時事ブログ「グースの勿忘草」

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「時が熱狂と偏見をやわらげた暁には、また、理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には、そのときこそ正義の女神はそのはかりの均衡を保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するであろう」
 ラダー・ビノド・パール判事の判決文より。
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投稿者:平均
>ふつつか原さん
>>ルールは皆が自主的に守るものであり、必要であれば、罰則を定めておくもの

そうですね。
でもそれは、裏を返せば「自主的に守られないルールには必要に応じて罰則が定められる」ということですよ?
自主的に守られていない現状において「自主的に守られることが望ましい」というのは、現実を見ていないただの理想論です。

>>今回の一件のように、日の丸・君が代を強制し、従わないものは罰するという考え方

どうやら私のコメントを読んでいただいてないようですので、改めて繰り返します。

今回の義務化とは、「国旗国歌に敬意を払うことを教える」事が「教師に対して」義務づけられました。
「日の丸君が代」を「生徒に対して」義務づけたというのは捉え方を間違えています。
教師への義務化を生徒への義務化に摩り替えては問題の主旨を見失います。そこをお間違えのなきよう。
いえ、むしろ逆にお聞きしたいですね。
ふつつか原さんの言う「日の丸・君が代を強制」というのは、非常に曖昧な表現です。一体何を誰に対してどのようにどうするものなのか、具体的に教えていただきたいものです。

>>近代国家の根幹を揺るがす
かつて冬季長野オリンピックにて、モーグルで金メダルに輝いた選手が国歌斉唱の際に脱帽せず、物議をかもしたことがありましたね。
国際的に当り前の常識が身についていないことを、全世界に向けて発信してしまったのです。
これもまた近代国家の根幹を揺るがす問題だと思いますが、ふつつか原さんはいかがお考えでしょうか。

そして最後に。

>>強制という言葉を安易に使いすぎではないですか?

「強制」という言葉に安易に拒否反応をしめしていませんか?
投稿者:ふつつか原
強制という言葉を安易に使いすぎではないですか?
校則、服務規程等これらは、そこに所属する人間が共生していくためのルールを定めたものと解釈しています。ルールは皆が自主的に守るものであり、必要であれば、罰則を定めておくものだと思っています。

今回の一件のように、日の丸・君が代を強制し、従わないものは罰するという考え方は、共生のためのルールを定め、それを自主的にまもると言う近代国家の根幹を揺るがすと思いますが、如何なものでしょう?
投稿者:アドレス
礼儀をわきまえないバカの出現が、規則化を招く。

歩きタバコ禁止条例がいい例。
「マナーですよ」では…
「ほう、規則じゃないんだ」と堂々と破るバカがいる。
条例を作ると…
「法律で規制するほどのことか」と負け惜しみ(笑

こういうバカは法律で取り締まるしかない。
バカが増えると法規が増える。

アメリカの場合は宗教や文化が多様だから、始めから法規化される。
従って自治体ごとに非常に奇妙な規則(判例)があるとのこと。(by 山本七平)
ペットの犬を電気洗濯機や高周波乾燥機に入れてはならない、と明文化が必要な世界だから(涙
投稿者:平均
>ACさん
マナーは教えられなければ身につきませんよ。当然教えるためには強制が必要です。

>>礼儀のなってない奴もどうかと思うが、それを強制するのもいかがかと

だから今までは学校の裁量にまかせていたわけですが、そうすると最低限の礼儀すら教えないどころか「敬意を払う必要なし」と個人のイデオロギーを学校教育の場に持ち込む教師が後を絶たなかったわけで。
それでは公教育が成り立たないから「礼儀を教えることが強制になった」んです。

礼儀を教える過程での強制をもって「礼儀が強制になった」と批判する人は多いですが、それは的外れと言わざるを得ません。むしろ教師への強制(職務)を生徒への強制へとすり替え、問題点を逸らす理屈ですね。

