2018/9/18

警戒を要する方に  カルト・宗教・犯罪

メディアでの発言やカルト対応は、時に危険です。
弁護士なども、もとより時に危険な仕事です。

どうぞその時期かと思われる方は、ご留意を

メディアで目立ったりし、ネットや電話で、相応の危険性を感じるようになった場合の心得です。

まずは、下記を習い性に。
・ホーム先頭に立たない
・下り階段では手すり
・自宅・事務所は常に鍵
・出るときは、必ず周囲を見てから
・写真の残るインターホン
・電話録音体制
・道は時に変える、曲がれば振り向く
・3時間、3週間、3か月後の警戒

 具体的な裏付けあることがあれば、地元警察に相談し、その重点警備、携帯の所在確認了解し、諸電話の110番特例をしていただくなど。

 できることなら、生命保険を増額しておくのも安心につながると。


 なお、「集団ストーカー」については当職は対応できず、警察も対応してくれないと思われます。申し訳ないです。
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2018/9/17

支援者らが加害者となり得ること  カルト・宗教・犯罪

20年近く心配する人がいる。

的違いのカウンセラー・支援者そして精神科医の誤診により(20歳前の人の話をそのまま信用され、過去から継続している)虐待事例とされ、行政も従ってきた。その医師の著作に書いてさえある。

 少しでも調べれば連鎖した虚言だと分かるものを。裏付けある説明により多くの支援者は離れ、後医から再診断と謝罪があったが、手遅れ。

本人はもう嘘をついてきたという認識もないのだろう。
今も少人数で共依存ごっこというべきことをし、次の世代への連鎖となっているみたい。
高齢化していき、いつかは何とか再構築を、と思っている。

 そう、カウンセラーや支援者の一部は、自分の心・難題が解決方向になってもいないのに、人の心や難題に付き添おうとして的外れの害をなす。
真の目的は、自己分析されたら?と言いたくなってくる。
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2018/9/14

オウム集団  カルト・宗教・犯罪

 オウム集団、アレフらが、「メジャー宗教−知られている−」なんだ、と分かってない宗教学者も、メディア関係者、そして一般人が、まだまだ多い。
 そして、オウム集団のヴァジラヤーナの戦士(=ホントに目的のためには手段を選ばない)は、1995年当時は50人そこそこだったが、今は2-300人いる、違いはグルがいないだけなんだ、と知られていない。
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2018/9/14

内乱予備罪で告発だと  憲法・社会・官僚・人権

https://yuruneto.com/abe-nairanyobi/
https://www.youtube.com/watch?v=HleK43TrFCY
 ああ、平野貞夫氏は、なんちゃって科学の「EM菌」やら「ナノ銀除染」にも幻惑されてしまう方であり、物理的にあり得ないと間違いを指摘されても修正しないので、困ったものだと思う。頑なになられて、真実告発してしまったと。

 武器、人員の調達などが内乱予備罪であり、策謀は当然にははいらない。まして、首相・総裁としての施策の推進、国会の議決を含めた行為によって内乱の策謀なぞとするは、無理筋に過ぎる。

 憲法が保障している罪刑法定主義、刑事法の謙抑性もいったいことをどう考えたのかしら、と。

 だから付き合う弁護士も現在のところ一人だけ。まあ過去、冤罪事件で争ってきた著名な弁護士も、高齢となった後、神戸連続児童殺傷事件さえも冤罪、陰謀などと言い始めたから、他にも就くかもしれないが。

 告発を受理したのなら、安倍氏側から虚偽告訴罪での逆告訴も可能なわけで、反宣伝に使われうる。なんとも、と思う。

 仮に、政治的にアピール力あるから、と思ってしたとすれば、あまりに感覚がずれている、甘すぎよう、と。ちょうど、気持ちのままに安倍氏にヒトラー顔を重ねた看板などで宣伝することで気を晴らすのと同じ―あれは未だ態度を決めていない人は離れるだけです―ではないか、と。

