これから行く立川工場も主製品はミシンとサッシと異なるが工程は予想できていた。大手の会社の多くは都心に本社をもち、地方に数カ所の工場を持っているのが公式みたいになっている。主な理由は人件費と土地が低価格でするからである。立川駅北口から伊勢丹とか銀行のある繁華街を通り抜け、右に曲がると昔は郊外に出て,
道の両側にはキャベツ畠とか赤と黄色のチューリップ、3色すみれが植えてあるお花畑、それに所々にその存在をアピールしている木など、春らしい空気がわれわれを浄化してくれていた。そんな道を10分ほど歩くと工場へ着いた。約2,000坪もあろう長方形の土地を中央にあるコンクリートの道が建物を左右に2分にしていた。現在では考えられないほど、我が物顔に工場は散在していた。300坪ほどの正方形の駐車場風のコンクリートで固められた広場が入り口であった。この広場を200メートルほど歩くと、やっと守衛所についた。村上さんが「守衛さんは全部で6名おり、24時間シフト制になっており、常に2人が常駐している。特に忙しいのは朝5時ごろから7時ごろまで、その日に工場で使用予定の資材(部品)が外注のトラックによって運搬されてくる。当工場の下請け会社は約100社にのぼる」と説明された。啓二はそれを聞いて、「無倉庫主義」による合理化を実施しているのだと直感した。
なるべく倉庫に在庫を持たないことにより、費用削減を図っているのだ。村上さんが我々を守衛さんに紹介してくれた。守衛所の奥隣にある総務課のある建物へ入った。そこで工場長を紹介された。工場長は作業服を着ていて、右手に安全マークの入った腕章を巻いていた。この会社の定年は60歳だった。50才は過ぎていると感じられた。人柄がよさそうで穏健であり、かつ組織の長というカンロクのある感じを受けた。我々は1人づつ氏名をなのり,
形通りの挨拶をした。工場長は「今日は始めてなので見学しか出来ないかもしれないが、工場のシステムについて、各課長から概要を聞きなさい」と椅子から立ちあがって、我々に告げた。工場長の隣の机には総務課長がおり、また形通りの氏名を告げて、部屋の真ん中にある応接テーブルに全員、移動した。総務課長は訓示調で我々に話し出した。「私はこの会社の幹部の一員であることを常に意識して働いている。具体的にいうと工場は戦場であって、会社の先頭を走って製品を生産していかなければならない。他社と製品を通して戦争しているのである。諸君は幹部候補生であることを少なくとも工場内では意識して行動しなければならない。工場内の皆が君達を見ている。ほとんどの労働者が中卒で全国から集団就職をした人たちである。新人であってもエリートとしてみられる。その代わり責任は重いと思ってくれ。6カ月の実習であるが、その間頑張って成果をあげてくれ。工場は労働組合の幹部が多く存在する。本社で行われる春闘の団体交渉に参加してみればよく理解できるが社長以下役員、幹部は、組合の幹部から当社の現場の問題点を突き付けられ、上司が組合の幹部になり、そのときだけは立場が逆転するのだ。
2007年9月17日 (月) ブログ小説 | 固定リンク
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