2008/2/12
本来ユネスコの世界文化遺産に“浄土思想平泉”が登録される予定という。真に喜ばしい限りである。平泉が三代が平和の思想を持って、京を凌ぐ浄土楽園を目指したことは子孫の我々にとっても誇り高いことである。
文治五年(1189)平泉が破れて、葛西の元に東北の文化は再現しつつあった。
田村麻呂、清衡、頼朝によってみちのく縄文文化が破れ、破った人々が又縄文文化を築く歴史がみちのくには流れている。それが近代まで続いていることは中央文化を戦では破れても心の文化、農の縄文人が彼らをとり込み勝利したことではあるまいか。
平泉から下り天台宗黒石寺、曹洞宗正法寺を続けて一挙に見る時、縄文文化が何であるかを我々は体で知ることが出来る。筆舌に尽しがたい。今に残された貴重な事物を見るであろう。
黒石寺の諸仏・蘇民祭の縄文文化の激しい男らしさ。
正法寺の壮大な、ヘタクソな大和文化を拒否する法堂。
観光客は平泉で戻ってはならない。黒石寺、正法寺を見て始めて浄土思想が中央人に対して何を怒って建てたか、を知るのであろう。
……本当は我々の秘密なのだが、世界遺産を期に公開してあげてもよいか。と今思っている。
縄文人の禊ぎ

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