「京都高速鉄道株式会社」という鉄道会社を御存知でしょうか?
関西圏の鉄道に詳しい方であれば知っている方も多いでしょうが、鉄道に強い関心を持っている方でなければ、多分地元の京都市民でも、この会社の存在はほとんど知らないと思います。
実際、各所で掲示もしくは配布されている京都近郊の鉄道路線図などを見ても、JR、近鉄、阪急、京阪、叡電、嵐電、市営地下鉄、嵯峨野観光鉄道などの路線は必ず記されていますが、「京都高速鉄道」と明示された路線を見る事はまずありません。
しかし、京都高速鉄道は鉄道会社として現に存在し、鉄道路線も所有し、しかもその路線は、通勤、通学、観光など多様な用途で毎日多くの京都市民や観光客に利用されています。
そうであるにも拘らず、京都高速鉄道はなぜこれほど知名度の低いマイナーな存在なのかというと、それは、この会社は「第三種鉄道事業者」に分類される、最初から“裏方”としての役割を担う事を宿命付けられた鉄道会社だからです。
第三種鉄道事業者とはどういった形態の鉄道会社をいうのか、ということについては、このブログでも過去に何度も説明させていただきましたので(H18/04/30「
神戸高速鉄道」、H18/09/11「
上下分離方式」、H20/02/02「
JR東西線」など)詳しい解説は省略しますが、一言で簡単にいうと、「線路や駅などの施設は所有するが鉄道車両は所有せず、第一種鉄道事業者(線路も鉄道車両も所有する鉄道会社)もしくは第二種鉄道事業者(線路は所有せず鉄道車両のみ所有する鉄道会社)にその線路を貸して使用させる鉄道会社」のことです。
神戸高速鉄道など一部の例外を除き、第三種鉄道事業者が所有する路線には大抵、その路線を借り受けて実際に鉄道車両を走らせている会社の名が掲げられ、京都高速鉄道が所有する路線もこの慣例に従って「京都市営地下鉄東西線」の名が掲げられいます。
そのため、普段同線を利用している人でも、同線が厳密には京都市が所有する本来の地下鉄東西線とは別の路線であるということを認識している人はほとんどいないのです。
大抵の路線図では、
太秦天神川駅〜
六地蔵駅間が「京都市営地下鉄東西線」と表示されており、実際、東西線の大半の電車はこの区間を「地下鉄東西線」として直通運転しておりますが、正確には、東西線とされるその区間の中間部に当たる三条京阪駅〜御陵駅間3.5kmは京都高速鉄道の所有する路線なのです。
つまり、太秦天神川から六地蔵行きの電車に乗った場合、太秦天神川〜三条京阪までは京都市が所有する路線(本来の東西線)を走りますが、その先の三条京阪〜御陵は京都高速鉄道の路線に乗り入れていることになり、そして、御陵〜六地蔵は再び京都市の所有する路線(本来の東西線)を走っているということになるのです。
ちなみに、今日の記事の冒頭に貼付の写真が、太秦天神川〜六地蔵間を走っている東西線専用車両「京都市交通局50系」(近畿車輛製)です。
市営地下鉄東西線の路線中間部を、なぜ、京都市交通局とは別団体である京都高速鉄道という会社が所有し、東西線を東側と西側に分断させているのかというと、それは、地下鉄東西線に京阪電車(京津線)が乗り入れていることと深い関係があります。
東西線が建設される前、現在の東西線が走っている区間のうち三条京阪〜御陵間は、京阪電車が地上を走っていました。そのため、地下鉄を建設するに当たっては、当然この区間の競合が問題になりました。
京阪の京津線が、もし三条京阪〜御陵間のみの路線であれば、東西線とは完全に重複するため、東西線の開業に合わせて地上を走る京津線は全線が廃止されることになったはずですが、京津線は御陵から先は滋賀県の大津市まで伸びており、京都市と大津市を結ぶ重要なアクセス路線として機能していたため、東西線の開業後も京津線は当然存続させなければならず、そのため三条京阪〜御陵間の2路線(東西線と京津線)の競合はどうしても避けられなかったのです。
結局京阪では、京津線のうち、新たに建設される東西線と重複することになる三条京阪〜御陵間のみを廃線とし、京津線の電車はその代替として、廃線される区間に建設される東西線に乗り入れることになりました。
