気まぐれ雑記帳  つぶやき・どうでもいいこと

○ブログ作成!(2005/02/26)
 今までは手打ちで雑記帳を作成していましたが、ブログを試しに使ってみたくなったので、作ってみました。…というわけで、見ている皆さん、じゃんじゃんコメントよろしくお願いします。

2009/5/18

予防って難しい  ニュースを読んで

 予防疫学の研究室にいますが、実際、予防って難しいと思います。どういう意味で難しいのかというと、予防をした結果、最悪の事態が避けられたとします。それは、

・予防した結果、最悪の事態が避けられたのか
・予防しなくても、そもそも最悪の事態にはならなかったのか
・もしかしたら実は予防が過剰だったのかもしれない

どれが本当なのかは、しっかり研究をしてみないと(あるいはそれなりの数の事例が集まらないと)なかなかわからないのです。

「最悪想定で対処」「一斉待機はナンセンス」…対応に賛否
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=839825&media_id=20

という記事を読みました。医療関係者の中でも意見が分かれるっていうのは、今までこういう事態を日本はあまり経験したことがないのだから、仕方ないことだと思います。もし「インフルエンザを何が何でも拡大させない」というのが第一目標なら、やや過剰なくらいの予防策をとった方がいいと思います。もし、インフルエンザを弱毒性だと仮定して、経済的損失を最小限にしたいのなら、銀行の行員全員自宅待機までしなくても…と思います。


 うちのボス(予防医学が専門)に言われました。

目の前にある病気を治すと感謝されるけど、今後起こりうる病気を事前に予防して病気にならなくなったとしても、なかなか感謝してもらえないんだよ。

 全くその通りだと思います。それは微妙に保険と似ているかもしれません。

 交通事故の保険を例えば10年間かけて、10年間事故に遭わなかったとします。その時、大抵は、

 「この10年は運良く事故に遭わなかっただけだ。万が一の時のために保険料払い続けてよかった」

とは思わず、

 「なんだ。事故に遭わないんだったら120回も保険料を毎月払ったのは無駄だったな」

と思うのではないでしょうか。

 でも、それで保険料を払うのをやめたとして、次の10年事故に遭わない保証はどこにもないわけです。


 ずっと減塩をして、高血圧が原因の疾患にならなかったとしても、

「減塩を続けたから、今元気なんだ。アドバイスをくれた医者に感謝しなきゃ」

と思うか、

「実は、ここまでつらい思いをして減塩する必要はなかったんじゃないの?」

と思うか、まぁ、人それぞれなんですが…でも、予防ってそういうことですよね。保険も、予防も、不確実な将来に向けて「掛け金」を払うわけですから、その「掛け金」が必ずしも目に見える形で奏功するとは限らないわけです。

 とりとめのない話になってしまいましたが、難しいなぁ…と思いました。

2009/5/13


 よく考えてみたら、俺には失うものは何もないはず。

 なのに失敗したときのことを恐れて、現実から目を背けるようにして、無意識のうちに逃げたり易きに流れたりしているように思います。

 どうやって上手く結果を出そうか…どうやって上手く試験に合格しようか…と考えている自分がいます。

 だけど、「俺らしい」戦い方は、そうではなかったはず。

 俺がいちばん力を出せるときは、結果なんて気にせず開き直って楽しめた時のはずです。

 何が何でも結果を出さなくてはいけない。その一方で、最初から駄目元なんだ。楽しもう。今勉強が出来るだけで幸せなことなのだから。

 戦う相手は、昔から自分自身ですね。

2009/5/13

独りよがり。  考えたこと・学んだこと

 今日は研究室の引っ越し作業の日でした。

 …広いです。今までとは比べものにならない広さの快適空間。

 今日は研究室の人3人と午後1時から片付け作業をしていました。

 最初はみんなで分担して作業をしていたんだけど、研究室の人3人はバイトや講義で3時過ぎ、4時過ぎ、4時半過ぎとだんだんいなくなっていき、最後は俺一人で残って5時過ぎまでやって、片付け終わりました。

 それからバイトで先に帰った研究室の同期からメールをもらったんだけど、「忙しい中俺一人に負担をかけてしまってごめん」という内容と、「全部片付けてくれてありがとう」という内容のメールでした。さらには、「今日は肉体労働で疲れただろうからしっかり休んで、また明日から頑張って」という内容でした。