 そして、阻止したい側の分裂を促進させてしまうから、利敵行為だとまで思ってます。メディアらが書かないでいてくれることが、唯一の救いだと。

 焦りがあるのはとてもよくわかるし、言論戦で「静かなクーデターだ」と批判することは大いに賛成するが、これはいかん、有害無益でしょうが。


私、まあ2015年安保法の違憲訴訟についても、訴訟によるマイナスはないかもしれないが、その労力−弁護士の負担もやたら重いもの−を他に向けることこそが大切では、その合計数百人?の弁護士も、しっかりチラシを配り、駅頭で毎月2回ぐらい、声出ししてよ、という観点から、賛成してこなかったのでもありますけれど。
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2018/9/13

森氏の麻原さん論法   カルト・宗教・犯罪

 森氏とのツイッター対話につき、9月5日に私の下記ブログに纏めてあります。 http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20180905/archive

 森さん、同所で下記の森さんの質問に当方が答えているのに、当方指摘の二律背反につき説明がなく、正面から答えないのは回答不能、逃げをうったという下記のような麻原論法という外ないんですよ。

    クリックすると元のサイズで表示します

   ***********
森達也(映画監督・作家)
 一回だけ返信します。仮に二律背反だとしたら、その相反するAとBのうちあなたはなぜBだけを声高に攻撃するのですか。Bを選んだ理由は何ですか。まあ「A3」は二律背反などしていない。連載が終わってから三年近く推敲したのだ。もう一切関わり合いになりたくない。人生は短い。時間が惜しい。
   *********

それは、麻原さんの上記マンガ状況と同じだなあ、とまで感じます。

1−そもそも私のまとまった2015年7月文書に、反論しない、できないのが森さんでしたね。→ xb_unv2015.v.docx 

2−麻原の指示した動機を知りたいと言う前に、指示がない意味である一審弁護団の無罪主張「弟子の暴走」論に賛同する一方でどうして言えるの?、との指摘につき、今も口を拭ったまま。明白に二律背反だと認めるのかどうか。

3−認めないならば、まともな文章で応えないと。

4−その対応もできないどころか今回、「(意識を取り戻した)麻原を徹底的に追い詰めて、公開の場でとどめを刺すべきだったのだ」なぞと、制度上ありえず、新たな制度としても憲法上の黙秘権保障や「人民裁判」禁止に反したことを、平気で言う森さん、適正手続きも、憲法もあったものじゃないでしょうが。

  そんな論理矛盾・人権無視を言える森さん、
  オウム集団の拡大に助力して平気でいられる森さん
・ ご自身には、死刑問題、憲法問題などについて、一切口を出さないでほしいです。
・ 諸団体、宗派の方々、そんな森さんをそれら問題につき使うのは、見解を決めていない人、異見の人に対して説得力がなく、マイナスにしかならないことを理解されたし、です。
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2018/9/10

上祐さん−命日教えて外  カルト・宗教・犯罪

「上祐ら同席の場での女性出家者殺人事件」

7月19日付週刊新潮から、まあ二か月になるから、そのまま転載のことご容赦を。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180719-00545536-shincho-soci

上祐さん、どうぞ記憶を喚起して
・命日の確定に協力してください。
・麻原が首を絞めたと故新実は言っていたようですが、上祐さんは違うように言っている。
どうぞ、詳細にブログ記載でいいから、書いてくださいませ。

 その他の、旧ホーリーネイム「マハーケイマさん」外、当時オウムに出家していた方々にあっても分かることがあったらメールなりで教えて下されれば、幸いです。


 上祐さんは、この7月8日の夜、熱心に取材してきたこの記者の追及に対し初めて認めた。週刊誌報道される前に記者クラブに一報もし、スクープにならない感じになったね。ですが、それだけでは不十分に過ぎるでしょう。

 あなたは、麻原を清算している、清算していく、と言って、被害者らの多くが嫌がっているのに「ひかりの輪」なぞやっているんだから、その義務があるでしょう。それとも「ああいえば上祐」「嘘をつくのがワーク」の上祐のままなのかな。


 思い出すために、吉田英子さんの写真を2枚、アップしておきます。
クリックすると元のサイズで表示します

「上祐史浩」がひた隠し! 警察も知らない「麻原彰晃」の女性信者殺害   7/19(木) 5:57配信

 一連のオウム事件では、8件で計28人の犠牲者が出た。しかし、あれほど捜査を尽くした警察も把握していない殺人事件がある。麻原はじめ幹部は、教団初期に女性信者を殺害していたのだ。上祐史浩・元幹部(55)もその場にいながら事実をひた隠しにしてきた。
 教団関係者の間で、ある“噂”が広がったのは、昨年の秋頃のことだった。
「新実智光死刑囚が“余罪”を告白している」

