土岐田勝弘さんが今年お亡くなりになりました。
全国アマ王座、東支部名人のタイトルを獲得されています。地元山形県酒田では普及にも熱心な方でした。
一番最初にお会いしたのは、私が中学2年のときです。当時私は山形県小国町に住んでおり、将棋は好きだったのですが大会はおろか道場にも行けない状態でした。その時、新聞で秋田で朝日アマ名人戦の予選があるという記事を読み、どうしても出たくなって親を説得して秋田まで行って大会に参加しました。今から思うと、よく親も許可しましたねえ。それだけ必死に頼んだんでしょうね。
結果は予選2連敗でガックリして帰ることになりました。負けて悄然としていた時、ちょうど対局の合間だった土岐田さんが教えてくれたのです。雑誌か何かで写真を拝見していたので、「この方が有名な土岐田さんだ。」とすぐに分かりました。その時同じ山形県からの参加は私を含めて2名。同郷ということもあったのでしょうね。優しさが身にしみました。
土岐田さんとの再会は約7年後、山形県大会(県名人戦)でした。3位決定戦で対戦し、がっちりと攻め潰されました。全盛期は過ぎていらっしゃっていましたが、それでも強かったですね。
それから4局対戦しましたが、結局1番も勝てないままに終わってしまいました。ちょっと残念ですね。そのうち2局は、はっきり勝ちの局面があったのですがね…。
この将棋は1992年3月5日の山形県名人戦準決勝の将棋です。そのころ土岐田さんは矢倉中飛車を得意とされていました。それに対抗してこちらも中飛車に。こう着状態から千日手となり、指しなおしの一局でした。
土岐田さんは居飛車正統派で攻め将棋。ただし、本局のような横歩取りはあまり棋風にあっていないように思いました。
第1図からの指手
△2三歩
横歩党ならまず考えられない手ですね。しっかり固めてバーンと攻めるのがお好きなように思っていたのですが、それなら何故横歩を選んだのかが、ちょっと不思議です。もしかしたら、この△2三歩で定跡を外して力で勝負!と考えられたのかもしれません。
中盤もいろいろとあるところなのですが、クライマックスを見てみましょう。
第2図からの指手
▲7七玉△6七金▲同金直△同歩成▲同金△6五桂▲8六玉△8五歩
▲同玉△9四金▲7六玉△6四桂▲6六玉△8四金(第3図)
まず、▲7七玉が悪く△6七金で逆転模様。▲7六玉と指すべきでした。ところが土岐田さんの△6五桂がお返しの悪手。△8五桂が正解で、ここで再逆転。こちらは詰まない、しめた!と思いました。△7二玉と成桂を取る手は読んでいたのですが、下駄をあずける△8四金は読んでいませんでした。冷静になれば簡単に勝ちがある局面ですが…。
第3図からの指手
▲6二金△同馬▲同成桂△同玉▲8二飛△7二桂
△7二桂は分かっていたのですが、手が浮かびませんでした。局後すぐに▲6二金ではなく▲8二飛が見えてガックリ。
今見ると、実は敗着は違うみたいですね。最後の▲8二飛では▲6三歩なら詰んでいるようです(△同玉は▲5二銀以下、△7一玉は▲7二銀以下)。
土岐田さんは次の日の決勝戦も制し、山形県名人に。これが最後の県名人獲得となりました。
上品な庄内弁と丁寧な物腰、対戦表などの記録をきっちりつける几帳面さ、彫埋駒(盛り上げではないんですよね)を持参するこだわりと美意識、そしてかなりの負けず嫌い(尤も将棋指しは皆そうですね)。そんな印象が残っています。
懐かしい将棋です。
御冥福をお祈りしています。

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