2005/10/31
「都会には「チチの木」はあるまいと思うが…」
歴史
「乳木」を初めて見て、触れて来た。
話には聞いていたがこれほど生々しいとは思わなかった。
乳というと子に乳を与える、女性にとっても自己顕示のシンボル。乳が出なくとも子に含ませれば子は安堵するという。例えば地震で瓦礫の下敷きになった母親に抱かれた子など…を思いながら、10月14日、岩手県北上市煤孫(すすまご・旧和賀郡)地域を歩いた。
そこに1242年、臨済宗建長寺を退隠した泰嶺というお坊さんが開山した慶昌寺という、今なお、小さな曹洞宗の寺がある。
泰嶺さんは、この和賀(わが)の領主と鎌倉幕府との縁由を尋ねてこの地の城府に来たが、南北朝の争いが嫌いで奥地に庵を結んだ、その地が煤孫であった。
歴史家にいわせれば、北条得宗領「長出の庄」といい岩手が馬産県であることのハシリの歴史という。
その領主はたえず敗け続けた。最後は葛西の大身、柏山氏が奥州仕置軍に敗れ、かろうじて隣国の南部の臣となり、この地の城代となった。
あまりにも人望があり、それがために南部利直の嫉妬心を呼び、利直の弟、花巻城主直政共々毒殺されてしまった。
その墓の後に大きな公孫樹(いちょう)があり、樹齢500年、乳木が垂れている。
歴戦の武将にとっても乳のイメージは安らぎを与えられることを知った。
今のうちに私も若い公孫樹を植えておこうと思う。
あ…その時の本がもうじき印刷終了となる。非売品なのがミソ。


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