 それが何か、とても嬉しかったです。

 同期とは無意識のうちに「ライバル」として張り合っていたような修士2年間でした。だから、正直その同期から予想外の励まし・応援をいただけてとても嬉しかったのです。


 帰宅して、たまたま部屋で去年教授に書いてもらった俺の推薦文を発見したので、改めて読み返してみました。…そこには、ボスからの俺に対する心のこもった励まし・応援が詰まっていました。

 ボスのことは本当に尊敬しています。将来はボスのような、学生に親身で、励ましてくれ、育ててくれ、時に諭してくれるようなそんな教員になりたいと心から思います。


 ずっと、独りよがりで生きてきた(つもりだった)気がします。だけど、やっぱり、色々な人に支えられ、色々な人に応援していただき、色々な人に甘えて生きているんだと思います。

 そんな方々に感謝を感じつつも、俺にはどんな恩返しが出来るんだろう…と考えています。やっぱり俺なりの恩返しの仕方は、とにかく俺らしく俺の道を進んで、将来立派な研究者になることだと思います。そのために、一歩ずつ進んでいかなければならない…と思います。

 気持ちを新たに、進んでいこうと思います。

2009/5/10

栄養・食品系資格取得への道のり  研究のこと・大学のこと

 栄養系の研究室にいて食事の研究をしているのに、俺は医療関係の資格も、栄養関係の資格も持っていません。

 栄養士や管理栄養士は、そういう短大・専門学校・大学を出ていないので、俺はいくら勉強しても取れません。

 でも、資格の有無よりむしろ栄養関係の知識が不足していることの方が問題なので、今年の後半〜来年にかけて、栄養系の資格を2つばかり取ろうと思っています(資格Aと資格Bとします)。資格を取ることが勉強するきっかけ・目標になればいいかなぁと。ところが、残念ながらいずれの資格も現状では俺に本試験の「受験資格」がありません。



 資格Aの方は、本試験(来年5月頃)を受ける前に受験資格認定試験(今年11月)を受けなければなりません。そして、資格認定試験を受けるためにも、通信講座を受講しないといけない(今年8月まで)。通信講座には今年2月の時点で申し込んであるので、あとは時間を見つけて勉強するだけです。

  勉強
  ↓
  今年8月 通信講座を修了(受験資格認定試験の受験資格を得る)
  ↓
  勉強
  ↓
  今年11月 受験資格認定試験を受験→合格(本試験の受験資格を得る)
  ↓
  勉強
  ↓
  来年5月 本試験を受験→合格 (資格を得る)

…という長い道のりです。厳しいですね。だけど、ちょうど勉強したい分野なので勉強するのが楽しみで、挑戦し甲斐があります。




 さて、もう一つの資格Bの方も、医療系ライセンスがない俺はやはり受験資格がなくて、そういう人用の対面講座か通信講座を受講して修了する必要があるみたいでした。だけどさらにその講座を受講する資格すら微妙になくて、個別に審査を受けないといけませんでした。


  対面・通信講座の受講資格の審査→合格 (講座の受講資格を得る)
  ↓
  対面・通信講座を受講・勉強→修了 (本試験の受験資格を得る)
  ↓
  勉強
  ↓
  今年11月 本試験を受験→合格 (資格を得る)


という流れです。というわけで、4月末に学部・大学院の成績証明書と申込書(履歴書みたいなもの)を郵送して、「受講資格」審査を申し込んでみました。


 すると、一週間くらい経ってから封筒が送られて来ました。

 中を見ると、紙が入っています。

 「受験資格認定書」

 …?? …俺は講座の「受講資格」を認定してくれって申し込んだのに。間違えて送ってきたんだろうか。


 すると、もう1枚の紙にはこう記載されていました。

 「講座の「受講」資格審査の申し込みをお受けし、○○さまの学歴を拝見いたしましたが、○○さまには本試験の「受験」資格が認定されますので、「受験」資格認定書をお送りさせていただきました。対面・通信講座を受験しなくても本試験を受験できますので、次回11月の試験を受験されることをお薦めいたします

