785段の石段に挑む、こんぴらさん!  旅行

旅行も早4日目、今日はいよいよ「こんぴらさん」に参拝します。

午前中、こんぴらさんに参拝した後、讃岐富士や瀬戸大橋タワーなどを見ながら瀬戸中央自動車道(尾道〜坂出ルート)で本州(尾道市)側へ渡り、天下の名勝「鷲羽山」で絶景を見て尾道市街で宿泊します。
 
              さぬき こんぴらさん

讃岐(香川県)で最も有名な場所といえば、こんぴらさんですね。

本当の名前は金刀比羅宮(ことひらぐう)で、金毘羅宮(こんぴらぐう)、まれに琴平宮(ことひらぐう)とも書かれています。

金刀比羅宮は、讃岐平野の西、仲多度郡琴平町の像頭山(ぞうずさん)の中腹に鎮座する神社で、江戸の昔より「こんぴらさん」と呼ばれ親しまれています。

御祭神は、「大物主(おおものぬし)神」で、日本神話にも登場する神様です。
大物主神は、古来から「海の神様(海上交通の守り神)」として信仰されており、漁師、船員など海事関係者の崇敬を集めています。

上記は大物主神の話であり、こんぴらさん自体としては、どんな願いごとに関してもご利益があると信じられてます。

表参道の785段(本宮)もの長く続く急な石段が有名で、奥社まで登ると1368段にもなります。

さあー、今回の旅のハイライト。 登りまっせっ!  本ブログで参拝(長閲覧になる)のあなた・・・無事に帰って(下向)これるかなあっ。


Hotelの朝食会場
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     朝食は、ビュッフェ スタエル(50種類の料理)です。

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   今日の朝もガッツリ頂きます。・・・朝から”かに”だかんね!



表参道入口
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わざわざ石段を22段下って、"石段1段目”からスタートします。

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時刻は9:30、参道はまだ空いています。商店街のシャッターもまだ閉まっているところが多いです。


代参人形
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”こんぴらさん”への代参と言えば、博徒・森の石松が有名ですね。

侠客・清水次郎長と共に長年の宿敵・黒駒勝蔵を討ち果たし、親分の御礼参りの代参で金刀比羅宮へ出掛けた帰路、方々から預かっていた次郎長への香典を狙った侠客の都田の吉兵衛(講談や浪花節では「都鳥」とされる)に、遠州中郡で騙し討ちに遭い、斬られて死にました。

吉兵衛は翌1861年(万延2年)、次郎長によって討ち果たされています。仲間から「馬鹿は死ななきゃ直らない」といわれた森の石松の仇討ち話として有名ですね。

松浦百段堂
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         この石段 上がって丁度 百段目


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          一之坂鳥居(石段113段目)

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鳥居の傍らには、重要有形民俗文化財「備前焼狛犬」があります。

 
一ノ坂
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一之坂鳥居から先の大門までは特に急な石段となり、一ノ坂と呼ばれています。

日頃から運動不足の身にはかなりこたえました。 帰路には就学旅行の生徒さんが、石段に並んで参拝記念の写真を撮っていましたよ。・・・この石段なら何百人でも写りますね。


灯明堂(石段168段目)
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一ノ坂の途中の左側にあり、安政5年(1853)備後国因之島浦々講中の寄進により、船の下梁を利用して建てられました。切妻造・瓦葺です。

また、灯明堂の中には多数の釣燈籠が吊り下げられ、夜の参道を照らします。


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          金刀比羅本教総本部(石段351段目)

大門のすぐ手前、右側にあり、明治10年(1877)に建てられました。


鼓楼
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金刀比羅本教総本部に対するのは、鼓楼です。鼓楼は、朝夕時刻を知らせる時太鼓を備えた高閣で、宝永7年(1710)に建てられました。


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              讃岐平野の眺望

大門前で振り向いてみると、今まで上ってきた石段が眼下に続き、遥かに讃岐平野を眺めることができます。爽快、爽快!


大門(石段365段目)
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神域(境内)の総門です。二層入母屋造・瓦葺の大門は、水戸光国の兄である松平頼重候から寄進されました。・・・したいよー!


