2016/12/10  20:41

日常  

降っては溶けて消えていたので、昨日の朝までは積雪ゼロでした。
ところが、昼寝してる間に・・・いつもより長めに たっぷり昼寝してる間に わんさか積もっていました。
雨とは違って音はしないし、風もなくシンシンと降っていたので全然気がつかなかった。
爆睡してたから、びゅうびゅうの吹雪でも目が覚めなかったかもしれないけどね。

それにしても、キタよね〜
あぁ・・・これを除雪したら、この日の仕事はどんどん押してしまって、家に上がるのが遅くなるんだ。
もう・・・めんどうだなぁ、やんなっちゃう。

でも、除雪のためにトラクターのある車庫に行く途中、
「キレイだなぁ」と感じて、数秒間足をとめて撮ってみました。

クリックすると元のサイズで表示します



早朝は、日に日に冷え込みがキビシクなっていって
毎朝、起きてからすぐにアクセル全開でノンストップの4時間半の仕事は、汗をかきはじめると寒さも忘れるけれど
裏玄関を出て駆け足で牛舎に飛び込んで体が温まる前は、寒さが身にしみる。
搾乳後は外に出ての仕事だから、また寒さと向き合うんだよね。

太陽は、今朝は真っ白な雪原から顔を出した。
光が雪に反射して、昨日までの刈れた牧草地から昇っていたのとは、まるで表情が変わった。

また、ほんの数秒間、手をとめて撮ってみた。

クリックすると元のサイズで表示します



忙しい、めんどくさい、やんなっちゃう・・・てのが、ほとんどだけどさ
ほんの一瞬でも、仕事とは違う動作でスマホのカメラを向ける。
ほんの一瞬でも、「目を奪われる余裕」や「感じる余白」みたいな空間が心に在るといいと思う。
太陽が上がったからって、すぐには暖かくはならないけれど、心はちょっと元気になる。

ただ撮ってるだけじゃ、ちょっとツマンナイけど
寒さや除雪の面倒なんて そっちに置いとおいて
「こんなだよ、いいでしょ?」ってここに画像を載せれば、
体感は出来なくても、見た人となにかしら分かち合うことが出来る気もする。
知らない人も ここを見てたりするのかもしれないけれど、分かち合う感覚は・・・いいな。
ひとりのものにしておくよりも、どなたかと分かち合えてるなら、こんな風景に足を止めたことの意味が何倍にもなってくれそうな気がするし。



2016/12/4  13:01

12月3日  

12月3日は、父の誕生日でした。
「1・2・3」なのだから、なんたって覚えやすい。
突然亡くなってしまったけど、生きていれば ちょうど90才になる。

大腸ガンの手術の付き添いに行ったとき、術後にガシッと手を握ってきたことや、
最後に此処を訪ねて来た時に、出迎えた空港で「貫禄出たなぁ」と、肩をポンポンと叩いてくれたことを覚えている。
スキンシップって、それくらいかなぁ
小さい頃、上から拳でよくブン殴られたけど、空港では下から背伸びするように肩に手を置いていた。

昨日、偶然同じ12月3日の夜

一緒に暮らし働いている次男が、彼女と並んで居間に神妙な顔つきで座っている。
会話の多い父と息子なので、付き合い始めた2年半前から知ってはいたけど「改めて・・・」ということです。

目が真剣なので、吹き出しそうになる(すまん)
でも、途中で泣きそうになる(ダメな父だ)
前もってちゃんと考えてきたと思われることを ひととおり話した後

息子「というわけで、結婚のおゆるしをいただきたい」
父 「はい、こちらこそ宜しくお願いします。仲良くやってください」
彼女「いいんですか!? やったぁ〜!」

リアクションが、なんとも可愛らしい。
この子、ホントに息子のことが大好きなんだなぁ〜

反対する理由なんて、どこにもないのです。
息子は、すでに、あらゆる面で僕をほとんど越えています。

生前、父は、「子供らには、いい話はないのか?」って一度だけ訊いてきたことがある。
僕で「結婚は?」とか、子供らにプレッシャーをかけたことはない。
結婚は、幸せの形のひとつであって、幸せと必ずしもイコールではないんだし。

