源のようで、日本では奈良・明日香村キトラ古墳(8世紀初頭)の天井壁画の太陽図に三足烏が書き込まれていたのが2年前に分かった。従って、三足烏は「日の神」の象徴として朝鮮半島から日本に伝わり、元々3本足とは無関係だった日本神話の八咫烏と同一視されるようになったという見方もできる」
これが正なら、日輪に描かれる烏は古代中国で黒点に擬された三足烏で、後に神武説話の八咫烏が取って代わったということになりますね。
それから京都近隣のお寺の情報を見ていると、勝持寺の瑠璃光殿に薬師如来が居られて、脇侍の日光月光菩薩は長い茎の先についた日輪と月輪を持ち、日光菩薩の日輪には八咫烏らしきものが描かれているそうです。私はまだ行ったことがないのですが・・。
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ここにある情報をもとにまた検索していけば、きちんとした情報源に近づけそう。

11:01
さて、今度はどんな風に満ちていくのか見てみよう。

11:13

11:33
食の終りは12時20分09秒。
この後、波上宮ビーチでちょっとゆっくりしてから、県立博物館まで足を伸ばして来ました。
さて、話しを八咫烏、いや黒点に戻しましょうか。
太陽の活動がこの50年で観測された中で最も弱まって太陽の黒点数が減少してるって話しだけど、それで単純に温暖化がストップするってな展開にはならないようですね。
ちょっと抜粋
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太陽の活動低下、地球への影響は?
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=46941003
太陽の活動に波があることは以前から知られており、磁場分布は22年、黒点数は11年周期で変動している。だが、同氏によると「今回観測された太陽風はこれまでの最小記録を大幅に塗り替えるほど弱いものだった」という。そして、その状態が予想以上に長く続いているというのだ。
中略
太陽の活動の強さに関しては、地球の気候との関係についても何世紀にもわたる議論がなされており、短期的には影響を及ぼすという証拠も得られている。
1645〜1715年ころにマウンダー極小期と呼ばれる太陽活動の低下した時期があり、このときにはグリーンランドにわたる海路の大半は氷に閉ざされ、オランダの運河は日常的に厚い氷で覆われたという。1695年にはアルプスの氷河が拡大し、海氷も増加してアイスランド周辺の海域が氷で埋まるほどになった。このような以前の記録からすると、最近の太陽はそれでも活発な方ということになる。
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とはいうものの、地球温暖化と太陽の活動周期との対応は1980年以降どんどん悪くなってるんだと。
ちょっと抜粋
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太陽活動だけでは地球温暖化は説明できない
http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2008-07-21
1980年頃から後では太陽活動周期は変わらないのに、気温はどんどん上昇している。
この図を描いているのは、FC&Lのグラフの著者の"L"、すなわちLassen自身である。
彼は(上記サイトのリンク先の資料で)「1990年頃から後は、太陽からのエネルギーは
北半球の気温変動をもはや支配していない」と自ら結論づけている。
同様の結果は、太陽活動周期との比較だけでなく、太陽黒点数や太陽光エネルギーとの
比較からも見て取れる。
●地球温暖化(4)温室効果と太陽活動 (連山)
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/nagai/warming-cause.html
●Solar activity & climate: is the sun causing global warming?
(Skeptical Science)
http://www.skepticalscience.com/solar-activity-sunspots-global-warming.htm
さらについ最近、興味深い研究発表が東大などのグループによってなされた。
●屋久杉を使って1100年前の太陽活動の復元に成功(東京大学)
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/press/press-2008-14.html
これによれば中世の温暖期として知られる約1100年前の太陽活動周期は9年程度で、
現在よりも太陽活動は活発であったといえる。一方、気温のほうは現在のほうが中世の
温暖期よりも高くなっている。
以上のように1980年頃以降の地球温暖化を太陽活動だけで説明することは困難である。
中略
もしも気温変化がスベンスマーク効果で説明されるのであれば、太陽光エネルギーの11年周期も長期変化も、共に気温変化をよく説明せねばならない。しかし現実には気温の上下変化の振幅は説明できたとしても、長期の上昇傾向は説明できない。やはり1980年頃以降については、太陽光エネルギーを主要因とする地球温暖化説は成立せず、温室効果ガスなどの別の要因が地球温暖化において重要な役割を果たすようである。
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上からの補足
スベンスマーク効果とは、宇宙線の地球への飛来量が地球の雲の形成に影響するという説である。
http://stesun5.stelab.nagoya-u.ac.jp/study/sub8.htm
いずれにしても、太陽の活動が鈍ったからと言って、CO2を削減しなくても良いという話にはならないんだよね。