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            大門の狛犬

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             五人百姓

大門を入るとすぐ、大きな傘をさして飴を売る5軒の店は、特別に宮域(境内)での商いを許された五人百姓です。(評細は、帰路の写真で)
 

桜馬場(石段365段〜431段目)
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大門から150メートル程続く石畳の道は、桜馬場と呼ばれています。
道の両側に続く玉垣の内には、数十株の桜が植えられ、その間に無数の石燈籠が建てられています。春になると、爛漫に咲いた桜が左右から枝を交え、すばらしい桜の道になるそうです。


琴陵光重歌碑
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金刀比羅宮第21代宮司琴陵光重の歌碑です。こんぴらさんには、今も国中から多くの参拝客が来ておりその様子を歌ったものですね。


         ”おんひらひら 蝶も金比羅参哉”

寛政6年(1794)、当時32歳の一茶がこんぴら参りをした際の句です。
桜馬場の途中に、句碑があるのですが、見落として(なし)しまいました。・・・写真の右上端に石の句碑が小さく写っています。


また急な石段の先に、鳥居が見えてきました。
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(石段477段目)
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          桜馬場西詰銅鳥居

ここから本道は、左へ折れて行きます。


社務所門・・鳥居の右側
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社務所が書院に付属していた頃の名残で社務所門と呼ばれますが、本来は書院の勝手口なのです。


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             広場の大きなクスノキ


御厩
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御厩では、神様がお乗りになるための馬「神馬」を飼養しています。

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            神馬(しんめ)

現在の神馬は、北海道帯広産の”月琴号”11歳と看板にありました。


神椿
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社務所門で左折すると、玉垣と石畳の広場に至り、この広場の地下に銀座資生堂パーラーが運営するカフェ&レストラン「神椿」があります。


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           黒門 と 四脚門(石段512段目)

書院の正門です。
黒門・四脚門は、社務所が書院に付属していた頃、勅使が来社される際や皇族・幣帛供進使が参向する場合に用いられました。現在、黒門・四脚門は閉まっていて通れないようになっていました。
 

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             祓戸社(石段595段目)

本殿は流造・銅板葺で御祭神は、瀬織津姫神、速秋津姫神、気吹戸主神、速佐須良姫神です。神道の真髄ともいうべき、罪贖を祓い清める神様ですよ。


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         石段の先に雄大壮麗なる社が現れる・・・


旭社(石段628段目)・・・参拝は、帰路。(神社のルール)
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御祭神は、天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那岐神・伊邪那美神・天照大御神・天津神・国津神・八百万神です。天保8年(1837)に竣工した社殿は、高さ約18メートル、銅板葺の総
欅造二重入母屋造で、全て槻材が用いられています。


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               黄銅鳥居

旭社を左手にみながら、廻廊に沿って北へ進み、唐銅の鳥居をくぐります。鳥居は、慶応3年(1867)に伊予松山松齢講より献納された黄銅鳥居です。


賢木門(さかきもん)
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鳥居をくぐると賢木門があります。唐破風と千鳥破風の棟が交錯する檜皮葺の屋根をもち、他に類を見ない優麗温雅な様式を備えます。 「賢木門」はその昔「逆木門」と書きました。
明治12年(1879)の改築の際に、「逆」の字を嫌い「賢木門」と書くようになりました。


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               本宮手水舎

賢木門を通り更に進むと鳥居あり、正面に手水舎があります。既知の通り手水舎は、御本宮参拝に際し、心身を清める所ですね。・・・いよいよかあー!


御前四段坂ゴールドプレート(石段652段目)
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御前四段坂の一段目の左右に『御前四段坂ゴールドプレート』があります。金色に輝く真鍮製です。

右側には「御前四段坂」、左側には「あと少し。御本宮まで133段!登って幸せ。福が来る!」と記されています。大きさは、高さ75センチ、幅20センチです。

香川県最大の観光地である金刀比羅宮を中心とする観光キャンペ-ン「ゴールドプロジェクト」(主催/ゴールドプロジェクト実行委員会、期間/2015年7月〜)の一環として設置されました。


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        御前四段坂(石段652〜785段目)

急な石段は4段階に分かれ、各数十段あります。御前四段坂と呼ばれています。ここを登りきれば御本宮です。


(石段785段目)
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               御本宮

御祭神は、大物主神と崇徳天皇です。古来から「海上守護の神」として御神徳を仰がれています。

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         参拝は「二拝二拍手一拝」の作法で!