牧場を始めたのが22才。
その時は熱い夢があり、かなったこともあったけど、かなってしまえば どうってことなかったことや思い描いていたのと違う印象のこともあった。
けど、日々の仕事と暮らしの中で、ほとんどが夢が埋もれてしまった。
35年間で、こんな程度にしかならなかったのか・・・って思うこともあるけど、息子には「これでどうだ?」って胸を張って渡せる牧場になっている。
そのことには「大尊敬」と、冗談まじりに言ってくれてる。

あとは、ふたりの夢と目標の手伝いと応援が出来ればいい。

若い頃の自分の夢はともかく、ここまでが自分の仕事だったんだなぁ って思える。
好きな夢を追えるだけの余力が、今なら在る。

12月3日
なんだか、ふたりが去ったあと、一気に老け込んでしまったように感じてしまったけど
若くてカッコイイお父さんでいられるように、これからも頑張りたいです・・・ハイ


2016/11/23  20:04

親友再会 フォーエバー ヤング  

先日、札幌で、スカパラのライブがあって
三夜連続のうちの、後ろ二つを観てきましたよ。

愛車を運転しての長距離ドライブ
苫小牧の母を見舞ってから札幌に向かうと、460キロを越えていたけど
途中で体調が悪くなったり、手術の跡が痛くなったりすることもなかったです。
不安だったら行かないけれど、ほんの数日前から、そのへんを意識しなくても仕事が出来るようになっていました。

僕の愛車も、すでに12年。
2006年に静岡県掛川市の「つま恋」まで、吉田拓郎さんの野外コンサートを観に行ったときはまだ新車で
苫小牧発仙台行きのフェリーに初めて乗ったり、走行距離は2000キロを越えてました。

さて、スカパラを思い切り楽しんだあと、帰り道は足寄町に寄りました。
(スカパラのライブレポは なしかよ?)
足寄町というと、松山千春、鈴木宗男・・・キャラが立ち過ぎだよね。

それより、足寄町は、僕の親友が住む町。
年相当は離れているから僕を「アニキ」とか呼ぶので、少なくとも「親友」と思っているのは僕だけ?

クリックすると元のサイズで表示します

足寄の駅で待ち合わせ
久しぶりだね〜
ハグハグ(ごめん、キモチワルイか?クセなんだ)
引っ越してから何年になるかな?足寄で会うのは初めてだよね。

「ランイは、うどん食べに行きましょう」「OK!」
南の池田町へ40q、愛車でGO!
讃岐うどんを食べる・・・旨い!
足寄町へ戻る

「温泉へ行きましょう」「OK!」
東のオンネトーへ45q、愛車でGO!
紅葉の過ぎた木々と、氷の張り始めたオンネトー湖を眺めて、
蛇口も石鹸もない温泉へチャポ〜ン。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

貸し切り状態、誰もいない・・・最高!
足寄町へ戻る。

「陸別町へ行きましょう」「OK!」
北の陸別町へ35q、愛車でGO!
日本一寒い町の駅前で記念写真・・・最高!
足寄町へ戻る。

何度か、親友が運転してくれました。

さて、ちょうど、ディナーを予定していた「ヒツジ堂」の開店する時間だ
http://www.ishida-sheep-farm.com/hitsujidou

車を降りようとしたら
「あれ?カバンがない」
チェックインした旅館に忘れて来ちゃったかな?
旅館に戻る。

・・・ない・・・

思い出した!
陸別駅だ
陸別駅の前のベンチに置いて来ちゃったんだ。
旅館を飛び出して愛車に戻る

親友が運転する。
すっかり慣れちゃって、かっ飛ばす
真っ暗な道に、うなるエンジン
かったるい車を追い越す
カーナビでカーブの曲線半径を予測して、ハンドルを切る

助手席で 若干びびる56才
スマホで撮った画像を見てみる
おぉ!牛の顔の下に黒いカバンが ちゃんと映ってる! ←感心してる場合?
吉田カバンだよ ←要らない情報?

