(無題)  

今日は、鶴岡の親たちが帰郷する。郁杜に会いに来た、そう、君(郁杜)から見ればひいじいさんとひいばあさんだ。2人は、今君の祖母の妹と暮らしている。ひいじいさんは、昔は国鉄と言って、日本国有鉄道の鉄道マンだった。今は、JRとなっているが。その保線区で働いていた。線路の保守点検の仕事だ。昔、新潟に地震がおきたとき、しっかりと仕事をして、危険を防いだということで、表彰もされた。ひいばあさんは、小学校の教師。この源爺と同じ職業だった。長年庄内平野の鶴岡周辺で教師をしていて、私が淳子と結婚したときは、まだ、現役の教師だった。毎年、全生研(全国生活指導研究協議会の略)という民間の教育研究団体の大会に参加していたようだ。なかなか骨のある田舎教師だったようだ。今でも、その名残もあるのだろうか、町内の会合では、結構な有名人でもあるようだ。でも、最近は、体も弱って、東京に出てくるのもしんどいらしい。今回は、ただ、生まれたばかりの郁杜に会いにということで、送り出されたらしい。今回は、彼女が読売新聞に投稿した記事を切り張りして集めたものをこの源爺に見せてくれた。テーマにそってすっきりとまとめられたいい文章ばかりだった。さすが、元先生という感じがした。さて、そろそろ駅まで送っていかなければならない。
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20歳の郁杜へ  日々のたわごと

昨日、生まれて2か月の君は、初めて我が家にやってきた。君は、2012年1月31日に福岡県北九州市で誕生した、私の初孫だ。きのう我が家で君を迎えた僕は、職場の運営方針を書いていた。今、僕は、小学校の副校長という立場にあり、その職場運営を任されている。ものすごくしんどい仕事で早くやめたいと思っている。しかし、僕にも生活があり、君のお父さん(つまり僕の長男)と同じように毎日遅くまで仕事をしなければならない立場だ。そして、仕事に関しては、本当に孤独な立場でもある。と、そんなことを考えながら、君を迎えたが君の寝顔やじっと見つめる顔を見ていると、心がやすらぐ。僕は、君が20歳の成人になるまで生きていたいと思う。僕の父は、69歳、祖父も68歳で亡くなっている。僕は、君が二十歳になるときは、78歳だ。親や祖父の亡くなった年齢を考えると無理かもしれない。しかし、医学の進歩に期待することと、健康に気を付けてなんとかあと20年生きていたいと思う。そこで、僕が、この58年間に考えたこと、学んだことを20歳の君に伝えていきたいと思う。あと20年このブログが存在していればいいが・・・。途中でどこかにコピーでもすればいいか。
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2013/8/17

これからの教育  

防災教育・スクールカウンセリングとタイアップした学級づくり・異文化国際理解教育。このあたりを次の時代の教育の柱として考えてみたい。それと、あえて付け加えるとスロー教育というか、灘高校橋本たけしさんのスローリーディングの考え方。その辺かな。
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2013/8/16

愛犬メグの死  ペット

2013年8月6日午前3時 13年間飼っていたシーズのメグ(メス犬)が死んだ。死因は、肺がん、リンパへの転移等によるものらしい。最後の数日は、野津田獣医から酸素ボンベを借りてきたが、いやがってあまり吸わなかった。が、苦しいときは、さすがにすっていたようだ。13年間家族としていっしょに生活してきたわけで、その間、5匹の子犬も生んだし、源爺の2人の息子の子育ても充分手伝ってくれた。つねに家族に癒しを与え続けてくれたことで、ペットとしての役割を120%果たしてくれた。ありがとう、メグ。これからは、我が家から解放され、自由になってほしい。・・・こんなこともあったんだ。郁杜へ。
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2012/10/9

涼しい秋の1日  

郁杜のお母さんの妹が今週末に結婚するという。今日は、郁杜が北九州へ行ったらしい。ちょうど、京都大学の山中教授がIPS細胞の研究で、ノーベル医学・生理学賞をとったというニュースが入ったところだった。すごいね。医学の進歩で1日でも長く生きられるといいよね。郁杜も8か月を過ぎた。離乳食も進み、首もすわってきた。ハイハイももうすぐらしい。今日は、ずいぶんと涼しくなった。これから、家の畑のゴーヤの棚を解体しなければならない。まあ、まだ、結構忙しい。はるかは、今日までが秋休み。明日から、後期がはじまるということだ。はるかの結婚までも、あと、12か月をきった。いろいろやらねばならないこと、やりたいこと多種多様にある。いいことだと思う。
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