「朝日:弁護士ブログを閉鎖事件を「ネット右翼」の攻撃と報道」
時事問題
■弁護士ブログ閉鎖事件
朝日の記事は下部で引用します。
簡単に説明しますと、舞台となったのは人権擁護法案を推進している弁護士の「小倉秀夫」氏のブログです。人権擁護法に反対する古川議員を以下の二つのエントリーで批判したのが発端らしいです。
○ネットで流行るデマとこれを信ずる国会議員
http://blog.goo.ne.jp/hwj-ogura/e/e310fc410c67d99096096756d883fbaf
○ネットで流行るデマとこれを信ずる国会議員(つづき)
http://blog.goo.ne.jp/hwj-ogura/e/95793b18494bda23a738db040e4f4622
筆者がみた範囲では「荒らされている」という状態ではなく、むしろコメント欄として正常に機能している状態だと思います。インターネットは参加自由の世界ですから、「反対意見」の書き込みが多いというのは「世論の反映」ということができます。これは「荒らし」とは別の問題なんですね。
反対意見が数多く書き込まれることを「荒らし」と受け取るような方は、そもそも議論には向かないと思います。
むしろ「言論の力」で反対意見を変えていくくらいの気概が必要でしょう。言論活動というのはそういうものだと思います。
■客観的事実
とりあえず人権擁護法案の是非は置いておきます。
小倉氏のコメント欄が炎上した理由は以下の三点に集約されます。
(1)ブログ本文の内容が、(ネット上では)少数派意見である。
(2)ブログ本文で示された論理が、(反対意見から見て)稚拙に見える。
(3)小倉氏が影響力がある人物と見られている。
(4)取り上げた問題が、ネット上では重要な問題として扱われている。
このようにまとめると理解しやすいのではないでしょうか。
小倉氏のブログに反対意見が殺到するのはむしろ必然と言えるでしょう。
■解釈論争の不毛
コメント欄では複数の論点が提示されていますが、主要争点である人権擁護法に関して、両者の主張を大雑把に整理します。
(A)小倉氏は、人権擁護法は条文を解釈する限り、危険性は少ないと主張。
(B)人権擁護法反対派は、条文を解釈する限り、恣意的に運用される可能性が高く危険である。
このように比較すれば、「条文の解釈」が争点となっていることがわかると思います。
ここで重要なのは、「解釈」についての論争は、双方の「主観」が問題になりますから、議論して決着がつかない場合がある、ということです。
例えば、小倉氏が主観的に「危険ではない」と条文を解釈したとしても、反対派の「危険である」という主観を覆すことは困難であるということです。ここを勘違いすると、反対意見の書き込みが「荒らし」に見えてしまう。一種の被害妄想に陥ってしまうわけです。
この「主観の問題」というのは厄介なもので「論理を超越」する場合もままあります。想像しやすい例をあげれば、あるアイドルタレントが「魅力的かどうか」で論争するようなものです。「魅力的だ」と思う方もいれば、「大したことはない」と思う方もいるわけです。これは議論して決着がつく問題ではないでしょう。
こういった「解釈論争」あるいは「主観の争い」については、当事者ではなく
第三者が最終的な判断を下すことになります。アイドルタレントの例で言えば、最終的には「市場」が判断するわけです。
一部のファンが「いかに魅力的なのか」を力説しても、それが市場で受け入れられるとは限らない。一部のファンも市場の一部ではありますが、市場全体の意見を代表しているわけではない。つまりはそういうことなんです。
人権擁護法案の例で言えば、賛成意見と反対意見があり、
少なくともネット上では「反対意見が圧倒的」というのが現実です。小倉氏がいかに人権擁護法の魅力を力説しようとも、それの意見は大勢に受け入れられていない。小倉氏の主張は言論として力が無い。これが客観的な現実なんです。
■言論のあり方
とりあえず人権擁護法に賛成する小倉氏の解釈が正しいと仮定しましょう。ネット世論の大半は反対ですが、反対意見が間違っていると仮定します。
この場合、小倉氏が人権擁護法を成立させる為には、同法の必要性を筋道立てて説明し、世論を正しい方向に導かなければならないでしょう。日本国は民主主義ですから、世論の理解が得られなければ、「正しいこともできない」ということなんです。
そういう意味で、小倉氏のブログが世論の支持を得る為の努力をしていたかどうかと言えば、かなり疑問があると思います。
■朝日新聞の報道
ここまで読んでいただいた方が、以下の朝日新聞の記事を読むと、かなり違和感を感じると思います。
・東京弁護士会に所属する小倉秀夫さんのブログに寄せられるコメントの数は多い時でも日に20前後だった。それが昨年2月初め、10倍近くに急増した。 普段はIT関連について考えを掲載している。そこに他人のブログをしつこく投稿する行為をいさめる意見を載せた。その直後のことだった。
コメントの大半は批判だ。名前欄は匿名だった。回答しないと「このまま逃げたらあなたの信頼性はゼロになりますよ」。反論すれば、再反論が殺到した。議論の場から離れることを許さない「ネット右翼」だ。
数年前からネット上で使われ出した言葉だ。自分と相いれない考えに、投稿や書き込みを繰り返す人々を指す。右翼的な考えに基づく意見がほとんどなので、そう呼ばれるようになった。
このブログを毎夜見つめる男性が東京の下町にいた。
自分でもブログを持ち「炎上観察記・弁護士編」と題するコーナーを設けている。30代半ば。かつては小説を出版したこともあるが、いまは無職。両親と同居し昼夜逆転の生活。
男性のブログは、匿名掲示板や軍事をテーマにしたサイトともつながる。「朝日新聞を筆頭に既存メディアの報道に感じる違和感を消化するため、僕は僕なりの考えで調べ、主張する」 (抜粋)
※ソースは朝日新聞(5月5日付、ばぐ太書き起こし)
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事実関係にかなり誤認があると思います。
まず人権擁護法の議論があってコメントが殺到。対応に苦慮した小倉氏が、匿名の批判どうこうというエントリーを起こしたのですから、発端は人権擁護法の是非なんですがね。
それを「ネット右翼」の暴力に摩り替えるあたりが、朝日流でしょうか。自分の意見と相容れない投稿者を「ネット右翼」と読んでみたところで実態が変わるとは思いませんが。
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