正しくは、最初に浅く礼をして、「二拝二拍手一拝」、最後にまた浅く礼をするんですよ。

今は過疎化で、”お酌をするときは、必ず右手で(左手でのお酌はご法度)する”とか、古からの仕来りを教えてくれる人が周りにいなくなっているからね。


高台(展望台)
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本宮の北東側は、高台(展望台)になっています。ここからの眺めは素晴らしく、讃岐平野の彼方に瀬戸大橋や讃岐富士などを望むことができます。

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              神楽殿

神木の東側には神楽殿があります。建物は入母屋造・檜皮葺で、祭典の伶人楽や雅楽を奏する所です


南渡殿
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本宮から、三穂津姫社まで南北に渡っている廊下を南渡殿といいます。長さは約40メートルで、屋根は檜皮葺です。明治11年(1878)に建てられました。


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             神札授与所

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しっかり、名物の「幸福の黄色いお守り+ミニこんぴら狗」のセットを買いました。


こっちも!
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         ”開運 こんぴら狗みくじ”

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やったぜっ!
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見事、「大吉」です。この調子で「年末ジャンボ宝くじ」も当たるといいね。


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              三穂津姫社

南渡殿の南端に三穂津姫社があります。
本宮の御祭神である大物主神の后にあたる、高皇産霊神の御女、三穂津姫神が祭られています。


銅馬
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三穂津姫社直所の前の銅馬は、一文銭を集めて作られたといわれています。文政7年(1824)に、周防国花岡澤上原惣左衛門延清より献納されました。


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              絵馬殿

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「海上交通の神」だけあって、船(額縁に入れた写真)の絵馬が多いですね。

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           奉納された沢山の酒樽        


緑黛殿(右端)
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金刀比羅宮の、参集所や斎館など一連の施設を備える建物です。


これで本宮の参拝は終わりです。 後は、三穂津姫社の正面の急な石段(下向道)を降りて、旭社に参拝し大門へ向います。


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            こんぴら狗の銅像

桜馬場西詰銅鳥居の横にあり、イラストレーターの湯村輝彦さんのデザインです。往路に素通りしたので、帰路に撮りました。

Study
江戸時代、庶民は旅行を禁止されていましたが、神仏への参拝の場合は許されていました。

数ある神社仏閣のなかでも、伊勢神宮への参拝の旅は特別で、庶民にとって一生に一度の夢であり、「お伊勢参り」と言われました。それに並び「丸金か京六か」と言われ、讃岐の金毘羅大権現と、京都六条の東西本願寺への参拝の旅も人生の一大イベントでした。

当時、江戸を中心とした東日本の各地からこれらの社寺への参拝の旅は大変なことで、当人に代わって旅慣れた人が代理で参拝に行くことがありました。これを「代参」と言いました。

また、旅を途中で諦めることにした人が、道中で知り合った旅人に旅費と初穂料(お賽銭)を託し代参してもらうこともあったようです。

実は、代参をしたのは“人”だけではなかったのです。

「こんぴら参り」と記した袋を首にかけた犬が、飼い主の代参をすることもあったのです。
袋には、飼い主を記した木札、初穂料、道中の食費などが入っていました。犬は、旅人から旅人へと連れられ、街道筋の人々に世話をされ、目的地にたどり着いたのです。

この「こんぴら参り」の代参をした犬は、特に「こんぴら狗」と呼ばれました。


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             五人百姓

傘が四つしかないので、「1人死んじゃったのー」聞いたら、違うわよ今日は1人休みだとのことでした。

名物の加美代飴
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昔ながらの製法で作られた べっこう飴(砂糖を原料とした飴)が売られています。扇の形をしていて、小さな可愛らしいミニハンマーで割って食べる飴です。

冷凍技術が無かった昔は、船々せんべいや加美代飴といった日持ちするものが、「お土産」として重宝されていたのです。


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     ”こんぴらさん参拝記念”に家飾りを物色中。

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戻って(下向)来ましたあー!
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表参道の脇へそれた、このお店の看板の下に灰皿が置いてあったので 、生き返ったよー


琴平 海の科学館
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地方の海事博物館です。この館の裏にHotelの駐車場があるのです。


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         名物の「黄色いお守り+ミニこんぴら狗」


竹のこんぴら船
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           こんぴらさん 参拝記念の家飾り

家の飾り棚へ、しっかり収めました。


<投稿者後記>
 
本宮までの参拝に、約2時間かかりました。参道商店街でお土産を買っていたらもっと時間が過ぎていたと思います。 やはり、こんぴらさん参りには、半日は必要ですね。

午後参拝して、その日は近くの宿に泊まるか、前日に泊まって午前中に参拝すのがベターですね。また、旅行者は、土・日曜や祝日は相当混雑(早朝以外)するそうなので避けたほうが良いでしょうね。

こんぴらさんは、古より歴史ある神社で見所が数多くあるので、事前にStudyしての参拝をおすすめします。 じゃないと、急な坂の石段をハーハーしながら単なる山登りをしたで終わっちゃいますからね。

