
半年振りに失礼します。近頃は落語にハマってまして、落語CD・落語解説本を乱聴乱読している次第であります。そんな訳で、ちょいとブログにまとめようと思います。
落語解説本に必ずと言っていいほど紹介されているものがありまして、本日は私もそれを紹介しようと思います。
夏目漱石が「三四郎」で、柳家小さん
(ヤナギヤコサン)と三遊亭円遊を比較した一文です。
「小さんは天才である。あんな芸術家は滅多に出ることがない。何時でも聞けると思うから安っぽい感じがして、甚だ気の毒だ。実は彼と時を同じゅうして生きている我々は大変な仕合せである。今から少し前に生まれても小さんは聞けない。少し遅れても同様だ。円遊も旨い。しかし、小さんとは趣が違っている。円遊が扮した太鼓持は、太鼓持になった円遊だから面白いので、小さん遣る太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だから面白い。円遊の演ずる人物から円遊を隠せば、人物がまるで消滅してしまう。小さんの演ずる人物から、いくら小さんを隠したって、人物は活発発地に躍動するばかりだ。そこがえらい。」

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