クリックすると元のサイズで表示します

体だけ写っている方がいいかな・・・ここに置いたら「忘れるっていう いつものパターンだよな」なんて思いつつ、気取ってポーズ。

そして、忘れてきた ←ありえねーバカ

スマホで「陸別駅の電話番号」を検索
「もしも〜し」
「その電話番号は使われておりません」
「なんでだぁぁぁぁ」

電話番号を間違えてた
ので、掛け直す
と、優しそうなおばさんの声が帰って来た

「(かくかくしかじか)ベンチを見て来てもらえますか?」
3分後にリダイヤル
「ありましたよ」

やったぁ〜〜!
よかったぁ!
↑その前に、忘れてくるなってことだ
駅に着くと「早かったですね」と素敵な笑顔でカバンを渡してくれました。
親友が、かっ飛ばしてきたので、ハイ。
すいません、脇目もふらずに来たので、お礼の品もございません。

陸別を2往復で140q

ハプニングカモーン
食事の時間は1時間ほど遅れたけど、無事だったらいいじゃないか。

エンジンはブンブン回るものの、愛車もかなり傷んできて、実は来年あたり買い替えを考えています。
ちょっと乱暴?だったけど、思い出が増えて、愛車も喜んでいるようでした。


足寄に行ったのには、他にもっと大きな動機がありました。
というのも、足寄には、こちらから引っ越して行った友人がもう一人いて、親友と その友人はまだ会ったことがない。
僕を介して、この二人を是非引き合わせたい。友達になってほしい。
きっと、良い友達になれる という予感がありました。

「ヒツジ堂」で初対面。そのまま、なんの心配もなく二人は仲良く打ち解けました。
お酒が大好きな二人。
カッポカポ飲んでる二人を見ていると、「良かったなぁ」って思える。
飲めない僕は置いてけぼり?だけど、そんなのどうってことないのです。

なんと言うか・・・なんとなく二人からの「愛情」を感じました。
「育ち」のせいか、「愛情」を受けても、どうしても根っこのところではそれを「信じていない自分」がいます。
それで、勝手にひねくれたり、淋しくなったり、人を傷つけたりしている。
56才にして、そういうイジケタ人生を考え直さなきゃいけないんだ・・・と二人から教えられた気がします。

ふたりとも、よく頑張っているね。
幸せになってよね。
新車になったら、また遊びに行くよ。


2016/11/16  12:52

拓郎さんのこと、書いておきまーす  

パシフィコ横浜は、いつ以来だろう
15年は経っていたかもしれない。
みなとみらいには、いまでも近未来的な雰囲気が漂っていて・・・
とくに、コンサートホールに隣接した三日月型(たぶん、ヨットの帆の形なんだろうけど)のホテルからのイキフンには圧倒されちゃう
って、普段住んでいるところが田舎だから、なおさらそう感じるのかな。

前回は、ホールの入り口でチケットを無くしちゃったんだ。
海からの強い風に飛ばされて、もう絶対見つからない 入れない、ってアタフタした。
どなたかが拾ってくれて、スタッフに届けてくれて無事戻ってきて、引いた血の気も戻って来たんだ。
今思い出しても「やれやれ・・・」って、自分を情けなく思うけど、教訓は活かされず たいした変わっていないんだな、

前回入場したのは、裏口だったんだなぁ
(知らんかった。だって、裏口だって大きなステンドグラスがあって立派なんだも)
二階席の最前列。すぐ横にNHKのカメラ。踊っていて、時々三脚を蹴ってしまった。
拓郎さんやバンドメンバーの表情とか、ちっちゃくて全然わからないんだけど、それはそれで充分楽しい。
そう・・・NHKで放送されるんでしょうから、ライブレポとか要らないよね(^_^;