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タグ: 金刀比羅宮

2016/11/11

地上108mの空中散歩!  旅行

溜池越しの飯野山(讃岐富士)を撮った後、一般道で坂出市の瀬戸内海に突き出た番の洲緑街の、南備讃瀬戸大橋(瀬戸中央自動車道)の袂にある瀬戸大橋記念公園に来ました。

この公園の一角に、「瀬戸大橋タワー」があります。

瀬戸大橋の開通を記念して、1988(昭和63)年3月20日から8月31日まで「瀬戸大橋博覧会」が岡山と香川で開催されました。

その香川県側の会場となった坂出市番の洲の一角に、アミューズメント施設として瀬戸大橋タワーが建設され、会期終了後の博覧会跡地は瀬戸大橋記念公園として再整備され、瀬戸大橋タワーは恒久施設として残されました。

タワーの頂上部からは、東には瀬戸大橋、五色台、西には本島など瀬戸内海の島々、南には讃岐山脈、北には瀬戸大橋、与島、岩黒島、櫃石島、鷲羽山など360°の絶景ビューを眺めることができます。






高さ108の回転式展望塔で、展望室部分が回転しながら昇降するタイプのものでは世界一の高さです。(現在営業中として)





キャビンは右回りで、約2分で1回転し、所要時間は約10分です。

瀬戸大橋の計画から完成までのあゆみを解説をお聞き戴きながら、キャビンが上昇し、頂上部で約3回転後下降します





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2016/11/11

うどん県の ”おむすび山”  旅行

こんぴらさんに参拝した後、本宮の境内から見た讃岐平野にポツンと立つ”おむすび山”ひときわ印象に残りました。

スマホで調べたら、次に行く坂出市番の洲にある「瀬戸大橋タワー」に行く途中にあることが分かったので、もっと間近で(撮影)見ようと立ち寄りました。

昔話に出てくるような三角形の「おむすび山」の名は、香川県の丸亀市と坂出市の境にそびえる標高422mの「飯野山(いいのやま)」で、別名:讃岐富士と呼ばれている独立峰です。

そう言えば、四国の香川県がうどん県として紹介されるたびに、「溜池越しの讃岐富士」が映し出される風景を、誰もが見た記憶があると思います。


おむすび山
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       溜池越しの讃岐富士(みや池より)

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溜池に映る”逆さ富士”が撮りたかったなあー、きっと時間帯があるんだと思います。


ため池
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四国で最も広い平野が讃岐平野です。

田園地帯がどこまでも広がり、稲作のさかんな地域として知られていますが、年間降雨量が少なく、大きな河川のない讃岐平野の景観を特徴づけているのが、平野のあっちこっちに点在するため池です。

讃岐(香川県)のため池は1300年の歴史があり、面積が日本一小さい県ですが、この平野には大小合せて1万4千を越える数のため池があるそうです。

灌漑用のキング・オブため池は、香川県まんのう町にある「満濃池(まんのういけ)」で、周囲約20km・ 貯水量1540万トン・ 池の面積約140haで、 農業用のため池としては日本一の大きさです。・・・何と、東京ドーム30個分に相当するそうです。


NISSAN LATIO(コンパクトセダン)
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       今回の旅で借りている、日産レンタカーのP2クラス

ノートかキューブを希望しましたがLATIOになっちゃいました、足回りが少しフニャフニャですが室内もトランクルームも広く、120サイズのトランクケースも楽々入るしこれで十分です。


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           遠くに見える、丸亀城(望遠)

香川県丸亀市は、コシが強くもっちりした讃岐うどんの聖地と言われています。

因みに、関東にもある讃岐釜揚げうどんの「丸亀製麺」は、兵庫県神戸市に本社を置く株)トリドールが運営し全国展開するチェーン店です。

丸亀製麺の名前の由来は、社長がうどんの聖地丸亀市の隣り、坂出市の出身で幼い頃から讃岐うどん文化に慣れ親しんできた事もあり「もっと讃岐うどん文化を広めたい」との思いから名付け、セルフ式の讃岐うどん専門店の展開を始め現在に至っています。(会社と丸亀市は関係なし)

まあ、経緯はどうであれ丸亀製麺の揚げ立てホカホカの「天ぷら」は魅力ですね。安くて美味いので月に1〜2回は食べていますよ。

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2016/11/10

こんぴら温泉で、ゆったり ほっこり!  旅行

今治市郊外の「タオル美術館ICHIHIRO」を出たのが午後2時半、「こんぴらさん」のある讃岐(香川県)の琴平町までは距離にして約120Km。・・・高速道が空いていることを祈るのみ

東予丹原ICから今治小松自動車道へ入り、いよ小松JCTから松山自動車道へ入りひらすら四国の瀬戸内側を東進(川之江JCTから高松自動道に入る)する。

幸い同乗の家内もお姉ちゃんも朝からあっちこっち見て疲れたのか寝たので、ここはチャンス(時間稼ぎ)とばかり時速120Kmで走行、起きた頃には高松自動車道の高瀬Pに来たので休憩。

