これも
最初に この本を ぱらぱらめくっていたら
長い間 自分の中にあった ある恐れに対する答えの文が
飛び込んできました
それは 愛する者の
痛み 死 別れ 不幸 に対する
恐怖や不安でした・・
ー あるシスターに
「子供を殺された親の会というがあるから 行きましょう」と誘われて
私も一緒に行きました
五十人くらいの人が 集まっていました
そこでは 自分たちの体験を分かち合っていました
何ともいえない 重い雰囲気でした
子供が 学校の帰りにさらわれ ひどい状態で殺されて
路傍に捨てられていたとか
子供が 一瞬のうちに銃で打たれて殺されたとか
麻薬中毒でひどい目にあわされたなど
予期せず突然 子供が目の前から消え 悲惨な状態で殺されて
救いようのない暗闇を体験した 親の集まりでした
一人のお父さんが しみじみと言いました
「子供が癌だと言われ スタンフォード大学病院に入れて
できるだけのことをして子供を見送っても
子供を失うということは 親にとって これ以上の悲しみはありません
ー
子供を失った悲しみに耐えるのみならず
その上 私たちは もう一つの重荷を背負っていかなければなりません
それは 人を許せない 犯人を許せないという 思いです
人を許せないというのは 押しつぶされそうになるほどの重荷です
それにも関わらず
犯人が生まれた状況や 親に虐待され 逆境の中で育ったという状況が
明らかになってくると 犯人を許せない 自分を持て余し始めます
子供を失った苦しみに加えて
人を許せないという重荷を背負って
私たちは一生 生きていかなくてはなりません」
私は 大変重い気持ちで 帰ってきました
さらに 5年たって アメリカに行った時に
そのシスターが 「もう1度 マクドナルド施設に行ってみましょう
あの会に 奇跡が起こったんですよ」と言ったのです
ー
会場に入ったとたん これは奇跡以外の何ものでもないと思いました
雰囲気が 違うのです 明るいのです
「いったいどんな奇跡が 起こったのですか 何の奇跡ですか」と聞きました
ー
「それは 一冊の本です」
それは
前の項で述べた ベティ イーディという
アメリカの女性が 臨死体験をして お医者さんに勧められて書いた本でした
その本から 皆が大きな共鳴を受けたのは
一人ひとり 人間は 自分の生き方を決めて この世にやってくる
親を選び どんな苦しみが必要かを 自分で知っていて
自分で 無意識のうちに 苦しみを引き付け
それを乗り越えて 愛の力を大きくして
愛の力を 大きくし終った時に
あの世に 神様のもとに 帰っていくというのです
二歳で亡くなる子供は
私たち 人間の目には分からないけど
二歳のうちに 充分な愛の力を 広げて帰っていく
胎児は 胎児のうちに 人知のおよばないところで
愛を広げて あの世に帰っていく
私たちは もっと長く 生きれば幸せだったのになどと
考える必要は まったくない
人は それぞれの人生を 選んできてるのだ
というところに 非常に感銘を受けたというのです
自分たちは 子供を殺されたという 辛さを耐え忍び
その辛さを乗り越えて 愛を大きくしていく
そういう人生を 青写真として
この世に持ってきたのです
子供は 悲惨な状況で殺されるということを 乗り越えて
愛を大きくして 永遠の世界で愛に生きる
そういう形を この世で 選んできました
それが わかったのです
苦しみというのは 自分が必要で
自分に引き寄せているのです
その苦しみを 人のせいにしたり
あれが悪い これが悪いとか 自分が駄目だとか 言い続け
自分にとって 必要な苦しみを引き受けず
それを 乗り越えるチャンスを エネルギーにしないで 非を責め
自分を責めることで チャンスを逃がすような
もったいないことは してはいけないということが よく分かりました
という 話をしてくれました
苦しみが 起こってきたら
自分には それを乗り越える力が 与えられていて
今は分からないけども 先になって この苦しみは何だったんだろうと
見えるときが 楽しみになってくる
自分ひとりで 苦しみを背負っているのではない
大宇宙は 自分の味方をしてくれる
神様は 自分の味方をしていてくれることを
しっかり心に刻んでおくことだということも 話してくれました
この会に
出席したことによって
私は 大きな影響を受けました −
鈴木 秀子
「子供を傷つける親 癒す親」より

「クレナイアソビ」(2000年 頃)

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