オープニングが、僕がいちばん好きな♪春だったね♪だもんね
そこから、♪やせっぽちのブルース♪マークU♪落陽♪と、4曲続けての演奏は、ファンサービスという感じかな。嬉しかったな。
いい音だなぁ、バランスがいいし、センスが良くて心地よい音です。
元気な声だなぁ
70才なのに、良く出てるなぁ・・・っていう「評価」みたいなことじゃなくって、「元気だなぁ、よかった」と思いました。

コーラスが手拍子をアジテートしているときは僕も手拍子もするけど、それ以外は軽く踊っていました。

この4曲のあとは、拓郎さんが今 心から歌いたい歌が並んでいたように感じました。
昔を懐かしむノスタルジックな気持ちや、変わっていったり消えていく景色や記憶を「しかたないなぁ」って達観しているような歌とか。

僕も、少年頃住んでいた札幌や苫小牧の家などの光景を思い出してました
すっかり古くなったけ、それらの家はまだ在る。
でも、自分が過ごした家だけど、中には入れないし、自分の部屋にも入れない。他人が住んでいるのだから、そこには高い壁厚い壁がある。
昔のように「ただいまぁ」って入るわけにはいかないもんね。
僕の少年の思い出とは、そういうことでもある。
広い空き地が出来ていたり、大きな建物が建っていたり、でも以前そこに何があったか さっぱり思い出せない。
少し泣きたくなる、ちょっと淋しくなる・・・そんな感じ。

ま、とにかく、興味があるかたはNHKの放送を観てよ。いつになるのかな。
とくに伝えておきたいのは「照明」です。
どうやら、LEDとかは使われてなかったみたい。
牧場では、トラクターのライトをLEDに換えたんだけど、たしかに明るいんだけど、目には優しくないです。
なので、牛舎の灯りは換えてないんです。電気代はかかるんだけどね。

照明がとにかく素敵でした。美しくて優しい。
2階席は、それが良く感じられました。素晴らしかった。
あまりに迫ってくるようなレーザービームとか、頭痛がしてくるし苦手なんだ。
落陽の花火とか、流星の夜空とか、ちょっと注目してほしいです。

70才なのに、MCとかお茶目で、チャーミングな色っぽさもあって、拓郎さんのそういうところが好きです。
ツアーが終わり、バンドが解散して、拓郎さん 淋しいだろうなぁ。
でも、奥さんがいるから大丈夫なんだよね。「オレ、淋しいよ」って甘えて、こぼしてるかな。
仲良く長くやってるバンドって・・・いいよね と、僕も思う。
ほんとうは、そういうかんじでミュージシャンをやりたかったんだろうけど、時代や巡り合わせがそうさせてもらえなかったんだね。
なにもかもがうまくいくってことはないけれど、拓郎さんはかなり幸せだと思う。音楽活動も奥さんも。

ライブのあとは、居酒屋で、日本シリーズ第5戦、ファイターズの西川のサヨナラ満塁ホームランを観たんだよ。

あれから20日ほどが経ちました。
手術の痛みはすっかり消えて、体調もすっかり元通り。
あしたから、スカパラを観に札幌へ行きます。
バンドです。最強のバンド。バンド感が溢れ返っているバンドです。

踊って暴れてきます。


2016/11/14  9:49

始まれば終わりも来る、そしてまた 少しずつ歩き出す  


2016/11/10  22:09

ユニコーンには縁がない  

ライジングサン・ロック・フェスティバルでのユニコーンは
他のステージで、吾妻光良とスウィンギン・バッパーズや森高千里が出ちゃったことで、二度 見逃してる。
三度目の正直 と思って迎えたおととしは、ドラムの川西さんの体調不良で実現できず

