妹からのメールで今日が父の月命日である事に気付かされた。 毎日22日を口に出し覚えていたのに、何んとも情けない。
そうだ、一ヶ月前の一月二十二日の日曜日の早朝、ホテルのベットで泥酔していた私は、携帯の呼び出し音で起こされたのだった。四時だった。
青森市内は大雪で大変なことになっていたが、今年最初の介護帰青は急遽決まり、当初欠席のハガキを出していた地元での新年会にも飛び入り参加となり、最後の仕上げを行き付けの店で日本酒二合飲み、ホテルに入ったのは零時過ぎだった。
前日の土曜日に新幹線で青森に着き、施設にいる老父を見舞い暫しの語らい。また明日の朝に来るからと手を振っての挨拶が最後の別れになってしまった。
奇しくも二十二日は、昭和五十三年の年の暮れに亡くなった、連れ合いの月命日でもあった。
故郷に老父を残しての一番の懸念材料は、亡くなった時の対応だった。 その意味で父は私の顔を見て頃合いと感じ、緊張の糸が切れたのかもしれない。 母もこれ以上長生きすると息子たちが大変と思い、『そろそろお出でよ』と呼んだのかもしれない。
体力の衰えと軽い認知を除けば大した病気もせず、最後の最後まで苦労を掛けずに逝ったと云って良い。 私は大いに親不孝をし続けて来たが、父は最後は子供孝行をして九十一歳での大往生を遂げたと云って良い。
亡くなる前日、やっと見つけた名刺入れを持参し、父に見せた。『覚えデいるが? 』。『・・・・』
確かな記憶はなさそうだが、自分の作った物と気付いたようだった。
これはトカゲの皮の作品だ。 昨年の十月二日のプログで「職人の技」と題し、私の旧友に作った与えた名刺入れを紹介したが、この作品は実に作りが丁寧だ。 良く見て頂きたい。弱さの元になる“縫い”は無く、すべて“貼り”である。
そして芸の細やかさが判るのは、裏面の仕上げだ。しっかりと裏にも皮の表を用いている。
折り返しは見当たらない。 お持ちのご自身の名刺入れと見比べて頂きたい。
これは十五年ほど使用した筈だ。見つけた時は油っ気が抜け生気が無かったが、獣脂を刷りこむとまた生きだした。まだ使えそうだ。
今使用中の「印傳」と厚みと大きさを比べて見た。何と感ずるかはお任せする。
最後に、前回紹介した「鰐皮」とこの「トカゲ皮」として「印傳」を並べてみた。
と云う訳で、妹のメールで思い出し、アパートへの帰路スーパーに立ち寄り、私にはビール、父には和菓子を買い求め、お茶を入れ、位牌の前に並べ月命日の節目に手を合わせたのだった。

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