美しい景色や美味しい食べ物、旅の楽しみはいろいろあるがやはり人との出会いが一番だと思う。
熊野川釣行で出会った彼女。わずか二回しか会っていないのにボクの心に深く残っている。
名はオーチュー。
一回目は彼女の勤めている店で。
鮎釣りひとり旅で熊野川に来たボクはその夜浮かれていた。
深酒をしたあげくにたどり着いた中華料理店。
酔ったボクをウエイトレスの彼女はおもしろいと思ったのか、ケータイ番号を渡しながら「アシタ、アッテクダサイ」と言った。
翌日ボクは午前中鮎釣りをし、午後から彼女と会った。
彼女は中国から来て中華料理店に住み込みで働いているらしい。ボクは車に彼女を乗せると「さて、どこに行きたい?」と訊いた。
「カワ、カワが見たい」と彼女。
昨日ボクが鮎釣りの話をしたからだろうか。
ボクは熊野川へと車を走らせた。
市街地を抜けしばらくすると雄大な熊野川が現れた。ウワァと歓声を上げる彼女。ボクは車を測道に進め河原まで降りた。
エンジンを切る。静寂の車内にヨシのざわめきだけが聞こえる。
彼女がボクの方を向いた。
ボクはハンドルを抱くようにして空を見上げた。トンビが高い空で輪を描いている。
「サカナツリ、シゴト?」と彼女。
「いや遊び、ただの遊びや」と笑うボク。
「サカナツリ タメダケニ 4ジカンモシテ ココニキタ!」と驚く彼女。
「そう、そうだよ」ボクは彼女に意地悪そうな笑顔を返した。
「アナタ オキュウリョウタクサン?」と彼女。
「えっ、お給料・・・全然」とボクは両手を広げて笑った。
夕べはあんなに笑った彼女が今日は笑わない。
ボクはドアを開けて車から降りた。川に行こうと彼女を誘うが彼女は降りてこない。ボクはかまわず川の方にずんずん歩いた。マッテと彼女が追ってくる。
川の畔まで来ると彼女はしゃがんだ。
「キレイ・・チュウゴク コンナキレイナイヨ」
彼女はヒラリと手のひらで水をすくうとボクを笑顔で見上げた。
「おじさん、釣れますかーっ」ボクは対岸の釣り人に声を上げた。
「昼から食いがとまったでー」
と大声が返る。
流れ雲に太陽が隠れた。
「寒ぅ、寒くなった。帰ろう」
とボク。
「コンド イツ キマスカ?」と彼女。
「そうだなぁ1年後かな」とボク。
「エッ イチネン・・イチネンテ ソンナ ナガイ」
彼女の白く潤いのある頬。
その頬に向かってスッと切れすぼんだ唇の端がほんの少しだけゆがんだ。
「もう鮎も終わりやからな」
ボクは踵を返した。
「アユ オワリ?」
「そう鮎終わり。でも絶対来年くるから」
寄り添って歩く二人にザッザッと河原の石ころが鳴る。
「オーチュー、これからどこに行こうか」
ボクの問いに、彼女はつないだ手をブランブランと大きく振っただけで何も答えなかった。
オーチューの電話が通じなくなったのがそれから三ヶ月後のこと。
そして一年ぶりに熊野川に来たが、彼女はいなかった。