そして今年、ついこないだ
帯広にユニコーンが来るってことで、ずいぶん前からチケットを買って手ぐすね引いていたのに
その二日前に、手術の日程が入っちゃって、断念。
「チッ」とか舌打ちしてる場合じゃない。健康には替えられない、ましてや自分の体だもんね。
チケットが ただの紙クズに。お金の問題じゃない。

そして、退院後十日足らずで行った、パシフィコ横浜での拓郎さんのライブ
みなとみらいのモールの掲示板には、なんと、その二日後に同じ会場でユニコーンがあると書かれたポスターが貼られてました。
あの、話題の、キモイ3Dお面を付けたポスター。
しかも、2days。
知らんかった・・・
つくづく縁がない・・・のかなぁ〜
ユニコーンのスタイルが好きなのです。
あんな大人が好きだなぁ〜。あんな大人になりたいなぁ〜(年下だけど)
二泊したので、横浜を去る時には、いかにもユニコーンのファンだろうなぁというファッションの人たちを見かけました。

「イテテテ」って思いながら横浜に行って
でも、だぁれも そんなことは知らない。顔にも出さないし。
なんとも言えない気持ちになるけど、今日 娘から ももクロ繋がりでの吉田拓郎さんの画像が届いた。
(拓郎さんも今、こうして元気だから)お父さんも大丈夫
おとうさんには そういう趣味があるし、心配してないよ・・・と。
そうそう、また父娘で旅行しよう!

昨日は、そばまで行きながら布袋寅泰のチケットを紙クズにしちゃったし、これからもまた紙クズにしちゃうかもしれないけど
♪シャラララ シャララララ だから大丈夫♪by真心ブラザースの「朝が来た」

ユニコ−ンだって、近い将来、実現させたい
「あのときゃタイヘンだった」なんて、思い出すのも忘れて楽しみたい


2016/11/1  21:20

そのうち  

吉田拓郎さんのライブから無事帰って来て

「ユニコーンとは つくづく縁がない」って話を書こうとしたけど
パソコンに向かうたびに すぐに眠たくなっちゃって

ライブの話も含め、ま、「そのうち」ってことで(^_^;スイマセン

クリックすると元のサイズで表示します

2016/10/23  20:04

ついてる男?  

退院したら、Mannish BoysのCDを買おうと思ってたんですよ。

初雪が降り、
愛車を冬タイヤに交換して、ヒートテックの力を借りる季節になったけど
あの、フライパンの上みたいに暑かったスカジャンボリーと、土ぼこりにまみれたRSRは、二か月半前のことでした。
その両方で、斉藤和義と中村達也のユニット「Mannish Boys」を観たんだけど、
とくに、RSRのほうは、僕的に今年のRSRのベストアクトでした(スカパラのステージは別格)
日もすっかり落ちて、赤い幕と赤い屋根、赤い照明が情熱的でもありセクシーでもあるレッドスターフィールドのステージ。
中盤に、斉藤和義の、ちょっと間の抜けたようなトランペットが「北の国から」の奏でると、途中から、完璧にプロ仕様の音に変わりました。
NARGOが、吹きながら登場。続いてスカパラのメンバーがゆるゆると続いて出てきました。

「Mannish Boys」の楽曲をスカパラの9人で分厚くアレンジ。
スカジャンボリーの時より曲数も増えて(よく、練習する暇があったなぁ)
最後は「モンスターロック」これが「妖艶な赤」いステージに似合って、ハードボイルドで凄かった。

とはいえ、「Mannish Boys」の曲は ほとんど知らないので、退院をきっかけに一枚買うつもりでした。

もうひとつ欲しかったのが、秋物のコート。
もともと安物なのに「バーゲンになったら安くなるかなぁ・・・」と買わずにいたんだけど、
苦しかった手術後も頑張ったし「ご褒美」ってことで