 
 …正直、これは予想外でした。でも実は「受験」資格には、

 大学院修了者で、本協会が認める者

にも本試験の「受験」資格が与えられると書いてあったんです。…つまり、よくわからないけど協会に"認め"られてしまったのかな。笑 …考えてみると今年3月まではこの要件を満たさなかったわけで、1ヶ月ほど前に修士を取ったので「受験」資格が出来たみたいなんです。


 正直、俺には栄養系の知識がないので「本試験」の受験資格がないのは当たり前で、むしろ対面・通信講座でしっかりと栄養の基礎を学びたかったので、わざと「受験資格審査書」ではなく「受講資格審査書」を郵送したんです。そして、講座の受講を楽しみにしていました。

 しかし、予想に反して「講座を受けなくても良い」と言われてしまって…講座の受講料(3,4万円くらい)が浮いたから嬉しいものの、その分全て独学で勉強しないといけなくなってしまいました。嬉しいのか悲しいのか微妙なところです。


 とりあえず、(講座は受けられないけど)対面・通信講座のテキストは買ったので、夏休みから資格Aの「資格認定試験」の勉強と同時並行で独学しようと思います。

 今年1年は、色々なことを勉強できるだけ勉強したいと思います。

2009/5/6


 子曰、學而不思則罔,思而不學則殆。

 子曰く、学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し。

 (論語 為政第二より引用)

 意味:勉強しただけで考えることをしないと、ものごとにくらくなり、考えただけで体系的な勉強をしないと、独断に陥ってしまう。
(wikiquoteより引用:http://ja.wikiquote.org/wiki/%E5%AD%94%E5%AD%90



 読書量・勉強量が不足しているな…と最近実感しています。特に、読書量が絶対的に不足しています。気をつけないと、

 「思いて学ばざれば則ち殆し」

の状態に陥りがちな気がします。…いや、気づかないうちにもう陥っているのかも。

 
 うちのボスにも言われました。「とにかく読書量が物を言う」と。うちのボスは学生時代はとにかくものすごい量の本を濫読したそうです。倉庫が本だけでいっぱいになるくらいの量だったそうです。

 うちの両親は2人ともかなりの読書家です。なので、昔から「時間があったら本を読みなさい」とずっと言われてきました。にも拘らず、俺は今までほとんど(専門分野の教科書以外)本を読まずに来てしまいました。その割に不思議と国語は得意だったけど…読んだ冊数としては本当に少ないです。


 専門分野の勉強ももちろん大切だけど、それ以外の読書量が人間としての厚みとか深さとかを出してくれるんじゃないかと最近強く思います。


 「思う」ことに関しては自信はあります。だけど、まだまだ「学ぶ」ことが足りていない。だから、人間的にも成熟していないと思います。

 仕事が一段落して時間が出来たらとにかくたくさん本を読もうと思います。

2009/5/6

風呂掃除  日常生活の雑記

 最近、100均で買ってきた「水だけで磨けるメラミンスポンジお徳用」を使って、風呂をゴシゴシこすって掃除することにはまっています。

 今まで面倒で風呂掃除が若干手抜きだったんだけど、なんか急に目覚めてしまいました。

 シャワーを浴びた後、湯船がまだ濡れているうちにゴシゴシこすります。ついでに壁や洗面台もこすります。

 メラミンスポンジは強力ですねー。しかも100円って素晴らしい。クレンザー&雑巾も重曹スプレーもあるし、掃除ツールは割と揃っているので、後は"毎日少しずつ掃除"を習慣化したいものです。

 忙しくて頭を他のことが占めると、どうも片付けや掃除まで気が回らないことが多いんだけど、少しずつ直していきたいですね。

 ついでだったので台所も掃除しました。気分爽快ですね。

2009/5/4


 自分自身に対して

 「ふざけるな

と、言いたい。


 自分のことを色々な立場・色々な形で信じてくれる人に対して、その気持ちを裏切ることなんて出来ない。そんなのは男じゃねぇ。

 周囲や環境のせいにするなよ。周囲から影響を受けるとしても、最後に自分をコントロールすべきなのは自分自身なんだよ。無意識のうちに他力本願になっているだなんて、甘ったれ過ぎにも程がある。