目的の善通寺ICまでは後15Km、午後5時前には着きそうです。ホッ

こんぴら温泉郷は、こんぴらさんの鎮座する像頭山々麓の琴平町にあり、江戸時代より栄えた門前町で由緒ある温泉旅館が立ち並んでいます。

表参道の785段の石段を上るこんぴらさん(本宮)への参拝に便利で、こんぴらさんのお膝元に湧く温泉には心身ともに清められる心地よさがあるそうです。


今宵の宿
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今宵は参道から22段目、こんぴらさんに一番近い宿「琴平グランドホテル 桜の抄」さんに泊まります。

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               Lobby

Tea Lounge
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     讃岐(香川県)の民謡 「金毘羅船々」の一節

金毘羅船々
追風(おいて)に帆かけて
シュラシュシュシュ
まわれば 四国は
讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり)
象頭山(ぞうずさん) 金毘羅大権現(だいごんげん)
一度まわれば

誰でも一度は、聞いたことがあると思います。

「こんぴら船」とは、1744(延享一)年から、大坂―丸亀間で金毘羅参詣客を運んでいた乗合船を指すそうです。

「追手」は「追風」と表記されている場合もあり、追い風に吹かれながら、船が順調に航行を続ける様子を表しているそうです。

「那珂の郡」は昔、仲多度郡が金毘羅のある「那珂郡」と、「多度郡」に分かれていたころの名残だそうです。

一番分かりにくいのが、「廻れば四国は」と「一度廻れば」の部分。

「芸者や参詣客が、座敷遊びで畳の上を回りながら、この唄を歌っていたことに由来するのではないか」と推測されています。記録などによると、こんぴら船々は、座敷で参詣客相手に歌われた騒ぎ唄の一種だったようです。(作者不詳)


今宵は、Hotelの特別室・・・えっ!
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平日5組限定の「Hotelお任せプラン」に予約したら、各階に1部屋しかない「特別室」に泊まることができました。超ラッキーです。(但し、Card不可、現金払い)

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           Elevator Hall


広々ゆったり
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           客室(和室 12畳)


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         岩盤浴ルームも完備されています。

マッサージチェアが付いていたので、風呂から上がっちゃ「もみもみ」・風呂からあがっちゃ「もみもみ」で、すっかり疲れがとれました。


そして、24時間利用可能な・・
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         部屋備え付け、”露天風呂”

洗面所も広くトイレも和洋式の2つ、バスルームもありました。


まずは一休み!
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昨日は、生口島で”みかん狩り”ができなかったので、今日はみかんやみかんジュース・みかんゼリーなど、みかん尽くしを買い求めて来ました。
何たって愛媛、香川はみかん処ですからね!・・・今日は部屋でが吸えまーす


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           夕食は、食事処で


四国の名酒がズラリ!
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酒好きにはたまらないですね。・・・タダじゃないよー。


        宿お任せ、会席プラン

前菜
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            前菜小鉢三種盛り

食前酒の、まんのう かりん酒で乾杯。・・・お造りは忘れ! 酎ハイ飲むのに忙しい   


お凌き
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             季節の饅頭

鉄板
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             鯛鉄板焼き

強肴
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         秋のきのこ鍋(鴨肉入り)


追肴 待ってましたあー、讃岐うどん
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肉うどん・・他に温玉ぶっかけなど7種類あり、お世話をしてくれた仲居さんに、何杯でもお代わり自由ですと言われたのですが、酎ハイ飲んでるしとても無理でした。

実は今日のお昼は、琴平町近くの讃岐うどんの名店「山下うどん」で食べる予定でしたが、お腹が空かないのと、絶体Hotelの夕食で出るだろうと思い中止したのがでした。

お食事
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    きのこの炊き込みごはん と 留椀の菊花つみれ

水物
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             季節のアイス


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食事の後は、Hotelの売店でお土産を物色。
こんぴらさん名物はほとんど揃っているし、5千円以上買うと宅配無料だし、明日、こんぴらさんへ参拝した後に参道商店街でお土産を探していたら時間がくうので、ここで買っちゃいました。

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初公開、入浴シーン
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お風呂は、夕食前・夕食後・就寝前・朝と4回入りましたよ。 
私はもっぱら部屋の露天風呂でしたが、大浴場にも行った家内とお姉ちゃん曰く、大きな浴槽に様々な色のバラの花が浮いいる”バラ風呂”だったそうです。



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        こんぴらさん土産の数々(一部)