 関係者が言う。
「教団の初期、ある女性信者が麻原教祖に首を絞められて殺されていた――というもの。これまでまったく表に出ていない事件です」

 麻原について有罪が確定した殺人・逮捕監禁致死事件は8件で死者の数は28人。その中に本件は含まれず、立件もされていない。
「新実死刑囚が言うには、1990年か91年の冬。富士山総本部で経理を担当していた吉田英子さんという27歳の信者が、金を横領したと教祖の部屋に呼び出された」
 そこにいたのは、麻原、新実、中川智正、故・村井秀夫幹部、上祐氏、そして麻原側近の女性幹部だった。

「本当に横領があったのかはわからない。が、問い詰めた結果、麻原は“ポア”という判断をした。新実と中川が彼女の手足を押さえ、麻原自らが首を絞めた、と。遺体は、護摩壇で焼いて、本栖(もとす)湖に流したそうです」

 新実には6年前に獄中結婚した元アレフ信者の妻がいる。彼女にも聞いてみると、「確かにまったく同じ話を聞いたことがあります」と言葉少なに認めるのだ。

 吉田さんとは何者なのか。
 95年当時、編集部が入手した「信者名簿」を捲るとその名はあった。「吉田英子/1963年生まれ/88年入信/89年出家/ホーリーネーム:タントラインドラーニ/本籍地・大阪市」とある。

 続いて、更なる情報が得られたのは、オウム真理教被害対策弁護団の滝本太郎弁護士からである。
 滝本弁護士は当時、信者の親族や脱会信者、警察当局などと連絡を取り合い、信者のうち、生死が判明しない「行方不明者」についても情報を集めてきた。滝本氏は言う。
「その中に吉田さんの情報もありました。本部職員になった後、91年に音信不通となった、と。親御さんが教団に問い合わせたところ、“トラブルを起こして出て行った”と言われたそうです。が、その後も家に帰らないので、お母さんは、94年、自宅近くの大阪の警察署に家出人捜索願を出しているのです」

 その後、吉田さんの件に関わったのは、大阪に事務所を構える加納雄二弁護士である。当時、被害対策弁護団の関西における中心メンバーの一人として活動していた、加納弁護士が言う。
「95年の地下鉄サリン事件の後、子どもが入信して、事件後も帰ってこないという親御さんが、多数相談に来た。その中に吉田さんのお母さんもいたんです」

 相談の中で、母親は“気になること”を述べていた。
「娘さんと不通になった91年の暮れ、お母さんの元を現役のオウム信者が訪れた。そしてまだ帰宅していないことに驚き、“英子さんは、麻原から、自分に出来ないことを命じられて苦しんでいた”“91年に麻原と話し合いをし、その翌日から姿を消した”と言い残していったそうです」

 加納弁護士は、彼女の安否をオウムに照会した。しかし、なぜか回答を拒否されたという。
「そこで、人身保護請求に訴え出る準備を始めました。が、結局、お母さんはその道を選びませんでした」

 その7年後の2002年。吉田さんの母親は、家庭裁判所に娘の「失踪宣告」を申し立てている。「失踪宣告」とは、生死が7年間明らかでない「不在者」について、親族などが家庭裁判所に申し立てできるもの。認められれば、不在者は法律上は「死亡」した扱いとなる。吉田さんも翌03年、失踪宣告が認定されていた。その数年後、両親は相次いで世を去っている。

 いかがだろうか。
 種々の事実と一致する新実証言。信憑性は極めて高いものと思われた。

 では、現場にいたとされる当事者に聞いてみよう。
 まず、女性幹部の自宅を訪れると、本人と思われる女性が出てきたものの、吉田さんの名を出すと、「知らないわよ、そんなん!」と激高。その後、応答はなかった。

 続いて、生前の中川。死刑囚には面会制限があり、直接接触することは出来ない。そのため、別件で面会予定があったオウム真理教家族の会の永岡弘行会長に本件を尋ねてもらった。が、「“何ですか、それ”“永岡さん、私が今さら嘘を吐くわけないでしょう”と言っていました」(永岡氏)と、これもシラを切ったのだ。
 