当時、京津線は三条京阪〜御陵間の一部(三条京阪〜蹴上、日ノ岡〜御陵)が併用軌道となっていたため、電車が道路での交通渋滞を招く要因になっており、また渋滞が起こると電車のダイヤも乱れるため、京阪にとっても、専用軌道である地下路線に乗り入れることはメリットが大きかったのです。
そして、この乗り入れにより、京都市と大津市を結ぶ京津線の電車は、三条京阪〜御陵間の線路が地上から地下に変っただけで事実上今までと全く同じルートを走ることになりました。
しかし、京津線の電車が乗り入れることになる東西線の一部区間(三条京阪〜御陵間)を公営地下鉄方式で造ることは、事実上、民営鉄道である京阪電鉄・京津線の改良を公営方式で行うことになってしまい、これは適切ではないと判断されました。
その結果、京都市と京阪が共同で第三セクター会社を設立し、その会社が第三種鉄道事業者の免許を取得して同区間を建設・所有し、京都市が、同区間の第二種鉄道事業者の免許を取得して同区間を借り受けて実際に列車を運行し、そして京阪は、京都市が借りた同区間に京津線の電車を乗り入れさせるという形にしたのです。
つまり、京都市(地下鉄)も京阪も本来は第一種鉄道事業者なのですが、三条京阪〜御陵間のみは第二種鉄道事業者として列車を運行するということです。
また京都市にとっても、東西線の全線を市が建設する場合、財源の制約から一度に開業させることは極めて困難であり、一部区間を第三セクターの施工として日本鉄道建設公団のP線方式(開業後の5%を超える利子について国が補給するという制度)の適用を受けることには大きなメリットがありました。
こういった経緯を経て、昭和63年4月8日、京阪の京津線と競合する三条京阪〜御陵間の建設と完成後の当該区間の鉄道施設の保有・貸与を主たる目的として、京都市や京阪、その他(金融機関、公益企業、地元経済界など)の出資によって京都高速鉄道株式会社が設立されました。
社長には、当時の京都市長・今川正彦氏が就任し、同社は同年7月14日に鉄道事業法に基づく第三種鉄道事業免許を取得し、平成2年4月に同線の建設に着工しました。
そして7年半の歳月を経て、平成9年10月12日に同線の開業を迎え、開業後は三条京阪〜御陵間の鉄道施設を第二種鉄道事業者である京都市(交通局)へ貸与し、その対価として一定の線路使用料を収入しています。
本社の所在地は京都市山科区安朱中小路町で、現在は京都市が約83.4%、京阪が約4.9%同社の株を取得しており、自治体が出資する第三セクターとしては珍しく、堅調な黒字経営を続けています。
また、どの路線図にも必ず会社名が掲載されている神戸高速鉄道に比べると確かに自己主張度は控えめなものの(但しその神戸高速鉄道は来年までに阪急阪神HDに
統合されますが)、
自社のホームページを運営・公開している点は、第三種鉄道事業のみを専門に行う所謂“裏方”的な会社としては珍しい事といえます。
なお、今年の1月16日から京津線の電車は、東西線西側の終端駅である太秦天神川駅まで乗り入れるようになりましたが、それ以前は、京都高速鉄道に乗り入れる京津線の電車は全て京都市役所前駅止まりでした。
京津線の電車が、当初予定していた三条京阪ではなく、実際にはその一つ先の駅である京都市役所前駅(この駅は京都高速鉄道の区間にある駅ではなく、東西線本来の駅です)まで乗り入れていたのは、三条京阪駅の西側はすぐに急カーブになっていることに加え、直上に鴨川が流れているため折り返し線の設置は困難で、三条京阪駅付近に折り返し運転をするのに必要な空間が確保出来なかったことによります。
ちなみに、大阪にも「大阪高速鉄道」という鉄道会社がありますが(本社は大阪府豊中市)、この会社は、第三セクターである点は京都高速鉄道や神戸高速鉄道と同じですが、鉄道会社としては、京都高速鉄道や神戸高速鉄道とは違い、第一種鉄道事業者(
大阪モノレールの運営主体)であるという大きな違いがあります。