病院を出て、真っ先に店に行ったら
「あ・・・」
すっかり冬物に変わっている。
楽しみにしていたコートも、もう見当たらない。
「失敗した・・・」
諦めよう と、店を出かかったけど、ダメ元で店員さんに訊いたら、奥から出してきてくれました。
バーゲン価格の三割引きだし、「よかった〜」ウキウキ。

ついてる(^^)v

さて、そこからCDショップへ
入院中だって、スマホから通販で買えちゃうんだけどね。
実際、最近気に入っている「朝が来た」や「のりこえるの歌」の収録されている、真心ブラザースの「Keep on traveling」は、そうやって買って、家に届いてました。
でも、「Mannish Boys」は、帰り道の車の中で聴きたかったのです。

棚から、「Mannish Boys」のファーストアルバムを手に取ってカウンターに持って行ったら
「新しいのが出てますよ。いかがですか?」
と、指差す方向を見たら、いっぱい平積みになってた。
(そこらへん、チェックが甘いよね)
「今日、発売ですよ」
「じゃ、両方、二枚とも買います」
それくらい、情報を仕入れておきなさい ってことですけど

ついてるんだ(^^)v (ってことにしよう)

さて、そこから、シネコンを覗いたら。
気になっていた「ハドソン川の奇跡」が始まる10分前でした。
グッタイミングじゃね?

ついてる(^^)v

シアターには、客は二人だけ。
ひじ掛けの下に体を滑る込ませて(すっかりスリムになったので、えぇ)横に寝そべって鑑賞。
みんな無事で良かった、いい人ばかりで良かった・・・って思えるだけで、涙がポロポロ。

さて、帰り道
「Mannish Boys」の新アルバム「麗しのフラスカ」を、愛車のカーコンポに入れました。
運転は ちとシンドイけれど、音楽があれば気もまぎれます。

と、その中の3曲は、ライブ音源でした。

あれ?いや、まてよ・・・これは?・・・

家に着いてブックレットを見直したら
「live at RISING SUN ROCK FESTIVAL」って書いてあるではないか。
たぶんスカパラの公式サイトや公式ツイッターあたりで、ちゃんと知らされてると思うんだけどね。
全然、知らなかったです。

楽しかったなぁ〜 RSR
アルバムに入っていて良かった。

そして、
家では、
わずか半月の間に、息子がひとまわり・・・いや、三まわりくらい頼もしくなってた。

それが、いちばん「ついてる」ことだったかも。
ただ痛い思いをして、なんの見返りもなかったらツマンナイしね。

吉田拓郎さんのチケットが当たったのは、ついてたのかなぁ
どれくらいの競争率だったか、なんにも知らないんだよね。
当たる確率を上げるような努力、というか小細工もしなかったし、
直球勝負で当たったので、気持ちはいいんですよ(^O^)

2016/10/18  21:29

ヘソが七つに  

(位置は低いけど)まるで、ケンシロウの胸板から腹筋にかけての傷跡みたいだ



二週間も家を空けるなんて初めてで
まして、この仕事を始めてからは あり得ないことでした。
人間ドックで「腎臓にヘンなモノ」が見つかったのが、吹雪の季節も去ろうとしていた三月の末。
何度かの再診でも、どうせ「ただのデキモノ」とタカをくくっていたのにで終わると思っていたのに、「切除しましょう」って あっさり言われちゃったのが、七月末。

こりゃ、一大事・・・

結局、取り出してみて検査をしないと「良悪」の判断が出来ない。
「腹腔鏡手術で、ダヴィンチ手術で負担も少ない」とか「ちょちょいのちょいさ」みたいな感じで医者はサラッと告げるけど、
そりゃそうかもね、医者にとっては そっちが日常の仕事なんだから。
でも、こっちは「なんでだよ〜」って・・・待合室の陰で涙がポロポロ。