とにかくこの問題は「国旗国歌に敬意を払う、という当り前のマナーを教えなさい」と通達がされたと言う事であって、そもそも思想信条やイデオロギーの入り込む余地はないんですよ。

日の丸や君が代が気に入らなかろうと、国旗は国旗、国歌は国歌。原告や原告を支持する人は、そこを混同してるんです。
投稿者:AC
礼儀のなってない奴もどうかと思うが、それを強制するのもいかがかと。マナーは法で縛る物ではないと思う。
投稿者:雪
もしかしたらこの地裁の裁判官のGJだったのかも。常識を持たないヘンテコ教師をあぶり出し、都民レベルから全国レベルまで引き上げたのだから。高裁の審理を待ちましょう。
>昼休人さん 私も毎年高校野球の季節にあの旗は旭日旗に似てるなあと思いながら見ています。
投稿者:平均
>toshiさん

>>国際問題になる行為であれば、平均さんは靖国参拝も反対なのですか?

はいはい話の主旨を逸らさないでくださいね。
とりあえずですね、反対派がどんな思想信条を持っていようが、国旗国歌はその国の第一の象徴である、という国際的な常識が客観的事実として存在するんですね。まずそれを肝に銘じてください。
互いの国の象徴に敬意を払うということは、お互いを国家として尊重し合う、という意思表示なんです。だから近代国家の国民は、自国の象徴たる国旗国家、他国の象徴たる国旗国家に敬意を払うことを学ぶ義務があるんですよ。それができない国民やそれを教えることが出来ない国は、国際社会では普通に野蛮人と見なされます。

さて、それで何故国際問題になり得るかというと、国旗国家に敬意を払わないというのは前述の「互いを国家として尊重し合う、という意思表示」の逆、「他国を国家として尊重する気がないという意思表示」と認識されるからなんです。そんな国家とまともな国際関係を築ける訳ないですよね?
そういう意味での「国際問題」なのですよ。他国の国内行事にいちゃもんをつける靖国問題とは根本的に違うんです。おわかりでしょうか。

>>国旗・国歌を式典で使用するといった、教育委員会の通知は支持するが、従わなかった者を処罰の対象とするとした点が、違憲と判断するのは妥当だと思う。

上でも書いた通り、「国旗国歌に敬意を払う」ことが国民の学ぶ義務ならば、それを教えることが教師の義務なんです。個人の内心がどうあれ、子供の見本になることが教師という職業の仕事なのですから。しかも今回わざわざ職務規定として義務付けられたんですから、それが出来ないというのなら辞すればよろしい。

……だいたい民間企業なら、個人の思想信条を盾に職務法規するような人間は一発でクビなんですがねえ。当り前の事すぎて罰則規定なんてものありませんが何か。
投稿者:アドレス
> toshi君
>> バーネット事件は、アメリカでも似たような事件があるよという紹介まで。

だから、「どこが似てるのか?」というのが私の問いだよ。

どこが似てるか分からず紹介するなら、それは軽率=オッチョコチョイか、コケオドシということ。
投稿者:昼休人
新聞社にも社旗があるでしょう。社屋や車に飾っているのを目にしますよね。
しかも、大手の多くは戦前から続いているわけですから、「軍国主義を鼓舞
するのに利用された」こともあると言えるでしょう。

国家と会社は違うと言うのかもしれませんが、「社旗に向かって起立し、社歌
を斉唱する」ことは無いのでしょうか。そこに強制力が働くのは同じでしょう。

これを「思想・良心の自由を侵害する」と訴える記者はいないのでしょうかね。
あるいは、かつての軍旗に似ているからデザインを変えろとか、購読者が訴え
たらどうするのでしょうね。

「たとえ表向きであっても、従うならそれでよい」とするならば、「面従腹背の
記者を増やすばかり」になりませんかね。変な記事が多いのは、そのせいですか。
投稿者:toshi
アドレス君、その書き方はサヨク的ですよ。

私の主張の根拠は、今回の裁判の判決文。
バーネット事件は、アメリカでも似たような事件があるよという紹介まで。
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