中日新聞 遊歩道(コラム)より
殴った方は忘れても、殴られた方は忘れないという。例えば、原…
殴った方は忘れても、殴られた方は忘れないという。例えば、原爆で灰にされた広島や長崎は、何年たっても忘れないが落とした方は「戦争を終わらせるための選択だった」と、もはや忘却のかなたのようだ。
“歴史認識”のズレはそこから生ずる。自民党の安倍総裁候補は、日中戦争が日本の侵略だったとは言わない。また朝鮮を植民地にしたことにも触れない。が、向こうは忘れない。豊臣秀吉の侵略だって今も。
過ぎ去ったことは水に流して恨みっこなしとはやられた方は、そうはいかん。自らの命を捨ててでもテロをやめない側にも、長い恨み骨髄の“歴史認識”がある。そこを解きほぐさねば、手打ちには至るまい。
http://www.chunichi.co.jp/00/uho/20060916/col_____uho_____000.shtml
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■これは酷いコラムですね
中日新聞の主張をまとめて見ます。
(1)アメリカは原爆投下を忘却→日本は忘れていない。
(2)日本は朝鮮半島の植民地化、秀吉の朝鮮出兵を忘却→韓国は忘れていない。
(結論)歴史認識が一致しなければ「友好関係」は築けない。
滅茶苦茶ですね。
データーと結論が一致していません。
例えば、
日本とアメリカの歴史認識は一致してませんが、両国は友好関係にあります。日米関係を持ち出して、「歴史認識の一致がなければ友好関係は築けない」と論じるのはかなり無理があると思います。
■論理的な組み立て
中日新聞が持ち出してきたデーターを論理的に組み立てると、結論は逆になると思うのですが。
(1)日米で歴史認識は一致していない。
(2)しかし講和条約の締結後は、同条約を土台にたな関係が築かれた。
(3)その結果、日米関係は上手く行っている。
(4)日韓で歴史認識は一致していない。
(5)しかし日韓基本条約によって国交が正常化されている。
(6)日米の例にならえば、歴史認識を乗り越えて友好関係を築けるはずだ。
(結論)講和条約・平和条約。あるいは国交正常化の為に条約というのは、歴史認識の違いを乗り越えて結ばれるものである。いったん条約を締結した以上、「歴史認識」を政治問題化するのは極めて恥ずかしいことであることを、中国人や韓国人、日本国内のマスコミは知るべきだ。
論理的にはこんな感じになるはずです。
学術的には、歴史認識を外交問題するほうがトンデモなことなのです。
■無知ゆえのあやまち
中日新聞がなぜこういうトンデモな記事を書いてしまうかのかというと、要するに「無知」だからです。マスコミ関係者が、ネットで調べれば分かる程度の「知識」すらもっていない。ここが問題なのです。
国家と国家の外交関係というのは国際法の管轄になります。
つまり、
国家間の争いというのは国際法に違反するかどうかが一つの基準になるのです。
中日新聞はまずこの点を理解しなければなりません。
例えば「秀吉の朝鮮出兵(文禄の役 1592年)」ですが、当時の国際法ではなんら違法性がありません。合法的な行為となります。合法的行為は、国家と国家の「外交問題」にはなりようがありませんよね。韓国人がどのように感じていようが、それは「個々人の心の問題」であって、国家と国家の問題(国際法上の問題)にはなりえないのです。
■1920年代という区切り
ちなみに「侵略が違法である」という概念が生まれたのは1920年代になります。第一次世界大戦の終わったのが1918年。それ以降、戦争の違法化、侵略を違法とする概念が生まれたのです。
ということで、
学術的に戦争の歴史に線を引くとなれば、1920年代というのが一つの区切りになるでしょう。1920年より前の侵略的行為については違法性はないのです。つまり国家間の外交問題にはなりません。1920年以前の、欧米諸国によるアジア、アフリカの植民地支配が外交問題にならないのも同じ理由です。
例えば、モンゴル帝国による日本侵略は「元寇」と呼ばれ、1274年の「文永の役」、1275年の「弘安の役」とありますが、いずれも「侵略が違法となる前」の行為ですから、外交問題にはなりませんね。日本政府が元寇の賠償やら謝罪を要求したら笑われるでしょう。
■国家と武力
そもそも、歴史を振り返ればわかると思いますが、国家というのものは「武力によって造られる」ものなんです。日本という国だって昔は細かく分かれていましたが、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と武力によって統一されたわけですね。
アメリカなんかは、原住民を殺しまくって造られた国家です。中華人民共和国だって内戦により蒋介石の中華民国を追い出して成立した国家なわけで
、「武力で勢力を広げる=悪」という単純な問題ではありません。
もっとも、やられた側(負けた側)の感情として複雑なものがあるのは仕方ないでしょう。政府としては個人の感情の問題に介入することはできません
。「歴史認識」というのは、そういった感情の問題なのです。
繰り返しになりますが、国交正常化の為の「条約」というのは、個々人の感情を乗り越えた上で結ばれるものになります。国際政治において、
個人の感情よりも「条約」が優先されることは説明の必要もないでしょう。
中日新聞の方は、もう少しお勉強したほうがいいと思います。
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