■虐殺派から否定派へ
と学会の山本弘先生は、以前の著作で虐殺派研究者の共著である「南京大虐殺否定論13のウソ」を推薦していました。ところが現在は考え方が変わったようで「13のウソ」に寄稿した井上久士、笠原十九司、藤原彰、吉田裕、本多勝一といった
虐殺派研究者に×印をつけています。
http://homepage3.nifty.com/hirorin/nankin01.htm
山本先生のオリジナル表から抜粋。

これは大きな進歩です。
もともと虐殺説に傾倒していた山本先生ですが、自分で研究書や史料を読んだ結果「虐殺説にダメ出し」をしたと考えてよいでしょう。
虐殺派から否定派へ転向するモデルケースになると思います。
■虐殺説の衰退
インターネットが発達する以前は、情報の収集は書籍に限られていました。南京事件の研究書や資料集なんて何万部単位で売れるものではありませんから、コアな方が図書館で閲覧する程度で一般市民の目に触れることはほとんどありませんでした。
90年代後半から徐々にインターネットが普及していき、常時接続が当たり前の時代になり状況は変わりました。
ネットを通じて無料で研究や史料を閲覧できる状態となり、オーディエンスが爆発的に増えてきたわけです。
その結果、虐殺説は
(1)史料的な裏づけが乏しい
(2)論理に無理がある
(3)南京にいたアメリカ、ドイツその他の第三国人史料との整合性がない
ということを、多くの人が知ることになりました。
オーディエンス(観客)の判定は人それぞれですが、大方の反応は「南京大虐殺は捏造された」という判定をしたものと思われます。ブログランキング上位陣も同様のスタンスで大きな支持を集めていますから、いわゆる「虐殺否定説」が世論の流れということは間違いないでしょう。
話題のトンデモ本
■山本説の解説
※定義バラバラ「南京大虐殺」
http://homepage3.nifty.com/hirorin/nankin01.htm
このページで山本先生は、南京大虐殺を大きく二つに分けます。
南京大虐殺(A)
>1938年12月、南京に侵攻した日本軍は、略奪・暴行・虐殺などの蛮行を繰り広げ、30万人に及ぶ捕虜や民間人を殺戮した。 (by 山本先生)
南京大虐殺(B)
>1938年12月、南京に侵攻した日本軍は、南京市とその周辺で、国際法に違反した捕虜の大量虐殺を行なった。犠牲になった中国兵は数万人。殺された中には便衣兵(ゲリラ)と間違えられて連行された民間人も多数含まれていた。また、日本兵による略奪・強姦も頻発しており、その際に殺された人も少なからずいた。(by 山本先生)
そして
>南京大虐殺(A)はなかったが、南京大虐殺(B)はあった。
(by 山本先生)
と結論しています。
論理の大筋はそんなに悪くありませんが、結論はどうなんでしょうか。
■歴史的事件の定義
例えばですね、「俺の定義した2・26事件はなかった」と言う言説は通用しませんよね。また、「俺の誕生日を3・24事件として教科書に載せよう」と言っても相手にされないでしょう。ちょっと考えればわかると思いますが、ある
歴史的事件を個人で定義して「あった」「なかった」を語っても、学術的な意味はないんですね。
ところが何故か南京大虐殺に関しては、この手のトンデモ論が平然と語られています。要するに中国側が主張する「南京大虐殺」は「なかった」と説明したくない方が、事件の定義を変えて「あった」「あった」と言っているだけなんです。
「一人でも虐殺だぁ! だから南京大虐殺はあったんじゃぁぁ!」
と、こういう主張をする方もいますからね。某有名予備校の講師の方ですが、歴史の本でこういうトンデモ論をぶちまけて大丈夫なんでしょうか。
学術的には、中国語で言う「南京大屠殺事件(軍民30万虐殺)」を、日本語では「南京大虐殺事件(軍民30万虐殺)」と表記しているわけです。これは
「固有名詞」ですから定義は一つしかありません。
山本先生の事実認定を基にした場合でも、学術的には「南京大虐殺はなかった」という結論が正しいのです。
■冷静な否定派
虐殺肯定説が「感情的」なのに対し、否定説は「論理的」です。
(1)南京大虐殺という事件は虚構である
(2)1937年12月南京陥落に伴って発生した事件については「南京事件」として検証する
南京戦史の編集委員であった板倉由明氏などは
「事件派」という言い方をしていますが、私もこのスタンスです。まず「事件」という大枠で実際に何が起こったのかを
客観的に検証する。つまり正攻法で歴史研究をしているのが否定派になります。
否定説がオーディエンスから高い評価を受けたのも「客観性」という部分が評価されたものと思います。
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