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やはり、部屋に風呂が付いていて、マッサージチェアがあると最高ですね。本当にゆったりほっこりできます。・・・今後も、余裕ががあればこの手の部屋に泊まりたいですね。

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2016/11/10

今治まで来たら、ここは外せない!  旅行

今治城を見学後、今治市郊外の朝倉というところにある「タオル美術館ICHIHIRO」に向かう。

今治のタオル生産量は日本一。
瀬戸内海国立公園、笠松山の麓にいだかれた朝倉の地にそのタオルとアートが融合した、世界的にも珍しいタオルライフを提案するまるでお城のようなミュージアムがあります。

なぜかムーミンの展示が充実していて、今治へ来たらここは絶対に外せないスポットですね。


有料ギャラリーでは、タオルの製造工程見学やタオルアート作品を見ることができ、約1万坪のヨーロピアンガーデンには四季折々の花が咲いています。

また、本館1〜4階では、ごだわりのタオルや四国の特産品を販売しており、レストランやカフェもあって一日中過ごせそうな美術館でした。


Imabari towel Museum
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       中世ヨーロッパの城のようなタオル美術館

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The information desk
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         インフォメーション ロボットがお出迎え!

コットンのキリン人形
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            Entrance(エントランス)

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2nd-Floor
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            四国の物産コーナー

四国4県の名産品、銘菓が取り揃えてありました。

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     日テレ、ケンミンショーで紹介された”割りかまぼこ”


fourth-Floor
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            ミュージアム ショップ

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          ディスプレーされた商品

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コットンのシュートケーキ
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       ユークなコットンで作られた擬似品

コットン・バーガー
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            ムーミン ショップ

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ムーミンといえば、来年(2017年)我が飯能市の宮沢湖に、本家スェーデン以外では世界初の「ムーミン・パーク」が開園します。今から子供たの歓声が聞こえてきそうで楽しみです。



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          ミュージアムは、こっち!

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疲れたので、外で!!
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      広大なヨーロピアンガーデン、奥の建物はレストラン

庭にも、ムーミンがいた!
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のどかな田園地帯
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     タオル美術館のある今治市郊外、朝倉の風景


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何とも賑やかなタオル美術館でした、土日曜日はもっと混雑するんでしょうね。昨今の世相ですから、他人が映らなように撮るのが大変でしたよ。


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  ちょこっと宣伝、来年は”愛媛国体”かあー、頑張れ! 


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2016/11/10

海に面した平城、今治城  旅行

来島海峡展望館テラスと展望台で、瀬戸内海に浮かぶ島々と来島海峡大橋の人工美がおりなす絶景ビューを眺めた後、今治市街にある今治城(いまばりじょう)に立ち寄りました。

今治城は全国的にもまれな海水を掘に引き入れた海岸平城で、別名:吹揚城(ふきあげじょう)とも呼ばれています。

築城主は、戦国武将「藤堂高虎」で、慶長5年(1600年)9月の天下分け目の”関ヶ原の戦い”に東軍に参加して戦い、徳川家康より伊予の国の越智郡今治を加増され、領地安堵の宇和島と併せ20万石の大名となりました。

高虎はここ今治の地に、慶長7年(1602年)に築城を開始し2年後の慶長9年(1604年)に城が完成しました。

慶長14年(1609年)、高虎が伊勢国津城に移封となり、同時に天守は丹波国亀山城に移築されたと伝わります。
高虎自身は移封されたが今治領2万石は飛び地として残り養子の高吉が居城としました。

寛永12年(1635年)、高吉は伊賀国名張に移り、代わって伊勢国長島城より松平(久松)定房が入城し以後、明治維新まで今治藩・久松松平氏の居城となりました。

広大な城郭は江戸時代末期まで260年間保たれましたが、明治維新以後、廃城令施行前の明治2年(1869年)に廃城され、ほとんどの建築物が破却されました。


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         海岸平城の今治城(吹揚城)

現在の城は、石垣と内堀がほぼ江戸時代の姿を残していますが、5層6階の天守(模擬天守)は昭和55年(1980年)に鉄筋コンクリートで建てられたものです。


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            東隅櫓(御金櫓)

昭和60年(1985年)に東隅櫓が御金櫓として再建されました。


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  燧灘(ひうちなだ)の海水を引き入れた堀に囲まれた今治城

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   お掘りに住んでいるのは当然、海の魚です。


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            石垣の巨大な石


鉄御門(くろがねごもん)
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平成19年(2007年)9月、江戸時代の史実に基づき、鉄御門(くろがねごもん)が石垣や多聞櫓5棟ともに復元され、また、二の丸に藤堂高虎の像が建立され現在に至っています。