情けないったら、56才


二番牧草の収穫が終わるタイミングで手術の日程を組んだけど
春から続いている天候不順が、安定するはずの9月になっても、まさかの台風ラッシュでさらに大暴れで
なんとか、ハラハラしながら無理矢理でギリギリ間に合ったのでした。

それでも、どこかタカをくくっているO型君
だって、手首の手術をした時も全身麻酔だったけど、目が覚めたら手首以外は元気だったし

んが・・・
今回は目が覚めたら、雌を・・・失礼、メスを入れた所の痛さは当然として、
頭痛、吐き気、腹痛、背中通などなどが同時に激しく攻めてきて
「無事終わりましたよ〜、今、夜の八時ですよ〜」とか声をかけてきたナースに、朦朧とした意識の中でようやく振り絞った声で最初に告げた言葉は「ありがとう」ではなく

「吐いちゃう・・・ウ●コがしたい」

ベッドをゲロとウ●コの海にしてしまったら申し訳ないと真剣で切実だったのに、今思い返すと爆笑ものだし。

なんで、第一声に「ありがとう」って言えなかったんだろう(真の人間性?)

予想してたのと違うキツさ(っていうか、甘かった)
よく言われてれている「手術のための体力が要る」というのは、こういうことなんだな。
「がんばるぞ!」なんて気持ちは、目が覚めてたら速攻で消し飛んじゃう根性の無さ。

しっかりしろ、56才

なんか、「あのへんに邪悪な奴が来てるじゃないか?」と天井の一点を睨みつけて
「ざけんな、コノヤロー(怒マーク)あっち行け!帰れ!!バーカ!おまえなんか!おまえなんか!・・・(気絶)」
(気がふれたか?)


大幅に中略
思い返してしまえば、いろいろあったけど
結局は、医者の示したスケジュール通りに回復して今に至ります。
腹腔鏡手術のために開けた穴が5つ、ドレーン用の穴が1つ、本物のヘソが1つ。計7つ。

人それぞれに受け止め方は違うだろけれど、不安な宣告をされた者の気持ちは、そうなった者じゃないと解らない。
そう言っちゃうとミもフタもないけれど、
ただ、不安とか悩みとか疲労とか、そういう苦労は買って出るものじゃないな と。
そういうのは、勝手に降りかかって来るものだし、迎えに行くものじゃない。
迎え撃つのに備えて「鍛錬」みたいなことは積んでいたほうがいいのかもしれないけれど、
長くもない人生なら、そんなことを鍛錬する時間があるくらいなら、そのぶん楽しいことに時間を回したほうがいいような気もする(僕は そっち派)
「鍛錬してるからオレは乗り越えられる」って自信の中で暗示をかけるのも生き方だし、
「そこそこ楽しんだから悔いはない」って、諦めちゃうのも生き方だし。

剛速球を打ち返せるだけの練習を積んでも、フォークボールが来たらどうにもならない。
それより「野球を楽しんできたんだ」っていう余裕を持っているほうが素敵だと思うんだけどな。



そういえば、吉田拓郎さんが手術をしたのは57歳
そんなところまで見習う気なんてないんだし
高校生の頃に「拓郎さんみたいになりたい」と思いながら、ギターもお酒もましてや生き方も遥か及ばず、早々に諦めてるんだし

二年ぶりのライブのチケットに応募した頃は、こんな状況になるとは思ってなかった
退院して、ろくに仕事もしないままライブに出かけちゃったら、モラル的にどうよ?とは思うけど
そんなことに恐縮しなきゃいけないような人生でもなかったと思うし

退院して帰宅したら、チケットが届いてた。

と・・・今日はここまで書いておきます

2016/9/4  22:59

RSR 石狩フォーク村  

ライジングサン・ロックフェスティバル(以下「RSR」)の話を少し

初日のラストは、会場の一番奥のボヘミアンステージへ向かいました。
メインのサンステージからは遠く離れているエリアには、カントリーというよりシプシーの世界のような独特の雰囲気があります。

