迷子ペットの捜索に明け暮れてると、その時その時に一所懸命になるのは当然な事だけど、フッと我に返ってみると心の余裕が無くなってきている自分を感じてます。忙しいという字は、「心が亡ぶ」と書くんですよね・・・。
依頼のあった捜索すべてが発見、保護となれば本当にいいんだけど、やはり未発見で捜索が終了したり、死体で発見したりといった事も現実ある訳で、そうした場合等は、ハッキリ言って辛くて帰りの車の中で涙が出てきます。
引きずってたら、次の仕事に差し障るので、捜索の手順を反省し、又心新たにしなければ続くものではありません。
発見、保護した場合も嬉しいというよりは、ホッとすると言ったほうが正直なとこで、次の捜索に向けて、常に気が張った状態が続いてます。
性格的に、手が抜けないというか、真っ正直なのはいいんだけど、連続で捜索に当っていると一番大切な、心の余裕がなくなってきてますね。
仕事で武道の稽古も出来ずにいるので、もう一度、剣道、居合の先人の教えを勉強し直す必要性を感じています。
ということで、当たり前のことを当たり前にやり続ける(正念相続)意味を、改めて噛みしめています。