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              武具櫓


天守
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       今治城を築いた、藤堂高虎公の銅像


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平成18年(2006年)4月6日、日本100名城(79番)に選定されており、一見の価値ありです。

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タグ: 今治城

2016/11/10

しまなみ海道 最後の絶景スポット!  旅行

来島海峡急流観潮船で急潮流を体験した後、大島南ICから本線に入り全長4,04kmの来島海峡大橋を渡り四国(今治市)に入る。

橋を渡り切ってすぐの今治北ICで降りて、しまなみ海道の最後の絶景スポット「来島海峡展望館」に向かう。


              来島海峡展望館

展望館前のテラスからは、世界初の三連つり橋である雄大な来島海峡大橋の人工美と、日本三大急潮の一つに数えられる来島海峡の箱庭のような多島海景の自然美が織り成す絶景が一望でき、まさしくしまなみ海道・最後の絶景スポットでした。

また、「海へ」の像がその雰囲気をかもしだし、何時間でも見とれていられそうな気がしました。


来島海峡
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           日本三大急流の一つ

昔から「一に来島、二に鳴門、三と下って馬関瀬戸」と唄われるように、潮の流れが速く、海の難所として知られています。
また、おじさんのカラオケでのオハコ、演歌々手の鳥羽一郎が歌う「来島海峡」とはここのことです。・・・おじさんしか知らないかあー!


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「行ってみよう、愛媛20選」の第1位に選ばれたところです。


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             「海へ」の象

来島海峡展望館にある彫刻家・高階城太郎(たかしな じょうたろう) の作品で、ここの景観とぴったりとマッチしていて素晴らしいの一言です。

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来島海峡大橋
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瀬戸内しまなみ海道の本州側から来島海峡第一〜第三大橋(大島〜今治市間)が架けられています。これらは三つが連なり三連吊橋を形成していて、総称して来島海峡大橋(橋長4.04Km)と呼ばれています。

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     日本の架橋技術の結晶、来島海峡大橋


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日本画の巨匠・平山郁夫画伯も描いた、風景です。

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海の難所・来島海峡に架かる世界初の三連吊橋。空にそびえる6基の主塔、美しく弧を描くケーブルが優美な姿をみせており、20世紀の架橋技術の結晶といわれています。

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展望台Pにある、”高浜 虚子の句碑”
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       戻り来て 江戸の夏は 鈴の如し



今治北ICのループ橋
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本州・尾道から渡って来た「しまなみ海道(全長59.4Km)」は、今治北ICの先の今治ICで終点となります。来島海峡展望館へは、その手前の今治北ICで降りて10分位です。

また、展望館を少し下ったところに、今治市側のサイクル基地・「サンライズ糸山」があります。
高所恐怖症でない人は、レンタサイクルで7つ海峡橋を渡りながら島巡りを楽しむのもいいですね。旅行中も多くにサイクリストを見かけました。

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2016/11/10

来島海峡、急潮流体験!  旅行

亀老山展望台ブリッジから360°のパノラマビューを眺めた後、再びくねくねした山道を下りメインの島道へ出て、来島海峡大橋の袂にある「道の駅・よしうみいきいき館」に向かう。


            「来島海峡急流観潮船」

この大島の道の駅に「来島海峡急流観潮船」のチケット売り場があり、徒歩5分の下田水港から観潮船に乗り、急流観潮を間近かで体験することが出来きます。

私たちは、10:40分に漁船を改造した44人乗り(この船には団体さんが乗っためほぼ満席)の観潮船で出港。

観潮船は、世界初の三連吊橋「来島海峡大橋」を海上から臨み(橋くぐり)、瀬戸内の多島美や日本三大急潮流の一つとして有名な来島海峡の急流を間近で体験し、日本一の海事都市「今治」の象徴である造船所群を湾内から船上見学。

そして戦国時代の村上水軍の居城跡「来島」(くるしま)や、明治時代に建てられた芸予要塞の砲台跡が残る「小島」(おしま)など見どころ満載の50分の体験型クルーズを楽しみました。


大島
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四国・伊予(愛媛県)の今治市の海上4kmにあり、今治市とは3連吊橋の来島海峡大橋で結ばれており、芸予諸島の西の玄関口です。

島の吉海地区には四国最大のバラ公園や瀬戸内海が見渡せる亀老山があり、宮窪地区は大島石の産地で、村上水軍ゆかりの地でもあります。


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         道の駅・よしうみいきいき館


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橋の袂にあり、瀬戸内海や来島海峡大橋を眺望しながら、新鮮な魚介類が味わえる海鮮料理や七輪バーベキューで有名な道の駅です。