「石狩フォーク村」という、真心ブラザースがホストのフォークソングのセッション。
布袋のステージを諦めてまで向かったのでした。
だって、真心ブラザースって、吉田拓郎さんが大好きなんだよ。
数年前、「流星」を歌ってくれたこともあったし、RSRで拓郎さんの曲を聴くなんて機会も滅多にないし、
「一曲でもいいから、なんか、やってくれるといいなぁ〜」という期待がありました。

スタッフのの未熟さ?段取りの悪さからか、30分も押して始まったステージ
正直言って、こんなに時間を守れないなんて、腹が立ってきちゃった。
桜井さんが、両手のひらを合わせて「遅れてスイマセン・・・」って恐縮しながら登場したけど、べつにアーチスト側が悪いわけじゃいもんね。

駄菓子菓子(出た)

オープニングのイントロが、
「ん?・・・んん???」聴いたことあるぞ「あれれ?」

♪初恋の人に出会った時のような♪
♪そんな爽やかな そんな懐かしい 胸が熱くなる そんな気持ちに♪
♪なるわきゃないっしょが 石狩フォーク村♪

のっけから、吉田拓郎さんの「わしらのフォーク村」だ
拓郎さんがデビュー前に作ったこの曲。ここに集まった人たちの中で、この歌を知っている人が何人いるんだろうか
オリジナルは、広島弁で ♪なるわきゃないじゃろが わしらのフォーク村♪なんだよね
拓郎さんの奥さんの森下愛子さんは、この歌が大好きらしいです。

30分押したけど、これだけで吹っ飛んじゃった
(でも、思い出すと、やっぱり腹立つかも(^_^;)

最初のゲストは、トータス松本
なんと・・・「シンシア」を歌ってくれました。
吉田拓郎さんが、ムッシュかまやつとのデュエットで歌っているのがオリジナルです。
RSRの麦わらの敷き詰められた地面に立って、真夜中に聴くシンシア・・・たまらないのです。
♪帰る場所もないのなら キミの腕で眠りたい♪

北海道の釧路の隣街の白糠(しらぬか)町が終焉の地だった高田渡の息子、高田漣の「自転車に乗って」披露もされました、

水曜日のカンパネラのボーカル、コムアイの歌う「ファイト(中島みゆき)」も良かったです。

9mmの卓郎くんの、「この世は金さ(RCサクセション)」も良かったなぁ
デビュー当時の彼の声を覚えているけど、あれから何年も歌い続けて、上手くなったし声も鍛えられて味が出て来たよね。

Reiちゃんも良かった。今年だけで、三つのステージも観たけど、この子 凄いです。
こんな個性のミュージシャンは見たことなかった。
ギターも凄いけど、声もいい。シャウトは本物。
今年出会った、チャラン・ポ・ランタンの声も好きだけど、Reiちゃんもいいです。愛されキャラだし。

さて、このステージのラストでYO-KINGが「僕たちにとっての神様」と言って歌われたのが
真心ブラザースの「My Back Pages」、オリジナルはボブ・ディラン
オリジナルはともかく、和訳も優れています。字余りな感じも、ディランの味が良く出ているしね。

https://www.youtube.com/watch?v=7esheRwVAUM
民生と一緒に歌っているのもあるんだね。
https://www.youtube.com/watch?v=ML97CDYUYVc

心も体も、ありこち疲弊しているのを否定できなくなっているこの頃。
体力の落ちていることとか、体のあちこちが痛いこととか
我がままや、性格のひねくれた部分や、いい子ではない部分を隠し切れなくなっているこの頃。
でも、「あの頃の僕より、今のほうがずっと若いさ」とか、自分を今まで以上に肯定して好きにならなきゃ、これからの人生なんてやってられないのだ


クリックすると元のサイズで表示します

https://www.youtube.com/watch?v=8ukOCQDB25w
↑それにしても、この曲、そっくりだなぁ(^_^;



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