 ところが、だ。
 今年4月中旬、残る上祐氏に確認すると、当初は「いや……調べてみます」「わからない」などと誤魔化していたものの、逃げられないと思ったのか、7月8日夜になって事実を認めてこう説明したのである。

「時期は91年のはじめ頃だったと思います。富士山総本部で経理として働いていた吉田さんにお金の件でトラブルがあり、“スパイ”との疑惑がかけられた。彼女は、第一サティアンの2階の部屋に呼び出されました」

 そこにいたのは、新実証言と同じく、麻原、新実、中川、村井幹部、上祐氏、女性幹部。「白状しろ!」と、麻原は吉田さんを恐ろしい形相で詰問したという。

 「でも、吉田さんは麻原に帰依していたためでしょうか、“思い出せません”と言うばかり。“何で思い出せないんだろう”と、だんだん泣き声になっていった。それが繰り返され、麻原が“思い出せないんだったらポアするぞ”“それでもいいのか”と言っても、“どうして思い出せないんだろう”と。最後に麻原が“私は嘘は吐かない男だよ”と言って、新実や中川に彼女を取り押さえるよう誘導したんです」

 彼女は抵抗もなく仰向けになり、新実が顔を押さえた。中川は、注射液と思われる物質の名を出し、麻原に「持ってきましょうか」と提案した。

「麻原が頷き、中川は取りに行った。戻ってきた中川は彼女の左腕に注射した。しばらく後、中川は吉田さんの胸に耳を当て、“心臓が止まった”と言いました。麻原はその間、ソファーにずっと座っていましたが、事が終わった後、“彼女は魔女だと思う”“魔女だったよ”と言っていました」

 遺体は、村井幹部が処理したと思われるという。


 重大な告白である。直接の実行者が誰か、新実証言とは異なるにしろ、麻原が指示し、幹部が実行した「殺人」には間違いない。それを当事者が認めたのだ。

 が、不可解なのは、上祐氏の態度である。
 彼は、殺人の最中、女性幹部と共に、3メートルほど離れたところで見ていただけと主張する。

――なぜ声を上げなかったのか。
「驚愕していたので、止めるに止められなかった。それに麻原に帰依している状態ではそれは言えません」

――その後もなぜ事実を隠していたのか。
「麻原への信仰が続いているうちは言えませんでした。(アレフを)脱会した後も恐怖と不安で言えなかった。告白したら自らに危険が及ぶという不安がありました」

――そのせいで吉田さんのご両親は最期まで真相を知ることが出来なかった。
「それは十分わかります。自分の弱さ、恐怖、不安感ですよ」

――その行為は正しかったのか。
「正しくはなかった。でも、どうしてこういうことになったのかと言われれば、そういうことなんです」

等々、自らの責任を回避する理屈をこねるのである。
ちなみにこの件、既に時効が成立して事件化する可能性はない。

しかし、麻原はもちろん、中川も死ぬまで口をつぐみ、あるいは、嘘を吐いてきた。上祐氏も同罪だ。
23年経っても少しも変わらない、これがあまりに悪魔的なオウムの本質である。

「週刊新潮」2018年7月19日号 掲載 新潮社
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2018/9/9

13 地下鉄サリン事件での麻原指示  カルト・宗教・犯罪

13 地下鉄サリン事件での麻原指示
 麻原の一審確定判決での麻原指示や高裁の決定文の一部は、下記に全体を出しているんだけれど、毎日一つずつ紹介しておきます。おふざけ無責任文化人の「真相究明の会」は解散したようですが、「弟子の暴走」なぞと言いたがるアレフや森氏らには、改めて知ってほしいので。
http://aum-kazoku.boy.jp/?page_id=228

13 地下鉄サリン事件、1995.3.20 における指示・言葉
・「エックス・デーが来るみたいだぞ。」
・「なあ、アパーヤージャハ、さっきマスコミの動きが波野村の強制捜査のときと一緒だって言ったよな。」
・「それはパニックになるかもしれないなあ。」
・「サリン造れるか。」
・「ジーヴァカ、サリン造れよ。」
・「まだ、やっていないんだろう。」
・「おまえら、やる気ないみたいだから、今回はやめにしようか。」
・「じゃ、おまえたちに任せる。」
・「ジーヴァカ、いいよ、それで。それ以上やらなくていいから。」
・「何でおまえは勝手に動くんだ。」
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