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SHOP
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地域の特産品や愛媛の名物が揃っています。売店の隣が海鮮市場になっていて、買った魚を七輪小屋で焼いて食べることができます。


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日本三大急潮流の一つとして有名な、来島海峡の急流を間近に体験できるので、急流観潮船に乗ることにしました。


下田水港
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          急流観潮船、乗り場


10:40.いざ出発
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乗船時に、防寒コートを貸してくれので船室のない船ですが、寒くないです。


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来島海峡、斎灘(いつきなだ)に架かる来島海峡第一大橋をくぐり、西へ向かっています。

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           武志島付近の潮流

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馬島
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来島
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           来島水軍の居城跡

周囲800mの無人島、島の海岸に穴を掘り、丸太を立てて船を係留した跡が残っています。


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城に行く階段跡が、朽ちかけながらも薄く残っているのが見えます。


西水道の潮流
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ガイドの説明では、今日の潮流は比較的穏やかで4ノットだそうです。最大では10ノットにも達するそうです。


波止浜
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          今治造船の今治工場

今治造船は、愛媛県今治市に本社を置き、瀬戸内海にグループで9つの造船所を保有する、韓国の大宇造船海洋、現代重工業についで世界シェア3位の造船メーカーです。

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           建造中の1万トン級、貨物船

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これもガイドの説明ですが、1万トン級クラスの船だと、船体を造り進水させるまでに要する日数は約1ヶ月だそうです。後は、操船室や居住室の内装に約半年間位かけて完成するそうです。・・・以外に早いですね。


巨大なクレーン
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       新造船の船体の部品を運ぶ、バラ積み船

新造船の船体部品を手分けして造り、造船所で溶接(昔、リベット)して組み立てるので早く造ることが出来るのですね。
    

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             小島(おしま)

明治時代に建てられた芸予要塞の砲台跡が残っています。
また、2009年/11月〜2011年/12月の足掛け3年に亘って、NHKで放送されたテレビドラマの特別番組「坂の上の雲」??のロケ地だそうです。

Studyしますか!・・・司馬先生の小説は難かしいね。

「坂の上の雲」は、司馬遼太郎の長編歴史小説で、著者の代表作の一つとされています。

封建(徳川)の世から目覚めたばかりの日本が、登って行けばやがてはそこに手が届くと思い登って行った近代国家や欧米列強というものを「坂の上の雲」に例えた、切なさのこもった題名です。

前半は、秋山好古、秋山真之の兄弟と正岡子規の3人を主人公に、伊予・松山出身の彼らが明治という近代日本の勃興期を、いかに生きたかを描き、羸弱(るいじゃく)な基盤しか持たない近代国家としての日本を支えるために、青年たちが自己と国家を同一視し、自ら国家の一分野を担う気概を持って各々の学問や専門的事象に取り組む明治期特有の人間像を描いている。

好古における騎兵、真之における海軍戦術の研究、子規における短詩型文学と近代日本語による散文の改革運動など、それぞれが近代日本の勃興期の状況下で、代表的な事例として丁寧に描かれている。

後半は、日露戦争の描写が中心となり、あたかも「小説日露戦争」の雰囲気が強くなる。

作者が日露戦争そのものを巨視的かつ全体的に捉えることを意図し、後半部分では本来の主人公である秋山兄弟の他に児玉源太郎、東郷平八郎、乃木希典などの将官や、各戦闘で中心的な役割を果たした師団と日本海海戦についての記述に紙幅が割かれている。読者に理解しやすいよう軍事的な記述も時系列的に述べられている。本作も、日露戦争の終結と共に締められています。


小島の神社
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神社の正面が、海(海上)を向いて造られています。これは船の上から参拝するためだそうです。


潮流信号所
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海峡の4個所に設置され、潮流の向き等の情報を航行する船舶に提供している。また、潮流放送とよばれるAM放送も実施されているそうです。


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来島海峡第二大橋をくぐり、東の燧灘(ひうちなだ)へ向かう。

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            急な潮流です

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凄い!
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       まるで、川の急流のような流れです。

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下田水港に戻っています。
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        海上から眺める、道の駅の全景




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        吉海、水軍公園(道の駅の右側)


公園のモユメント
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              ???

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「まるで、パンダ」は滑稽さを揶揄したことばですが、これらの像は、看板にある公園の名前とどうマッチングするのでしょうか?

「船に乗った戦支度の村上水軍衆」のモニュメントなどの方がピッタリだと思うのですが、資金が不足していたのか発想がなかったのか・・・

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        可愛いちゃ、可愛いけどね

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