【旅立ち】
5月2日朝。6時過ぎに起き、真っ先にジジくんのケージを見る。
巣箱の穴から覗くジジくんの姿を見たとき、すぐに異変を悟った。
既に逝ってしまった後だと、この時は思った。
巣箱をどかし、しばし茫然とジジくんを眺めていると、微かではあるが、
ジジくんの背中が上下しているように見えた。
「息をしている!?」
「待っていてくれたんだね」
そう思い、慌ててジジくんを抱き上げる。正に虫の息といった感じではあるものの、
確かにジジくんは、まだ息をしていた。
下ろしてみたらまた歩くのでは…と、微かな望みを抱いて、一度下に下ろしてみたが、
ジジくんに、起き上がる体力はもう残されていなかった。
「手の中で逝きたいんだね。巣箱じゃなくていいんだね」
そのままジジくんを手の平に抱いていることに決めた。
我が家に来たばかりの頃は噛みハムで、何度も噛まれ、流血したこともあった。
そのジジくんが、今、かつては噛んだその手を求め、その手の中で逝こうとしている。
体温が下がったジジくんを温めるように、両手で包むようにして時を過ごした。
鼓動は弱く遅い。時折背中が上下する、その微かな動きだけが、ジジくんの「生」を示していた。
しばらくして、喘ぐように大きく息をする。そして静かになる。それが三度ほど続く。
ジジくんは、それでも尚、「生」に挑んでいるかのようにも思えた。
人工呼吸や心臓マッサージなどが、頭をよぎった。でも、もういいと思った。
「ジジくん、もういいよ。もう充分頑張ったよ」こらえていた涙が溢れ出た。
息子が起きて来た丁度その時、ジジくんは、四度目の大きな息をした。
それが最後の呼吸だった。
その後、ジジくんの背中が上下することは、二度となかった。
私と息子が起きるのを、待っていたかのような旅立ちだった。
私の手の平で、もう動かないジジくんを、撫で擦りながら、
「よく頑張ったね。本当にありがとう」と告げた。
前夜、5月1日夜から2日の深夜、ジジくんは、前記事(その12)にも記した通り、
元気な様子を見せていた。
この日も、コメコメポップの壜から、自力で脱出をした。
ジジくんパークの砂場で遊ぶ姿も見せた。
ケージに帰ってからも、あちこち動き回り、食欲も旺盛だった。

思えばこの時、住み慣れたケージのそこここに別れを告げ、
最後の晩餐を楽しんでいたのかもしれない。
そして、この日は、いつも以上に長い時間をかけて回し車をしていた。
これが最後のクルクルと、本人も気づいていたのだろうか。
いつも以上に元気にふるまうジジくんを見て、今度こそ本当に、最後の夜に
なるかもしれないという予感がした。そんな予感信じたくなかった。
でも、外れることを願ったその予感は、本当のことになった。
住み慣れたケージで、ジジくんはその日一日を過ごし、その夜、土に還った。
4月20日からの13日間の奇跡は、神様がくれた贈り物だったのだと思います。
この13日間、一日一日を、ただ悔いのないように大切に過ごすことだけを
考えてきました。
してやれることは、全てし尽くした。そう思えるように、神様がくれた時間。
その時間があったから、これまでの仔たちの時のような悔いはありません。
だけど、だからこそ、寂しいのです。ただただ純粋に寂しいのです。
朝起きると、まずジジくんのケージを覗く。その癖が今も抜けず、その度に、
ジジくんがもう居ないことを思い知らされるのです。
2年半以上もの間、ジジくんは、いつも、この場所のこのケージの中に居た。
そこに目をやれば、必ずそこにジジくんが居た。
当たり前過ぎたその光景が、当たり前でなくなったこと。それが、たまらなく寂しいのです。
…ジジくん、あなたは幸せでしたか?
あなたは、満足のいく生涯を送ることが出来ましたか?…