 勝負に負けることが出来ないのは最終的には自分自身のためだ。だけど今回は、自分のためだけじゃない。


 もどかしい。自分自身が。

2009/5/3

思い出した一言、そして無知の知  考えたこと・学んだこと

 朝起きてシャワーを浴びながら考え事をしていて、思い出した言葉。


 知らないということはそこまで悪いことじゃない。知ったつもりになっているが、その実知らない、ということの方が遥かに悪い。


 だいぶ前に、うちのボスにだいたいこんな内容のことを言われました。


 無知の知、ですね。謙虚さ、そして自分を客観的に見て無知だと認めることが出来るかどうか。


 俺は工学部出身だから、基本的に臨床のことも基礎医学のことも栄養のことも全然わかりません。自分がわからない(わからなくて当然)という認識があるから、先生や同期や先輩に聞くことができる。

 だけど俺が看護師だったり、栄養士だったり、臨床検査技師だったらどうでしょう。「医療従事者」という自負から、「知っているつもりになっている」ことが多くなるんだろうと思います。そうすると、なかなか人に(恥ずかしくて)聞けなくなり、そして素直に受け入れられなくなるかもしれません。


 同じ事が学位についても言えます。俺の持っている学位は重いです。日本ではなく主に海外においては、「この人は公衆衛生の基礎がわかっている」という判断根拠となる学位だからです。

 つまりは、勉強不足だという自覚があるのに、俺は実力以上の学位を持ってしまっているのかもしれません。「そんなことも知らないのか」と言われる状況が、海外に留学すれば起こりうることは容易に想像できます。

 大切なのは、虚勢を張って、知ったかぶって、取り繕って、体面を保つことではありません。そんな一時しのぎをしたって何も成長しません。

 とにかく、自分がどう見られるのかを意識すると同時に、自分の置かれている状況(まだまだ勉強不足である)を謙虚に認識すること。知ったかぶらないこと。

 そして、学生の内はまだお馬鹿な質問が許容されるので、どんどん質問して学んでいけばいいんだと思います。


 以前、30代後半の助教の先生(他研究科)にこう言われたことがありました。

 「この歳になると、たとえ知らないことがあっても恥ずかしくて人に聞けなくなるんだ。その点、学部生・院生なんて知らなくて当然なんだから、どんどん質問すればいいんだよ

 

 まだしばらくは、モラトリアムだと思います。だけど少なくとも研究者として給料をもらうようになってからは、お馬鹿な質問が出来なくなります。そう考えると、お馬鹿な質問をしても許される期間はもうかなり減ってきています。…今のうちに必死に勉強しておかなくては。。。

2009/5/1

遅寝遅起きにシフト  日常生活の雑記

 俺にとって日中の効率を下げる大きな要因は、遅寝遅起きになることです。昔からそうなんです。

 理想は午前0〜1時に寝て、午前8〜9時に起きる生活。社会人だとむしろそれでも遅刻しそうですね。

 それが午前3〜4時に寝て、午前10〜11時に起きる生活になった途端、日中精神衛生的にとても悪くなります。

 なぜかはよくわかりませんが…「もうこんな時間か。。。」という焦り、つまり時刻の割に仕事・作業が進んでいないということに対する焦りが、俺の首を絞めます。作業効率が決して悪いわけではありません。ただ、開始時間が遅いと、たとえ作業効率がMAXでも仕事はあまり進まないからです。

 かと言って、無理矢理早起きして眠い状態では、1日作業がはかどらず、だらだらして時間を無為に過ごしてしまう。

 つまり、無理矢理ではなくて自然に早起きする状態を毎日維持することが、俺にとって大切なことなんです。


 4月上旬は何もしなくても8時に起きれていました。それがひょんなことから夜更かしせざるを得ない状況になり、起きる時間が後ろにシフトしてしまいました。

 起きるのが遅くなると、午前1時に布団に入っても(3時頃まで)寝られない、という悪夢のような状況に陥ります。寝なければならないのに寝られない、なんていうのは本当につらいです。

 日中デスクワークで肉体的にも疲れないし、人と接しないから精神的にも疲れないんです。ずっと大学にいて、それ以外の緊張状態をもたらすようなところ(バイトとか)に行かないので、体力が有り余ってしまうんです。

 一番の睡眠薬は、日中の肉体的疲労だと聞いたことがあります。チャリ通だけじゃどうも運動不足みたい。昼間は人通りが多くて、全力でチャリを飛ばすような真似も出来ない。

 何とか意図的に身体を疲れさせる方法を考えないと、早寝する方向に生活をシフトさせるのは難しいようです。



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