最近、剣道、居合の先人の教えに思いをはせてブログに自分への戒めと励ましの意味で書き込みをしてると、ふと「昭和の剣豪」という、昭和初期の名人らの稽古風景等を収録してあるビデオを思い出して見たんだけど、昔の先生方は、スゴイね!今の8段の人が、懸かっても全然相手にならないだろうね。
特に、現代剣道の父といわれる高野佐三郎先生の愛弟子であられた、仙台の乳井義博先生の稽古を拝見すると、今の剣道は・・・と考えさせられるものがあります。足さばき、手の内等、真似したくても絶対出来ないもんね。
今の時代で、両胴切りを「パンパン」となんなく切れる人にお目にかかったことないもんね。言葉は悪いかもしれないけど、とにかく「カッコイイ」・・・。
居合にしろ、昭和剣道史の鬼才といわれた羽賀準一先生の居合を見たら、全剣連の居合なんか、ほんと形だけのように感じてしまいます・・。
とにかく昔の先生方の修行は、命がけだったんでしょう。
はっきり言って、今は、若いうちは試合に勝つことを、年輩になったら昇段を、目的としている風潮があって、修行の本質が失われてきてるように感じるのは、chintarouだけでしょうか?
乳井先生もビデオの中で言ってますが、足がらみがいけない、体当たりしてはいけないと、皆お行儀よくなって個性がなく、高校生の剣道、大学生の剣道、京都大会での8段の先生方の剣道、それぞれ年代に応じて皆おんなじだもんね。
本来、稽古の意味は、「古きをかんがみる(考える)」ことであって、このままじゃ、体ばかりが大きくて技がない今の大相撲と同様に、衰退の一途をたどるのは、明白にような気がします。